■書籍・書評


 木谷文弘 著

 『由布院の小さな奇跡』


『自然通信ちば』編集部



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・著 者:木谷文弘
・書 名:由布院の小さな奇跡
・発行所:新潮新書
・価 格:700円+税



 この本は、題名からわかるように、大分県の由布院(湯布院)がいかにして全国トップクラスの温泉地に生まれかわったかをとりあげたものです。


●かつては閑散とした温泉地だった

 由布院は、町名が湯布院町、JRの駅名が由布院駅です。温泉の名称は「由布院」と「湯布院」のどちらでもいいそうです。1955(昭和30)年に由布院町と湯平(ゆのひら)村というふたつの町村 が合併してできました。新しい町名は、湯平の「湯」と由布院の「布院」がくっついて「湯布院町」となりました。

 由布院は盆地です。かつては山に囲まれた普通の田舎でした。温泉には恵まれているのに、二十数軒の旅館すべてが経営状況は良くありませんでした。平日の宿泊客はほとんどなく、休日前でさえも、宿泊客がひとりもいないということがあったそうです。
 著者はこう書いています。
    「由布院に観光客は来なかった。旅館のすべてが小さかったからだ。当時の観光のスタイル『団体旅行』に対応できていなかった。それに、由布院には歓楽街もなかった。名所旧跡もなかった。旅館の周辺には田圃(たんぼ)や畑が広がっていた。温泉情緒などもなかった。鄙(ひな)びた田舎のただの温泉地といってもよかった」


●“村の生活を豊かで魅力あるものにすること”を基本に

 閑散とした由布院に比べ、隣の別府には次から次へと団体客が押し寄せました。普通であれば、「別府のようになりたい」と誰もが思うはずです。しかし、由布院の人たちは、そのような考えをもちませんでした。ここが、由布院の人たちのすばらしいところです。「小さな別府になると、別府に取り込まれるだけだ」「別府のようになるまい。小さな別府になるな!」──このように、由布院の人たちは逆の発想をして、まちづくりをはじめました。40余年前のことです。

 由布院のまちづくりの基本的な考え方は、由布院を豊かで魅力あるよりよい町にすることです。中心メンバーのひとりである中谷健太郎氏(旅館「亀の井別荘」の経営者)はこう語っています。
    「観光というものは特別に観光のものとしてつくられるべきではないのです。その土地の暮らしそのものが、観光というものなんです。村の生活がゆたかで魅力あるものでなくて、その土地になんの魅力がありましょうか!」


●ゴルフ場建設反対運動を展開

 中谷氏や溝口薫平(くんぺい)氏(旅館「由布院 玉の湯」の経営者)たちは、由布院を魅力ある町にするため、さまざまなとりくみを進めました。そのひとつは、豊かな自然環境を守るということです。
 別府から由布院へと車を走らせる時、まず、「猪(い)の瀬戸」という湿原が目に入ります。湿原には貴重な植物が生息していて、周辺には広葉樹などの樹木が生い茂っています。
 また、この湿原は交通の便がたいへん良く、風光明媚(めいび)な景観が広がっています。したがって、開発業者にとってはたいへん魅力のある場所です。そこで1970年、この湿原にゴルフ場が造られようとしました。
 中谷氏や溝口氏らは、「オオゴトじゃ、猪の瀬戸がゴルフ場になるでーッ」「この美しい花たちを守もらにゃ」と叫びながら、「ゴルフ場工事反対運動」をはじめます。

 中谷氏らはやがて、全国的な環境問題として運動の輪を広げるため、「ゴルフ場反対運動」を「猪の瀬戸の貴重な植物を守ろう」という自然保護運動へと変えました。また、みんなの理解を求めるため、由布院温泉観光協会の中に「由布院の自然を守る会」という組織を立ち上げました。


●“自然を大切にする由布院のイメージ”が大きな財産に

 しかし、「ゴルフ場建設絶対反対! 貴重な自然を守れ!」と自然や景観ばかりを強調すると、「自然を守る会」が町の中で孤立することになるとし、会の名称を「明日の由布院を考える会」に変えました。これは、「由布院を住み良い美しい町にするために、由布院の自然、景観を地域全体の問題として考えていこう」とするものでした。
 このようにして創意工夫をこらした運動を展開した結果、ゴルフ場建設は中止になり、猪の瀬戸湿原は守られました。 著者はこう書いています。
    「『明日の由布院を考える会』の運動の展開により、ひとつの結果がもたされた。由布院は自然環境を大切にする町だと思われるようになった。当時は、まだ環境(自然優先)よりも開発(経済優先)が重要視されていた。自然を大切にする由布院というイメージは、『健康保養温泉地』を目指す由布院にとって、大きな財産となったことは確かだろう」


●ダム建設反対運動がまちづくりにつながった

 話はさかのぼりますが、終戦後、由布院盆地にダム建設計画がもちあがりました。町の中は、賛成派と反対派が分かれて意見が対立したそうです。そうした中、町の青年団や農業団体は反対の意思を明確にし、ダム建設中止運動を展開しました。そして、由布院ダム建設計画は中止になりました。著者はこう述べています。
    「ダムの反対運動は、故郷である由布院の将来のあり方を、若者たちに考えさせる機会ともなった。それは、今の、まちづくりにつながっているといってもいいだろう」
    「『由布院ダム』ができて、由布院盆地全体が湖となっていたら、由布院はどうなっていただろうか」


●全国トップクラスの人気温泉に発展

 長年にわたってさまざまなとりくみを展開した結果、旅館も増え、多くの観光客が訪れる観光地となりました。国内温泉地のなかでトップクラスの人気を集めるようになったのです。年間の観光客は380万人、宿泊客は95万人を数えます。
 この本を読むと、自然を守ることの大切はもちろんのこと、地域振興や観光のあり方など、多くのことを学ばされます。多くの人に読んでほしい一冊です。

(2004年12月)  






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