■書籍・書評


吉田太郎著

『200万都市が有機野菜で自給できるわけ〜都市農業大国キューバ・リポート


戸石四郎





・著 者:吉田太郎
・書 名:200万都市が有機野菜で自給できるわけ
     〜都市農業大国キューバ・リポート〜
・発 行:築地書館
・価 格:2800円



 書評子が老化したせいか、近頃感動や興奮を覚える本には、滅多にお目にかからない。しかしこの本は、読み出したら止まらない。そんな知的興奮をもたらす本だった。
 つまらぬ書評などよりも、手っ取り早くどんな本なのかを知りたい、御用とお急ぎの向きのために、安直ながらこの本のキャッチコピーをまず紹介しよう。
 「有機農業、自転車、風車エコロジストたちが長年夢見てきたユートピアがカリブ海に突如として出現した。ソ連圏の崩壊とアメリカの経済封鎖により、食糧、石油、医薬品が途絶する中で、彼らが選択したのは、環境と調和した社会への変身だった。…日本を上回る…経済崩壊の中で、エネルギー、環境、食糧、教育、医療問題を、彼らはどう切り抜けていったのか。貧しくとも陽気に、助け合いながら、…危機へ挑戦していった人々の歩みから見えてきたのは、もう一つの未来絵図…この未来絵図は私たちにも大きなヒントと元気を与えてくれるにちがいない」(「…」は省略カ所を示す)。
 ちなみに、著者は都の農政担当職員として、持続可能な農のあり方を追求する中堅研究者でもある。

 この本の中身を要約しておこう。とはいえ、400ページを超える内容要的は不可能に近いので、目次項目紹介でそれに替えることとする。「はじめに」「あとがき」には、著者の執筆意図とその経過、内容のあらましが述べられている。
 本文は5章構成で、T.食糧危機を救ったキューバの都市農業 U.園芸都市ハバナかく誕生せり V.緑の都市を目指して では、経済崩壊とそれに取り組むカストロ政府と国民の苦闘が、首都ハバナを中心にした著者のルポと資料によって、生き生きと、しかも歴史的背景を含めて描かれる。
 W.持続可能な都市を可能とする仕組みづくりの章は著者の専門的立場から、キューバを含む世界各地での、持続可能な都市・国づくりへの挑戦、その理論的背景が論じられる。著者の思想的立場も示されており、ここは読者の見解が分かれるところでもあろう。X.21世紀の都市は園芸化するの終章も前章を受け、「江戸は世界最大の園芸都市だった」の項で、東京都の現状への批判的見解が間接話法的に述べられ、締め括られている。

 群盲象を撫でる類の感想になるが、書評子の心に残ったいくつかを書き留めておく。
 キューバ革命は30年間で、国連・生活水準指標でアメリカを追い越すまでの成果を上げた。しかしソ連崩壊と米の「今年こそはカストロに別れを告げる年に」との締上げ策で、「92年には5万人以上もの市民が(栄養失調で)失明」するなどの深刻な危機に陥る。しかしそのどん底から10年にして、21世紀人類を先導する「持続可能な」国づくりを成し遂げるのである。キューバは石油も食糧も枯渇する「地球の未来を少しだけ早く経験してしまった」中で、その展望も手にしたのである。
 「オルガノポニコ」。妙に印象的な言葉だが、これは廃材利用の集約的家庭菜園である。ハバナ住民は生きるための自給に迫られ、手近な建築廃材などで囲い、生ゴミ堆肥を用土にして野菜づくりを始め、これがついには200万都市の野菜完全自給へと発展する。我々戦中世代の体験そのままである。違うのは、それが住民の手による地域づくりから、国づくりへと結びつくことだ。
 有機農業や自然エネルギー利用は、やがて全国に拡がる。テレビの環境番組「エンソルノ」。そして農業向け「デソルアソル(日の出から日没まで)」は「朝の光とともに農民は起き出し、畑で命を植えている」の言葉で始まるのだという。
 その自然エネルギーの研究者は胸を張って語る。「太陽は封鎖することも支配することも、破壊することもできません。太陽エネルギーは人民のための武器なのです」。
 今のキューバは、『カストロ独裁』という皮相なイメージからは程遠い地点に到達しているようだ。92年改正憲法は27条に「国家は、環境と自然資源を保護する」と明記した。選挙権は16歳から保障されている。面白いのは選挙管理委員会で、小学生も参加する。「子供達のつぶらなひとみの前では悪いことはできない」というのがその理由である。キューバ指導層の社会主義観に関しては「私たちは、社会に不平等や不公平を持ち込むことなく、より柔軟性があり効率がよい経済体制を造ろうと思っている。中国の実験は短期的には繁栄をもたらすが、長期的には破滅を招くのではないか」との、長老外交官の見解が興味深かった。

 このような現代キューバに対する日本での関心度は意外に低い。最近のカストロ来日の機会も含め、メディアはこの国の全体像をまともに報道していない。『革新』勢力や環境市民運動などもその例外ではないのが不思議に思える。この本の価値は、その盲点を突いた点にもあるといえよう。我々世代の多くは、社会主義に未来を托する青春期を通過してきた。環境問題に関わる今も、相も変わらぬこの国の後進性や、超大国アメリカの横暴に、正直ウンザリの心境だ。それらの失われかけた希望と展望を、キューバの人類史的実験に托したい思いに駆られるのである。

 最後に強いていえば、著者の立場からの、超巨大都市東京の有りように対する率直な分析が聞きたかった。シンタロウ氏とは逆の立場でも『東京を変えれば、日本も変わる』からである。しかしこれは今後に期待しよう。もう一つ「キューバを美しく描きすぎた感もないではない」というあとがきの言葉が引っかかる。こんな夢のような国が本当にあるのか、書評子も頭の隅のそうした疑念を否定できない。
 それでは、この目で確かめに是非キューバの旅へ!行くしかあるまい。年甲斐もなくそんな胸のときめきを覚えさせる、これは罪な本でもある。
 以上 ニュージランドの仮寓で

(2003年5月)  




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