ウルトラ日記
−準備−



手気ままな学生生活を送ってきたからといって、映画を作るという自由な雰囲気が自分に合っていると思いこまれたりするとまことに迷惑だ。
 要するに、映画を作るということは人を相手に仕事をするということだ。その点では、他の多くの仕事と変わりはない。

大森一樹






 昨年に引き続き今年も映画版ウルトラマンが製作されることになった、昨年のつながりで私が担当することになる。

 クランクインを1ケ月後に控え打ち合わせが始まった。
 主要なスタッフの面子はほとんど同じである、昨年もそうだったがこのチームに来ると実に安楽な気分になる、それはどんな気分であるかと言えば「下っ端気分」というものだろうか。

 この組のカメラマンは大岡さん、照明技師は高野さん、この2人は私が駆け出し (3人いる操演部の3番目)で参加した「ウルトラマン80」のときすでにカメラマンであり照明技師だった、 どんな世界でもそうだろうが最初に出会った時の関係はその後も尾を引く、10数年たった今私が技師の肩書きで参加してもこの2人の前に出ると下っ端意識がよみがえる。
 しかし始めに言ったとおりにそれは悪い気分ではない、次どうしましょうかね〜?てなことが気軽に聞けるからだ、今の私にとって指示を受けて行動するのは滅多にない贅沢といって良い。

 たとえば樋口組などへ行くと私は現場で上から2番目くらいのベテランということになり、監督を始めとして皆敬語を使って話しかけてくる、自分自身ではそんな偉そうなもんじゃないと思えるのでこれはえらくこそばゆい。
 (ウルトラの現場では呼び捨てである)

 ついでに言えば「ウルトラマン80」当時、他の作品ではあるがプロデューサーの鈴木氏は監督であったし、デザイナーの松原氏も一本立ちしていた、チーフ助監督の高野氏に至ってはもと操演部でわずか数日ながら直属の先輩であったことさえある。

 昨年は監督の小中氏が私より年下であったが今回は違う、ともかくメインスタッフ打ち合わせをしていると私が一番末席なのである、下っ端意識(というものの本質は「体はきついが精神的には楽」ということだろう)に身を浸してしまうのも仕方ない事ではないだろうか?(ダメ?)

 意見を求められるまで黙っているとういうのは技師としての責任を全うしていないようでもあるが、ともかくこのベテラン集団の中にあっては操演部の出来ること出来ないことなど周知の事実であって、多くのカットについては「ここは操演部に、こういう技術をもって、こういうことをやって欲しい」という切り分けが出来ている、実際にめったに意見具申する機会もないのだ。

 意見を言う場合でも、たとえば「 ”斜め親線” という話が出ましたが、台車が見切れるかどうか疑問ですし、といって ”行ってこい” だと線が太くなるので、”ガイド” で落とすのがいいと思います」てな事を言っても一発で理解されるので話しが早い(このたとえはビデオ版セブンの打ち合わせでの事だが)

 (逆に言えば大ベテランだが特撮を知らない人たちの中に入って「末席」で仕事をするのは悪夢であると言える、実例はいろいろあるが差し障りがありまくるので発表不能だ)
 
 ともかく再び疾風怒濤の日々が始まる。
 事故も怪我もなく、送りも少なく(!) しんどくなくて、見て楽しい作品が完成することを、映画の神様に祈ろう。 


8月11日〜14日

 決定稿を元に円谷プロにて打ち合わせが始まった、実のところ操演部が参加するには早いタイミングである。
 準備稿から始まって第二、第三、決定稿と進んだわりにはまだ台本は固まっていない、ロケハンが終わっていないので具体的な話にならない所もあるし、撮影方法以前の、たとえば「ここでこいつがこんなこと言うのは変だろう」というような問題の討議が始まったりするため操演部として実のある話にならないことも多いのだ。

 しかしチーフ助監督によれば絵コンテ打ち合わせが出来るのはクランクイン直前になるだろうという、TVシリーズだと打ち合わせして翌日から撮影開始ということもあるがそれはTVだから出来ること (実際TVの打ち合わせだと2/3くらいは「いつものアレでお願いします」済んでしまう)

 スタッフもTVとは違うわけだし、映画であればやはりTVよりクオリティの高い絵を作らねばならないと思うわけでそれなりの準備をしておきたい、撮影に入ってしまえば暇を見つけての作業しか出来ないわけなので、たとえ無駄になってもやるべき事の見当をつけておきたいと思う、そのため今回は打ち合わせに最初から参加しているのだ。

*  *  *

 監督からマシンガンを連発に改造して欲しいとのリクエストが出る、怪獣に襲われた隊員(ザコ隊員)が銃を乱射する(でもやられる)シーンに使いたいのだそうな。
 かつてマシンガン5丁を亀甲船で単発の発砲銃に改造したことがあったのだが「今度は映画だから」それを連発にしたいのだと。

 本来TV・映画において銃は(発砲を含めて)小道具係の管轄であるのだが円谷プロでは火薬効果の一環として発砲を操演部が行っている、これはレンタルで借りてこられるような単純なピストルの発砲じゃないことが多いせいである。

*   *   *

 10分休息、トイレタイムとします、と言うので会議室を出て駐車場を横切り母屋のトイレに行く、戻りつつ何気なく外を見ると自転車に乗った金子修介氏が前を通りすぎるところであった、目が合って双方びっくりである。

 見れば金子氏には外人さんの連れがいた、ファンゴリアの記者で東宝へ案内するところだという。
 もともと特撮マニアの金子氏とファンゴリアの記者であれば当然円谷プロに興味がある、私には見学を許可する権限はないので誰かに頼もうかと思っていたところこの成り行きを見ていた円谷の人が見ていっていいよ、と声をかけてくれたので2人を怪獣倉庫まで案内する。
 私は打ち合わせが再開するのでつきあえなかったが、彼らは怪獣倉庫のあまりのボロさに驚いたのではないだろうか。

 (これが世界の円谷かと思うほどここは古い建物が多い、ティガの「ウルトラの星」の回「昭和30年代、金城哲夫が新番組ウルトラマンの構想に悩んでいる円谷プロのスタッフルーム」というくだりを本当に円谷プロで撮影出来るくらいである。
 もっとも円谷の名誉のために言えば、これは円谷プロの所在地が住宅地に指定されて建て替えが出来ないためであるらしい)

 ところで我思うのだが人は一度つきあいが出来ると、ひょんなことで出会うことが多くなるということはないだろうか? 学校出てクラスメイトと会うことなどついぞなかったのに、同窓会をやったらそのあと偶然町で会う、というようなことだ。

 実は私はほんの少し前、金子氏のご指名によりCMをやったばかりなのだ、「G3」以来道で会ったことなどなかったのにCMをやったすぐあとこうして偶然会うとういうのは不思議な気がする、駐車場を横切るのはすぐだし、円谷の玄関先を自転車で横切るなんてまさしく一瞬だからだ、これこそシンクロニシティというものだろうか(違うか?)
 

16日〜21日

 受け取ったマシンガンを一つバラして見る、連発にするにはモーターで回転するロータリースイッチを仕込まなければならないのだが、ほとんどスペースがない、銃床部分に縦横がハガキ1枚くらい厚みが4センチほどの空間があるのみである、そうとうコンパクトな仕掛けを作らなくてはなるまい。

 小型モーターはしょっちゅう使っているので市販の工業用DCモーターでおさまるわけがないのはあきらかである 秋葉原のジャンク屋へ行って小型モーターを物色するがいいものがない、かくなるうえは田宮の変速ギヤシリーズを使うしかない。

 基本的に田宮はホビー向けの商品であると思うし、耐久性に疑問があるので仕事に使いたくはないのだがやむをえない、模型店でウォームギヤセットをガード下で小型のマイクロスイッチを10個買って帰る。

 マシンガンの銃口に拳銃弾を詰めてみると7個は入りそうなので7連発とする、アクリル板にマイクロスイッチをぐるりと並べて、中心にウォームギヤを取り付ける、厚さ4センチに納めるのはなかなか大変である。
 引き金にスイッチを連動させるのと、メインスイッチの取り付けは単発改造のものがそのまま使えるので若干手が省けた。
 結局1丁改造するのに3日を要する、助手連が参加したらこれを参考に残りの4丁を作ってもらうことにする。

*  *  *

 ロケハンに参加する、集合場所は「渋谷パンテオン前」、「新宿スバルビル前」「成城ミスタードーナッツ前」とともに東京の3大ロケ集合場所のひとつである、多いときはここに3つも4つもロケ隊が集合する。
 スタッフがバスを間違えることはまず無いが当日限りのエキストラ(「仕出し」とよばれる)などは間違えてよそのバスに乗ってしまうこともあるようだ(むかし東映の戦隊物のロケバスに間違って乗った役者がいたが、バスは奥多摩の山の中に行ってしまい、手近に駅もないような場所だっためその役者は一日中居心地悪そうにバスに乗っていたことがあった)

 早く着きすぎたため時間つぶしにケンタッキーに入ろうとしたところが、これまたシンクロニシティというものか中から合成大魔王こと松本肇氏が出てきた、氏からは3日前に「操演日記見ました」というメールが届いたばかりである。

 しかも「ちょうど良かった、11月あいてますか?」というご挨拶である、そのころ仕事お願いしたいのだそうだ、「ティガ」は11月上旬に終わるのでそれで良ければ、と返事をする、仕事は早いもの順に決まってしまうので本当に仕事があるなら早めに話しを通してね、と念を押しておく。

*  *  *

 今日のロケ先は有明のフェリー埠頭、沖縄−東京を往復しているフェリー内部をロケセットとして使えるかどうかチェックに行くのである。

 操舵室、機関室などを見る、機関室は狭い階段をぐるぐると回って降りた先にある、船の沈没映画で機関員が水に呑み込まれるシーンがよくあるがこりゃ無理ないななどと思う。
 そこには一抱えもあるようなシリンダーヘッドを16個持つ巨大エンジンが2機並んでいる、ターボのローターは二抱えほどもある、一機12000馬力だそうな。

 ムッとするほど暑く、騒音で大声を出さないと会話が出来ない、ここで撮影したらはげしく疲れそうである。
 船の外に出て、案内してくれた船会社の人にさすがにうるさいですね、と言ったところメインエンジンは今止まっているんですよ、あれは荷積み作業に使う小型エンジンの音です、と言われてしまった、う〜〜む男の職場だ。

*  *  *

 特撮オンリーの作品と違ってロケは変化があって良い、とくに撮影というやつはめったに人のいけない所に入り込めたりするのが面白い、まあとんでもない場所でとんでもない事をしなくちゃならないハメになったりするので、手放しで楽しんではいられないのだが。

 8月23〜31日

 23日より大久保、青木の両名が合流する、2人はガイア特撮班で川口の助手を務めていたのだがウルトラシリーズが一段落し東宝ビルトスタジオの特撮専用ステージを全面的にバラすことになったため、3年分の機材の引き上げと整備に1週間近くかかってしまいほとんど休みもなく次の仕事に参加することになってしまった。

 ガイアに限らずクランクアップ寸前はどこもきつい、映画のティガも楽ではないのでここで少し夏休みを入れてあげたい所なのだがそれでは準備が間に合わないのだ。
 これはもう「仕事があるのは人生の喜び by 後藤隊長(特車2課)」と思うしかないだろう。

 しかし、このように次から次へとしんどい現場が続くのは実は操演部だけ、という説もある、他のパートは「普通の」ドラマとか映画へ行くこともあるだろうが我々の現場はいつも特殊撮影なのだ、そして特殊撮影が楽であったためしはない。

 どこに行っても、休みをよこせの開始時間が早いのと文句を言うのが私だけなのは、そのせいかもしれない、「特撮に入ると休みがないよね〜」とかお気楽に言うスタッフが時たまいるのだが、それを肯定したら我々は一生休みがないことになってしまう。

*  *  *

 マシンガンの改造を2人に引き継ぐつもりが、前日になって「明日のロケハンの集合時間が出ましたので連絡します」と製作進行の大谷君から電話が入る。
 全然聞いてなかったので「操演部に関係するロケハンなの?」と聞くが本人は「連絡しろと言われたので〜」と要領を得ない、まあ「間違って操演部を呼ぶ」ような人たちではないと思われるので黙って行くことにする。

 マシンガンの改造についてはクリティカルな部分もあるので直接説明したかったのだが仕方ない、指示を細かく書き残すことにする。

 ロケハンは「横須賀方面、ミスタードーナッツ8時半出発」だと言う。

*  *  *

 始めに八景島シーパラダイスへ行く、ここは出番がないが暇なので皆についてまわる、残暑きびしく刺すような日差しがふりそそぐ、舗装路面からの照り返しもあって蒸し焼きにされているようである。

 午前中いっぱいかかって終了、関係ないロケハンで疲れた。

 午後横須賀に移動、海洋科学技術センターの深海調査研究船「かいれい」を見る、「G3」の冒頭にでてきた無人探査機「かいこう」の母艦である。

 本来はここの甲板でのみロケを行う予定であったのだが、前回のフェリーの条件があまりよくないので (午前8時に入港して午後5時に出航する間のみ撮影可能、到着が遅れても出航時間は変わらない) 船内部の撮影もこちらで行えないか、という話になったらしい(ので私も呼ばれた)

 民間のフェリーと違ってお国の船は設備が良い、通路も広く観葉植物なども置いてある、「かいこう」のコントロールルームなども見せてもらうが広くて使いやすそうな部屋である。

 肝心のロケ場所はいろいろ見た結果まさしく「かいこう」の格納庫で行うことになる、機関室などより広く、立体的で面白い絵が撮れそうな場所である、先にも述べたがこんなところに入り込めるのも映画製作の喜びのひとつであろう。

*  *  *

 翌24日は栃木県大谷の採石場でテスト撮影とロケハン、我々はFOGメーカーを持って行くだけである。

 亀甲船から出る機材車は大久保、青木の両名にまかせ私は例によって直行する、インターの宇都宮出口は昨年、一昨年と通い詰めた佐野藤岡の2つ先であり通い慣れた道といって良い。

 本隊はスバルビル前7時半出発であるというので8時頃家を出る、少し早すぎると思ったところが案の定本隊より30分以上早く着いてしまった、次は本隊から1時間遅れとしよう。
 新宿に集合しようとすれば1時間前に家を出ることになるわけで、直行することで2時間(往復で4時間)得することになる。

 大谷のロケ地は観光用に整備された「資料館」と近くの「廃坑」の2つに分かれ、さらに廃坑は「地下道」「1階」「2階」の3ケ所に分かれる。

 操演部の仕事は地下道のFOG焚きと1Fでマシンガンの発砲、2Fの「壁面の大爆破」である、下見に来ていた大岡さんと監督に「壁面爆破」の場所とイメージの説明を受ける、とくに難しいこともない、しかしこの閉鎖された場所でセメント爆破なんかしたら後が大変だと思う(ホコリが)

 地下でテスト撮影、FOG焚き。

 15時頃テストの現場が2Fに移ったところで操演部はご用済みになる、まだまだ続く撮影隊を残して我々は先に引き上げる、私は6時には家にいたが2人が亀甲船に着いたのは8時であったという、撮影隊は何時になるのだろうか?

*  *  *

 26日よりいよいよ絵コンテ打ち合わせが始まる、監督により全シーンがカット分けされ、少しでも仕掛け、アクション、後処理(作画、CG、合成)のあるカットは全て絵コンテに描き起こされている。

 ここがキモである、各パートの責任者がそろったところで1カットずつどう撮るか検討していくのだ、これは現場で吊るの、こっちはグリーンバック撮影して合成されるの、ここまで現場で撮るからあとはCGでお願いしますの、こういう作り物が必要ですのと間違いなく、誤解なく詰めて行かなくてはならない、全員が顔を合わせ意見を戦わせることが出来るのはこのときだけなのである。

 この打ち合わせにいかに対処するかが技師の仕事の大半であると言っても過言でない。
 監督の要望を聞き、何が出来るか、何が出来ないかをその場で判断する。
 いつもやっているようなことや、逆に絶対無理なものなら話は早い、問題はやったことがなく、でもひょっとしたらうまくいくかもしれない (でもやってみなければわからない) 微妙な仕掛けの取り扱いである。

 引き受けておいてあとで出来ませんでしたでは済まないし、といって安全を見越して出来ませんとばかり言っていたのでは面白い映画は出来ない。
 それはうちがやった方が良くはありませんか?てこともあれば、よそのパートは軽く考えているけど実は操演的に難しい作業である場合もある、その時は理由をわかり安く説明しなくてはならないし、代替案を提示する必要もある。

 話しを聞き、説明し 説得し 交渉する、これがうまくいけば仕事は終わったようなものである(わけはない)
 
 たまにどうしても説得しきれなくてうまくいくかどうかわからないカットをやるハメに陥ることがある、映画の出来を左右しそうな重要なカットであったりするにも関わらずテスト不能でしかも1発勝負であったりする、こうなると気が重くてそのカットが終わるその日まで鬱々として気の晴れない日が続くことになる(長く続けば胃潰瘍必至であろう)
 もっともそういう事態はたいてい仕掛けのことも操演のこともわかっていないスタッフと一緒になった時に起こることで、特撮を知っている(円谷・樋口・雨宮)の組で起こることはない、時に成り行きで「うまくいくかどうかわからないカット」をやるハメに陥ることがあっても、それは皆承知してくれているのでプレッシャーやストレスを感じることは無いのだ。

*  *  *

 絵コンテ打ち合わせは31日まで続いた、クランクインは9月2日なのでまさしくチーフ助監督の読み通りである。
 (スケジュールの設定というスタッフの命運の鍵を握るチーフ助監督は「読み」が仕事である、この読みが甘い人間がチーフになると現場は悲惨である)

 30日は絵コンテ打ち合わせを中断してオールスタッフ打ち合わせとお祓い。オールスタッフ打ち合わせは全員の顔合わせである、チーフ助監督がシーンごとにロケ、スタジオの区別、デイシーン、ナイトシーンの区別、ロケの場合はロケ先等をざっと説明して終わる。

 お祓いはこれは映画・TVの決まり事であり、クランクイン時には必ず行われる「うるとらまんてぃがふぁいなるおでっせいのせいさくにつどうもろびとのあんぜんとえいがのぶじかんせいあわせてだいひっとをこいねがいたてまつる」ことになるわけだ。

 酒を一滴ものめない私はいつも乾杯のさいに御神酒を飲まずに捨ててしまうのだがこれが映画の出来に影響しているということが果たしてあるだろうか?






第三次世界大戦
そして核の冬
…それでもジョーズは作られる

いしい ひさいち



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