FED NKVD


名称:ФЭД
製造・年代:FED、c.1935-37
画面サイズ:36×24mm(135フィルム)
ファインダー:逆ガリレイ式ファインダー
シャッター:布幕横走フォーカルプレン
シャッタ速度:Z-1/20-1/30-1/40-1/60-1/100-
1/200-1/500
レンズマウント:フェドスクリューマウント
距離計連動距離:1m-∞
容積:W000×H00×D00mm/000g
 偉大な同志ジェルジンスキーの名前を冠したハリコフのコンミューンが同志スターリンの命令一下、ライカのコピーを始めたのが1932年の秋頃だ。最初のコピーはライカA型で、フェド・パイオニアとして知られる。今日ふつうにフェド1型と呼ばれているものはその年の4月に登場したライカDIIのコピーで、1934年に第1号が「生産」されている。フェド1型のバリエーションはいくつか存在していて、大祖国戦争中にウラルに疎開していた時期を含めると8、9種類にも上るが、大戦直前の試作品フェド−Vを除くとすべてライカDIIのコピーと考えて差し支えない。
 コピーと云ってもよくできていて、キエフ=コンタックスと違って専門家をライツから招いた訳ではないのだから、製品から図面を引き直したのだろうことを考えると、これは大した技術力だと思われる。そもそもフェドコンミューンは熟練工の集まりではなく、被災孤児や浮浪孤児の職業訓練所(もちろん、指導的立場として何十名かのベテランが就いていたが)であったのだから、その意図は十分達成されたとみてもいいだろう。
 きょうび実用に供する点から云えば、フェドの多くは役に立たない。経年変化もあるが、世のライカほど丁重に扱われて来なかったせいもある。二重像の不鮮明さはもとより、距離計アームの変形、潤滑油の固着など、とにかくひどいものが市場に溢れ返っているが、ひとたび整備されればそれなりに使える代物になる。レンズも戦後はゾナーのコピー、ユピテル8かテッサータイプのインダスター一辺倒になってしまったが、戦前のフェドはズマールのコピーやマウンテンエルマーもどきなど、結構な種類を楽しめる。
 どういうわけだかフランジバックがライカのそれとは異なっていて、このため双方のレンズ、ボディに互換性はないほか、後代のゾルキーともレンズ交換はできない。それ以前にフェド(ゾルキーも含む)の距離計連動コロはライカと違って固定式だから、ライカレンズをフェドに使うのは良くないともされる。




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