KIEV 5


名称:КИЕВ 5
製造・年代:Arsenal、c.1965-1970
画面サイズ:36×24mm(135フィルム)
ファインダー:1眼式距離計連動式、ブライトフレーム(50+85mm)、パララックス自動補正
シャッター:不詳(縦走金属幕フォーカルプレン)
シャッタ速度:B-1/2-1/5-1/10-1/25-1/50-1/125-1/250-1/500
レンズマウント:コンタックス-バヨネット式
露出計:セレン式非連動、設定範囲16-500(GOST)
電池:なし
容積:W000×H00×D00mm/000g
 西独ツァイス・イコンがようやくカメラの方向を一眼レフにシフトした頃(ちなみに東独ツァイスは戦後きっぱりとコンタックスを捨て、一眼レフ路線を邁進していた)、ソビエトは戦前のイコンから引き継いだコンタックス──つまりキエフの改良にいそしんでいた。使いやすさを求めて細かなバージョンアップを繰り返し、なかなかドラスチックな大変更を加えないところは日本に似ている。そのキエフにこれまでとは違った変改が試みられたのは、1965年のことだった。
 正式にキエフ5と呼ばれるそのカメラは、従来のキエフ4と3つの点で大きく異なっていた。ブライトフレーム付き等倍ファインダー、巻き上げレバー、巻き戻しクランクだ。M3に遅れること11年、コメータの挫折から7年、ようやくソビエト式距離計連動カメラの頂点のひとつが完成した。
 とは云っても、その恰好は少しく不格好で、やたら図体が大きかった。既存のキエフのボディに追加システムを載せただけだから、それも仕方あるまい。巻き上げレバーはとって付けた形で、ノブを回して巻き上げることもできた。等倍ファインダーを搭載したため、巻き戻しクランクは側面に設置されている。このブライトフレーム付き等倍ファインダーは良くできている。実像式ではないがフレームは見やすいし、パララックスも自動補正される。但し距離計像は固定で、キヤノン7やエプソンR-D1のようにフレームだけが移動する。ライカM型のすごいところはフレームが可変であることではなく、距離計像が常に撮影光軸上にあることだ。
 これだけ利便性を高めたのにも拘らず、キエフ5は僅か10年で姿を消した。その構造があまりに複雑で手間がかかりすぎたのか、保守的なユーザーに受け入れられなかったのか。アルセナルは再び従来のキエフのマイナーチェンジに取り組むこととなり、それはソビエト崩壊のときまで続く。




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