成田空港はなぜ建設された

〜「不便で割高な空港」になることが最初からわかっていたのに…〜


開発問題研究会





 NHKテレビは先日、成田空港のアクセス問題をニュースでとりあげました。
  • 同空港は、世界の主要空港の中で最も交通が不便である。
  • そのために、羽田空港の国際化がもちあがっている。
  • 羽田空港が国際空港になれば、交通アクセスでかなり劣る成田空港は利用が少なくなるので、千葉県などが成田新高速鉄道の整備実現に力を入れている。
  • しかし、同鉄道は採算性などで大きな問題もかかえている。
 ──などというものです。

 ここで問題になるのは、そんな不便なところになぜ国際空港をつくったのか、ということです。羽田空港の国際化問題を盛んに報じている新聞やテレビは、この点をとりあげません。
 しかし、たとえばジャーナリストの本多勝一氏やルポライターの鎌田慧氏は、すでに1970年代にこのことを問題にしていました。両氏は、成田空港は、羽田空港の拡張よりも何倍もカネが余計にかかり、交通もすごく不便であること。必要性はまったく考慮されず、政治資金や利権という力学関係だけで計画された。つまり、ゼネコンなどの関連産業やそこからリベートをもらう政治家を潤すだけのために不便なところに国際空港が建設された──ということを指摘しています。
 両氏の指摘を一部紹介します。


●本多勝一「ベトナム戦争と『新東京国際空港』」(『朝日新聞』 1975年12月15日掲載。
  のちに『貧困なる精神 第4集』すずさわ書店、に収録)より

    《すべてがムダに終った「アメリカのベトナム戦争」は、しかしアメリカの独占企業にとってはムダどころではなかった。周知のように、それは巨大な利潤を生んだ。爆薬会社としてのダウケミカルはもちろん、石油関係資本その他の独占資本で、この戦争の「恩恵」を受けなかったところはないだろう。そして金融独占資本は手を汚さずに最も優雅に「恩恵」を受けている。この点でも「成田」は似ているようだ。いや、これこそ「ベトナム」と「成田」の本質的共通点であり、この報告の中で最も強調したい部分でもある。空港公団の経理部によると、昨年度(1974年度)までに使った金は2128億円。その使途としての工事には「大手の建設業界で加わらなかった企業はほとんどなかった」という。(中略)
     そして今、空港公団だけでも金利1日約3000万円。つまり公団だけでほぼ3日ごとに1億円の利子を払っている。ほかに日航など関連会社もばく大な利子を払っているから、成田は仮りに廃墟と化しても、利子を受け取る金融資本は確実にもうかっていることになる》

    《「成田」は本当に必要だったか。羽田空港を検討してみると、それはウソであることがわかった。しかも奇妙なことに、その「必要性」から出発した計画よりはるかにせまく、かつカネのかかる空港として成田は造られた。要するに、造りさえすればよかったのだ。政治資金だの利権だのの力学関係によって成田にもっていかれただけではないのか。「必要論」はその上に砂上の楼閣としてたてられたにすぎない》


●鎌田慧「壮大なるフィクション」(『靴をはいた巨大児』日本評論社、1981年発行、に収録)より

    《羽田は5年間でパンクする、ということがしきりにいわれていた。新空港が必要だ、といわれてからすでに15年たっていた。三里塚にその位置が決定されてからでも、もう12年になる。それでも羽田はいっこうにパンクしそうにない。とすると、「成田空港」とはなんであったのか、が疑問になる。》

    《1976年秋の閣議では、羽田にもうひとつ滑走路をつくることが決定された。3200メートルあるから、ジャンボが発着するにはなんの不自由もない。羽田拡張計画は、なにもそのころからはじまったことではなく、政府に72年当時からすでにあった。こっちのほうが、成田につくるよりも安くつく計算だった。滑走路2本つくって、である。成田にはすでに6200億円もの資金が投下された。これから完成するのに必要な資金は、2兆とも3兆ともいわれている。
     羽田拡張で十分まにあうのに、あえて成田につくるとしたら、それは関連産業を潤すためである、としか考えようがない。「空港」にいくしか用のない人間をはこぶ新幹線さえも、まったくよぶんな投資である。》

    《成田空港は、そんなことをまったく考えないで計画されていた。はじめは横風用滑走路さえ計画されていなかった。これらすべて、欲得でひっぱりあった政治家たちによって、不時着されられたためである。いまのうちにやめたほうがおたがいに無難だというと、運輸省の高級官僚たちは、こういって反論する。
     「そういうあんただって、飛行機をつかうではないか」
     べつに飛行機はいらない、というのではない。税金を湯水のごとく浪費する新空港はいらない、羽田をうまくつかえばいいじゃないか、というだけのことである。そういわれて困るのは、1機でも多く売りこもうという航空機会社や、1機でも多く飛ばそうという航空会社や、ひとりでも多く旅行させようとする観光会社や、土建、鉄鋼、機械などの関連業界や、そのあいだからわいてくる甘い汁がほしい政治家ぐらいのものである。それに大量のジェット燃料が費消されてよろこぶのは石油会社であるが、省資源立国が国の方針なら、がまんしてもらうしかない。》


 昨年(2000年)から「羽田空港国際化」の議論が噴出し、運輸省(現在の国土交通省)の扇千景大臣が「羽田の国際化」をにおわせたことから、それが現実のものとなりつつあります。
 「羽田国際化」を推進する側の論理は、成田は交通アクセスが不便で、滑走路拡張などに時間とカネがかかりすぎる、というものです。
 しかし、こんなことは最初からわかっていたことです。つまり、本多氏や鎌田氏が指摘していたように、成田空港は政治家やゼネコンなどを設けさせるためだけに建設されたのです。これが成田空港問題の本質です。ちなみに、1966年以降に成田空港建設に投じられた金は1兆6800億円です(『毎日新聞』2001.11.27)です。
 このままでは成田は単なる貨物空港になるかもしれないというので、堂本知事などは成田新高速鉄道の実現に躍起となっています。しかし、これは、たとえば大赤字をかかえる東京湾アクアラインの利用度をあげるために、それとつながる圏央道(首都圏中央連絡自動車道)を建設する。大赤字の幕張メッセや企業がまったく進出しない「かずさアカデミアパーク」の利用を増やすために、多額の県費を投入してさまざまなイベントをおこなう──というのとまったく同じです。成田新高速鉄道を建設しても、羽田空港とくらべると成田空港の便利性(時間、費用)はかなり劣ります。逆に、関連自治体や県民の負担増が心配されます。
 ゼネコンや一部政治家を潤すだけのこんな「公共事業」はもうやめるべきです。

(2001年12月)   





★関連ページ

このページの頭に戻ります
「開発と行財政」に戻ります

トップページ | 三番瀬 | 産廃・残土 | ニュース | 自然・環境問題 | 房総の自然 |
環境保護団体 | 開発と行財政 | 催し物 | 自然保護連合紹介 | 書籍・書評 | リンク集 |