今日のオススメ!
第25回 ヒンデミット:ピアノソナタ一番
様々な編成による作品を数多く残したパウル・ヒンデミットは、プロでは現在ではせいぜい「交響曲《画家マティス》」や「ウェーバーバリエーション」等が演奏される程度である。アマチュアによって数々の作品が演奏されているとはいえ知名度はあまり向上しない。嘆かわしいことであるとグールドも述べているが、まさにその通りである。ここで取り上げるヒンデミットのピアノソナタ一番は擬似調性的な作品で、彼にしては珍しく、我々にとって難解と思わしめる複雑なリズムがみられない。彼の音楽の特徴はなんといっても終盤に現れる恍惚とするような印象であるがこの作品も例外ではないだろう。とはいえ曲想を指示するLebhaft(活発に)の通り、ルバートの無いきびきびとした演奏がのぞましいと思われる。ヒンデミットに抵抗のある人にオススメの曲である。
第24回 シューマン:天使の主題による変奏曲
近代音楽においてロマン派の嚆矢となるのは誰かと考えるとF・シューベルトかR・シューマンに行き当たる。殊にシューマンは近代ピアノ奏法の基礎を築いた人物でもあり、その業績は見逃せない。それは右手のための音楽(右手で奏されるフレーズに左手の伴奏が追従する音楽)の始まりでもある。
シューマンの著名なピアノ作品は初期に偏っている。この曲は最晩年の作品だが彼の本質はさほど変わっていない。彼の本質、つまり熱にうかれたような物憂いカンティレーナである。このように言うと、彼が自らのピアノ教師の娘、クララへの恋心を募らせて作曲した「幻想曲」が思い出されるかもしれない。ロマン派の注目すべき特徴はベートーヴェンに見られる偉大な英雄精神ではなく、病的なまでの情熱であるかもしれない。シューマンはそれを自らの生涯において実践した点でロマン派の嚆矢にふさわしい。
さてこの曲はかの有名なライン川入水前後に作曲された。主題は数年前に彼が作曲したヴァイオリン協奏曲から取られたものだが健康状態の悪化した本人はそのことさえ憶えていなかったという。はっきり言って、変奏曲ではあるものの変奏の技法を聴くための音楽ではない。5つしか変奏はないし、カノンだって単純模倣したものだ。だが何故。この天使の主題はメロディーとしては第一級の美しさをもっている。それだけで充分である。
第23回 ドビュッシー:神秘劇「聖セバスチャンの殉教」
後期のドビュッシーは器楽美を極限まで発現させたピアノ曲が中心とはいえ、彼の管弦楽による描写の天才性は交響詩「海」や歌劇「ペレアスとメリザンド」によって証明されている。その管弦楽曲のひとつの終点を成す作品こそこの「聖セバスチャンの殉教」である。浮動的な和声に支えられた象徴的な音楽、言葉を変えれば「地に足がつかない」という形容がぴったりのドビュッシーだが、たとえば3幕導入の金管の絶叫は、冗長さは免れないもののかつてない力強さを見せていて興味深い。無調を自力で開拓したのはシェーンベルク、スクリャービン、そしてこのドビュッシーだが、彼の作り出す複調的で魔法のような音響は、後にフランツ・シュレーカーが歌劇「烙印を押された人々」の前奏曲でみせるような音響の先駆のように思われる。長いメロディーが存在せず、ワーグナーのシンフォニックなライトモチーフとも異なるドビュッシー独特の音色とメロディーは、雰囲気としてはまさに「神秘」に近いものを醸し出している。初演に失敗した作品で、交響的断片としての録音が一般的だが20世紀の誇る名曲のひとつであることは確実だが、奇しくも作曲年は好敵手のマーラーが亡くなった1911年である。
第22回 グールド:弦楽四重奏曲作品1
時代錯誤と評されたこの作品は1951〜53の3年間の間に作曲されたという。和声など、様々な点で初期のシェーンベルクの模倣とも思える後期ロマン派作風のこの曲は、独立したフーガをもっていたり、最後には300小節にも及ぶというコーダが待ち受けているが、つまるところ単一楽章の拡大されたソナタアレグロである。同じ旋律がほとんど現れないが、全体としては曲の始めに低音で奏される「ハ−変ニ−ト−変イ」の四音から成る動機で貫かれていて、統一されている。幾分即興的なシェーンベルクの弦楽四重奏1番ほどの豊かな楽想はさすがにもたないが、時折奏されるリヒャルト・シュトラウスを思わせる繊細な旋律に心を奪われずにはいられない。
彼が線的対位法を極めていたのは、コマーシャルのための曲、という「それほどフーガを書きたいか?」(四声と弦楽四重奏のための小曲)を聞けば明らかだ。展開部のフーガ以降、再現部まで混沌とした響きが醸し出される。コーダでは四音の動機から生じる展開を回顧しつつ落ち着いていく。最後は強烈な印象を与えるトレモロで締めくくられる。曲はみずみずしい輝きがあるが、推敲が重ねられており、冗長さはない。
グレン・グールドは自身の生涯を、30歳まではコンサートピアニスト、50歳まではレコーディング、それ以降は作曲に費やそうと考えていたという。想定していた曲は交響曲、オペラなどジャンルにおいて様々であるが、彼は丁度50歳の時にこの世を去った。次に彼が書いたフーガは何だったのか。
第21回 フランク:コラール第三番
フランクの最晩年に作曲されたこの作品は、10分程度の規模のなかに凝縮された表現と、簡潔で無駄のない構成が見られる。これは大規模な循環形式をもったソナタやシンフォニー、壮大な世界のやや色彩的な描写のうまさが光る交響詩群にない特質である。ところで、この作品が生み出された1890年は作曲者の死の年であり、作曲者の生涯の歩みの総決算といえる金字塔、ニ長調弦楽四重奏曲により生涯初めてといってよいその作品の偉大さにいくぶんは比するであろう賞賛を受け、ようやくにして名実ともに巨匠たる領域に達した年であるが、明らかにこの作品は未来を志向したものであり、それまでの諸作品とはやや趣を異にする。それは未来というべきか過去というべきか判別しがたいものには違いないが、バッハの精神の直接的継承を極めて明確にしている点においては20世紀初頭のレーガーその他の現代的擬古典主義の先駆となるものであるといえよう。もっとも彼らとのつながりはなく、音楽史的な時の流れによる偶然の路線の一致であると思われる。しかし、共通するのは19世紀を支配したワーグナーの影響を否定することなく、ブラームスに継承された絶対音楽的美学をより一層推し進めた形での音楽の新たな方向性の一つを確信をもって指し示したことである。多声による立体的構成の美しさを極めることは、それだけで当時の最先端たりえることをこの作品はともすれば目をそちらに奪われてしまうような美しく陰影に富んだ旋律の衣をもって我々に証明している、と解釈している。なお、この作品の半音階的和声進行はかなりはっきりとした形でワーグナー的半音階からの独立を示している。それはよりバッハの半音階進行に近いものではあが、バッハに帰ったのではなくバッハに飛躍しようとしたものというべきではないだろうか。もっとも志半ばにしてフランクは不慮の事故が原因の病によってこの世を去り、また現代的擬古典主義そのものは、シェーンベルクがその初期にあまりにすぐれた形で、つまりワーグナーからの決定的な独立を意味する斬新な音響とブラームスをはっきり凌駕する論理的構成美による「完成」によって皮肉なことに旧来の形式感、価値観をもった絶対音楽に残された可能性を制限してしまったことによって骨子を抜かれた感もあり、レーガー以降その流れは細々としたものとはなってしまったが。いうなれば彼らの擬古典主義は過渡期的な現象であり、この作品は過渡期の産物といえるのであろう。それにもかかわらず、音楽史的な価値評価とは別の部分に巨匠フランクはその世界をもっているのであり、最終的には音楽を立体的に概観できる人々にのみ、その圧倒的な「美学」をもって彼は何かを語るのではないだろうか。
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