マイクル・コーディ『イエスの遺伝子』

内田昌之訳、徳間書店

これは、すごい。こういう本が書けた事自体が奇跡的。 イエスの治癒能力を遺伝子に求めたアイディア、科学と宗教との抗争、 奇跡のもたらす力の制御、内容と筋書きに感心。 我孫子武丸『ディプロトドンティア・マクロプス』(講談社NOVELS)を 続けて読んだせいで、イエスの遺伝子を注入されたカンガルーが 治療能力を持つようになり、世界中の絶滅寸前動物を救うという ストーリーを思いつく。


森雅裕『モーツァルトは子守唄を歌わない』

講談社

1985年の江戸川乱歩賞作。 ベートーベンとツェルニーの会話が絶妙である。 頑固な人格の持つシャレっけというのは、味があって良い。


森雅裕『北斎あやし絵帖』

集英社、1998年4月

この作者の最新作であろう。 歴史上の謎を、著名人を登場させて解いてみせるという 趣向は、しかし「モーツアルト」から進歩していない。 北斎が交わす軽口は、ベートーベンの漫才じみた会話と同工異曲。 この作品の方が晦渋で、読みにくかった。 頑固で口は悪いが憎めない性格は、作者が投影されているのだろうか。 北斎と千葉周作、それから洋琴(ピアノ、チェンバロ)を作ろうとする 少女あざみが、田沼意次を失脚させた勢力に翻弄されながら 吉原の火災の謎を解き、平賀源内の残した武器を探す。 一生懸命資料を勉強したことがよくわかる、蘊蓄と狂歌をちりばめた作品である。 江戸時代の風物はとても興味深いのだが、努力の跡が残っているようでは エンターテーメントとしてはいまひとつである。

写実はいけない。だからこそ、芝居を狂言という。そして、芝居内容への 取り締まりをかわすために舞踊や音楽で目と耳を奪うという逃げ道が作られ、 色気抜きという建て前から、演劇としても高度にならざるを得なかった。(p.182)
このへんは、グレン・グールドの音楽観にも通じるものがありそうである。

クレイグ・ライス『マローン殺し』

山田順子訳、創元推理文庫

かっこわるいアル中の弁護士。解説に書かれているようにラブリーかな。 非現実的である。まあファンタジーなんでしょう。それにしても 保険金殺人のネタに無理があるという訳註。 本人が行方不明とか、非合法あるいは保険範囲外の事故で死亡した場合は 犯罪として成立しそうだけれど、、、


森鴎外『舞姫』

岩波書店、鴎外全集

先に読んだ関川夏央、谷口ジロー作『秋の舞姫』(双葉社アクションコミックス) で描かれた現実との違いが面白かった。 母が洋行中に亡くなったこと、エリスが妊娠し、発狂することは 創作なのであろう。一旦は官吏をクビになった「豊太郎」に、 相澤謙吉という友人が職を見つけてくれ、大臣に取りなしてくれる。 そして、エリスと別れさせる、、、相澤君としては、そこまで面倒見てやった友達に、 なんで憎まれなきゃならんのか。不条理な話である。 帰りの船の中で愁いに沈む理由をあれこれ挙げてみせて、 「あらず、これは別に故あり」と思わせぶりに繰り返す。 どんなに美辞麗句を並べても、言い訳がましさに満ちあふれている。 『舞姫』もリズムのある文体でよいのだが、 全集で次に収録されている鴎外が翻訳したツルゲーネフの『馬鹿な男』もなかなか面白かった。 批評家を批評する短編であるが、鴎外の前口上が良い。

若し面白い節があつたらそれこそ原作者の意匠の所為で、 厭な所は翻訳の拙いのだと御勘弁を願ひます

有栖川有栖『ジュリエットの悲鳴』

実業之日本社

どうしようもない立場に追い込まれた人間の悲鳴が テーマなのかもしれない。でもいろいろはいっている短編集。 「登竜門が多すぎる」に出てくる推理作家用ソフトが笑わせる。


辻真先『宇宙戦艦富嶽殺人事件』

徳間文庫

ポテト・スーパーのコンビシリーズ。 例によって趣向を凝らした作品だけれど、 メタミステリーというのがちょっと。 この手を使えばなんでもできちゃいますからね。


バリー・ユアグロー『一人の男が飛行機から飛び降りる』

新潮社、柴田元幸訳, 1997.7

父がでてくる話が多い。不条理な夢をそのまま書いたような作品で、 オチもない。よくまあこれだけの数を書いたものだと感心はするが、 内容はものたりない。ハッとするような場面描写やイマジネーションの広がり もあるのだが、作品の原材料、創作メモのようなものである。 読者に読んでもらうための努力を忘れている、というか、しないのが、この作者の スタイルなのだろう。それでいいという読者に支持されているのかもしれないけれど、 私の趣味ではない。


橋本治『S&Gグレイテスト・ヒッツ+1』

大和書房

サイモン&ガーファンクルのLPレコードの各曲を小説化したという趣向。 例えば「アイ・アム・ア・ロック」の出だしは、

ある朝目が覚めて、僕は相変らず石になっていた。
カフカの『変身』のパロディーである。 これはその前の「サウンド・オブ・サイレンス」の続きとして 書かれている。そうなのか、そういう聴き方するのか?別にいいんだけど。 しかし、音楽は音楽、今さら視覚化したり文章にする意味が あるのかという疑問をぬぐい去ることは難しい。 天才・橋本治の筆をもってしても。

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