銚子・犬吠CCゴルフ場裁判終結をめぐって


銚子市民運動ネットワーク代表  戸 石 四 郎



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 水源潰しのゴルフ場阻止をめざし、銚子の水道水を守る会(以下、会)を中心に続けられた裁判は、次の「終結宣言」公表で取下げ・終結となりました。その経過について、あらましを「宣言」で紹介し、若干補足しつつ報告したいと思います。


●終結宣言

《表記ゴルフ場計画(以下本件という)に係る1995年県許可を不当とし、その無効・取り消しを求めた訴え(平成7年「行ウ」第16号開発許可処分取消事件。以下、「この裁判」という)に関し、原告団は所期の目的を達成したと判断し、ここに取下げ・終結を宣言します。それは、本件と県許可措置が事実上破綻し、原告住民の訴えの正当性が証明され、「異議申し立て」「ゴルフ場阻止」という目的が達成されたからです。
 本件(1985年事前協議申出)が、全市民の水ガメ・白石貯水池の直近に立地、水道水源北沢をギセイにすることを知った市民有志は92年、高田川を守る会・銚子の水道水を守る会を結成して反対に立ち上がりました。市議会での追求過程で、ズサンな事前協議申出書受理、面積規制に係る虚偽報告など、手続上の重大疑惑も浮上しました。しかし事業者、市はこれを無視して計画を推進し、県も事前協議終了を盾に、許可へ向けての姿勢を変えませんでした。これに対する批判と怒りは、反対署名1万1千余名、事前の公害紛争調停申立者1000名に達し、全市民の声となったのです。
 しかし県は、バブル崩壊後5年、ゴルフ場の造成や経営の行き詰まりが誰の目にも明らかな情勢、本件の内容・手続き面の疑点、全市民的反対の声などをすべて無視し、95年3月29日、本件を許可しました。その不当さに対する怒りの深さは、303名の市民原告団による、県知事を被告とするこの裁判の提訴が示すところです。訴えの趣旨は、前述した水源潰しなどの内容、および手続き上の諸疑惑問題などからして、許可措置は違法・不当であり、その取り消しを求めるというものです。
 同年9月4日の第1回公判で、高根清子団長は、全市民と原告団を代表し、上記趣旨を切々と訴えました。これに対し、被告県側は訴えの理由なしとして却下を求め、さらに住民訴訟で定着した、一件当たり訴訟費用8200円でなく、原告人数に応じた97万円とすべきなどと主張。裁判官は、この越権的主張を取り上げ、いったん訴状とともに受理した8200円の費用を97万円に変更、原告団の強い抗議を無視して、納入を迫ってきたのです。私たちは原告を10名に絞り、費用10万円納入で対応せざるを得ませんでした。私たちは、日本の裁判制度とこの裁判に、過大な期待を掛けてはいませんでしたが、その後の経過も含め、残念ながらその予想通りのものとなりました。 公判は現在まで五年、20回を重ねたにも関わらず、原告適格論などいわゆる入り口論争に終始しました(9・20・21回公判で取下げ・終結)。それは県側が、不利な内容論争を避けるために、立証責任と情報開示を拒否しつつ、次々に瑣末な法規や原告適格問題などを持ち出し、引き延ばしを図ったからです。
 この間私たちの指摘通り、バブル崩壊後の構造不況が深まる中で行き詰まった事業者は、巨額の市税を滞納して、計画地内52筆が差押え・競売に付され、さらに2億円余の滞納を重ねていると言われます。これに金融筋の差押え・競売が加わり、計画地はまさに虫食い状態で、着工は愚か、本件の実現が事実上不可能なことは明らかです。この冷厳な現実こそは、県許可が如何に不当であったかの、最も端的な立証にほかなりません。それは原告の訴えが正しかったとの、事実上の判決とも言うべく、異議申し立てとゴルフ場阻止という訴えの目的が達成されたとして、訴え取下げ・終結を宣言するゆえんでもあります。
 しかし解決すべき問題は残されており、行政の責任は重大です。特に1万1千市民の反対陳情を無視し、現市長を含む26市議(当時)らが全市にビラで「ゴルフ場からは、年一億円の市税増収が見込まれる」などと本件を推進し、そのツケが前記の巨額な市税滞納となったことを、市民は忘れていません。市と県は直ちに業者から工事廃止届を出させて本件を清算し、北沢水源保全を最優先させた計画地の乱開発防止・再利用に責任を果たすべきです。さらに貴重な水道水源など、地域環境を今後乱開発から保全するための、実効性ある市環境保全条例の早急な制定を強く求めるものです。  終りに、反対運動とこの裁判に熱い支援とご理解をいただいた本市市民と、県内外の住民団体各位に、心から感謝いたします。とくに、公害紛争調停から、この裁判にいたる長期の戦いに、理論・実務両面で一貫して先導された弁護団の、鈴木・田久保・内海三弁護士(千葉第一法律事務所)の献身的ご尽力に対しては、感謝の言葉を知りません。それに報いるためにも、上記の残された課題解決に全力を挙げる決意をここに表明するものです。(1999年9月20日 原告団・銚子の水道水を守る会名)》


●運動の背景と経過

 この運動の背景には、70年代後半ごろからの、本市水道水質の悪化、それと並行してのガン死亡率の異常な高まり、それらに対する市民の危機感がありました。水質悪化の原因は3分の2を取水する利根最下流の汚染にあり、それを地域内の、高田川・白石貯水池の良質な水でブレンドすることで、かろうじて最低限の水質が保たれてきたのです。その貴重な水源を潰すゴルフ場計画に、全市民的怒りが高まったのは当然でした。
 ところが、利権派市議らと市は、未設立の会社名による知事宛事前協議書の受理、県のゴルフ場面積規制をパスするための既設ゴルフ場面積の過少報告、水道水源等に影響無しとする意見書提出などのデタラメを重ねつつ、極秘裡に計画を推進しました。87年には早ばやと事前協議が終了。地元の反対の声が弱いことも重なり、市民や多くの市議もその実態を掴めず、反対運動が立ち後れたことは否めません。
 92年になって、ようやく全市的反対が高まり、前記の計画内容・手続きに係る諸疑惑の再検討を求め、対市・対県交渉が繰り返されました。しかし、市は「許可権者は県」の一点張りで逃げ、県は「事前協議終了済み。従って問題なし」と頑として無謬主義を繰り返すだけ。会は93年、やむなく県・市を含めて公害紛争調停に持ち込み、その責任追求を図りましたが、県・市は「行政は対象外」と拒否を貫き、審査中を無視して許可を強行したのです。許可権を乱用した県こそ、本件の最悪の責任者というべきです。審査過程で、私達の厳しい追求に窮した担当課長は「実態がクロでも、地元市がシロというなら、県もシロ(市が支障なしと報告した以上、裏事情を県は関知しない、の意)」と放言。以後、彼は「クロシロ課長」とアダ名されました。これが千葉県政の偽らざる実態です。
 会が県の許可措置を默過できず、異議を申立てたのは、まさに止むに止まれぬ気持ちからでした。しかし、私たちは裁判に過大な期待を持ちませんでした。行政相手の住民訴訟が勝率わずか1割、とされる実情、本市ヤミ給与是正訴訟の苦い経験などを踏まえ、この国の裁判制度が、政・官・財癒着体制から独立し切れていない実態を体験してきたからです。
 判経過を詳しく報告する紙面はありませんが、県は露骨な引き延ばし、情報開示拒否を続けました。たとえば原告農民への、関係水源に係る水利権や、ゴルフ場排水施設設計の問題点などの立証を要求する一方で、関連行政資料の提出要求を拒否し、わざわざ時間と労力の掛る県文書課経由の公開手続きをとらせるのです。しかもこうした反県民的嫌がらせを、県民の税金と勤務時間を浪費し、5年間も延々と続ける。割り切れなさと矛盾を感ぜざるを得ませんでした。
 また、これらに対する訴訟指揮も、迅速公正な進行、という国民的な要請に即したものとはいえません。法制面でも、ゴルフ場はじめ、官民の開発計画に対する許認可無効・取消請求の住民訴訟において、原告適格等の壁は極めて高く、また差止めの実効性は無いばかりか、10年近くかかる確定までには、訴えの意義が失われてしまうのが実情です。このことを含め、現在の司法に、強大な行政権力をチェックする本来的役割は期待すべくもありません。司法・裁判を国民本位に抜本的に改革する以外に展望はない。これが、本件訴訟終結にあたっての、再度の苦い教訓です。
 運動面でいえば、業者の市税滞納時点ごろから「ゴルフ場など、できっこねえべ」との認識が市民に一般化しました。入れ代わりに、水道水源等の谷津へゴミ処分場計画が次々と浮上したのです。ほかにも課題を抱えた市民運動が、主戦場を前者から後者に転換したのは、運動戦略としてやむを得ない選択でした。
 それにしても、反対に明け暮れたこの8年間は何だったのか。今も荒廃したままの計画地に立ち、無能で職業的良心を欠いた県・市担当者の、事務的に押したハンコが及ぼした無形の損失の大きさに、改めて言い知れぬ憤りが湧いてきます。
 終りに、この裁判の支援・傍聴途上、不慮の事故で世を去られた石川敏雄前代表に、改めて深い哀悼の意を表し、ご報告に代えたいと思います。

(1999年10月)  





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