Tchaika series


名称:ЧАЙКА
製造・年代:BelOMO、1965-67
画面サイズ:18×24mm(135フィルム)
ファインダー:ニュートン式ビューファインダー
シャッター:不詳(ビハインドレンズシャッタ)、シンクロ接点
シャッタ速度:B-1/30-1/60-1/125-1/250
レンズ:INDUSTAR-69、2,8/28、A36
絞り:F2,8-16
撮影距離:1m-∞(目測)
容積:W111×H77×D39mm/400g(レンズ込み)
名称:ЧАЙКА II
製造・年代:BelOMO、1967-74
レンズ:INDUSTAR-69、2,8/28、S22,5×0,5
絞り:F2,8-16
撮影距離:0,8m-∞(目測)
容積:W111×H77×D55mm/400g(レンズ込み)
名称:ЧАЙКА 3
製造・年代:BelOMO、1971-74
ファインダー:ビューファインダー(倍率×0,45)、
ブライトフレームつき
シャッター:不詳(ビハインドレンズシャッタ)、シンクロ接点
シャッタ速度:1/30-1/60-1/125-1/250
搭載露出計:セレン式非連動露光計
容積:W117×H87×D53mm/500g(レンズ込み)
 チャイカTchaika(正字法ではChajka)というのはもちろん、テレシコワの発信で誰もが知るところとなったロシア語でカモメのことだ。このカメラ名、キリル文字表記ではイ・クラートカイ(й)のアクセント記号がカモメの滞空する様をデザインしており、それだけでもロシア人の茶目っ気を十分感じさせる。
 チャイカはもともとレンズ固定のハーフサイズカメラとして、1960年代の半ばに、恐らくは現白ロシア共和国の首都ミンスク近傍にて生産がスタートした。ピント合わせは目測、Bと1/30〜1/250のビハインドレンズシャッターつきで、極めて簡単な構造のカメラだった。レリーズがボディ前面についているお陰で、上面はフラット、アクセサリーシューもない。レバー巻き上げにクランク巻き戻しと、安価な割には意外と堅実な造りをしていた。
 その数年後の1967年に発表されたチャイカIIでは、巻き戻しがクランクからノブ式(いずれも底面にある)にスペックダウンした代わりに、レンズが交換可能になった。これは39mm径のネジマウントを採用している。もっとも、交換レンズが発表された形跡はないし、同じφ39のLTMレンズとてフランジバックが違うからまるで用は為さない。もしかすると引き伸ばしレンズとして使うことを意図していたのかも知れない。
 シリーズ中最大の生産数を誇ったII型の次に用意されたチャイカ3(なぜかアラビア数字になる)は、世の要請か党指導部の命令か、猫も杓子もこぞって搭載しつつあった露出計を載っけることになった。しかしこれは成功したというにはほど遠いようだ。もとより連動露出計ではなく、キエフIIIみたいな単体露出計つきカメラというだけのことで、しかもシャッターからはバルブが割愛されてしまった。さらに巻き上げレバーもレチナIIIのように底面に移動し、結果すこぶる使い勝手の悪いカメラに変貌した。最後に平行生産された2Mというカメラでは、その露出計をとっぱらってなんだか見るも無惨な姿になってしまった。
 とどのつまりチャイカシリーズは、最初に登場したモデルが最も洗練されており、思うにこれほど改悪の歴史を辿ったカメラも、そうないのではないか。

 レンズはというと、チャイカに基本装着されたインダスターINDUSTAR(ИНДУСТАР)-69は、そのスペック2,8/28、いつもながらの深い紫色にコーティングされ、発色はやや寒色に偏る傾向がある(もちろん、個体差はいつでも大きい)。最短距離0,8m(固着モデルでは1m)というのはけして近いものではないが、目測使用ということから考えれば、この辺が妥当な線だったのかもしれない。II型以降の鏡胴には距離目盛の他、ゾーンフォーカス用のシンボルイラストが描かれており、これがなかなかに役に立つ。いったいゾーンフォーカスというのは、昔は安物カメラのイメージがあったが、こういくつものカメラに惑溺するようになると、妙な郷愁と安堵感を感じてしまう。テッサー型であるインダスター69の写り自体は、サービスプリントで見る限りにおいて実用上十分であろう、適度なシャープネスを示す。意外と逆光にも強い。

 実用上の注意点としては2つ、ハーフサイズの上に巻き上げ機構が簡単なので、しばしばコマの重なりを生じる。レリーズが正面から後ろへ押し込むかたちになるので、最初はおぼつかない。この点でも1型が一番押しやすい。一番の問題は裏蓋開閉機構で、これまたすこぶる簡単な構造で、ロック機構など存在しないため、使用中、特にポケットから取り出す際に、開いてしまうことがある。レンズフードはもともと考慮されていなかったとみえ、鏡胴にはねじ切りもかぶせの余裕もない。レンズ固定モデルのみカブセフードが使える。肩や胸にぶら下げて使うカメラというよりは、常時片手に握りしめてスナップするためのカメラだ。ハンドストラップを標準装備とした当局者はその辺ちゃんと判っていたことになる。なお、3型の価格は1974年当時で32ルーブリ。




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