1823-1830の七年間かけて書かれている。プーシキンは、1799年生まれの詩人。 「オネーギン」も韻文小説である。1837年に決闘して撃ち殺されている。 小説とのなんという暗合であろうか。37歳と8ヶ月の生涯。
夫人は、その眼で見た出来事と、太宰の描いた作品世界とのずれを一番 知っていた人である。例えば「海」で描かれなかった家庭団欒について、 当事者だからこそ、非難めいたことを書かざるをえなかったのだろう。
御坂峠の章では、「こんなに自分のことばかり書いて---この人は自分で 自分を啄んでいるようだ---そんなことを感じた」と書いている。次に、 「「I can speak」の女工さん姉弟の姿と声とは、幻で見、幻で聞いたの であろう。」と虚構を「幻」とみなしている。その間に、現実と作品の ギャップが判ってきたのだろう。
太宰の書いた世界は、明らかに美知子夫人の見た世界からずれていた。 もちろん、大地主の世界、作家の世界は、我々のような凡百の窺い知る ところではないのだが、それでも一つの現実から何かを感じとって虚構 を作り上げる過程に、精神のレンズの大きな歪みの存在が感じられる。 その歪みは、皮肉なことに結婚と戦争というプレッシャーによって いくぶんかの修正をうけて、我々の世界に焦点を結んでくれた、、、 それが中期の作品群として結晶してくれたのかもしれない。そして、 戦争の重しがとれたとき、レンズの歪みがまた変わってしまったとも 思えるのである。
最後に、微妙なぼかしかたをしているのだが、賽ノ川原のイタコの口寄せ を中心とする祭りで、どうも交合の出会いもあると推測しているのだが、 あのたけさんも野宿したというのは、なかなか衝撃的である。
ストリッパーのミミイ・ローイ(漣子、なみこ)が大富豪八島家の ドラ息子杉彦と結婚する。案の定、八島家で漣子の立場はつらいものだった。 そんな中、財産分けのトラブルで義父が殺される。家族の中でもっとも 立場が弱く、「父を殺してやる」とまで言っていた夫をかばおうとした 漣子の証拠隠しと証言が裏目に出て、一審では死刑の判決が下されてしまう。 窮地にたった漣子の旧友、エダ・月園が連れてきた酔いどれ弁護士清家洋太郎は、 起死回生の手段として、事件の捜査にあたった緒方警部補を 弁護側の証人として法廷に立たせる。
しかし、この作品のおもしろさは 犯人探しにあるわけではない。作者が読者をいかに正々堂々と惑わすか、 これは読んでみてのお楽しみ。
それにしても文章がうまい。オチはまあ、すっかり騙されたというやつです。
どうして自分をあわれんじゃいけないんだ? Why SHOULDN'T I feel sorry for myself ?自分を憐れむって、快感なんだよ。癖になるからやめようね。
ボクはとても心やさしいんだよ! I'm very TENDER-HEARTED !
解説が奥野健男さん。作者も解説者も奇しくも大正15年(1926年)生まれで、 どちらも昨年の暮れに亡くなっている。生まれた日も1ヶ月くらい しか違わないと書いている。まさか亡くなる日まで1ヶ月違いとは、思わなかっ たであろう。(奥野7/25生11/26死、星9/6生12/30死、享年はどちらも71歳) 奥野さんはSFについても造詣の深い方だったのですね。 ショートショートは、日本文学が得意な短い文学形式への回帰という。
お二人の生まれた
1926年は、リルケが亡くなった年であり、マリリン・モンローが生まれ、
物理学の世界では量子力学の基本であるSchroedinger 方程式が
発表された年である。