■書籍・書評


 五十嵐敬喜・小川明雄著

 『図解 公共事業のウラもオモテもわかる』


林 計男



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・著 者:五十嵐敬喜/小川明雄
・書 名:図解 公共事業のウラもオモテもわかる
     〜いっきにわかる日本の「病巣」のすべて〜
・発行所:東洋経済新報社
・価 格:1600円



 本書は、『都市計画――利権の構図を超えて』『公共事業は止まるか』(いずれも岩波新書)等、公共事業のシリーズで知られる著者たちによる、『図解 公共事業のしくみ』(東洋経済新報社)の続編だ。概要は以下のとおりである。



●この国は骨の髄まで腐る重い病にかかっている

 日本の高速道路の普及率は世界一であり、ダムはもういらず、ムダな空港や港湾が全国にあふれている。
 小泉内閣は、「都市再生」を叫び、公共事業があふれてこれ以上合理的な投資が難しい地方への資金を、都市や都市周辺の再開発、環状道路や巨大空港、港湾などの建設に集中しようとしている。  英国生まれで公共事業の月賦払いの民営化ともいうべき日本版PFIが、国レベルでも2002年度から導入される。小泉内閣が推進する市町村合併キャンペーンも、公共事業の新たな大盤振る舞いとわかれば、何をかいわんやだ。
加藤紘一元自民党幹事長、鈴木宗男容疑者等のスキャンダルや、公共事業談合疑惑等の洪水から、この国は骨の髄まで腐る重い病にかかっている。
 一方、国と地方の長期債務は2002年度末には700兆円に迫り、GNPのほぼ140%に達しようとしている。昔なら戦争で帳消しにするところだが、いまでは、大増税を強行するか、ハイパーインフレーションをつくりだして借金を減らすか、帳消しにするしかない。
 ミネラルウオーターの売り上げの伸びや浄水器の普及率の上昇が示すように、高くてまずい水しか供給されなくなっている。都市の大気には煤塵が浮遊し、緑が急速に失われ、原発やゴミ処理など迷惑施設が地方に押しつけられ、大多数の市民の生活は壊滅的な打撃を受けている。



●マスコミの限界

 本書が「マスコミの限界」にふれているのは、注目される。
 有力な経済紙のなかに、公共事業推進の立場、権力べったりという姿勢を隠さない新聞がある。中立を編集の基本方針とする主要紙でも、公共事業のシステムが見えていない記者や論説委員が少なくない。社会部や経済部がムダな公共事業のキャンペーンを張っても、解決は政治の問題であるのに、政治部は政局の取材に追われ、公共事業のシステム改革に取り組む余裕はない。
 アメリカが1990年代初頭に「脱ダム宣言」をし、高速道路の建設を打ち止めにした事実も、欧州で盛んな河川工事の「自然化」も、さらに、欧米諸国の公共事業費が日本よりGDP(国内総生産)比較で数分の1に過ぎない理由やシステムまでさかのぼった調査結果も、ほとんど報じられない。
 近年、NHKの報道に、国土交通省の官僚等が一方的に公共事業の擁護論を展開する討論番組がふえている。
 こうした著者たちの指摘に、共感できる部分は少なくない。実際、私たち住民運動にかかわってきた者は、著者たちの一連の無駄づかい公共事業批判の著作から多くを学んできた。このことを前提に、以下、本書について私が感じた点を述べる。



●小泉首相のウソと国民いじめを国民がきづきはじめた

 本書は、小泉首相が「タカ派に転じた」としている。しかし、川辺川ダム、圏央道、常磐新線の土地収用法事業認定の強行は、小泉内閣が「政官財複合体の執念」をその固有の任務として忠実に実施しただけではないのか。
 また、「昔なら、戦争で帳消しにするところ」どころか、小泉内閣は、アメリカが始める戦争に国民を強制動員する有事法案を、国会の会期を延長してまでして強行しようといるではないか。今国会での有事法制の成立が断念せざるをえないところまで追い込んだのは、大きく広がった国民の、平和と憲法を守ろうとする世論の力ではないのか。
 小泉旋風とまでいわれた内閣発足当初の異常な人気は、本書も分析しているとおり、日本のマスコミが権力の批判者の機能を十分に果たしていない限界からくる異常現象だったに過ぎなく、内閣支持率急落は「自民党を変える」公約のウソと、その国民いじめのひどさに、ようやく国民が気づき始めたからではないのか。



●田中前長野県知事と堂本県知事は姿勢がまったく違う

 次に、堂本暁子千葉県知事に係る本書の記述について述べる。
 田中康夫・前長野県知事は、公共事業のムダづかいをやめると公約し、「長野モデル」と「脱ダム宣言」で注目を浴び続けている。本書は、そうした田中知事と堂本知事を同列に扱い、後者を無党派知事の代表と単純に描いている。しかし、知事選中の有権者への堂本氏の公約と知事就任後の実際の施策が大きく異なってきていることは指摘しておかなければならない。
 三番瀬「埋め立て計画の白紙撤回」の公約を「埋め立て中止」と素朴に受けとった有権者に対する責任に、堂本氏は何ら心の痛みも感じないかのように、白紙撤回後も「里海再生」を掲げている。そうした名で新たな埋め立てが行われる懸念も強まっている。
 堂本氏は、開発会社化した自民党県政を支えた官僚たちを温存している。他方で、三番瀬再生計画検討会議(円卓会議)の運営や小委員会の新規委員選考について公正さを欠いた扱いをしている。「公募による選考」という表向きの民主的な装いとは裏腹に、首都圏にわずかに残された貴重な干潟を守れという全国的な世論をつくってきた自然保護団体の代表たちを、会議の中で極端な少数派に追いやり、人工的な干潟建設の方向で進めようとしている。
 住環境の破壊を懸念する住民のねばり強い反対運動が続いている東京外郭環状道路の千葉県部分では、当初計画から32年経過しても住民合意が得られないままである。多数の住民が強制的に立ち退かされることや、道路建設費が1メートル当たり1億円もかかること、今でさえ市内幹線道路周辺に多い小児ゼンソクをさらに増やすこと、道路予定地に貴重な遺跡が存在することなど、問題点が多いからである。しかし、堂本知事はこうした問題点をいっさい無視し、「公共事業は、やり始めたらできるだけ早く完結させることが大事」と建設を煽(あお)っている。
 常磐新線も同様である。堂本氏は知事選挙の際、「常磐新線と住民本位のまちづくりを考える柏市民の会」に対し、「鉄道が通るから大規模開発をするというバブル的発想は根本的に改めることが時代の要請です。鉄道と一体型の大規模開発は凍結し、環境、財政、農業、まちのあり方などの観点から県民と情報を共有して広く議論を行い、勇気を持って計画の根本的な見直しをしていくべきです」と文書で公約した。しかし、知事就任後は、鉄道は「そこだけ通さないというわけにはいかない」と、前知事当時はなかった「常磐新線推進本部」を設置し、常磐新線・巨大開発に重点的に予算を配分している。
 「脱ダム宣言」の実現をめざしたため、県議会による数の横暴で不信任決議を強行された田中康夫長野県知事の行き方と、堂本流「千葉県モデル」の違いは明らかだ。

(2002年7月)  






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