■書籍・書評


 山下弘文著

 『環境破壊に抗して』


中山敏則





・著 者:山下弘文
・書 名:環境破壊に抗して
・発行所:あど出版
・価 格:2000円



 1979年に出版されたこの本は、山下弘文さん(故人)の処女作である。諫早湾干潟問題にとりくみだした1973(昭和48)年から1979年までの間に、山下さんがパンフ、雑誌、新聞などに書いたものや、集会・シンポなどで発言したものがびっしり収録されている。
 ご存じのように、山下さんは長崎県の諫早湾干拓事業の見直しを訴え続けるとともに、わが国の湿地や干潟を守る運動のシンボル的存在でもあった。山下さんが口癖のように言っていた次の言葉はとくに印象的である。
 「住民運動は負けてもともと。勝てば大ごと」
 「あきらめない。絶望しない」
 「連帯を求めて孤立を恐れず、力の限りを尽くして倒れることがあっても、力を尽くさずして挫(くじ)けることを拒否する」
 そうした山下さんを、たとえば千葉県自然保護連合代表の牛野くみ子さんは、「元気印の山下さん」と呼んでいた。まったく同感である。山下さんにはたびたび励ましや元気をもらったが、この本もそんな元気をくれる本である。一部を書き抜きさせていただく。


■「ムツゴロウ群団よ飛びはねよ、ヤマノカミよ怒れ」

 「全国の干潟が次々に開発の名のもとに、人間の手により消滅し、それと共に幾億の生き物たちがうらみを込めて死んでいった。もうこれ以上、干潟を殺してはならない。有明海諫早湾1万ヘクタールも3000ヘクタールに近いすばらしい泥質干潟と共に干拓の名のもとに圧殺されようとしている。諫早の自然を守る会は第3回干潟シンポを機に新たな反撃にでようとしている。魚たちとも、鳥たちとも連帯して闘っていく。ムツゴロウ群団よ飛びはねよ、ヤマノカミよ怒れ。ドウキンよ泥深いガタの中からキバをむけ、アゲマキよ水鉄砲を発射せよ。カニたちよ強力なハサミを振りあげよ、鳥たちよ鋭い口ばしをたからかにかかげよ! 干潟にすむ生き物たちを守ることは、海を守ることは、人類生存のもっとも基本的な闘いであるからだ」
 大切な干潟を破壊する権力に対するあくなき闘争心や強烈な個性がひしひしと伝わってくる。


■チンがライオンにかみつく闘い

 「この計画(諫早湾全体を閉め切る計画)を私達は阻止しようということで取り組んでいる訳です。現在の状態ですが、チンという犬がいますが、まあ、チンがライオンにかみつき、振り回しているという状態になっております」
 「昭和48(1973)年から反対運動してきた時に誰も助けてくれる人がいなかった。自分の地区労すら一つも動かない。日本社会党も、この計画には反対ではないけれども、賛成することもできないというふうな何か良く解らない。いずれにしても農漁民の為だからということで明確な反対は打ち出していなかった訳です。その後、段々仲間も増え、現在本当に一緒になってがんばっている人達は10名程度おり、その人達を中心にやっているところです」
 これは第2回九州住民闘争交流団結合宿(1975年)での発言である。山下さん一人から出発した少数派が強大な権力に挑んでいる様子がよくわかる。


■XYZ理論
 〜無関心層に訴えるためにマスコミを有効利用〜

 「やっぱりどこの運動でも苦労していると思うんです。私の所でも実際そのとおりであって、人口7万、しかも保守の強い所で革新のなかなか伸びない所です。で、私はいつも思うんですが、こうした住民運動というのは、ある面では少数派運動じゃないかという気がするんです。私はこういう所で言うのは非常に残念なんですけど、仕事が労働組合の、地区労の事務局長ということで専従でやっているんで、そのことでいつも考えているんですけど、XYZ理論というのがあります。労働組合の場合。Xというのは、さっき言われた非常に強い反対運動を進めている。Yは企業側・開発賛成派。Zがいわゆる中間層というかっこうです。どこの労働組合を見ても、どこの運動見ても、そういうふうな一つの形式になっているという考え方です。私達としては是非ともそのXの部分を広げるという、そういうことを一生懸命やるんですけども、なかなか、そのZの部分といいますか、大多数の8割方の市民というのは、まず無関心だということです。その無関心にかこつけて、いわゆる行政側の方が、メリットがあるんだというかっこうで埋立を強行していこうというふうな一つのパターンがあるんだと考えているわけです」
 「ただの機関紙で、しかも私達がいくらビラを出しても、ビラというのは読みませんけど、新聞というのは信じて読むわけですから、これほど有効な機関紙はない。マスコミを非常に利用させていただいているというのがひとつの方法として私達がやっているわけです」
 これは、1975年に開かれた「第1回全国干潟シンポジウム」での発言である。「XYZ理論」というのはなかなかユニークなとらえ方だ。山下さんたちは、そのZの部分、すなわち大多数の無関心層に訴えるために、一つの方策としてマスコミを利用した。


■負けた闘争の受け止め方が大事

 「勝った闘争というのも確かに経験上非常に大事だと思いますが、一番大事なのは、負けた闘争だと思います。負けた闘争をどのようにこっち側が受け止めるか。そして、それを本当に武器にしていくかということが大切です。ぜひとも、新浜その他で、負けた闘争のもっと詳しい経過なり、さきほど言われた思想性の問題も含めて、やっぱり全国的な闘争として、集録する必要があるのじゃないかというふうに思います」
 勝った闘争というのも大事だが、それよりも大事なのは負けた闘争をどう総括するか、というのは非常に重要な指摘だと思う。


■漁業権を放棄しても戦う道はいくらでもある

 「私たちは、12漁協の人たちが漁業権を放棄したとしても負けたとは思わない。戦いはその時からと考えています。どこでも漁業権を放棄したら負け、と住民側は考えてしまうようですが、それは一部の陣地が後退しただけであって、どんどん突っ込んでいけば埋立ては阻止できると考えています。きのうの交流会でもちょっと大きなことを言わせてもらいましたが、諫早の埋立てを阻止するのはわたし一人で結構だというくらいの自信を持ってもよいのではないでしょうか。漁業権を放棄しても戦う道はいくらでもあると思う。ほんとうに漁業権というものが必要なのかどうか、ということを再考する必要がある。干潟を守ろう、海を守ろうという考え方からすれば、逆説めくがそういう感じがするのです」
 これは、「第2回全国干潟シンポジウム」(1976年)での発言である。「諫早の埋立てを阻止するのはわたし一人で結構だというくらいの自信を持ってもよい」とか、「漁業権を放棄しても戦う道はいくらでもある」などという考え方に、山下さんの真骨頂があらわれている。


■学者や研究者は勇気をもって発言してほしい

 「りっぱな先生方が、こういう調査、いわゆる環境アセスメントみたいな形で参与されながら、まとめたことは全部発表されない。極秘にしているところに問題があると思うのです。それぞれの先生は非常に優秀な研究者ですが、いかに優秀な研究者であっても、こういう形ではナンセンスだと思う。本当に勇気をもって、大学の先生、各研究機関の先生方が発言してほしい。そして、自分が今、こういう開発に対して、この埋立てに対して、こういう調査をしている、こういう報告書が出ていることを、もし県や国がそれを県民の前に公開しないならば自分の持っている報告書を読んでほしい、というぐらいに勇気を持って踏み込んでいただきたい」
 「きょうの秋山先生のお話の中にあった干潟と人工海浜の問題ですが、議早湾の場合も人工海浜を造って鳥を誘導するという新浜(千葉県市川)と同じ計画を持って来た例があります。しかし、人工海浜はあくまで人工であって自然ではない。このことも鋭く突き付けていかねばならないと思います。大学の先生方、ぜひがんばっていただきたいと思います」
 これも「第2回全国干潟シンポジウム」での発言である。山下さんは学者や研究者に対し、「勇気をもって発言してほしい」とか「がんばってほしい」と訴えている。干潟や浅瀬がもつすぐれた能力などを証明したり発表したりする学者・研究者はわずかと述べているが、こうした状況は当時も今もあまり変わっていないようだ。
 山下さんは、「人工海浜はあくまで人工であって自然ではない」とも強調している。しかし、それから27年たった今も、三番瀬では、一部の環境団体や市川市などが「人工干潟も立派な自然」と言いながら、浅海域(猫実川河口域)の大規模な人工海浜(干潟)化をめざしている。

◇           ◇

 山下さんのこの著作は24年前に出版されたものだが、少しも古びていない。困難な状況のもとで自然保護にとりくんでいる人々に、大きな励ましや勇気を与えてくれる本である。

(2003年6月)  




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