★大規模開発の実態をみる


埋め立て開発と利権

〜 ルーツは船橋ヘルスセンター 〜


開発問題研究会



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1.埋め立ては大儲けができる

 千葉における開発は、利権ときってもきりはなせない。その最大のものは埋め立て開発である。
 1950(昭和25)年、千葉市の埋め立て地に川崎製鉄が進出した。1954年には、川鉄用地の隣接海面が埋め立てられ、東京電力千葉火力発電所が進出した。この巨大製鉄所と火力発電所の建設がひきがねとなって、千葉県の臨海埋め立て開発は急速に進んだ。
 埋め立ての土地利用をみると、千葉市の川鉄用地から南はほとんどが工業用である。市原市や袖ケ浦市、木更津市、君津市の埋め立て地には大企業の工場がつぎつぎと建設され、巨大コンビナートがつくられた。その埋め立て方式は、「千葉方式」とよばれている。端的に言えば、埋め立ての前に進出企業から金をもらうこととひきかえに、広大な埋め立て地を格安な価格で提供したことである。
 他方、千葉の臨海埋め立ては、こうした大企業への低額提供という側面のほかに、利権開発という側面をもっている。かつて柴田等知事のもとで副知事をしていた宮沢弘氏はこう述べている。
 「自然公物というのか何かしりませんが、海は国有財産であることは事実です。(中略)埋立をするにはまず知事から免許権をもらわなければなりません。(中略)そこで埋立免許権の奪い合いがはじまるのです。有名無名の会社や個人が埋立免許を得ようと殺到してくるのです。何故か。それは土地造成事業が儲かるからです。やり方によってはとてつもなく大きい利潤があがるようです。そこで『海に投資せよ』ということになるのです」(宮沢弘「副知事中退の記」(上)、『地方自治』1963年8月号)
 とくに東京圏に位置する京葉臨海部は、そのすぐれた立地条件によって「土地さえ作れば、幾らでも売れる」(宮沢氏)。そして造成原価と時価(市場価格)との差がたいへん大きい。したがって、県の埋め立て造成事業に直接的に関与したり、あるいは造成原価で埋め立て地を手にいれることができれば、「とてつもない大きい利潤」を獲得することができる。
 このことに早くから目をつけたのが、朝日土地興業の丹沢善利氏だった。丹沢氏は、船橋ヘルスセンター関連用地の埋め立てを手がけて大儲けした。



 






2.船橋ヘルスセンターの裏で土地ころがし

(1) 大盛況だったヘルスセンター

 船橋ヘルスセンターは、1955(昭和30)年、船橋市の海浜埋め立て地(現在の「ららぽーと」の敷地)にオープンした。遊園地、プール、ボウリング場、ホテルのほか、大ローマ風呂、約30カ所もの宴会場などをそなえ、当時としては国内最大のレジャー施設をほこった。劇場ステージでは、有名芸能人などによる歌謡ショー、演歌、漫才、落語などが上演された。
 ヘルスセンターには、東京はもちろん全国から客が来場し、1960年代の最盛期には毎年400〜500万人の入場者を数えた。正月には、成田山詣での帰りに立ち寄る団体客が1日5〜6万人も入場するほどの盛況ぶりだった。また、全国各地に同種のレジャー施設が次々と生まれ、いわゆるヘルスセンター・ブームをつくり出した。ちなみに、観光バス旅行と農協の団体旅行は船橋ヘルスセンターが生んだもの、といわれている。このように、船橋ヘルスセンターは、現在の東京ディズニーランドと同じような人気を博していたのである。


(2) ヘルスセンター用地の一部転売

 ところで問題は、華やかなヘルスセンター・ブームの裏側でおこなわれた埋め立て地の土地ころがしである。この船橋ヘルスセンターにかかわる利権の実態については、小川国彦氏(現在の成田市長)が『利権の海』(社会新報社)と『新・利権の海』(同)でくわしく書いている。
 1955(昭和30)年、船橋市の海面が埋め立てられ、レジャー施設「船橋ヘルスセンター」が完成した。この施設の形式上の経営者は「社団法人船橋ヘルスセンター」であった。同法人は半官半民的な色彩をもった組織で、役員構成はつぎのとおりである。名誉会長は船橋市長の高木良雄氏、理事長は国会議員の千葉三郎氏、常務理事は船橋市の商工課長、筆頭理事は千葉県副知事の友納武人氏で、その他の理事に船橋市議会の議長・議員9人がはいっていた。そして相談役に朝日土地興業社長の丹沢善利氏がおさまっていた。ところが、この「社団法人船橋ヘルスセンター」は、“ダミー法人”あるいは“トンネル法人”であって、同法人がひきうけた埋め立て事業やヘルスセンターの実際の経営はすべて朝日土地興業が手がけた。そして、その事業で生じた利益もすべて同社が手にいれた。
 まず、ヘルスセンター用地11万坪をみてみよう。この埋め立て免許を取得したのは船橋市である。だが、市は埋め立て事業を社団法人船橋ヘルスセンターへ委託、さらに同法人はその事業を朝日土地興業へ委託した。朝日土地興業は、埋め立て事業を請け負うとともに、造成後の土地も同社の所有地とした。
 造成面積11万坪のうち、同社がじっさいにヘルスセンター用地として利用したのは9万坪である。小川国彦氏によれば、残りの2万坪については、1万坪を漁業補償費相当分として漁民に無償で提供、もう1万坪は有償で漁民に売った。その際、表向きは原価売却ということで坪3200円で売った。しかし、実際の造成原価は坪2300円であった、という。こうして朝日土地興業は、漁業補償の名のもとに900万円の利益を得た。1950年代の900万円というから、多額の儲けである。この漁業補償による朝日土地興業の儲けについて、朝日新聞千葉支局『追跡・湾岸開発』(朝日新聞社)はこう記している。
 「埋め立て地の総面積は約36万平方メートル(11万坪)。海を追われた漁民へは、その補償として、うち約3万3000平方メートル(1万坪)を無償で、さらに1万坪を原価で与えるという条件だった。当時、船橋漁協の正組合員は1021人。一見、広大な『2万坪』も1人当たりにすると、わずか19.5坪。しかし、漁業補償交渉に当たって丹沢氏はこう豪語したという。『(漁民に)与えた土地はその後、ウナギ登りに地価があがっている。漁民を百万長者にしたのはワシだ』と。が、現実には、漁民たちはカネに釣られたかたちで補償でもらった土地を売り出すことになる。その手放した土地をそっくり買い占めたのは『朝日土地興業』という不動産会社だった。その取締役社長は丹沢氏その人。漁業補償で、一番もうけたのは丹沢氏自身だった」


(3) 工業用地50万坪の転売で大儲け

 埋め立てとその分譲で味をしめた朝日土地興業は、1956年、船橋市の日の出、栄町、西浦町の海面50万坪の埋め立てにとりくんだ。ここも埋め立て免許は船橋市が取得したが、造成工事や分譲は同社が手がけた。そして50万坪のうち16万坪は漁業補償費分や公共用地としてあて、残りの34万坪をそっくり同社が手にいれた。造成原価は坪3700円であった。
 同社はまず、34万坪のうち4万坪を千葉県開発公社へ中小企業用地として坪5400円で売り、7100万円の差益を得た。つぎに、1万坪を船橋市へし尿処理場用地として坪6900円で売り、1300万円の差額を得た。残り29万坪も坪あたり平均1万円で中小企業へ売り、ざっと18億円の利益を手にいれた(前出『利権の海』による)。


(4) ヘルスセンター拡張用地の転売

 朝日土地興業がつぎに手がけた埋め立ては、ヘルスセンター地先の海面18万坪である。まず1962年、利用目的を「遊園地(ヘルスセンター)の拡張用地」として、千葉県との間に「土地造成事業および分譲に関する協定」をむすんだ。そして、同協定にもとづいて県が埋め立て免許を取得、朝日土地興業が工事を請け負った。造成後は、公共用地、緑地分をさしひいた残りの14万坪を同社が県から造成原価(坪あたり約1万円)で取得した。
 ところが、同社が協定どおりにヘルスセンター拡張用地として利用したのは、わずか4万5000坪である。残りは、3万5000坪を「株式会社よみうりランド」にオートレース場用地として売った。そして、もう6万坪を千葉県開発公社に坪2万円で売った。この公社への転売だけで、同社は5億円の利益を得た。ちなみに公社は、その後、この土地を日本住宅公団へ坪2万5000円で転売した。これが、現在の若松町団地である。
 ところで、これらの転売は県との協定に違反しており、不正行為である。だがしかし、県当局はこの不正行為を認めてしまった。たとえば、県企業庁が発行した『千葉県企業庁事業のあゆみ』は、6万坪の転売についてこう記している。
 「残地20ヘクタール(6万坪−引用者)については、同社の経営悪化により遊園地用地としての利用ができなくなったため、県土地開発公社(県開発公社の誤り−引用者)が買収し、住宅用地(現在の若松町団地)として日本住宅公団に分譲された」


(5) 「ゴールデンビーチ」で巨額の違法利益

 朝日土地興業は、埋め立てによる土地ころがしのほかにも、さまざまな不正・違法行為を日常茶飯事のようにくりかえしていた。その一つは、「ゴールデンビーチ」である。
 同社は、1万坪におよぶ公有水面(海)を扇状のコンクリート堤防で仕切って「ゴールデンビーチ」という名のプールをつくり、入場料をとった。公有水面を私的企業が独占し、儲けの手段とすることは、法律でも認められていない。しかし、おどろくべきことに、千葉県はこの違法行為を認めた。それも、本来は短期間しか認められない占用許可を8年間も続けたのである。当初は、県庁内部でも、違法の疑いがあるとして、ビーチを撤去させる声が強かったが、朝日土地興業とけったくした政治家と知事などの圧力や指示によって「例外措置」として認めることになった。
 同社が県に納めた公有水面占有料は、年間50万円であった。ところが、ビーチの入場料は1人300円(のちに800円)で、最盛期は入場者数が1日10万人を超えるほどの盛況だった。つまり、県に払う占用料は1年間で50万円なのに、稼ぎはわずか1日で3000万円にも達したのである。朝日土地興業は、このゴールデンビーチでも巨利を得たのである。
 ちなみに、1973(昭和48)年に周辺が埋め立てられると、ビーチ用地は大蔵省が所管する普通財産となり、同社は大蔵省と賃貸契約を結んで使用しつづけた。


3.ヘルスセンターを真似た東京ディズニーランド

 じつは、東京ディズニーランドの経営企業であるオリエンタルランドは、船橋ヘルスセンター関連埋め立て地の転売で大儲けした朝日土地興業と、三井不動産、京成電鉄の3社が、ヘルスセンターを真似て1960年に設立したものである。この点については、たとえば栗田房穂ほか著『ディズニーランドの経済学』(朝日新聞社)も、オリエンタルランド設立の理由について、「船橋市の埋め立て地で成功していた船橋ヘルスセンターを真似て、レジャーランドでもつくろう、というのが始まりだった」と書いている。
 つまり、最初は大規模レジャー施設の建設を名目として埋め立て地を取得し、あとでなしくずし的に土地を転売して巨利を得るという、ヘルスセンターの際と同じ手口をねらったものである。のちに朝日土地興業がオリエンタルランドの持ち株を手放したために、現在では三井不動産と京成電鉄がオリエンタルランドの親会社(出資会社)となっている。
 ところで、高度成長期には全国に“ヘルスセンター旋風”をまきおこすほど大盛況であった船橋ヘルスセンターも、70年代に入ると年々入場者が減少した。そしてついに1977年、24年にわたる歴史をとじて閉園した。
 一方、朝日土地興業を吸収合併した三井不動産は、「株式会社船橋ヘルスセンター」(84年に「株式会社ららぽーと」と改名)を設立し、この子会社にヘルスセンターを経営させた。ヘルスセンターの閉園後は、同社はヘルスセンター跡地に大規模なショッピングセンター「ららぽーと」を建設し、莫大な資産価値をもつ跡地の運用で大儲けしている。

(1999年10月)   





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