九十九里浜侵食の根本問題

〜人為的作用が侵食を加速〜


千葉県自然保護連合事務局




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 九十九里浜のヘッドランド(人工岬)は、千葉県が侵食対策として建設をすすめているものです。ところが、侵食を防止するどころか、逆に侵食を加速させています。また、九十九里浜の景観や生態系をメチャクチャに破壊しています。
 その根底には、人間の意のままに自然をコントロールできるという浅はかな考えがあります。侵食でもなんでも、コンクリート構造物で阻止することができるというたいへん愚かな考えです。


■海食崖の砕屑物が九十九里浜の砂丘をつくっていた
  〜屏風ヶ浦と太東崎〜

 そもそも九十九里浜の侵食が進むようになったひとつの大きな原因は、海食崖(かいしょくがい)の人為的侵食防止(コンクリート消波堤の設置)です。これは、世界で日本しかやっていないといわれています。
 海食崖というのは、山や台地が波浪によって侵食され、海面から直接切り立った崖となった海岸地形のことです。波の荒い外洋に面した海岸線に多く見られます。九十九里浜には、その北側に屏風ヶ浦(びょうぶがうら)、南側に太東崎(たいとうざき)という海食崖があります。これらの侵食でできる砕屑物が九十九里浜の砂丘をつくっていたのです。
    《砂丘の砂はどこから来たのだろうか。砂丘をつくっている砂の大半は、山地の土砂が供給源となっている。それらが河川に流れこんで流下し、河口や陸地近くの海底に堆積する。それが沿岸流で陸地に押しもどされ、風によって運搬され、海岸線近くの陸地上に堆積する。そうやってできたのが砂丘である。あるいは九十九里浜の砂丘のように、侵食された海食崖の砕屑物が砂丘をつくる場合もある。》(小田隆典『海岸林をつくった人々』北斗出版)


■海食崖の侵食防止で土砂供給が激減

 ところが県は、屏風ヶ浦と太東崎の侵食を防止するため、コンクリート消波堤を崖の前面海域に設置しました。そのため、九十九里浜への土砂供給が激減したのです。土砂の供給阻止には漁港の防波堤設置もかかわっています。
    《九十九里海岸ではその両端部の屏風ヶ浦と太東岬の海食崖で侵食防止工事が進められてきた。海食崖の内陸側も種々の利用が図られているから、その保全の必要性は十分高いものの、海食崖の侵食防止効果が上がれば上がるほど、海食崖からの土砂の供給量は必然的に減少することになり、これらより土砂供給を受けてきた九十九里浜では慢性的な侵食状況に変わったのである。さらに海食崖から海浜の中央部への沿岸漂砂は、北端では飯岡漁港により、また南端では太東漁港の防波堤により阻止され、たとえ海食崖より十分な漂砂供給があったとしても、もはや九十九里浜中央へは流下できない状態になった。(中略)
     これらを要約すると、屏風ヶ浦や太東崎での侵食防止工事は、漂砂の下手側に位置する漁港への堆砂防止上でも有効とも言えるが、九十九里浜全体に対しては慢性的な海岸侵食の原因になったと言える。また漁港の防波堤による沿岸漂砂の阻止は下手側海岸の侵食を助長し、さらに九十九里海岸中央に位置する片貝漁港での浚渫(しゅんせつ)は、九十九里浜の北部、南部の海岸侵食を助長することが明らかであろう。結局、これらは動的にバランスしていた沿岸漂砂に不均衡が生じ、それによって引き起こされている。》(宇多高明『日本の海岸侵食』山海堂)
 このように、海食崖の侵食防止などの人為的作用によって土砂供給が激減し、九十九里浜の侵食が深刻な問題となったのです。
 専門家もこう指摘しています。
    《海岸侵食というのは自然の営みの一部なのです。しかし人為的な作用によって、自然のスケールを上回るようなスピードで侵食が進んでいるというのが問題になっています。》(『続日本の海岸はいま…〜九十九里浜が消える!?〜』日本財団発行)


■ヘッドランド建設が侵食を加速

 そこで県は、九十九里浜の侵食防止策として、ヘッドランドを北九十九里浜に12基、南九十九里浜(一宮海岸)に10基建設することにしました。
 ところが、ヘッドランドは侵食防止にちっとも役にたちません。逆に侵食を加速です。専門家や土木技術者もそれを認めています。
 ヘッドランドは景観や生態系も破壊しています。そこで今年(2010年)2月、地元の住民が立ちあがり、ヘッドランド工事の一時中止と見直しを求める署名を短期間で4万4000筆も集めたのです。


■「崩れ落ちるのは自然なことであるから放っておけ」
  〜これが海外の考え方〜

 その背景には、侵食でもなんでもコンクリート構造物で阻止できるというたいへん愚かな考えがあります。
 こんな考えをもっているのは日本だけだそうです。海外では自然の摂理に手を加えません。「崩れ落ちるのは自然なことであるから放っておけ」というのが侵食にたいする考え方だそうです。

 たとえば、ドーバー海峡に面するイギリスの有名なホワイトクリフです。
    《ドーバー海峡に面する有名なホワイトクリフ。石灰岩(チョーク)質であるため白色をしている。前面の海域には消波堤などは一切なく、自然のままの姿を維持するためナショナルトラストが管理している。》(『続日本の海岸はいま…〜九十九里浜が消える!?〜』日本財団発行)
 つぎは、米国カリフォルニア州サンタバーバラです。
    《侵食が進む海食崖の上に建つこの家は、土台の杭がすでに露出し崩落寸前の状態にある。アメリカではこのような場合、海辺などの危険な場所に家を建てた個人の責任であって、行政や不動産業者には責任はないという考え方が主流である。コンクリート護岸で固めてしまう我が国とは大きな隔たりがある。》(『日本の海岸はいま…〜九十九里浜が消える!?〜』日本財団発行)

    《崖を侵食から守るということは、コンクリートの護岸と消波ブロックでやれば、ある程度それなりにはできるんですが、日本ほど徹底的に守っている国は世界中にどこにも無くて、アメリカとかオーストラリアなど他の国に行くと、むしろ崩れ落ちるのは自然なことであるから放っておけ、という考えが主流です。その周りに人が住むのは、住みたかったらご勝手にどうぞ、ただし自己責任でお願いします、という考えなわけです。一方日本は、公共事業としてきっちり守ろうとします。》(同上)
 ご覧のとおりです。九十九里浜の侵食問題は、日本における自然破壊の根本原因を象徴していると思います。


■自然界の変化をコントロールするというのは、
  おのれの身のほどをわきまえない傲慢な発想

 次のような指摘を思い出します。
    《第二次大戦中、飛行場などの基地建設のために土木建築技術は飛躍的にすすみました。工業における大量生産と同じように、大規模な自然改造が可能になったのです。しかし、それは復旧不能な自然破壊という不可逆的な損失を生みます。河川のダム、海岸の埋立てなどが典型的です。》(宮本憲一『人間の歴史を考える(14)環境と開発』岩波書店)

    《人間は自然界の一員であって、自然なくしては生存することはできない。その意味では人間は自然に生かされている存在である。そのような人間が自然界のうえにたって、自然を保護してやることなど果たしてできるのか。そういう発想自体、おのれの身のほどをわきまえない傲慢な発想なのではないのか。人間はそもそも、明日の天候でさえ完全に予測することはできないのだし、ましてやそれをコントロールすることなど論外である。台風、地震、津波、火山の爆発、地滑り、……その他諸々の自然の変化ですら人間の手には負えないのである。そういった自然界の変化に対して、人間がとれることはといえば、もっぱら変化に適応するということである。このように少し考えれば、自然保護というのは人間が自然を保護してやる、というのとは意味合いが異なるということがわかるだろう。ともかく自然というのは人間の手には負えない主体性をもっているのであり、人間の意のままになるものではない。》(井上孝夫『白神山地の入山規制を考える』緑風出版)
 以上です。
 くりかえしますが、九十九里浜の侵食問題は日本の行政官僚たちの傲慢と愚劣さを端的に示していると思います。
 ついでにいえば、こういう傲慢さと愚劣さは三番瀬でもみられます。エアレーション(海中に空気の粒を送り込むシステム)設置や人工干潟化の試みなどです。
(2010年5月)












太東崎の海食崖。かつては、その侵食でできる砕屑物が九十九里浜の砂丘をつくっていた。
ところが県は、海食崖の侵食防止策として、崖の前面海域にコンクリート消波堤を設置した。
そのため土砂供給が激減し、九十九里浜の侵食が深刻な問題となった。




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