■書籍・書評


 岩見良太郎著

 『「場所」と「場」のまちづくりを歩く──イギリス篇・日本篇


林 計男



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・著 者:岩見良太郎
・書 名:「場所」と「場」のまちづくりを歩く〜イギリス篇・日本篇
・発行所:麗澤大学出版会
・価 格:本体2600円+税



 これは、「土地区画整理の研究」などで知られる、岩見良太郎埼玉大学教授の著作である。
 帯封にはこうある。
    「イギリスは本当に成熟した市民社会なのか? 苦闘するイギリスの『まちづくり』の可能性を求めて、気鋭の都市計画研究家が、英国の諸都市を巡歴し、足で書いた思索ノート&エッセイ。新鮮な『都市計画論』にして、異色の『イギリス入門』書。『日本のまちづくりを考える』を併載」
 1993年7月、流山市文化会館大ホールに800名の市民を集め、「常磐新線・大規模開発による市民犠牲・自然破壊は許せません」のスローガンを掲げ、私たちは、常磐新線沿線一都三県市民集会を 開催した。
 岩見良太郎都留文科大学教授(当時)を集会のメインゲストにお願いし、私は同集会の流山市実行委員長をつとめた。

 当日の講演で、教授は、常磐新線沿線整備事業のもつ本質的矛盾を以下の通り、指摘した。
    「近代都市計画の理論を確立する上で大きな役割を果たしたル・コルビュジェは、都市全体をさまざまな機能に分解し、それを担う部品空間の合理的編成として都市を構想した」
     「1922年にコルビュジェが発表した都市計画の思想は、都心部にそびえたつ高層巨大ビル群、放射状に伸びる高速道路、広々とした芝生の中に、太陽をいっぱい受けてそびえ立つ高層住宅群といった革命的な都市ビジョンで、近代都市計画のイメージとして浸透した」
     「この考え方は、空間を効率的に利用したい。空間の生産に市場拡大の新たな活路を見出したいとする資本の要求とぴたりと合致する」
     「60年代に入って、こうした都市計画の非人間性が反省されはじめたが、根本的転換はほとんどなされていない。都市無計画ともいうべき野放図の状態におかれたため、近代都市計画の矛盾はいっそう増幅された。そして80年代はじめ、中曽根政権によってしかれた民活規制緩和路線は、これを極限まで突き進めた。常磐新線沿線開発は、鉄道建設で最も困難な用地確保を、土地区画整理手法で切り抜けようという試みだ」
     「区画整理はわが国では、市街地を整備するもっともポピュラーな方法だが、住民の抵抗を呼び起こす。それは、区画整理には住民の暮らしと敵対する論理、住民が希望するまちづくりと相容れない論理を内在させているからだ。『大企業には至れり尽くせり。住民には痛めに尽くせり』である」
 本書は、1995年の阪神淡路大震災後、テレビ映像を通じて形成されたイメージについて、以下の通り指摘する。
     「阪神淡路大震災後、テレビ映像を通じて形成されたイメージは、近代都市計画は技術によって、どこまでも克服できるという確信を与えた。行政、政治、さらには市民までもが、近代都市計画のイデオロギーにからめ取られてしまった」
 1995年に流山市で私たちが開催した一都三県市民集会(700名参加)の特別講演で、教授は、「『場所』と『場』のまちづくり」の持論を展開された。本書は、それを以下のように記述する。
     「場所とは、施設や空間なしでは成立しえないが、それとは区別される何かである。そこになんらかの意味、価値が見出されたとき、はじめて場所が成立する」
     「私たちはさまざまな場所への欲求をもっている。働ける場所、学べる場所、おしゃべりする場所、遊べる場所、小鳥のさえずりを聞ける場所、一人静かにもの思いにふけれる場所、等々である。こうした場所的欲求がかなえられたとき、市民は都市に豊かさを感じることができる。その意味で、個々人に多様な場所を豊かに保障する都市こそ、すぐれた都市といえよう」
     「まちづくりで、もうひとつ重要な視点は場所の創造を支える『場』づくりである。鉄粉が磁場によって方向付けられるように、『場所』のありようは、『場』によって規定される。場づくりにおける重要なポイントは、地域の様々な自主的・共同的なネットワークの形成である。こうした人々の多様な結びつきなくして、場所、とりわけ都市計画の中核をかたちづくる公共的な場所の形成はありえない。様々な人々のネットワークが形成されて、はじめて公共的な場所への欲求も育まれ、まちづくりへ向かわせるのである。どこまで親密な人々の協同的な輪をつくれるかによって、まちづくりの水準の高さは決まるといえよう」
 常盤新線(つくばエクスプレス、TX)は本年8月開業する。しかし、常磐新線を特徴づける、新線沿線整備事業の本質としての、鉄道建設と一体型ですすめられる土地区画整理は、各地で破たんしており、流山市でも、土地区画整理は未だ緒についたばかりで、計画が元々もっていた矛盾はこれから多様な形で噴出してくる。
 ということは、住民が今後力をあわせれば、住環境破壊と負担と犠牲を、かなりの程度防いでいくことができると私たちは確信している。
 1993年に流山市で開催された常磐新線沿線第1回一都三県市民集会で、岩見教授が特別講演の結びで強調されたのは、怒りを共有する住民が「あせらず、あきず、あきらめず」たたかう必要性だった。
 本書は、同教授が2001年8月から2002年9月まで、約1年2カ月、ロンドン大学で研究され、イギリス社会で経験されたエピソードをまじえて、「風変わりなイギリス入門書、観光案内書」にもなっている。例えば、
     「イギリスには公衆トイレがない。イギリスの個人は、階級、性、民族、宗教で『しるし』づけられ、その『しるし』によって、手にする自由と自立は限定される。病める個人主義による社会的矛盾が影を落とし、個人をいわば引き裂いている」
     「監視カメラ社会イギリスは、正確無比というコンピュータ神話と、24時間、個人を監視しているという監視カメラによって、危険人物は監視されているという確信が、安心感に結びついて神話となっている」
     「貯蓄率が日本の10分の1のイギリスで、イギリス人はあまり働きたがらない。イギリスでは、改札が作動しない場合に手で開けるぐらいが駅員の仕事である。イギリスの列車では、たいてい検札がない。そうした精神風土のイギリス社会では、民営化はなじまない」
 本書では、著者がイギリス各地の現地を訪れて、多数の都市計画事例と住民の抵抗を描いている。例えば、イギリスにおける極貧地帯の代名詞のように使われ、暴力・麻薬・荒廃といったイメージと結び付けられる、ロンドンのペッカム地区の団地でのある団地の一角で、ダミロラ・テイラーという黒人少年が殺害され、イギリス国民に大きな衝撃を与えた記録は以下の通りである。
     「この地区は、95年からイギリス最大規模の都市再生プロジェクトが行われ、事業はほぼ完成している。かつて荒れすさんでいた公営住宅団地は見違えるばかりに立派につくり替えられた。ペッカムは貧困・犯罪とのたたかいのシンボルとなった。しかし、その矢先、この悲劇が起きた。一国の首相が一人の少年の一周忌に参加した理由だが、ブレアはスピーチでこう述べた。『もしこのペッカムのようにすばらしい施設、教育、住宅、雇用をそなえていれば、ダミロラ少年を殺した人たちも、殺人を犯すというようなことは考えなかったであろう』」
     「しかし、著者は、はたして都市再生事業はこうした悲劇を絶つことができるだろうか?との問いを抱きながら、現地に向かった」
     「この事業計画では、少なくとも、差し引き、1240世帯がこの団地に戻れない。安い家賃の公営住宅は8分の1に減るから、貧困な居住者が再入居することはいっそう厳しくなろう。貧困なペッカムの中に、裕福な層が住み着き、貧富の対立を激化させる。犯罪のポテンシャルはいっそう高まっていくのである。都市再生事業は、ペッカムの例に見る限り、コミュニティを再生したのではなく、破壊した」
 一方、草の根的なまちづくり事例として、イギリス西海岸の都市ブリストルのイーストン地区の住民運動「リビング・イーストン」に著者は出会ったとして、彼らの目標を紹介する。
     「我々の目標。以下のようなコミュニティ事業のための資金を確保すること。人々が自分たちの未来に対する希望と夢を分かち合えるよう、おしゃべりできる場所をもうける。コミュニティのすべてのメンバーが、訓練し、働ける機会をもうける。コミュニティに潜んでいる技能を生かし、活用する。コミュニティのすべてのメンバーに対し、平等な機会を創造する。コミュニティに意味豊かな、永続する多様性を創り出す」
 以上で、紙面も尽きた。豊富なイギリスと日本の都市計画と住民運動の事例を紹介する本書の十分な紹介が出来たとは思わない。が、少なくとも、読者に本書を手にとっていただくきっかけにはなったとは思う。
 私は、本年10月、区画整理・再開発対策全国研究集会の全体会で、常磐新線・巨大開発の現状と住民の運動の課題と展望を、8年ぶりに報告するよう、実行委員会から依頼された。
 鉄道建設を先行させた常磐新線の開業目前の「流山おおたかの駅」前の、オオタカの生息を保障した緑豊かな森が、赤土の荒野に変貌した現地に立って、私たちが掲げたスローガン「常磐新線・大規模開発による市民犠牲・自然破壊は許せません」と、一歩も譲らずわたりあってきた1992年の「住みよい流山をつくる会」発足以降13年間の軌跡、「常磐新線お先真っ赤」と新線の採算性に疑問を提示したマスコミの指摘などに思いをいたせば、計画の矛盾は一目瞭然である。
 乱暴に破壊されてしまった『場所』と『場』の現場で、どのようにして「『場所』と『場』のまちづくり」をしていくのか、今後、常磐新線沿線住民が、つきつけられた矛盾のひとつひとつに立ち向かって自らの住み続ける願いを実現していく方法論として、本書は的確な知恵を提示してくれている。

(2005年7月)  










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