乾いた記述で人類の進化を描く日本版のサイバーパンクである。 源爺のキャラは「ニューロマンサー」に出てくる“フラットライン”を彷彿とさせる。 人類の進化を描くためなのか、はたまた読者サーヴィスなのか、“生殖描写”が とってもハードで楽しめます。 エリコとそのクローン二人の3Pなんて、SFポルノとしては ハインラインの『愛に時間を』を超えたね。 あれも過激だけど、さすがにラザルスとローレライとレイズリなんて組み合わせは なかったもん。
それだけでもエンターテイメントとしては合格なんだけど、 それ以外について気がついたことを書いておこう。 日本人の遺伝子を操作して能力を高めようとするプロジェクトを官僚の弘田氏が進めている。 きっかけとなるのが月の研究都市“クラヴィウス”で起こった事例。 日本人グループが他の国より優秀な成績をあげ、その原因が遺伝的であるというのだ。 そのプロジェクトの成果が中国マフィア黒幇(フエイパン)に漏れ、 ボス老大(ラオタイ)・ローが不老不死を求め北沢慧人(エリコ)のクローンを 作ってその体に自分の脳を移植する。
しかし、「なぜ、君(エリコ)なのか」。これが前半の大きなミステリーのはず。 脳を移植するならロー自身のクローンを使った方が適合性がよいはずである。 「わし自身の体は、原型をとどめないほど破壊された」のだそうだけど、 脳が生き残ったんだから、かなりの細胞は残っていたはずと、 エリコも簡単にこの理由は嘘だと見抜く。 「真相」を語る寺尾医師の説明によると 性転換手術の際に徹底的に解析したエリコの遺伝情報をもとに、ローの脳移植に 拒絶反応をおこさないように改変した遺伝子をもとにしたクローンを作ったという。 それならば、誰のでも遺伝子情報さえそろっていれば使えたはず。なぜエリコなのか、 の答にはなっていない。 寺尾はエリコ以外には遺伝子解析を必要とした手術をしていなかったのだろうか。 もちろん寺尾以外からだってそういう情報は入手できただろう。 結局エリコが選ばれたのは偶然なのか。しかし、それでは わざわざ消去したデータを復元してまでエリコにこだわった説明がつかない。 それに脳の壊死で急いでいたって、最初からクローン培養するんだから数年は必要でしょう。 作者もつじつま合わせに一生懸命だが、納得できないぞ。 寺尾医師をエリコに紹介した胡蝶蘭の素性もからめてもう一捻り欲しいところ。
後半、プロジェクトの全貌が明かされてくる。
決め手になるのが弘田の疑似人格シミュレーション。
でも愛甲ヨハネに加えられた遺伝子の変換について、この疑似人格は知りすぎている気がする。
さすがに入力した情報だけでは「確認できないこともあるはずだ」と書いているけれども、
愛甲の情報まで入手していたなんて、寺尾の調査はすごいというか、コンピュータの
能力が飛躍的に向上しているのか。ここんとこ、もっと突っ込んで書いて欲しいですね。
疑似人格は魔法の鏡ではないんだから。
(ソウヤーが『ゴールデン・フリース』(1990, 訳1992)の中で、似たような話を
書いていました。
こちらは第十世代コンピュータがニューラルネットワークを使い、脳のスキャンをして
ようやくできたという設定。)
さらに、弘田の息子(晴樹)と寺尾の息子(和規)に遺伝子が改変されたことは、
エリコと寺尾の調査で判明したのだが、詳細な内容は不明のままである。
それなのに、コンピュータでシミュレートされた弘田の疑似人格は、それぞれの遺伝子に
加えられた操作の目的やそれによって付与される能力について具体的に語り出すのである!
いくらなんでも、そこまで推測できないでしょう。
しかし、弘田の目的である老化を防止して「人口を増大させることなく生産力の減少に 歯止めをかけられる」なんて方法があれば、これはすばらしいことである。 「長生きするなら死ぬまで働け」なんて感情的に反発するような問題ではないぞ、エリコよ。
表題作はイメージがはっきりとしたSFらしい作品。
「告別のあいさつ」「アクアプラネット」と進むにつれて、
だんだん世界がぼやけてくる。ちょうど800年生きた“かれ”が、最後は
ぼやけた光ノイズになっていくように。
時間を逆行する存在って、シモンズの『ハイペリオン』にも出てきた。こっちが先だけど。
最後はもはや説明しようのないファンタジーへと変貌していく。
白い棺のシバラーマウスの設定は、コードウエナー・スミスの作品を思いおこさせる。
結末は世界樹信仰かな。
文系の人って科学を敬遠することが多いけど、理系には逆に文学好きな人が多い。 夏目漱石と寺田寅彦のつきあいなんて、文系の人にも知っておいて貰いたい世界だ。 このほか、暦の話、予知夢の話が面白い。 科学者は、いろいろな現象を説明してみせる。
“予知夢”を見る確率って、意外に大きいのだ。
計算がややこしいけれど、わかりやすいように数字を変えて説明してみよう。
(二万分の一)×(二千分の一)=1/40000000(四百万分の一)と非常に小さい。 しかしこれは、ある一日、ある一人に限定したときの確率である。 55年の間のどれかの日に100人のうちの誰か一人の夢を見て、 その日にその人が死ぬということが起こる 回数(期待値)は、上の確率に2万日×100人をかけて、1/20となる。 つまり、上の仮定が妥当であるならば20人の、まあ、高齢者がいれば、 一人くらい“予知夢”を体験していてもおかしくないのである。 上の“予知夢”の定義は前日としたけれど、死ぬ数日前に見た夢まで 予知夢に加えると、確率は数倍大きくなる。
70-80歳の人が3人寄れば、誰かから、
「あの人、しばらく会あわんかったけど、ひっさしぶりに 夢に出てきたと思ったら、何日かして亡くなったゆうでかんわ。 お別れを言いにきたんかねえ」なんて話が出てくるのも不思議ではないのだ。科学者の考えることは、夢がない?
何者かが宇宙に張り巡らした「どこでもドア」“ショートカット”のネットワーク。
人類はショートカットを利用してウォルダフード族、イブ族と遭遇し、惑星連邦を成立させた。
2093年、この異星人と人類、イルカが協力してスタープレックス号を作り、
ショートカットのネットワークを使って未知の星域の探索を始めた。
その船長がキース・ランシング。妻のリサは生命科学部門の長を勤める。
イルカ族のキャラクターは、ブリンの「スタータイド・ライジング」あたりと大差はない。
SFでは、イルカはお調子者で軽い性格が定着しているなあ。
物理部門を統括する気性の荒いウォルダフード族のジャグにキースはさんざん悩まされる。
キースは三人兄弟の真ん中だが、
ダンゴ三兄弟とは違って姉のロザリンド、弟のブライアンに挟まれ、人に気を使う
性格になってしまったと説明する。
この調停役の性格が信じられないほど長続きするのである。
ショートカットを通って今の宇宙よりも100億年も年取った恒星が現れるという
大事件と同時に、船内不倫疑惑が描かれるのがおかしい。
キースに“中年の危機”が訪れていて、リサよりも若いリアンに惹かれているのだ。
『ゴールデン・フリース』でも『さよならダイノサウルス』(1994, 訳1996)でも
主人公の男が妻とうまくいかなくなるというエピソードが入っている。
こういうのがソウヤーの好みなのかな。それとも編集者の要請なのかしらん。
イブ族は“統合生物(インテグレーテッド・バイオエンティティ)”で、
七つの大型生物が共生している。車椅子型に組み合わさったフレーム、ホイール
が移動を行い、ポッドというスイカ型の脳を載せている。ポンプが消化・呼吸、
ウエッブが知覚を担当する。やたらと丁寧な言葉を使うが、時間を無駄にすることを嫌う。
ウォルダフード族と対照的に紳士的だが、排泄をコントロールできないという
アンバランスな設定。
他人の時間を無駄にした罪でイブ族のボックスカーは寿命より先に死を受け入れるが、
生物が分解する過程が詳しく描写されている。
通訳はPHANTOMというコンピュータが行っている。
種族ごとに特定のなまりのなる英語を割り振るというのが、アメリカっぽいSFだな、
と思ったら、ソウヤーはカナダ人でしたか。1960年生まれですか。
現代の素粒子・宇宙物理学の用語センスにたいする批判は、納得できるものだ。
暗黒物質を MACHO なんて呼ぶなよなー。
(ちなみに MACHO は、Massive Astrophysical Compact Halo Object の略で“見えない”物質ダークマターの候補として天体物理で使われている言葉である。)
トップ・クオークとかボトム・クオークなんて、
女性の水着を連想させるもので、トップを仮定しない理論に“トップレス・モデル”なんて
下品な名前を付けた悪ふざけもあるのだ。頭字語の語呂合わせもやり過ぎの傾向がある。
それにしてもこのコンピュータ、暗黒物質生命体ダーマット族と
簡単にコミュニケートできてしまうところがすごい。
分子の厚さのパラソルで太陽の輻射をさえぎるのはちょっと問題。 分子ワイヤの二次元版で分子布をもってきたのかもしれないけど、 光を反射するためには、波長の何倍かの厚さは必要だ。 熱を運ぶ赤外の波長は、一ミクロン以上だから、10ミクロンはないと透過してしまう。 分子厚さの反射板は、『ゴールデン・フリース』にも出てきた。 分子厚さが何ミクロンか書いてないのでなんともいえないけど、普通は1ミクロン以下 だよ。この辺は、科学の専門家ではないからしょうがないね。 それから、リサが担当している老化の研究は、わざわざ宇宙船の中でやる必然性はないと思う。 もっともらしい説明が欲しいところ。
宇宙年代記もののはしり。最初の章は、「1999年1 月ロケットの夏」。 1999年、地球の有人ロケットは火星に到着する。 その後の展開も速くて、火星人の精神攻撃に邪魔されながらも、2001年には 地球(主にアメリカ)から移住が始まる。 50年前のSF作家にとって、技術の進歩はかく予想されていたのである。 クラークの『2001年宇宙の旅』だって木星に有人飛行ですからね。 現実とのギャップは限りなく大きいけど、 野尻さんの「ロケットガール」を読むと宇宙SFの進歩が感じられます。
さて、2026年地球人は火星人を滅ぼし、地球も滅ぼし、生き残ったわずかな人類はどうなるかという もの悲しい結末なのだが、対照的に前半はユーモアあふれる展開である。 はるばる地球からやってきたのに、自分のことを地球人と主張する気がふれた火星人と 間違えられてしまう話は滑稽。
「2005年 第二のアッシャー邸」は、『華氏四五一度』を予感させる。 人間と見分けのつかない高度なアンドロイドたちがポーの世界のパロディを演じる。
2003年の黒人たちの移民団は火星に到着したのだろうか。 後の時代に彼らは描かれていない ところを見ると、失敗したのだろう。これは悲劇だ。
最近、マーズ・クライメート・オービター、マーズ・ポーラー・ランダーと 無人火星探査機の失敗が続いているのは、火星人のせいかもしれない。
正解とは、真実とは、本人が最も納得できる仮説に他ならないのです。
雑誌か新聞で「山眠る」のネタばれの書評を読んだことがある。
でも、この作者は落語のようにオチが判っていても語りで楽しませてくれる。
主人公は大学を卒業し、出版社に就職する。時間がたつのが速い。
「走り来るもの」リドル・ストーリーというのは、知らなかった。
スランク・F・ストックトンの「女か虎か」のあらすじが読めたのは、お得。
ミステリーでも作品の結末を合理的に推理するというのは、珍しい。
「朝霧」俳句や忠臣蔵は、趣味の問題。
次回作では「レクイエム」の人の正体があかされるのでしょうか。楽しみです。
でも北村さんの暗号はちょっと。覆面作家シリーズでも暗号がでてくるけど、
趣味に走りすぎている感じがする。
祖父の日記を読むのもちょっと。読まないと話が進まないんだけれどね。
私もここ数年日記をつけているけど、この日記も残るのかな。
ネットで日記を公開している人がいるけど、ボクなんかはそんなことすると、 本当の気持ちが書けなくなりそうで、できそうもないな。 例えば、先月の自衛隊機の事故で、人命よりも停電の方が大事かという議論が あるみたいだけど、ボクはゴルフ場に落ちた飛行機の映像を見たとき、不謹慎 にも、もうちょいでホールインワンですな、と感じたのだ。感じたのはしょう がないけどさ、でもそんなことを公開すると、とんでもない奴だと思われるだ ろうから、公開する日記には書かないだろうね。いや、書くかもしれない。で も、そういう気持ちを公開するときって、こんなことを感じたボクってすっご く悪い奴でしょ、でも悪い奴ってことを正直に包み隠さず書くなんて、ちょっ とできないよ、すごいでしょ、って気持ちになるような気がする。で、そんな ことを誇りに思っている自分に対して、偽悪的な行為だと非難する気持ちだっ て抱くかもしれない。つまり、最初にちょっと感じた正直な感想をそのまま書 くことからかなり遠ざかってしまうのだ。公開することで、日記はもはや 個人的な記録としての日記ではなくなってしまうのだね。
嫌な性格の語り手に思わず共感してしまったのは自分も嫌な性格だからか。 「一発逆転」を狙う人生って悪くない。リセット願望ってあるよね。 作者も1960年生まれだ。作家という職業を羨んでいるのか、才能に嫉妬しているのか。 小松左京、星新一、筒井康隆をリアルタイムで読んでいたあの頃が懐かしい。
しっかし、女子の更衣室を覗くために天井裏に入り込んで、天井が抜けるなんて リアリティがないなあ。いかにも漫画的、作った話だぜ。
心に残ったフレーズ
「虎穴に入らずんば--とかいう古い諺を知っているか?」
「ありゃ嘘だ! 虎の児なんて、外で待ってりゃ出てくるもんだ!」
「あたしもかねがねそう思っていたよ」