●市川緑の市民フォーラムとはこんな会かつての市川市は、江戸川と黒松、雑木林と水田、遠浅で魚介類の豊富な東京湾などに代表される自然の豊かな町でした。また、市川市には、縄文遺跡や下総国分寺跡、万葉集に謡われた手児奈の里などの名所旧跡も多く、永井荷風や北原白秋などの文人もこの地に足跡を残し、文化の香り高い町でもあったのです。しかし、その自然と文化都市としての落ち着いた雰囲気は、高度経済成長期の急速な都市化の中で失われ、「緑豊かで文化の香り高い町市川」というキャッチフレーズが似合わない町に変貌してしまいました。そういった状況の中で、1989年に「市川緑の市民フォーラム」(以下「フォーラム」と記す)は発足しました。発足の目的は、市川を再び緑豊かで住みやすく、文化の香り高い町にふさわしい雰囲気を持った街とするために、市内の環境や自然はもとより、文化や歴史について学びながら、一方で市川市や千葉県に働きかけていこうというものです。つまり、自分の住んでいる地域を自分たちの望む町にするため具体的に行動していこうという会なのです。ちょうどバブル期の1991年に、市民が真間山斜面林と呼んでいる弘法寺の斜面林がマンション建設のために伐採されそうになり、「フォーラム」が中心となって署名運動を展開、最終的には市がその斜面林を債務負担行為で買収するということがありました。瞬く間に4万人近い署名が集まったり、有識者にお願いした意見書が10通以上も市川市に寄せられたりする中で、市民一人ひとりの思いが市川市の姿勢を変えさせた瞬間でした。この運動を通してよく分かったことは、「行政や業者によって計画案が出されてしまうと、その計画に反対し、市民の望む方向へ計画を変更させていくのは至難の業である」ということでした。この運動の経験を機会に「市川緑の市民フォーラム」は会員制で再スタートし、現在では会員約250名、十数名の運営委員で構成された運営委員会を月1回の割合で開催して、その決定にしたがって運営されています。現在までにフォーラムが発行した本や絵図と、恒常的な活動を紹介しておきます。もし出版物の購入希望があればご連絡ください。《恒常的な活動》
・会報「みどりのふぉーらむ」の発行(年6回)
・偶数月に一度の勉強会「○月のふぉーらむ」
・年数回、奇数月に地域の自然と文化にふれる「歩いて見よう」
・環境教育プログラム「北方遊水池の自然に親しむ会」「みどりの寺子屋」の実施
・市川市民祭り、健康祭りへの参加
《フォーラムが発行した本や絵図》
出 版 物 名
内 容
価 格
みんなのママさん
真間山斜面林保全のために作成した真
間山界隈の自然と歴史を簡単に解説し
た小冊子。
\ 300
(絶版)
緑と水と暮らし
真間山斜面林保全のためのシンポジウ
ムの内容と、平成3年に市川市を襲っ
た台風18号による水害の考察
\1,000
ヤツと私
ナチュラリスト=ケビン・ショートの
講演要旨をまとめたもの。谷津の豊か
な自然をわかりやすく、そして楽しく
解説。
\1,000
原風景の復権を
北方遊水池に自然を復元するために、
私たちのコンセプトを座談会形式でま
とめたもの。
\ 500
人と生き物の水辺
−北方遊水池の
調査と研究T−
北方遊水池に自然を復元するために、
市民の力で北方地区の自然と文化を調
査研究したもの。これはその上巻。
\ 500
生きている水辺
−北方遊水池の
調査と研究U−
北方遊水池に自然を復元するために、
市民の力で北方地区の自然と文化を調
査研究したもの。これはその下巻。
\ 1,500
真間山かいわい
見て歩記
真間山斜面林保全のために、市民向け
に作成したイラストマップ。裏面に界
隈の名所旧跡や自然について解説。
\ 500
できたらいいな未来
の北方自然文化園
北方遊水池に自然を復元するために、
市民向けに作成したイラストマップと
小冊子。私たちがここに実現したい遊
水池の姿をマップに、また、そのコン
セプトを小冊子にまとめている。
マップと冊子をセットで
\ 300
連続シンポジウム
水と生きる安全なまちづくり・市川
@雨水と上手に
つきあおう
A総合治水を越えて
総合治水を市川のこれからの街づくり
に生かすために行った連続シンポジウ
ム第1、2回目をテープ起こししてま
とめたもの。
¥ 900
連続シンポジウム
水と生きる安全なまちづくり・市川
Bみんなで
治水とづくりを
総合治水を市川のこれからの街づくり
に生かすために行った連続シンポジウ
ム第3回目をテープ起こししてまとめ
たもの。
¥ 600
●北方遊水池におけるとりくみフォーラムは、市川市の住みよい住環境や自然環境を破壊するものとして、市川2期埋立計画や東京外郭環状道路計画には反対をしていますが、中心課題としては、現在、「北方(ぼっけ)遊水池問題」にとりくんでいます。ここでは、そのことについて少し詳しく述べてみたいと思います。千葉県は市川市内を流れる真間川水系の総合治水事業の一環として、大柏川調節池(面積は16ヘクタールですから、東京ドーム3つ分の広さです)の整備を進めています。その整備に関して、私たちは他の会(後述)と連名で、千葉県並びに市川市に対して3回にわたって要望書を提出しました。その中に示した私たちの望む遊水池像は、次の「私たちのコンセプト」のとおりです。《私たちのコンセプト》
・洪水時には治水施設として十分に機能させる
・内陸低湿地の自然を復元する
・野生生物の生息場とする
・稲作文化の継承の場とする
・環境教育のフィールドとする
・高齢者や子どもを含め市民の憩いの場とする
・都市のヒートアイランド化を防ぐ場とする
・ここを生きた博物館「北方自然文化園」(仮称)とする
〈現在、より具体的な整備案を作成中であり、コンセプトについても新しく検討している〉
すでに、真間川水系の治水や環境を行政に提案しながら活動していた「真間川の桜並木を守る市民の会」も、自然系の調節池づくりを提案していました。また、「市川自然環境研究グループ」の石井信義氏も、10年以上にわたって調節池予定地の鳥類の調査を実施し、この地の豊かな鳥類相(買収後放置される間に野鳥の楽園となった)に注目していました。行政への働きかけは、「フォーラム」が窓口になりながら、前記2団体のほか、「千葉県野鳥の会」と「都市鳥研究会」の協力で行っていくことにしました。一方、市民向けや行政向けに絵図、本、報告書などを発行したり、学習会や観察会(環境教育プログラム「みどりの寺子屋」や「北方遊水池の自然に親しむ会」などを年間10回以上実施)の実施などの活動を通して、市川市民や地域住民に対して、緑地や水辺の大切さ、さらには私たちの「北方自然文化園」プランについて理解を求めていきました。このようなさまざまな働きかけの中で、ようやく1994年12月に市川市、県真間川改修事務所、「フォーラム」などの市民団体の三者の間で、北方遊水池の整備に関して「全面を緑豊かな自然な水辺」として整備することが約束されたのです。そして1996年からはじまった市川市の第3次総合5カ年計画にも、北方遊水池については「緑豊かな自然な水辺として整備する」とうたわれました。その後、私たちは北方遊水池に復元されるべき「自然」がどのような自然なのかを確かめ、今後整備される調節池計画にしかるべきデータを提供すべく、用地の一部(50m×50m)を借り受け、95年4月から自然復元実験池をつくりはじめ、深さの異なる4つの池(ひとつの大きさは15m×15m程度)と水路を完成し、周辺にヤナギ、ハンノキを植栽しました。自然を復元するといっても、行政まかせではこの地にふさわしくないドイツ流ビオトープになってしまったり、築山庭園風になってしまう可能性が高いので、実験池づくりをはじめたわけですが、池掘りのためにボランティアを募り、2年間にわたって土曜日ごとに作業をしていくうちに、そのボランティアスタッフからも私たちフォーラムの戦力となる人材が生まれました。肉体的には苦しさもありましたが、生き物たちの営みと四季の変化を身近に感じられる楽しさの多い活動となりました。その後、この実験池は調整池整備の本格工事のために事実上使用が困難となり、現在は調節池計画区域に隣接する地区で、市川市教育委員会、および市の治水課の了解のもと、新しく「北方 生き物 子ども ミニ自然園」と呼ぶ新しい自然復元実験池を作るため、第2、第4土曜日に作業を行っています。そして、この活動を「緑のみずがき隊」という新しい会を発足させて、地域にねざしたものとしてさらに発展させようとしています。●若く明るい活動的な会に県や市との話し合いが定期的にもたれていますが、双方のギャップが大きくてなかなか前進しない議題もあります。しかし、今後も地道な活動を続け、他団体との協力でその壁を乗り越えていきたいと思っています。県内の多くの会では、中心的に活動する方々の高齢化が問題となっていると思うのですが、私たちの会では、たとえば環境教育プログラム「みどりの寺子屋」は、現在、小学6年生から20歳までの若手に運営してもらっています。また、会報「みどりのふぉーらむ」の編集発行は、大学生が中心的に動いてくれています。嬉しいことです。そんな若手がこれからも増え続け、そしていつか彼らが私たちフォーラムをさらに発展させてくれるのではないかと期待しているところです。
《連絡先》市川緑の市民フォーラム事務局長 佐野郷美〒272-0832 市川市曽谷7−24−3 TEL・FAX 0473(73)3219