エーリヒ・ヴォルフガング・コルンゴルト
Erich Worfgang Korngold(1857〜1957)
<生涯>
コルンゴルトとフランツシュレーカー、ヨーゼフマルクスの3人はウィーンポストロマン派といわれている。
アントン・ブルックナーの弟子で、ワーグナーの賛同者であったユダヤ人批評家、ユリウス・コルンゴルトの次男として生まれた。父親は父親で優秀なジャーナリストであったが、「批評家の息子が天才作曲家」という事実はのちにこの親子に悲劇をもたらした。オーストリア帝国末期に出現したこの作曲家は幼い時からすでに作曲をはじめており、8歳のときにつくったカンタータ「黄金」はグスタフマーラーに「天才だ天才だ!」と絶賛された。ピアノソナタ2番はリヒャルト・シュトラウスに、その天才性を認めさせた。ヴォルフガングという名がモーツァルトと同じだったのでモーツァルトの再来と世間ははやしたてた。彼の名声のピークは大戦間の1920年初演のオペラ「死の都」であろう。ヨハンシュトラウス的なウィーンの香りを感じさせつつマーラーを思わせる重厚なオーケストレーションは見事の一言に尽き、大戦間に生まれた名曲の一つだろう。その後の情勢の変化で人気を得なかった作品や、初演さえ難しくなった作品もあったが、ウィーン市から芸術勲章を授けられ、オーストリア大統領からは「充分な敬意をもって」ウィーン音楽大学の名誉教授の称号を贈られ、さらに1932年には、大新聞『新ウィーン日報』のアンケートで、シェーンベルクと並んで存命する最大の作曲家に選ばれるほどの名声を勝ち取った。
映画音楽(ロビンフットの冒険)の作曲のため渡米中にナチスがオーストリアを併合し、ユダヤ人排斥をはじめ、故郷に戻るに戻れなくなったため家族をハリウッドに呼び寄せ、死ぬまでアメリカで暮らすことになる。映画音楽に手を染めた二流作曲家と揶揄されることもあるが、生計を立てるためには仕方がなかったと考えるべきだろう。
優れた作曲技法は後のハリウッドの映画音楽に多大な影響を与えたようだが、戦後は純音楽に転向。映画音楽からの多くの引用を含む交響曲や、ノスタルジーを感じさせるウィーンのためのソネットを作曲し、1957年に死去。
<作品>
オペラ「死の都」作品12
一般的にコルンゴルトの最高傑作とされる。1920年にハンブルクとケルンで同時初演され、ヨーロッパ中を席巻することになった。イントロからラストまでウィーンと世紀末的雰囲気が漂い、マーラーと錯覚するような膨大なオーケストラがそれを包み込む。一幕の「私を包む幸福よ」(パウル、マリエッタ)が有名。数多くの魅力的なワルツや、精緻なライトモチーフが冴える。
幸いなことに巨匠ラインズドルフがこの名曲のために屈指の名演を残している。磨きぬかれたオーケストラとパウル役のルネ・コロが魅力。
(あらすじ)舞台は古都ブリュージュ。妻マリーをなくしたパウルは妻の遺品に埋もれ暮らしている。ある日、亡き妻そっくりの女マリエッタと出会い有頂天。死者は戻らないと忠告する友人に耳をかさない。マリエッタとはイタリア喜劇団の踊り子。マリーのリュートをもたせるとあまりにそっくりで名前をまちがえる。パウルはすっかり魅了される。
ブリュージュの運河沿いのマリエッタの家の前をさまようパウル。喜劇団が船で到着、踊り子をたたえる。輿に乗ってマリエッタは過激「鬼のロベール」の美女復活の場を演じる。耐えきれず飛び出したパウルは現世の魅力に篭絡される。
亡き妻の部屋で二人が一夜を過ごした翌朝、ビリュージュでは聖者の行進が行なわれている。行進に魂を奪われるパウルの敬虔さをからかう踊り子は、亡き妻マリーの遺品をパウルが大事にしていることさえも嘲笑する。パウルは怒るがマリエッタはいうことを聞かない。マリーの遺髪を巻いて嘲笑するマリエッタをパウルは絞殺する。
気付くとマリエッタが訪れた最初の晩。全ては幻想だった。悪夢に夢を壊されたパウルはここには復活はないと悟り、死者に取りつかれた都を去る決意をする。
オペラ「ヘリアーネの奇蹟」作品20
コルンゴルトの妻、ルーツィに献呈されたこのオペラは、彼の作品の中で和声などにおいて最もアバンギャルドな作品であり、そのためかこの作品は、R・シュトラウスにとっての「エレクトラ」に喩えられる。複調の部分が多いが、旋律線が明確であるため、不協和音が多用されていても耳障りにならず、覚えるのにも苦労しない。コルンゴルトのいう、「シェーンベルクが開拓した和声」と「保守的な音楽の生み出す霊感」を統合させた作品といってよい。初演はハンブルクで1927年に行なわれ成功したが、親が有名な批評家だったのが災いしてパリのグルックのオペラ論争以来といわれるレベルの論争がまきおこった。ライバルはエルンスト・クシェネックのオペラ「ジョニーは演奏する」である。
ユリウス・コルンゴルトは強い影響力をもっていたが、クシェネクのこの作品のような時事オペラは当時大いに受けて、18ヶ国語に訳され上演される大成功振りで、ヘリアーネはその難解さや上演に金がかかることから次第に忘れられていった。あまりに抽象的なストーリー(そもそも名前を与えられているのはヘリアーネだけ)は聴衆に受けなかった。(この時期に煙草会社が「ヘリアーネ」と「ジョニー」という2つのたばこを作ったのは有名なエピソード)
音楽において。ライトモチーフは象徴的な概念に当てられることが多い。また舞台裏で奏でられるエコーのかかった響きは大変重厚である。開幕の、きらびやかで神聖さを想起させ強い印象を与える復活のモチーフは全曲通して主要な場面で流さる。暴君のグロテスクなモチーフはこれと対照的で印象は大変強いがなんともセンスのないモチーフで、このあたりのアンバランスさが良い。やはりR・シュトラウスの影響を感じさせるところが多々あるが、特にヘリアーネの登場シーンのきらびやかな雰囲気で「バラの騎士」の「地上のものとは思われぬバラ」を思いおこさせる。ラストの胸の詰まるような二重唱はコルンゴルトのインスピレーションの素晴らしさを最も実感できる音楽だろう。
(あらすじ)
[第一幕]暴君による冷酷な専制が国土全体を覆っている。妻のヘリアーネの愛を得られない暴君は臣民も苦しむべきだ、と幸福な生活を許さない。そこへ異国の男がやってきて、人々に喜びをもたらそうとしたが、とらわれて投獄される。揉め事を引き起こした罪として死刑を言い渡される。暴君が男に行為の理由を知ろうと牢獄を訪れる。執行を猶予して欲しいと男は願うがききいれられない。しかし最後の夜なので鎖ははずされた。暴君が去ると同時にヘリアーネが慰めようとやって来る。憐れみの心が徐々に愛へと変容する。彼の懇願にこたえて、まずその髪を、細い足を、そして裸の身体を見せる。最後の夜に抱かせて欲しいと男は哀願するがそれは受け入れられない。しかし彼女は男のために礼拝堂へ行き祈る。そこへ暴君が、もしヘリアーネに暴君を愛するよう教えることができたならば死刑を中止し、彼女自身も与える、と取引をするために戻ってくる。そうしているうちにヘリアーネが裸のままで戻ってくる。暴君は衛兵にヘリアーネを捕らえさせ、二人の審判を命じる。
[第二幕]裁判が始まる。暴君はヘリアーネを姦通の罪で訴えた。彼女は男の前で裸でいたことは認めざるを得なかったが、気持ちだけで身体は与えなかったと主張する。暴君は短剣を押しつけて自害するよう脅迫する。次に男が尋問されるが、黙秘しヘリアーネと2人にするよう願い出る。二人になった時、男はヘリアーネに口づけをし、短剣を奪い取ってヘリアーネの胸の中で自害する。暴君と裁判官たちが入ってくるがもう真相のただしようがない。彼は神の前でヘリアーネを試そうとする。彼女の主張が真実であるなら男を生き帰らせることができるはずだ、と。ヘリアーネは驚きつつも試練を受けることを決意する。
[第三幕]群集が城の前に集まる。ヘリアーネ、暴君、裁判官も集まる。試練が始まる。ヘリアーネが「生きかえれ」と叫ぶ。しかし心を偽ることができずに倒れて男を愛したことを認める。群集は彼女を火あぶりにしようとする。しかし暴君が制止する。彼はヘリアーネに自分のものになれば命を助けるという条件を出すが彼女はそれさえも拒絶する。群集は火刑台へ引きたてようとする。そこへ突然の雷鳴と空に星が現われ、異国の男が復活する。ヘリアーネは男のもとへ走るが暴君に剣で刺される。男はいまや力を失った暴君を追放し群集を祝福する。男とヘリアーネは揺るぎない愛で一体となって昇天する。
オペラ「ポリュクラテスの指輪」作品8
コルンゴルト16歳の作にして初めてのオペラ。ブルーノ・ワルターによって初演された。もう一つのオペラ「ヴィオランタ」とほぼ同時期に作曲され、前者は喜劇、後者は悲劇となっている。初めてといってもさすがは天才、という出来。若くみずみずしい、というよりも熟成されて充実した音楽であり、後の「死の都」につながるものを感じる。ハイドンからの引用などもあり楽しいオペラになっている(ややイタリア的だが・・・)。全体的には後期ロマン派的な甘美さが漂っていて、時代を感じさせる作品である。
ところで、コルンゴルトは「悪に対する徳(愛、勇気)の勝利」というテーマに強く惹かれていたようである。これもそのような内容であり、後の「ヘリアーネの奇跡」につながるものを持っている作品とも言えるのではないか。
(あらすじ)
音楽家のウィルヘルムは宮廷音楽長に就任し、また叔母の死でちょっとした財産が手に入れた。それを若い妻ローラと祝っている。そこへ長いこと行方不明だった友人、ピーター・フォーゲルが訪ねてきた。彼はウィルヘルム夫婦の幸せぶりに嫉妬を感じる。彼はウィルヘルムにシラーのバラード「ポリュクラテスの指輪」を教える(「ポリュクラテスの指輪」:ある幸福な王がいたが、その幸せぶりを神が羨ましく思っている、幸福でいたければ大切なものを犠牲にしないといけない、と忠告をうけて大切なポリュクラテスの指輪を海に捨ててしまった、という話)。ウィルヘルムは大切な妻を犠牲にするよう忠告される。
フォーゲルに言われたとおり、彼は妻を挑発するがローラは冷静さを失わない。結局議論を通して2人は真の愛を確信し、フォーゲルが陰謀を企てたのだ、と知る。夫婦は自分達を裏切った友人フォーゲルをポリュクラテスの指輪の犠牲にささげることを決意し、ウィルヘルムの「幸福は勇気である〜」の歌でfin
オペラ「カトリーン」作品28
前作「ヘリアーネの奇蹟」の(人気という意味での)失敗で、シリアスで象徴的な作品を書く意欲を無くしたコルンゴルトの次の作品は、当時人気の時事オペラに近いものとなった。題材はハインリヒ・エドゥアルト・ヤーコプの「アーヘンの家政婦」による。
音楽は、今までの後期ロマン派スタイルからは離れている。規則的な拍節に従った、分かりやすい旋律、番号オペラ式という点でこれまでより一層保守的なスタイルというべきだろう。ニ幕のナイトクラブの場面でサクソフォーンが使われているが、アルバン・ベルクの「ルル」の例を出すまでもなく、この楽器は妖艶な雰囲気を出すのに最適な楽器だと思う。
協奏曲「ヴァイオリン協奏曲」作品35
ハイフェッツが愛奏した、ヴァイオリン協奏曲の名曲である。作曲は1937年から1945年にかけて、コルンゴルト作曲の映画音楽からの数多くの引用を含む。
ヴァイオリンソロの細い旋律線が極めて甘美で、オーケストラの合奏になるとなんともゴージャスな音響響である。
打楽器の使い方など、映画音楽的な面も多い、コルンゴルトのアメリカ時代を代表する作品である。
室内楽「ピアノ三重奏曲 ニ長調」作品1
コルンゴルト弱冠12歳の頃の作品。ミュンヘンで初演され好評だった。神童コルンゴルトの世界的キャリアの第一歩となった作品である。「大好きなパパ」に献呈されたことは言うまでもない。
リヒャルトシュトラウスを思わせる豊かな楽想、フランクを思わせるような主題の循環的処理の卓越は、
円熟した大作曲家の趣を十分にたたえており、12歳の子供の作品だとはとても思えない完成度である。
現代的な、リズミカルなところもあり、これは特に二楽章スケルツォで顕著である。
歌曲「ウィーンのためのソネット」作品41
1953年作曲のコルンゴルト晩年の傑作。歌詞は、コルンゴルト本人が最高傑作と認める「ヘリアーネの奇蹟」の原作を書いたH・カルトネカー。
アメリカに亡命して以来、ハリウッドで映画音楽を作曲していた彼は晩年になって一種のホームシックになったと言われる。この歌曲は(歌詞のせいかもしれないが)それを反映した曲として、または告別の曲として有名である。
H・カルトネカーにはワーグナーの影響を受けた官能的な作品から神秘主義的な作品まであるがこの詩は後者のほうだろう。
彼の、旋律線がくっきりとしてい甘美な声楽パートも魅力だが、映画音楽から培われた技量からか、以前にも増して伴奏のピアノの響きがオーケストラ化しているのが面白い。
管弦楽「空騒ぎ」作品11
シェークスピアの戯曲への舞台音楽である。オーケストラの扱いはまだあまり慣れていないのかやや幼稚な印象を受けるが、
あのウィーン的な甘い旋律は、後のオペラ作品を思わせる。
室内楽「ピアノ五重奏曲」作品15
1920〜1921の作品とされる。オペラ「死の都」の後にあたる。コルンゴルトがオペラのような大規模な作品を書いた後に(息抜きのためか)小規模編成の作品を書くというのは有名である。
もはや管弦楽の扱いに熟練しきったからだろうか、ピアノ三重奏曲などに比べて室内楽であるにもかかわらずオーケストラの響きを要求しているようにも聞こえる。
二楽章アダージョは変奏曲で、「四つの別れの歌」からの引用を含むという。
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