アルノルト・シェーンベルク

Arnold Schoenberg(1874〜1951)

<生涯>
「私が切に願うのは、、人が私のことをチャイコフスキーのような種類の、チャイコフスキーよりはちょっとはましな作曲家だと思ってくれたらということなのです。
 ―――――――そして何より望むのは、人が私の曲の旋律を知っていて、それを口笛で吹いてくれたらということなのです。」
(ロスバウト宛書簡、1947年)

年号主な出来事
18749月13日、ウィーンに生まれる
1989父親の死
1891銀行の見習い社員になる
1895「ポリヒムニア」で活動。ツェムリンスキーと親交を結ぶ
1901ツェムリンスキーの妹マチルデと結婚
1904「創造する音楽家協会」設立(名誉会長グスタフ・マーラー)
1912「月に憑かれたピエロ」作曲、初演
1913「グレの歌」初演で大成功
1915徴兵される
1918「私的演奏協会」設立
1923「十二音技法」を公に告知
1928「管弦楽のための変奏曲」フルトヴェングラー/ベルリンフィルにより初演
1933アメリカ亡命
1934ロサンゼルスに移る
1941カリフォルニア大学で「十二音技法」について講演
1946心臓病の記録「弦楽三重奏曲」作曲
1949ウィーン市から名誉市民の称号
19517月13日ロサンゼルスで死去



<作品>
室内楽「ヴァイオリンのためのピアノ伴奏つき幻想曲 作品47」
作曲は1949年に、友人のヴァイオリン奏者であるアドルフ・ゴルドフスキーに依頼されて、一ヶ月足らずで作曲された。 室内楽曲は、その前衛性から演奏機会に恵まれないシェーンベルクの作品が演奏されうる数少ないジャンルの一つであったが、 この曲は「浄められた夜 作品4」に始まる彼の室内楽作品の最後の作品で、後期様式の範疇に入るといわれる。 作曲はヴァイオリン声部から進められたが、作曲者本人が「難しい曲です」と認めるように超絶技巧が要求される。 これまでの12音技法を用いたシェーンベルクの作品が古典的な形式であったのに対して、後期ロマン派的だった初期に追求した単一楽章を用いている。 音列の主題を断片的に処理しているのも特徴である。曲の随所にみられる音の振幅の大きい主題や複雑なリズム、難解な構成はこの曲を非常に聞きづらくしているように思われるが、 弦楽三重奏曲と並んで室内楽の傑作にはいる作品なのだろう。



室内楽「弦楽オーケストラのための組曲」
 現代音楽の教祖による調性音楽。しかしこの作品は、後期ロマン派的作風で知られる初期のものではなく、アメリカ亡命後のものなので十二音技法を確立したあとの作品と なる。アメリカ亡命後初の仕事として、調性音楽でない音楽に接していなかったアメリカ人向けに、また学生オーケストラのために作曲された。 亡命直後のこの時期に調性音楽を書いたことは、おそらく3度の協和音を用いる古典的な後期様式に影響したと考えられる。初演は1935年にクレンペラー/ロサンゼルスフィルによる。
 序曲、アダージョ、メヌエット、ガヴォット、ジーグから成る完全なバロック音楽。序文によると、「現代的感覚を準備させるような和声によって、現代音楽の演奏技術に対する心構えを与えるものとして構想されている」という しかし学生への課題用の音楽として作曲されたにしては、優雅な旋律、モダンなリズム、整然とした構成、あまりにも完成度が高い。
 



管弦楽曲「管弦楽のための変奏曲 作品31」
木管フルート4(内ピッコロ2)、オーボエ3、イングリッシュ・ホルン、小クラリネット、クラリネット3、バス・クラリネット、ファゴット3、コントラファゴット
金管ホルン4、トランペット3、トロンボーン3、チューバ
打楽器ティンパニ、大太鼓、小太鼓、長太鼓、シンバル、タム・タム、トライアングル、シロフォン、グロッケンシュピール、フレクサトーン、チェレスタ
弦楽器マンドリン、ハープ、弦5部
  1928年にシェーンベルクはこの作品のオーケストレーションを完了した。彼にとって様々な点で画期的な作品である。 一つにはフルトヴェングラー/ベルリンフィルという望みうる最高の組み合わせで初演が行なわれたこと(といってもベルリンフィルの聴衆は保守的で初演は失敗に終わった)。 一つには十二音技法をオーケストラにはじめて用いたこと。これはオーケストラでは完全八度が響きの上で重要な役割を担うのに、 十二音技法のドグマでは8度は禁止であることを考えるとわかりやすい。オーケストラの編成が大規模で打楽器もガンガン用いられているのにどことなく室内楽的である。また「バッハに帰れ」のスローガンを嫌っていた 彼がその音列からB-A-C-Hを(全部で3回らしいが)導き出していること。この作品が十二音技法による 「フーガの技法」と呼ばれる所以である。
 曲は導入、主題、9の変奏、フィナーレより成る。リズムを変え、楽器編成を変えて音色を自在に変化させた変奏である。色合いの変化が美しく、非常に面白い。   



独奏曲「6つのピアノ小品 作品19」
作曲は1911年。この時期の作品はヴェーベルンのような極小形式を用いた短い曲が多い。 実際には6曲目だけ作曲時期がずれているが、 この曲は極めて遅くしかもほとんど和声だけで構成されていて、マーラーの葬式のときの鐘の音から霊感をえたといわれ、 マーラーへのレクイエムとされる。特にはじめの和音がイ-嬰ヘ-ロとなっているのはマーラーの第9交響曲1楽章冒頭のハープのモチーフとの関連が指摘されていて、 マーラーの崇拝者だったシェーンベルクがこの交響曲のスコアをすでに見ていたと思われる。



歌曲「2つのバラード 作品14」
 調性時代のほぼ終わりの頃の作品。ベルリンの雑誌が募集した最優秀バラード賞に応募するために 1907年3、4月に作曲されたが残念ながら落選した作品。
1、ジェイン・グレイ(詩:ハインリヒ・アマン)
2、決死隊(ヴィクトール・クレンペラー)
ジェイン・グレイはエドワード6世の死後義理の父の陰謀で英国女王にされたが9日間で退位させられ、 王位剥奪者としてメアリ一世に夫と共に処刑された悲劇の人。
ピアノパートが極めてドラマティックなのは歌詞と無関係とは思えない。



歌曲「架空庭園の書 作品15」
 架空庭園とはバビロニア女王セミラミスが築いたとされる伝説の階段状の空中庭園のこと。 歌詞は弦楽四重奏曲2番の3、4楽章と同じくシュテファン・ゲオルゲの詩による。1908年から1909年にかけて 作曲されウィーンで1910年に初演されている。  シェーンベルクが無調、そして表現主義といわれる様式を確立したとされる斬新な作品で、これまでの 作品とは一線を画する。この新しい様式は四度和音と変奏の技法を効果的に用いていて、ロマン主義とは まったく異なる音楽を作り上げている。



交響詩「ペレアスとメリザンド作品5」
木管ピッコロ、フルート3、オーボエ3、イングリッシュ・ホルン、小クラリネット、クラリネット3、バス・クラリネット、ファゴット3、コントラファゴット
金管ホルン8、トランペット4、アルト・トロンボーン、テナー・バス・トロンボーン4、コントラバス、チューバ
打楽器ティンパニ2、大太鼓、シンバル、タム・タム、トライアングル、リュールトロンメル、グロッケンシュピール
弦楽器ハープ2、弦5部
 多くの作曲家にインスピレーションを与えた象徴派の詩人メーテルリンクの劇「ペレアスとメリザンド」による交響詩。 ドビュッシーのオペラが特に有名であるが、フォーレ、シベリウスの付随音楽がある。 初演は1905年にウィーンで、創造する音楽家協会でシェーンベルク指揮によって行われた。 リヒャルト・シュトラウスやヴァーグナーの影響も見受けられ、ニ短調の単一楽章ということになっている。 中間部にスケルツォ、緩徐楽章のような部分がみられるソナタ形式であり、全曲を統一しようという構想に基づいている。 おもしろい奏法も多い。例えばゴローがペレアスを穴蔵に導いていくときに効果的に用いられるトロンボーンによるグリッサンド(気持ち悪いが・・・)。



室内楽「室内交響曲一番 作品9」
 初期シェーンベルクの創作活動の総決算といわれる作品である。自身もこれまでの作品の中で最も良い出来、と認めている。 初演は1907年にロゼ四重奏団とウィーンフィルによってなされた。難曲で、たとえばウィーンフィルのホルン奏者は冒頭の4度ずつ上昇する6音が吹けず分担したと言われる。 アレグロ、スケルツォ、展開部、アダージョ、再現部の5つに分かれるという。コーダのピッコロで頭がグラグラしてくるのが印象的な曲である。 室内交響曲はシェーンベルクが経済的な理由で人数をできるだけ省いたことからはじまった。 このジャンルジャンルは、オーケストラの厚みのある弦の音がだせず、弦と管がきわめて音量的にもバランスよく構成されないといけない。 作曲家のオーケストレーションの見せ所である。この曲はいまにもほどけちりそうなほど緊迫したシェーンベルクの絶妙な対位法が堪能できる。 この時期から4度音列、4度の不協和音を多用しており、極限まで半音階を推し進めたようである。 シェーンベルクの開拓した室内交響曲というジャンルを、つづいてシュレーカーが、今度はさらにロマンティックな形で継承しているのが興味深い。



「グレの歌」
 デンマークの詩人ヤコブセンの詩に基づいて歌曲を作ろうとしたのが発端で徐々に構想は膨らみこのような超巨大管弦楽編成を要する作品となった。詩はウィーン大学教授のフランツ・アーノルトによってドイツ語訳されたものをさらにシェーンベルクが改訂したもの。
木管ピッコロ4(フルート持替)、フルート4、オーボエ3、イングリッシュホルン2(オーボエ持替)、A管またはB管クラリネット3、Bs管クラリネット2、B管バスクラリネット2、ファゴット3、コントラファゴット2
金管ホルン10(ワーグナーチューバ持替)、F、B、C管トランペット6、Bs管バストランペット1、アルトトロンボーン1、テノールバストロンボーン4、Bsバストロンボーン1、コントラバストロンボーン1、コントラバスチューバ1
打楽器ティンパニ6、リュールトロンメル、シンバル、トライアングル、グロッケンシュピール、大太鼓、小太鼓、タンバリン、木琴、ガラガラ、タムタム、鉄の鎖、チェレスタ
弦楽器第Tヴァイオリン20、第Uヴァイオリン20、ヴィオラ16、チェロ16、コントラバス14、ハープ4
この曲のために48段の五線譜を特注したというエピソードはもはや伝説である。 巨大管弦楽を駆使した名曲として、マーラー「千人の交響曲」、R・シュトラウス「エレクトラ」、シュレーカー「烙印を押された人々」、ラヴェル「ダフニスとクロエ」などに匹敵する。 作曲は1901年〜1911年、初演は1913年にシュレーカーによってなされている。歌曲とも交響詩ともオペラとも解釈できる不思議な形式の曲である。 途中オペレッタの編曲などで作曲が中断されているので、第一、二部と第三部で齟齬が感じられる(作曲者も認めている)。中断の間にすでに調性を放棄した曲を書いていて、この曲の完成と同時期には「月に憑かれたピエロ」を作曲しているのだから驚きである。  トリスタンからの引用を含むように、ヴァーグナーの楽劇の延長上にありながら、シュプレヒゲザングが用いられる第三部など、ロマンティックな要素とアバンギャルドな要素が絡み合っているといえる。




トップに戻る