アレクサンダー・ツェムリンスキー
Alexander Zemlinsky(1871〜1942)
<生涯>
ポーランド系オーストリアの作曲家。ウィーン音楽院(Vienna Conservatory)にてピアノをアントン・ドーア(Anton Door)に作曲をフックス(Johann Nepomuk Fuchs)に学びとびきりの成績で卒業。1893年にはウィーン音楽家協会に入りブラームスに認められた。初期の弦楽四重奏1番にはブラームスの影響があらわれている。1895年にアマチュアのオーケストラ「ポリュヒュムニア(Polyhymnia)」で若きチェリスト、シェーンベルクに出会い、シェーンベルクはその後ツェムリンスキーの妹マチルデ(Mathilde)と結婚することになるなど、終生その友情は続くことになる。また、このころ後にマーラーと結婚するアルマ・シントラーに作曲を教えている。1900年には2作目オペラ「むかしむかし」を当時音楽監督の地位にあったマーラーが国立歌劇場で取り上げてもらっており、1904年にシェーンベルクと共に「創造的音楽家協会」を設立(名誉会長はグスタフ・マーラー)した。1904年〜1911年の間、ツェムリンスキーはフォルクスオーパーの指揮者を務めていて、1906年以降は最初のカペルマイスターの地位にあった。 1911年〜1927年はドイツ国プラハ歌劇場の音楽監督としてシェーンベルクの「期待」の初演などに携わっている。1920年からはドイツ音楽アカデミープラハで作曲のマスタークラスを受け持ち、1927年〜30年にはオットー・クレンペラーのもとでベルリンクロールオペラの指揮者として活躍し、プロイセン芸術アカデミー教授に就任した。しかし、ナチスの台頭の影響でシェーンベルクは1933年にアメリカへ亡命。ツェムリンスキーも後を追って1938年にアメリカへ亡命。ほとんど脚光をあびない不遇の晩年を過ごした。
ツェムリンスキーの名は一般に現代音楽の教祖、アルノルト・シェーンベルクの師として知られる。というよりも、そうとしか知られていなかったのであり、作曲家として扱われ方はその才能に比して低いものである。彼には10の舞台作品、7つのオペラと喜歌劇、バレエ、劇音楽が1つずつ。シェーンベルクは「ワーグナー以降の作曲家で彼以上に優れた音楽的実質を持って劇場の要求をみたすことができた作曲家を私は知らない。」とまで言っている。ここ最近は再評価の機運が高まってきており、実に嬉しい限りである。
<作品>
オペラ「フィレンツェの悲劇」作品16
「抒情交響曲」とならんでツェムリンスキーの作品の中でも比較的メジャーなオペラである。原作はオスカー・ワイルド。作曲は1915〜16年。第一時世界大戦中の作品だがこの時期のオペラとしては、シュレーカー「烙印を押された人々」、コルンゴルト「ヴィオランタ」、シリングス「モナリザ」がある。シュレーカー、シリングス、ツェムリンスキーは学生時代から交友関係があった。コルンゴルトはツェムリンスキーの教え子である。ツェムリンスキーがシリングスの「モナリザ」初演を指揮し、シリングスは返礼として1917年にこのオペラを指揮した。
「叙情交響曲」や「弦楽四重奏曲2番」とならんで甘いメロディーが特徴のこの時期(中期にあたるといえる)の傑作群のひとつである。
主題、動機の数は少なく、変奏によってこの一幕オペラは有機的に統一されている。色彩感が豊かで管弦楽は厚みのあり複雑である。クライマックスで、ヴィオラの高音のピチカートにつづくヴァイオリンが突然グリッサンドで11度下降するあたり、マーラーの未完の10番5楽章で13度の跳躍が使われているその影響だろうか。
交響詩「人魚姫」
シェーンベルクの初期の有名な交響詩「ペレアスとメリザンド」と同時に初演された(指揮:ツェムリンスキー)。この二つの交響詩は、シェーンベルクとツェムリンスキーがロマン派の標題音楽とブラームスの絶対音楽を融合させる試みをなした作品といえる。前者が単一楽章制の新しい形式の充実を図ったものであるのに対して、後者は三楽章制の古典的な構成であるのがて興味深い。一部では「ヴァーグナー、リストからシュトラウス、マーラーに至る最も完成された現代の巨匠たちの成果の折衷」と評価されたものの、世間の注目はシェーンベルクの作品に注がれた。ツェムリンスキーは失望し、「人魚姫」は出版されることなく、演奏されることもなかった。ツェムリンスキーはこの交響詩を「死の交響曲」に発展させる計画をもっていたがこれも実現しなかった。スコアの所在もわからなくなってしまったのであった。しかし1978年ごろにウィーンの国会図書館に保存されていたオーケストラスコアが「人魚姫」と断定され、復演されることになった。
(内容)一楽章:木管による極めて重苦しい音楽が海底を描写する。続いて独奏ヴァイオリンによる人魚姫の淡い感じのモチーフが提示される。極めて後期ロマン派的な甘味を帯びている。これが徐々に大きくなり、嵐の場面、船を転覆させる場面。トランペットが海のモチーフを演奏するが、もはや金管の絶叫である。そしてエピローグで再び人魚姫のモチーフがながれる。
ニ楽章:激しい導入。人魚姫が海の魔女のところへ行く場面。そして舌を切られる(謎)。ここの場面の悲痛な音楽は感動を禁じえない。まったくもって素晴らしい。エンディングの余韻も最高である。
三楽章:人魚姫の最後が描かれる。終楽章では作曲家の構成力の充実ぶりが示される。密度の高い音楽が展開される。
管弦楽曲「抒情交響曲」作品18
1924年、シェーンベルクのオペラ「期待」初演の2日前にツェムリンスキーの指揮で初演された、彼の作品で最も成功したとみなされ、最もよく知られる曲である。歌詞はラビンドラナート・タゴール、ドイツ語訳はハンス・エフェンベルガーによっている。
そもそも初演当時はマーラーの「大地の歌」の模倣(七楽章制だが)と批評されたが、内容は「大地の歌」が静かな諦観に満ちた、死を間近にしたマーラーの悟りであり、極めて厭世的であるのに対して「抒情交響曲」は一貫して愛の歌である。
ツェムリンスキーの音楽は弟子のシェーンベルクが無調、十二音技法を開拓した後も調性的である。しかし後の「弦楽四重奏4番」などに顕著な、甘い旋律のかげの無調とは違った「狂気」がある。例えばこの曲の2楽章首飾りの歌の歌詞、音楽を聴けばお分かりいただけるだろう。
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