操演日記−SEPTEMBER−


 日曜日の朝が来ると父親は新聞の映画欄を開いて「映画にでもいくか」と言った。
 回数としては月に二回くらいのものではなかったかと思う。
  つまり映画にいく日曜日もあればいかない日曜日もあったということだ。  
 映画に行く日曜日は僕にとっては楽しい日曜日だった。  
 映画に行かない日曜日がどんな日曜日であったのか、僕はあまりよく覚えていない。  
 たぶんそれはただの日曜日だったのだろう。

 村上春樹



9月1日(火曜)

 9時開始、イリスの腹から抜き出した「尻子玉」を長峰達に差し出すガメラ、尻子玉の中の綾奈は人形でディティールの関係上それほど小さくは作れない、そこで綾奈に合わせてビッグサイズの右手が作られた、スケール1/10くらいである。

 助監督菊池がそれを腹にくくりつけて芝居をする、しかしなにしろ重いので細かい芝居が出来ない。
 また手を降ろしてくる途中ひっかかっていた臓物がすべり落ちて「尻子玉」が見える、という演出であるため、臓物の一部を別な人間がひっぱって落とすということもやっている、このために手が揺れてしまうことがありNG続出である。

 結局17テイク、23時30分終了、送りで帰宅。

9月2日(水曜)

 9時開始。

 腹に手をつっこんだガメラがイリスを壁に叩きつけるカット、
 2体の怪獣が駅ビルに対して横位置に並び、かつアクションするので、バレない程度に壁を開いて空間を作る。

 (おさまりの良い絵を作るためにするこういう作業を「盗む」という、この場合は空間を盗む、このほかにもイリスの足首がフレームに入らない場合は大橋君にハイヒール状のイリス足を脱いでもらったり、床の平台を抜いたりして、しょっちゅう高さを盗んでいる、イリスは肩にトゲがあり、京都駅の天井は上にいくにしたがって先ぼそりになっているので正規の高さだと動きに制約が多くなるからだ)

 操演的にはおなじみガラ飛ばしと、当たった時のホコリ玉、パチパチ君である。

 23時30分終了、送りで帰宅。

9月3日(木曜)


  このあたりから撮影がきつくなり当日に記録することができなくなりました、
 今みたらこの日は空欄でした、この日に何をしたのかまるで記憶がありません。

 亀甲船に提出するために付けている作業レポート(ギャラ計算に必要なので)によると9時開始23時30分終了であることだけはわかります。
 
 ところで、ここのところ連日9時開始、23時30分終了なのは偶然ではありません、何時に終わろうと、23時30分まで翌日の準備をしているのです、なぜその時間であるかというとこれは「朝の開始時間を遅らせないで済むギリギリの時間」だからです、0時を回ってなお開始時間を変更しないとブウブウ言うスタッフ(というのは私ですが)が出てくるので、なるべく文句が出ないでスタッフを長くコキ使える時間を選んだ結果がこれなのです。
 
9月4日(金曜)

 9時開始。

 イリス大爆発後ガメラが長峰達を見るカット、及び綾奈を蘇生させるガメラの吠え。

 似たようなカメラアングルなので早くいくかと思ったのだが樋口組に「早い」という言葉はなかった、操演部は吹き飛んだ左手の傷口に四塩化チタン、ガメラ後ろに黒スモーク、駅ビルの外にホコリ等。

 イリスが大爆発したあとトラスがどうなるかわからないというのにその後のカットを先に撮るというのは難しい、外はホコリと煙でごまかして、駅ビル内部もFOGと黒スモークでごまかす、基本的には大爆発の影響をセットになにも反映させずに撮影しているのである、大爆発はほんとうに大爆発させる(!)予定なので全然つながらなくなったらどうしようと思う。

 B班が今日から撮影開始、近くのステージを借りる筈なのが空きがなく同じ第4ステージを黒幕で仕切って撮影する。

 黒幕の向こうでは撮影はサクサクと進み定時で皆帰ってしまった、我々の定時は23時30分である、送りで帰宅。

9月5日(土曜)

 9時開始。

 爆発でバラバラになったイリスの頭を踏みつけて長峰達に迫るガメラ。

 はじめカメラは真俯瞰に構えていて床面をとらえている、そこにブルーバックで撮ってある長峰と浅黄が合成で入る。
 カメラが前進すると床面が壊れて断崖絶壁になっているのが見える、長峰達がそこに近づくとフチの一部が壊れて落下する、あわてて後ずさる2人。
 カメラパンアップすると下方の床面にはバラバラになったイリスの死体が見える、そこにイリスの頭があると見るや画面上からフレームインしてきたガメラの足がその頭を踏みつぶす。
 カメラさらにパンアップするとガメラの顔が見える、近づいてくるガメラに合わせてカメラ今度は後退しつつクレーンダウンすると長峰達が下からフレームインしてきて2人ナメのガメラになる、という挑戦的なカットである。

 ミニチュアの飾り、ライティング、カメラワーク、芝居のタイミングとなにから何まで難しい。

 操演部としてはまず崩れる床、セットはスチロールだが落っこちる破片は「本気ガラ」でないとまずいので美術部に落ち用コンクリートブロックを作ってもらう、その、2ケ合わせても手の平半分ほどのコンクリート片をミニミニバタンコを作って支える、監督のイメージでは小さな破片が落ち、途中で落石(?)を誘発してガラガラと落ちていく、というものだったので中段に別なバタンコを作ってそこにも本気ガラを乗せる。

 つぎにイリスの頭が踏まれた時に出る血ノリ(!)を仕込む、これはコンドームに弾着というトラディショナルな方法を取る。

 セットの床面からくすぶる黒煙が出ていたい、というのでスモークのホースをあちこちに這わす、ガメラの後ろからも、というのでこれはガメラの後ろでスモークを直に出すことにする、セットあちこちと左手の傷口に四塩化チタンを塗る。

 激しく凝っているカットなので激しく時間がかかる、まずカメラワークの決定だけで昼までかかる、美術部の飾りと我々の仕込みだけで午後遅くまでかかる、いったいに照明がどれだけかかるのか?

 夕方、一服していたところへ大映宣伝部がやってきてインタビューをお願いしますという、日経エンターティメントで竹熊健太郎が連載を始めるとかで、その記事のための取材を前から頼まれていたのであった。

 竹熊氏の希望はミニチュアを破壊する担当者(?)ということだったのだが(そりゃ確かに私の事だ)石膏ビルを破壊するコツ(??)などという事について根ほり葉ほり聞かれる、もともと体系化された技術ではないので口に出せばだすほど違ったことを言っているような気がする。

 あれこれ1時間ほど話して終わる。
 インタビューの話が出た時に私は、竹熊のインタビューなら「ちんぽろすぴょ〜ん」(「サルまん」、覚えていますか?)やってくんなくちゃ喋らない、というギャグを飛ばしていたのだがそれを誰かが本人の耳に入れたらしく「こんなことでしたらいくらでもどうぞ」と「ちんぽろすぴょ〜ん」をやっていただいたのには感激する、見物にうけたので本人気をよくして都合4回もやってみせる、「生ちんぽろすぴょ〜ん」を見たことがある人間はそう多くはあるまい。

 覚悟完了してはいたが朝5時終了。

 送りで帰宅、全身疲労していて頭もよく回らない、タクシーに乗って家に向かううち夜が明け始める、曜日の感覚などなくしていたが今日は日曜日なのだった、いつのまにか雨がしとしと降っている、次第に明るくなっていく濡れたひとけの無い街は寂しいような悲しいような光景である、こんな風景が見られる商売も悪くないなどと、回らなくなった頭で思う。

9月6日(日曜)

 15時開始(!)

 炎の手を腹にぶち込まれたイリスの大爆発、イリスのラストカットである。
 
 人入りで、動きはあるけれどそれなりの爆発しかしないのと、大爆発するけど危ないから人形入りで硬直しているのとどっちがいい? と二者択一を監督に迫る、硬直しているギャオスが嫌だった監督は動きをとるかと思いきや大爆発にして下さい、と言う。

 そこで中に鉄骨の人形を入れる、これは鉄のポーズ人形といった代物でV−SHOPが採寸した大橋君の体のデータを元に作ってある。
 膝関節は重量を支えきれないのでポーズを決めたところで溶接してしまう。
 
 全身硬直していてOKということだったのだが案の定ガメラに押されてトラスに押しつけられる動きが欲しいと言われる、そこで足首のボルトをゆるめてフリーにする、後ろに倒れる動きはガメラに押してもらいストッパーとして角パイプを突き出す。

 していると監督やってきて腕も動きませんか?と言う、ピアノ線を取り回すスペースがあれば可能かもしれないがここは狭すぎて無理だと答える。
 「たとえば紙の箱みたいなもので腕のどこかを支えておいて、ガクッと止まったショックでそれがつぶれて動くてのはどうですか?」と怪しい仕掛けを提案してくいさがってくるが再現性に不安のある仕掛けをNGが出せないカットでやるのは怖すぎるので断固拒否する。

 すると監督さらに爆発のきっかけとして腹の傷から何か光のようなものが四方に走りたいですね、と言う、速火線?と思ったが火薬じゃないやつが良いという、ならばフラッシュ球である。

 今回フラッシュ球は照明部の仕事になっているのだが自分のところの仕事を照明に振ったみたいな結果になってしまったのでフラッシュ球をもらってこっちで仕込むことにする。
 ポラロイド用のフラッシュをバラしてコードをつけイリスの腹に順に並べていく、結局1列6発のフラッシュ球を4列、24個仕込む。

 その他背中が壁に当たったショックの効果としてホコリ玉、腹からはつながりのフロンガス、爆発の効果として造粒とマグネシウムをしこたま仕込む。

 午後3時開始なので時間のたつのが早い、そろそろ本番行きましょう、と声がかかったのは夜も開け始めたころであった、一発OKなのは救いである。
 
 朝5時30分終了、送りで帰宅。

 平日のこの時間はもう道が混み始める、あと一時間遅れたら体がしんどくとも電車で帰ったほうがいい、荒川を越える時は7時に近く、上り方向は渋滞している、戻るタクシーはご苦労さんという他はない、街に昨日の叙情的な雰囲気は微塵も無い。


******** 第15週 *********


9月7日(月曜)

 さてB班まで立てたからには絶対に10日で終了せよ、というのがプロデューサーの命令である、しかしどう見ても終わるまいというのが今の状況だ。

 なにしろB班にまかせられるのは大きくは綾奈の回想シーンだけで(それは1日で終わってしまう)ガメラ着地という大物を振ったのは苦肉の策だったがあとは小物ばかりなのだ。
 残っている京都駅構内からエンディングにかけての一連の芝居はA班が撮る以外ないのにそれは大きく残っている。
 
 更に問題なのが岩舟ロケの残なのだが・・・と思っていたところチーフ助監督神谷が「10日までに(大映のスタジオ撮影は)終了する」、という手を考えついた。
 そののち「少数編成」のスタッフで2日間の岩舟ナイターロケに出るが、もともとスタジオのバラシは14日までかかる予定なので実害はないという理屈である、
   
 なんとなく「朝三暮四」と言う言葉が頭をよぎるのだが、それでOKいうことになった。

結局
9/7、8日  (大映4ST)
  9、10日 (日活オープンナイター)
  11、12日(岩舟ナイターロケ)
  13日   (徹夜あけ撮休)
  14    (バラシ)
と決定した。

 バラす機材の多い美術部はロケ班とバラシ班を分ける、照明部はロケ2日目には参加せず戻ってバラシ、撮影部と操演部は14日1日でバラシ、ということになる。
 
 これならなんとかなりそうだが問題は天候である、今回天気には絶対的についていない樋口組がその最後の4日間をすべてロケでまとめて大丈夫なのだろうか?

 9月頭より合流の予定であった大久保君が今日から参加する、彼はウルトラマンダイナの最後の数話を担当しておりクランクアップしたら、ガメラに参加するという予定であったのだがガイア第1話の撮影が延びたためそのままガイアB班(!どいつもこいつも)として足止めをくい、今日まで体があかなかったものだ。

 さて撮影は15時開始。

 イリスが大爆発したのち、長峰達に近づくガメラ、操演的要素は煙と火少々、駅の向こうに炎上する京都の街が見える予定なのだがそこはブルーバックになる。
 
 台風の目が去り天井の落ちているこのあたりには再び雨が降り注いでいる、ガメラが一発咆吼すると綾奈が蘇生するというカットなのだが、この咆吼によってガメラの顔の前の雨足が乱れることになる。

 監督は口の中にエアーを仕込んでリアルに撮りたいという意向であったがドライアイスの息ならともかく、雨をみだすのであるなら太くて高圧に耐えるホースを仕込まなくてはならない、そんなホースが喉元を通っていたのでは首の芝居が出来ないと進言する。

 チーフ助監督神谷はただでさえ照明が面倒そうなこのカットに雨の仕掛けとそのライティングまでしたのでは何時間かかるかわからないので合成にしようと言う。
 結局乱れる雨足はB班が撮影し合成されることになった。

 これは引きと寄りの2カット撮る予定であった、引きを撮ったあとレンズを換えればすぐ寄りがいけるのかと思いきやカメラ位置が変わり、セット飾りが変わり、ライティングも変わってまったく別のカットを撮るようになってしまった。
 
 引きの絵はいろいろなバランス上妥協しているところがあるわけで、寄りになればアングルも飾りもライティングも更に上の完成度が求められるのは当然である、せっぱつまったこの状況でなおそれを追求するかどうかは別問題なのであるが、それをするのが樋口組なのである。

 というわけで今日も午前5時終了、いつもと同じ(!)なのに明日は今日より1時間早い14時開始だという、さすがに疲れてきたので「お泊まり」にしてもらう(「お泊まりセット」はずっと用意してあった)これで睡眠時間が3時間はたすかる。

9月8日(火曜)

 14時開始。

 一番手はイリスに向かって炎の手を繰り出すガメラの顔アップ「ブレ、ガタ、画面外ハレーション、なんでもアリで激しさを出したい」とコンテには書かれている。
 必殺技が炸裂するタメになる部分なので充分な迫力が必要になるのはいうまでもない。
 村川氏は振動台付きのカメラを手持ちにして移動車に乗る(普通35ミリカメラはそれだけで重くて手持ちの場合カメラマンの負担は大きい、それに振動装置をつけて手持ちにするというのは体力自慢の村川氏にしかできないことだと言えるだろう)

 手前ガラ飛ばし、手前ジェットファン、手前FOG流し、奥ジェットファン、奥FOG流しと操演部が5人欲しいところである、しかし昨日合流した大久保君は私の代わりに「ティガ&ダイナ&ガイア」の打ち合わせに出ていて居ない。
 どうしようと思っていたら夜になって打ち合わせの報告にやってきた。

 今日は打ち合わせだけでいいよと言ってあるし、仕事はこれで終りと思っているところでもうひと仕事やらされるのはイヤだとは思ったのだが、この1カットだけやっていってとジェットファンを押しつける。

 20時本番、ついでイリスのスピアがガメラの甲羅を突き破るアップ、以前ホームなめで撮ったもののエキストラカット(予定になかったカット)である、
 以前撮ったカットが樋口演出炸裂したあげく、テーマである「スピアがガメラに突き刺さる」という肝心な事がよくわからなくなった為にこのエキストラカットが必要になったのだ。

 午前2時30分終了。

9月9日(水曜)

 13時開始。

 日活オープンで爆発する京都駅(正確に言うと中でイリスが爆発しその勢いで京都駅の外壁が吹き飛ぶカット)

 ハデな爆発は特撮の花である、ジョー・ビスコシル(「インディペンデンスデイ」のパイロテクニシャンだが)に自分は世界でただ一人の「ミニチュア爆破師」であるなどとほざかれてたまるものか。

 冒頭で東急東横店の大爆発という派手な絵を見せている以上、ラストもそれに匹敵する大爆発で締めないと映画が成立しない、私としてはど派手な爆発を見せたいと思うのだが「それで長峰達が生きてるのは変だろう」と言われると困ってしまう。

 そのつもりなら、筒に入れたナパームで爆発に方向性を付け、火球が駅の外にのみ発生するように仕込むことも出来る、爆発のエネルギーは全て外に逃げたという思い入れである、すればそんな疑問を観客に抱かせるおそれはなくなるが、問題なのはそれじゃ全然面白くないということだ。

 これは実は始めからの懸案事項だったわけであとは監督の判断一つである。
 「結局どうしようか?」と聞いたところが「派手にいきましょう」という返事であり「始め駅舎内に炎が充満し(!)次に外壁が吹き飛びたい」という更に念のいった演出になった、やはりそうこなくちゃウソだろう。

 ところで外壁の爆発は監督のイメージではトラスにはめられたガラスのみが吹っ飛び、火はトラスを抜けて外に吹き出てくる、というものだった、しかしトラスのピッチが細かいためこれが結構な抵抗になることが予想される。

 トラスはベニアをレーザーカッターで切ったものであり全体的な強度は低い、ナパームの勢いで全体が揺れたりしたらスケール感丸つぶれである、揺れるくらいならまだしもどこからか裂けてぱっくりと口を開けたりしたら大NGである。

 私としては、ナパームの吹き出る部分のトラスを他と切り離し、こなごなバラバラに飛ばしてしまって他への影響を押さえたいところである。

 監督としてはこのあとの芝居をトラスが吹き飛んでいない状態で撮っているため出来ればトラスが残る形で爆発を起こしたいのだろうが私は危ない橋だと思う。
 デザイナーの三池氏も壊れないように全体を補強して欲しいと言われると困るわけなので2人で説得する、結局トラスごと吹き飛ばすことになった。

 カメラを覗いてここら辺が吹き飛びたいという見当をつけ、紙テープでマークする、切り離しは美術部にまかせて我々はナパームの仕込みにかかる。
 
 始めの、内部に火を充満させるための弱いナパームを3ケ並べる、つぎに打ち出し用として太筒と呼んでいる長くて口径がでかい筒を3ケ並べる、これでトラスは確実に吹っ飛ぶはずだ、これだけだとナパームの炎が全部外に出て中がスカスカになるおそれがあるので押さえとして、大きいが勢いのないナパームをもう一つ置く、作業時間は1時間ほどで終わってしまった、 全部で7回路しかなくある意味簡単な仕事である。

 簡単でないのは火薬の量とガソリンの量をどうバランスさせるか考えるインサイドワークだけだ、コードを這わせ三味線につなぎ、あとは本番寸前に火薬とガソリンを入れるまで私が悩むだけである。

 さいごの見せ場だというのでなにやら観客が多い、聞けばまたしてもプロデューサーが関係者に声をかけたらしい、押井監督再び見学に来ている、爆発が好きなのだろうか。
 
 22時30分終了、大成功といってよいだろう。

9月10日(木曜)

 12時開始。

 日活オープン、炎上する京都の街に降りそそぐ雨、カメラパンアップしていくと俄に雨がやみ、雲の隙間から星が見える。
 京都が台風の目の中に入り急にあたりが静かになるという印象的なカットである。

 火あり雨ありという凝ったカットであるため意外と時間がかかり終了は午前0時30分、これで大映におけるセット撮影は全て終了である。

 翌日の岩舟ロケの積み込みをする、送りで帰宅。

9月11日(金曜)

 再び岩舟ロケである、現地14時集合は私にとって楽勝というしかない。

 今日のメインメニューはラストカット、炎上する京都の街を歩み去るガメラである、「固くてモリモリした黒煙と赤黒い炎」が欲しいと言われていたのだがこれはタイヤ燃やししかないという結論になっていた。
 
「ガメラ2」で炎上する霞目飛行場の遠景を撮る際、日活オープンが強風のためいくら黒スモークを焚いても散ってしまってダメだったところがたまさか落ちていた古タイヤを燃やしたところ効果抜群、濃い煙がモクモクと発生しその黒煙の間からチラチラと見え隠れする炎がまたカッコ良いということがあった、あれの大規模バージョンでいこうということになっているのだ。

 ダイオキシン禍が叫ばれて久しい今、タイヤを燃やすなどといえば天下の大悪人扱いである、大きなマンションの目前で出来ることではない、しかし「ガメラ2」当時はマンションの洗濯ものにススが付いたらまずいぞということのみを心配していたことを考えればダイオキシンに対する認識というのが比較的最近であることがわかる。

 スピルバークの「太陽の帝国」で何千本というタイヤを燃やしたと聞いた時、私は素直に関心していた記憶もある、スピルバーグと比べればかわいいものだ、とかちょっと前までは誰も気にしなかったんだからいいじゃないか、というのも理屈にならないが、構造的ダイオキシン発生源が無数に存在する今、反復、継続するわけでない撮影効果は大目に見て欲しいと私は思う。

 効果のためには手段を選ばない(と、誰もが思うだろう)我々映画屋は「俺達は長生き出来ないよね〜」となど言いつつ、ガメラの歩く距離4間でタイヤ12本、3カットやるとして36本、単独の素材撮りとして4本、合計40本かな、などと相談する。
 古タイヤは制作部梶川氏が車の解体屋にナシをつけタダで欲しいだけもらってくる手はずを整えている。

 背景にタイヤ、手前は火皿とプロパンバーナーを並べその間をガメラが歩くことになる、明るいうちにテストを繰り返す。

 暗くなって本番1回目、12本のタイヤに火をつける、ガソリンをかけて火をつけるのだがタイヤというのは意外に火が回るのに時間がかかる代物だ、そこで実は前もって1本燃やして、いい感じに燃え上がるまでの時間とその持続時間を測ってあった。
 
 この実験によるとガソリンに火をつけてからタイヤ全体が燃え上がるまでに約8分、持続時間約4分、火勢が弱まって燃え尽きるまで3分、つまり全体の燃焼時間は15分という数字であった。
 
 これを参考にタイヤに火をつけ、いいところまで来たらガメラの着付けをするという段取りになっていた(着ぐるみに入っているだけで福沢君はバテでしまうのだ)しかし驚くべし、12本並べて火をつけると全体の火力で燃焼が早く進むらしく、火が回り始めたと見るやあっという間に火力が最大になってしまった、時間で言えば1本の時の約半分、4分くらいのものだろうか、途中で気づいて早くガメラを準備しろ! ということになったが結局火勢が弱まり始めるころになってやっと準備が完了した。
 ともかく回せ、ということで1テイク撮ったもののどうみてもNGである。

 次はガメラの準備が整ったところで点火しようということになった。
 タイヤ燃やしはあと2回分である(いくらでも手に入るタイヤではあったが夜になってしまった今から追加はできない)セットバラシのために照明部は明朝には帰ってしまうのでライティングが必要なこのカットは今晩しか撮れないのだ。
 1度燃やせば2テイク回せると思っていたところ火の回りが早い分すぐ火勢が弱まり1回につき1テイクしか回せないこともわかった。

 つまりあと2回なにかの加減で失敗すると肝心かなめのラストカットがナシということになりかねないのだ、6回まわせるつもりで楽観していたスタッフの間に若干の緊張が走る。
 
 手前のプロパンバーナーのコックを握っている我が助手連も緊張する、手前のナメ用の炎は上げすぎるとガメラを隠し、絞りすぎればフレームインしてこない、「上げる時は大きく、持続時間は短く、一本調子にならないように強弱とタイミングのバラつきを作って」と言うは簡単な指示を出す。

 いよいよ本番、悪い予感とうらはらにこれはOKとなった。
 もう一度やるか別な素材を撮るか、ということになったが監督が今のでOKだと言うので炎の素材を撮ることにする、残りのタイヤの半分を適当に積み重ねて変化をつけ炎の素材を撮る。

 火が弱まった頃タイヤがくずれ落ちるたびにハデに火の粉が散るので、火の粉素材もこれで撮ろうということになる、どうやらタイヤ内部のスチールワイヤーが熱で溶け、ちぎれ飛んでいると見られた、そこで前2カットの燃えカスからワイヤーを取り出し、火の中に投げ込んで火の粉をあげる、最後は投げ込むワイヤーも無くなり鉄の棒で燃えているタイヤを叩いて無理矢理火の粉を出す。

 残ったタイヤで「燃える京都の街の遠景」素材を撮ることにする、燃える炎の中にビルのシルエットが見え隠れしたいと言う監督の希望により美術部が黒く塗ったブロックを用意してある、これを適当に積み重ねてタイヤの中に立てておけばシルエットになって燃える炎の中のビルに見えるのではないか、というわけである。

 途中でなにか爆発が起こって炎に変化が出たいですね、と監督が言うので各種火薬を途中で投げ込むことにする、ポリ袋に入れたひと握りほどの大きさの火薬を操演部各自が持って待機する。

 火の付いたタイヤを棒で押したり引いたりブロックをくずしたりしてあれこれと撮る、火薬を投げ込んで劫火の中の更なる爆発を撮る、非常に高価で野蛮な火薬効果である。

 この炎が鎮火するころ東の空が白み始めた、まさしく炎の一夜であった、残ったものは大量のスチールワイヤーと真っ黒な(いかにも健康被害のありそうな)燃えカスである、スタッフ総出で燃えカスを集め袋詰めする、これは産業廃棄物処理業者に持ち込むのである。

 朝6時終了、スタッフの一部はこれで帰京、残りは例によって健康ランド行きである。 私はもちろん家に戻る、見れば車の屋根はススと油煙でべったりと汚れている、眠かったが塗装に悪影響ありそうな汚れであったので洗車して帰る。

 9月12日(土曜)

 健康ランドこと「パルスオーヒラ」には5部屋のみシングルルームがあるという。
 前回岩舟ロケの後、半田くんは家に帰る途中でバイク事故を起こししばらく足を引きずっていた、これはどうみても岩舟の無理がたたっていると考えられた。

 そこで「うちの助手は他のスタッフと違って操演部の機材車を運転して現場に行き(他のスタッフはマイクロバスで移動している)夜は夜でロクに休息もとれない、これで仮眠がまともにとれないと帰りが危険なのでシングルで寝かしてやってくれ」と制作部に申し入れてあった。
 
 従って2台の車をそれぞれ運転してきた黒瀬、半田の両名はシングルルームに寝たはずである、しかし場末の健康ランド、5部屋ある(5部屋しかない?)シングルとはどんなものか興味があったのでさっそく聞いてみると「窓のない部屋で、まあ部屋というよりは独房ですね」という返事であった、2部屋どちらにも窓が無かったという、どうやら大部屋の一部をパーティションで仕切っただけのもののようであった、それって宿泊施設としての問題もさることながらそもそも建築基準法に違反してないか?

 14時開始。

 今日のメニューはナパームと火炎放射。
 
 ナパームはガメラが急降下しながら発射したプラズマ火球をイリスがはじいて周囲に着弾したという設定のもの。
 イリスはすでにグリーンバックで撮ってある、爆発の照り返しもフラッシュで作ってある、あとはこのコマを参考にナパームを配置し黒バックで撮影するわけだ、前後の京都の街並は実景をいくつかのレイヤーにわけて合成することになる。

 イリスの下絵をみながら4発のナパームの位置を決定する、監督の要望は着弾した場所の違いでナパームの雰囲気が皆違うようにしたいということとイリスの近くに着弾したナパームが何かに引火してイリスの後ろに回り込みイリスをシルエットで浮かび上がらせたいという2点。

 雰囲気の違いはナパームを皿に入れて打ち出す(上向きの勢いがつく)ものとベタ置き(横方向に広がる)のもので大きく分ける、どのみちあとは時の運で形は安定しないのだ。

 3テイク撮ってOK、つぎに京都駅大爆発のロング用ナパーム、これは京都の実景に合成される。
 ともかく勢いがなくてはいけないので長い筒にガソリンを入れ強い火薬で吹き飛ばす、ナパームとしてはかなりの勢いを出したつもりだったが監督が違うという、そしてこういう雰囲気ですと描いてみせた絵はまるで「仮面ライダーV3のタイトルバック」のような(!)ツノの出た爆発であった、しかしあれはセメント爆発だから出来ること、ナパームの場合火球が発生しキノコ雲が出来るということは変えようがない、勢いの強弱はその火球の位置を上にするか下にするかの違いを作るだけである。

 樋口監督はスタッフに要望を出し、こうこうこういう理由でそれはダメです、と言われても絶対にああそうですかとは言わない、必ず「なんとかなりませんか」と追い打ちをかけてくるので皆更にあれこれと知恵をしぼらざるを得なくなる。
 それにより時に名案が出たりするのであながち悪い事ではないのだが、これは事が単純なだけに手の打ちようがない、物理的現象に関してはダメなものはダメである。
 
 出来るだけ勢いは付けるからあとはデジタル様(樋口組では視覚効果の最後の砦であるデジタル編集システムを、あがめ奉ってこう呼んでいる)でなんとかしてと言う。

 つぎは「炎のスプリンクラー」である、園芸用品で売っているスプリンクラーにガソリンを送り込み火をつけようという野蛮な撮影である、これはガメラの炎の手の合成素材となる。
 これは監督が渦巻く炎が欲しいと言ったのを受け、ならばスプリンクラーでしょうと短絡して起用したアイテムなのだが意外と効果があった、まあスプリンクラーは買ってきたそのままで使っているわけでなく水の出る穴をつぶしたり曲げたりしてそれなりにテストと改造はしているのだが。

 今晩は撮るものが一杯ある、夜明けと競争といった感じになってきた、次は火炎放射である、火炎放射の上向きと下向きを撮る、

 実はこれは今年の始めに「鉄甲機ミカヅキ」用にこの岩舟で同じことをやっているので準備は慣れたものだ、スタンドに固定して上向きを、ハイライダーに固定して下向きを撮る。

 次に横向きの火炎放射とカメラをまたぐ炎が欲しいという。
 カメラをまたぐとは、奧からカメラに向かって火を吹いてる場合、炎が上手向きから下手向きに(あるいはその逆に)振られるということだ。
、これはガメラが炎の手をイリスに向かって繰り出すとき手の向きが一度カメラをまたいでいるからでその素材になるのだという。

 このへんになると我々は合成の松本氏が欲しいというものを撮っていく他はない、氏の頭の中には、監督のいう効果を作るためにはデジタル処理でこういう合成をする予定で、そのためにはこういう素材とこういう素材が必要であるという組立てがなされている、それは時に監督ですら把握しきれず、我々はただ松本氏に言われたとおりのものを提出していく他ないのである。

 しかし、時刻はすでに4時をまわり東の空が白み始めてきた、合成素材はかっちり撮らなくてはいけないのだが万全のセッティングをしていると撮り切れないおそれが出てきた、松本氏は撮れないよりマシなので手持ちでいいですという、そこで自分で火炎放射器を持ちカメラ前に立つ。

 亀甲船の火炎放射器はタンクがスキューバダイビング用エアタンクの改造で、ノズルは銃の形をしておりスイッチは引き金になっている、これはすべて芝居に使えるように(火炎放射器を持った兵士の小道具として使用可能なように)考慮して作ったものだ、今回は背負う必要がないからタンクは地面においたままだがとりあえず手持ちで発射するのに都合よく出来ている。

 急げいそげという状況なのでなのでともかく横向きに発射する、もうすこし前とか後ろとか上向きがいいとか少しカメラ向きだとか色々撮る、手持ちだとその辺が自由で良いが、そのかわり安定した絵になっておらず使いづらいのではないだろうか。

 あれこれ撮っているとフィルムが無くなり、ロールチェンジとなった、ガソリンも無くなってきたのでここで補給することにする、すでに空ははっきりと明るく、フィルムを詰め直したらそれがラストチャンスになると思われた。
 ロールチェンジが終わり、ガソリンを詰め直し、タンクにエア圧をかけた途端なんと銃の握り部分のホースに亀裂が入りガソリンが漏れだした! ホースはシリコン製の耐ガソリンホースなのだがやや柔軟性にとぼしく、手元の一番よく屈曲する部分が疲労して亀裂が入ったと思われた、最後の最後になって大ピンチである。

 もちろん火炎放射器は危険な代物であり、他のどんな状況にあってもキチンと直すべきものだが今回だけはそうはいかない、撮影チーフは露出計を握って難しい顔をしている、チーフがこれで撮影不能と宣言したらそれでお終いである、本来全部を新しいホースに取り替えるところだが手間を考えたらとても間に合わない、しかたないので亀裂のところでいったんホースを切り離し銅パイプでつなぐことにする、幸い銅パイプは各種持ってきてある。

 ホース切り銅パイプを合わせてみるに8ミリのパイプが入ることがわかった、応急修理なので針金で縛るだけである、再び圧力をかけると「やや漏れる」がこれでいくしかない、銃を握るとガソリンで手が濡れる(!)危ない事おびただしいのでウエスで手のあたりをぐるぐる巻きにしてもらい、水でびしょびしょに濡らす、しばらくはこれでいけるだろう。

 そうこうしているうちにあたりはすでに早朝といった気配である、ライトが当たっていなくとも皆の顔がよく見える。

 撮影チーフが衣装を黒にしてくれという、火炎がカメラをまたぐということは私はフレームの中にいるわけで一瞬私の体に炎がだぶることになる、そのとき炎の照り返しが私を照らしてしまうので衣装は黒くないとまずいというわけだ、私は操演の心得として火に強く、静電気を起こしにくい綿100パーセントの上着を着ているのだがこれはNATOの冬用外套で色がオリーブドラブなのである。

 手近で黒の上着といえば監督が着ていたガメラ2のスタッフジャンパーしかなく当然これは徴発される。
 顔もなんとかして、と言われたので神谷がハイミロンという黒布を持ってきた(どこにあったか知らない)これは艶消しのウール地で黒バック撮影に最適な高価な布である、これをまるめて頭からかぶせてもらい、目の位置に穴をあけてもらう(私は再び手をぐるぐる巻きにされていて銃から手が離せない)ネガのクー・クラックス・クランみたいだと言う声があがる、皆面白がっているが、私はちっとも嬉しくない、目とのぞき穴の位置が離れているのできわめて視界が狭いのだ、こんなで火炎放射なんてやっていいのか?と一瞬思うがどうにもならない、やむを得ない事情で抜き差しならなくなっていく典型といって良い。

 火炎をカメラに向かって何度も振る、早く遅く、右から左へ、その逆で、上向きで下向きで、よく見えないので指示されるままである、みんな自分の身は自分で守れよ、途中メイキング用の無人ビデオを燃やしたらしいが気が付きもしなかった、阿鼻叫喚のうちにガソリンがなくなって終了する。



       *    *    *



 疲れはて、汚れて煤けた顔の面々から拍手がわく、いつでも、どんな映画でも、どこで終わってもクランクアップは胸に迫るものがあるが、ガメラはまた特別であると改めて思う。
 惰性に流れず、全てのカットについて一から撮影方法を検討する撮影など他にない、最良の効果を得られるならばどんなに時間をかけても許されるということや、スタッフ全員が真に特撮が好きだということ、つまらない意地の張り合いやセクト争いをする必要がなく特撮の技術的側面にのみ精力を集中できるという環境も他にはない。

 ガメラは終わった、多分樋口組はこれからも何度も組まれるだろうけれども、こんな特撮屋の夢のような、奇跡のような体制はもう2度と実現できないだろうと思う。

 6月1日から9月13日までの3ヶ月半、撮影実数99日であった。





TITLE ROLL

cast

操演技師
黒瀬匡 操演部チーフ
半田雅和 操演部セカンド
井上雅貴 操演部サード
大久保健 操演部応援
 
村石義徳 ダイナ・ガイア本編操演
川口謙司 ダイナ・ガイア特撮操演
   
神谷誠 演出部チーフ
菊池雄一 演出部セカンド
村川聡 特撮カメラマン
三池敏夫 美術デザイナー
原口智夫 怪獣造形
松本肇 合成大魔王
梶川雅也 製作担当
星野友紀 製作進行
 
福沢博文 ガメラスーツアクター
大橋明 イリススーツアクター
阿部光男 スタントコーディネーター
 
鉄塔少年 小学校4年生 見学者
押井守 見学者
 
摩砂雪 ドキュメンタリー監督
庵野秀明 ドキュメンタリー総監督
 
樋口真嗣 特技監督




Present by
NEGISHI KOBO FILM INC.

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