「NPO法人千葉まちづくりサポートセンター」と「県自然保護連合」は11月9日、「これからの博物館を考える」シンポジウムを千葉市の県立中央博物館で開催しました。170人の参加があり、討論も活発で大盛況でした。
■収蔵庫と生態園の見学 10:00〜12:00 ■シンポジウム 13:15〜16:45 ◇会 場 県立中央博物館 ◇挨 拶 主催者:千葉県自然保護連合 代表 牛野くみ子 千葉県:千葉県教育庁生涯学習部 部長 北村惠美子 ◇報 告 (1)昭和40年代からの県立博物館設置の経緯 県教育庁生涯学習部文化財課 主幹 佐久間豊 (2)中央博物館設置の経緯とこれからの役割 県立中央博物館生態・環境研究部 部長 中村俊彦 (3)博物館活動への期待と注文 ・自然誌博物館への期待 (財)日本自然保護協会 理事長 田畑貞寿 ・博物館と私、そして博物館に期待するもの 千葉県自然保護連合 事務局長 佐野郷美 ・地域の文化・科学情報発信基地として NPO法人千葉まちづくりサポートセンター 理事 鈴木優子 ◇パネルディスカション ・コーディネーター 世界自然保護基金ジャパン シニアオフィサー 花輪伸一 ・パネラー 県教育庁生涯学習部文化財課 主幹 佐久間豊 県立中央博物館生態・環境研究部 部長 中村俊彦 (財)日本自然保護協会 理事長 田畑貞寿 千葉県自然保護連合 事務局長 佐野郷美 NPO法人千葉まちづくりサポートセンター理事 鈴木優子 ◇参加者との意見交換 ■主 催 NPO法人千葉まちづくりサポートセンター 千葉県自然保護連合 ■後 援 (財)日本自然保護協会、(財)世界自然保護基金ジャパン、 ちばNPO協議会 ■協力団体 市川緑の市民フォーラム、NPO法人行徳野鳥観察舎友の会 プロジェクトとけ、追原を歩く会、小櫃川の水を守る会 小櫃川河口・盤洲干潟を守る連絡会、自然と文化研究会 三番瀬を守る署名ネットワーク、銚子市民運動ネットワーク 三番瀬を守る会、千葉・市原丘陵開発と環境を考える連絡会 千葉県野鳥の会、千葉の干潟を守る会、環境問題市原連絡会 小櫃川源流域の自然を守り育む連絡会、三番瀬Do会議 市原のオオタカと里山を守る会、NPO法人アサザ基金 市川三番瀬を守る会、千葉県職員労働組合研究職部会 千葉県職員労働組合、千葉県職員労働組合千葉地区支部 千葉県職員労働組合本庁支部、住みよい流山をつくる会
亡くなられた沼田眞・県立中央博物館名誉館長は、中央博物館の果たす役割は「千葉県の自然を詳細に、しかも継続的に調査し、その資料を整理保管し、成果を刊行し、さまざまな利用にこたえること」と述べている。中央博物館を核とし、地域性を持つ博物館のネットワーク事業こそ、今後望まれる。また、自然誌博物館機能のいっそうの充実や、県民との連携が求められている。
博物館は生涯学習施設としての役割が求められているが、他方では、きびしい財政事情の折、創意工夫をこらすことも求められている。
県は今年9月、「千葉県行財政システム改革行動計画」を策定した。計画では、出先機関・公共施設の見直しや民間活力導入などを進めるとともに、新しい行政システムの構築をめざすことにしている。公共施設の見直しには博物館も含まれており、統廃合や市町村への移譲、NPOの活用などを検討することにしている。
この行動計画を理解していただくとともに、きょうのシンポで、博物館のあり方や、NPO等との協働のあり方などを議論していただきたい。
千葉県では、昭和43年(1968年)に「県立博物館設置構想(案)」(第一次構想)を作成し、昭和48年に「千葉県の博物館設置構想」が成立した。これにもとづき、上総博物館(昭和46年)、安房博物館(同48年)、美術館(同49年)、総南博物館(昭和50年)、房総風土記の丘(同51年)、大利根博物館(同54年)というように、つぎつぎと地域博物館や美術館を設置した。
昭和55年には「千葉県の博物館設置構想検討委員会」を設置し、県立博物館の地域博物館としての役割だけでなく、専門博物館としての性格も強化した。房総のむら(昭和61年)、中央博物館(平成元年)、現代産業科学館(同6年)、関宿城博物館(同7年)、中央博物館の分館「海の博物館」(同11年) を設置するとともに、これら博物館の相互ネットワーク機能も強めた。こうした博物館機能は全国的にも高く評価されている。
県立博物館の入館者数は年間170万人で増加傾向にある。社会教育施設としての博物館の役割はますます大きくなっている。
県は、県行財政システム改革行動計画にもとづき、博物館の見直しも検討することにしている。ただし、知事は「県民サービスは低下させない」と言っている。きょうのシンポで忌憚のない意見を出していただきたい。
千葉県は海、河川、内水面、里山、谷津田など、たいへん豊かな自然に恵まれている。千葉県の自然は世界一と言ってもよい。そうした自然と人間と文化は一体のものだ。ところが、自然がどんどん壊れている。
県立中央博物館の職員数は96人(昨年度は104人)で、そのうち研究職は69人である。研究費は1人あたり年間5万4000円でしかない。
地球は病気と言われている。病気になれば診断する場所が必要になるが、自然の場合は、その役割は博物館が担うと思っている。
いま、自然保護に関する情報を得たいとか、勉強したいなどという要望がたいへん増えている。そうした要望に応えられるような体制をつくっていきたい。
これからの博物館の役割は、(1)人・自然・文化について探究する。(2)将来の社会の在り様を提案する。(3)人々とともに自然と文化を守り育む──の3つがあげられる。
首都圏では、里山などの自然破壊が問題になっている。そこで、東京、神奈川、千葉、埼玉では自然誌博物館をつくってきた。その中で、千葉県の県立博物館は、世界的にもすぐれた自然誌博物館となっている。
今後は、自然誌博物館ネットワークを構築するために、地域市民、県民、行政、専門家が協働作業進め、博物館に貯えられている知識を結びつけることが必要とされている。
また、地域のさまざまな環境要素をふまえて自然を保護するための自然誌マップづくりを地域市民や県民で共同でとりくんだらどうかと思う。
私は、県内に在住する一市民として、地球環境の問題を念頭におきながら、地域で自然を守り育てる活動に加わっている。そうした活動においては、データをぶつけていくことが必要だ。自然保護活動にかかわって思うのは、千葉県の自然に関するデータがきちんと収集・整理されていれば、少なくともここまで自然が破壊されることはなかったであろうということである。博物館には、ぜひそのようなとりくみをいっそう強めてほしいと願っている。
学校教育においても、ますます地域の文化、歴史、自然、生物、人々の暮らしを教材として取り上げなければならない状況になっている。たとえば、千葉市、船橋市、市川市の小中学校から「三番瀬を総合的学習に取りあげたい。現地見学をしたいが講師をお願いできないか」などという問い合わせが増えている。県外の学校が修学旅行時に三番瀬を訪れたいとの話もある。
環境教育が重要な柱となりつつある現在、千葉県臨海部の小中学校においては、三番瀬の埋め立てと自然環境の保全の問題は、具体的な生きた教材となっている。地元環境NGOとしてこの問題に深く関わっている以上、できる限りの協力は借しまない。しかし、こういった機能は本来博物館が担うべきではないかと思う。博物館で三番瀬の特別展を開くこともぜひ検討してほしい。博物館に求められる役割はますます大きくなっている。
博物館には今と将来に向けて情報を発信する大事な役割があるのではないだろうか。過去や現在の物・情報の保存機関、専門科学的な研究・調査機関、教育機関として、博物館ならではのメッセージを地域に発信してほしい。
千葉の自然と改変を直視され、生態学の大系を築き、生物の多様性保全国際条約批准を力強く支持された沼田眞元館長、事務局の親泊教授、立役者の堂本知事が千葉県に揃ったことを誇りとしたい。
地域の誇りとなる博物館、文化・科学情報発信基地となる博物館は経済的価値では計りしれない。自然と共生するまちづくりの拠点ともなってほしい。その地域社会の文化・科学情報発信基地として、これからは次のことをやってほしい。
今後とも「博物館とは何なのか、どのように運営されるべきか」を、県民と博物館が共に考え、21世紀は円熟した大人の社会を育てよう。
- 県民参加の理念を持ってほしい。たとえば館長の公募や評議員への県民参加、NPOとの協働などを検討してほしい。
- 基礎研究の展示とともに、千葉にとっていま必要な展示や解説にとりくんでほしい。
- 地域の将来を担う教育機関としての機能を強めてほしい。たとえば、自然科学への関心を呼び起こす博物館活動や展示の工夫、自然誌博物館の増加、あるいは出前講座、体験型のフィールド・ミュジアムや生態園の重視などである。
- 今と将来へ、専門的な知見からメッセージを伝える博物館は地域の宝である。科学情報の発信基地としての役割を強めてほしい。
- 博物館の活性化を図ってほしい。一人ひとりが専門性を十分に生かせるようにしてほしい。“たこつぼ”に陥らず、現場に飛び出してほしい。また、熱意のある研究員が活動できる環境づくりにも努めてほしい。1人あたりの研究費は約5万円と聞いてたいへんびっくりした。行政は、研究費の確保に努力してほしい。
シンポには、会場満杯近い170人が参加
パネルディスカッションではさまざまな意見や提案がだされた
昆虫の収蔵庫見学。さまざまチョウの標本を見せてもらい、みんな大感激。
地層断面のはぎ取り標本。はぎ取り標本の多さは全国一とのこと。
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報告資料より |
県立中央博物館設置の経緯とこれからの役割
千葉県立中央博物館生態・環境研究部長 中村俊彦
千葉県立中央博物館は、県民の自然と歴史に関する知的需要にこたえ、その生涯学習に貢献するとともに、科学の進歩に寄与することを目的として、平成元年(1989年)1月、初代沼田眞館長のもとに機関設置され、現在14年目を迎える自然誌に歴史を加えた博物館である。現在までに、約220万人の来館者を迎えるとともに、房総の豊かな自然と文化を守り育むための資料収集や調査研究をおこないつつ、これにかかわる人々を支える活動を展開してきた。
今回は、近年の社会情勢の急速な変化をふまえつつ、長く博物館に携わり、また房総の自然と文化を愛する一人として、中央博物館の経緯とこれからの役割についてまとめた。
1.房総の自然環境とその変貌
日本列島の東南端から西太平洋につきでた房総半島は、沖の暖流黒潮と寒流親潮の合流によって南北の動植物が出会う多様な生物相を有している。地形は平坦、気候は温和な海洋性、そして海岸は岩礁及び砂浜から、東京湾の干潟、手賀沼・印旛沼の内水面、さらには大小河川に豊富な湧き水と多様で豊かな水環境を有している。このような自然環境の房総地域は、人間が生きていく場所としては世界的にも極めて恵まれた環境条件がそなわっている。
房総の人々の生活は約3万年前の旧石器時代にさかのぼるが、房総地域における縄文・弥生時代、古代にかけての埋蔵文化財(遺跡)数は我が国最多であり、これは当時の高い人口密度とともに、その並はずれた自然環境の豊かさを裏づけている。この房総の先人たちの営みは、その豊かな自然環境を決して搾取することなく、これを巧みにコントロールし、その恵みを最大限に引き出すものであった。こうした人々の努力と工夫で形成された房総の伝統的農林漁業における人・自然・文化のまとまり(景相)は、まさにいま世界が模索する自立し持続可能な地域・社会のモデルといえよう。
しかし、産業経済中心の現代社会は、その発展のため房総の自然環境をつぎつぎに改変、消失させた。特に昭和30年代以降の急激な経済発展は、人々の生活を土地に根ざした一次産業から、工業中心の二次産業へと変化させ、それにともなう土地利用の工業化、都市化は、森林・田畑や干潟・海岸等の自然を埋立・造成し人工化していった。特に、東京湾干潟における工場立地の埋立や北総台地と谷津の宅地造成、南総域のりゾート開発等の影響は大きかった。この状況は、房総各地の文化的遺産をも次々に記録の中に押し込めていったのである。
2.自然保護の要請と中央博物館の設立
このような状況に対し、地域の市民や研究者等(いわゆる現在のNPO)から自然保護・環境保全の必要性が叫ばれるようになった。そして開発者との対立を経つつも、具体的な市民提案の一つとして、昭和40年(1965年)及び昭和42年に千葉県生物学会および千葉県地学教育研究会による自然科学部門の博物館の設立についての要望が県に提出された。これは、博物館が房総および周辺地域の自然環境に関する資料を収集管理しその状況を理解し、多くの人々と共有することによって、先人に培われた房総の豊かな自然を守っていくことを主旨とするものであった。
この趣旨は、千葉県文化財保護審議会によって受け継がれ、昭和55年には「千葉県立自然史博物館設立の要望書」として提出され、これを受けた県は、昭和59年に自然誌中心の総合博物館、「千葉県立中央博物館(仮称)基本構想」を完成させた。すでにこの構想には、県立博物館のセンター機能とともに、現在の生態園の原型である野外観察地や海・山の自然の現場で博物館活動を展開するフィールド・ミュージアムの構想が盛り込まれていたのである。
こうして平成元年、千葉県立中央博物館は沼田眞初代館長のもとに機関設置され開館した。その後も館の充実がはかられ、平成4年には文部省指定研究機関となり、平成5年には学芸部が自然誌・歴史研究部と生態・環境研究部に機能分けされた。
平成7年には生態園の全面オーブンが達成され、平成11年には勝浦市に分館「海の博物館」が開館した。この間、沼田眞初代館長は博物館へ寄せられる自然保護・環境保全の要請に応える組織として、「自然保護基礎研究所(仮称)構想」も発表している。
3.博物館の活動業績と評価
千葉県立中央博物館では、その設置目的の中で、調査研究を中核とする資料収集、整理保存、教育普及、展示の事業展開を謳っている。これは房総の自然や文化に関する情報を一次情報として収集保存するとともに、その調査研究の成果から生み出された二次情報を合わせ、展示や教育普及の事業を利用者に提供するものである。
特に近年、博物館の利用者と館へ要請が大きく変化している状況がみられる。それは、学校教育・社会教育をはじめ市民・NP0・NG0、企業や行政に至る社会のあらゆるところからの自然保護・環境保全に関する協力要請である。環境教育の講師依頼等の教育に関することから、国・県や市町村の審議委員等の政策に関すること、さらには公共事業のアドバイザー等の計画策定や自然保護調査等の現場対応に関する要請等が急増している。その中には、市民・NPOの生涯学習や社会参画をはじめ学校教育による「生きる力」を目標にした自然体験や総合的学習への支援、そして国・県の環境アセスをはじめ自然保護や環境保全を重視した新法制定及び法改正に基づく政策・事業レベルでの専門的知識の提供、さらには、これら新しい法律に基づく市民・NPOとの一体的な現場対応も含まれる。
急速に変化する社会状況の中で、いま博物館に対しては、従来の実物・標本(一次資料)や文献・図書等(二次資料)に基づく活動はもとより、自然や文化の現場(0次資料)での対応が求められてきている。このような社会の現場への要請が年々増大しているにもかかわらず、博物館業務の評価としては、まだ「入館者数」に偏っているのが現状である。
4.人間社会の在り様を提案する博物館
博物館は、人間社会にあって自然や文化にかかわる資料・情報が他のどこよりも多く集積され、またその研究成果によって機能する機関である。したがって、多くの問題を抱える現代社会に対しても、自然や文化を軸とする将来の在り様については、まず第一にこの博物館から発信されなければならない。
博物館の社会的役割が増大する状況にあって、とりわけ公立の博物館が的確に社会の要請に対応しうる業務を展開していくためには、市民・NPOをはじめ多くの組織・機関等との連携・協力が前提となる。
一方、博物館内部においても、その機能を効果的に発揮していくための予算確保や人員の拡充をはかりつつ、日頃の資料収集や調査研究の成果を、迅速かつわかりやすく社会に還元する努力が求められる。これには、トップ以下博物館全職員の自覚と努力はもちろん、組織体としての業務分担の明確化や的確な業務評価、さらには意欲と専門能力を優先する柔軟かつ流動的な人員配置も必然となる。
千葉県立中央博物館においても、房総の自然と文化に対する専門的な資料・情報と人材を軸に、子どもたちから市民・NP0、そしてさまざまな機関や行政に至るまで、全てに信頼され頼りにされる機関として充実・発展していかなければならない。
これからの博物館を考える
〜自然誌博物館への期待〜
(財)日本自然保護協会 理事長 田畑貞寿
●千葉県自然誌ネットワーク構築を市民の手で
千葉県内の博物館は、県・市・民間・個人を含め、他の都道府県に比べるとその整備は上位にあるとおもいます。それは、房総半島のもつ自然と人との共生による結果とも言えます。
したがって、千葉県自然誌博物館ネットワーク(CNMN)の構築のために、いま何をしなければならないのか、地域市民、県民、行政、専門家の協働作業によって、県内はもちろんのこと南関東地域のなかの自然誌博物館として、関係する県内のナショナルレベルでの対象物、ローカルレベルでの対象物等について発見し、博物館に貯えられている知識を結びつけることが必要とされています。
そのために、地域のさまざまな環境要素をふまえて自然を保護するための自然史マップづくりを地域市民や県民で具体的に進めることからはじめるなど、市民の学習意欲や研究の場でもあるような、そんな運営ができる自然誌を中心とした(中央博物館)拠点であって欲しいと期待している人たちもいるようです。
ここでは、(1)自然保護・環境と博物館の関係、(2)中央博物館を中心とする関係ある自然誌博物館ネットワークの構築、(3)市民の自然保護学習と研究活動のための自然史博物館の役割等についてお話をしてみたいと思います。
●自然保護・環境と自然誌博物館
日本自然保護協会(NACS‐J)は、2001年に50周年を迎えました。特にこの20年間、例えば、白神山地の保護をめぐる一連の活動において自然観察指導員ネットワークと協会との連携や、生態系調査にもとづく自然保護の政策提言は、森林生態系保護地域、森林生物遺伝資源保護林、植物群落保護林、さらに緑の回廊等の設定による白神山地と国有林の保護林制度などに新たな自然保護からみた森林の管理計画の方向性を示唆してきました。
また、沖縄県石垣島の白保サンゴ礁保護にはじまって、長良川河口檀等多くの河川や湾岸の改変と環境保全にかかわる問題、大形開発プロジェクトに対する公共事業の見直し等にあわせ、協会からの意見書等は多義にわたっています。
この10年は、生物多様性の保全とグローバリズムと言えるでしょう。日本全国の野生生物保全とその生息、地の保全に対して森林、河川、干潟、サンゴ礁、里やまなど、地域の多様性をきわめています。
また、生物多様性国家戦略、環境影響評価法、鳥獣保護法、河川法、行政改革など、自然保護の制度的な面に対しても、NGOとしての意見、提言を行なって参りました。また、生物多様性条約の採択、アジェンダ21国別行動計画、世界遺産条約、ラムサ−ル条約等、国際会議に参加し提言し、その例として長野冬季オリンピック会場、愛知万博会場海上の森等の国際的イベントに対しても自然保護の立場から意見、提案をしてきました。
このようなNACS‐Jの活動にとって今世紀は、生物多様性の観点から、身近な地域の自然環境を見直し、自然保護を基軸に地球環境全体の保全の方向性を考え、地域の人と自然と文化を系ととらえた環境の創造の拠点として、それぞれの地域レベルや県レベルの自然誌(史)博物館の役割は大であります。
●自然誌博物館ネットワークの構築
ここでの問題は、現在設置されているそれぞれ市町村レベル、都道府県レベル、国レベルの博物館等施設の大型博物館のネットワーク化はもちろんのことですが、むしろ1980=1990年代に開館されている各レベルの中でも地域に根ざした自然誌博物館から森林、湿地、河川、干潟、サンゴ礁、里山などの自然地や、文化財に指定されているすべての空間を含めたシステムの構築が、必要となっています。たとえばまちかど博物館やテーマ別資料館等です。また大学等に設置されているものもありますが、管理運営上、専門家の協働研究・教育も行なわれつつあります。が、これらは今後の課題でも有ります。
さらに、今ネットワークの構築に組み込んで実施されているものに「エコミュージャム」の発想が重要となっていて、多摩川リバーミュージアムの試行に見られるように野外の河川の堤内地・堤外地を含めて、市民参加型で実施しているのを見ると、これらこそ市民エコミュージャムの発想が博物館ネットワークの基礎となるのではと考えます。
●市民の自然保護学習と研究活動のための自然誌博物館の役割等
県立中央博物館は、本館だけでなく生態園から山・海のフィールドミュージアムの展開はすばらしく、わが国唯一の自然誌博物館機能を充足しています。
この機能を維持しつつ、市民や県内の大学生の自然調査研究や自然観察指導員養成の「自然保護大学」または「自然保護基礎研究所」を併設し、これからの市民参加による野外博物館(フィールドミユージアム)管理運営のスタッフを養成する必要性が高まっております。
博物館と私、そして博物館に期待するもの
千葉県自然保護連合 事務局長 佐野郷美
私は高等学校の生物の教員をしている。照れくさいが、教員としてより良い授業をめざして、学術書を読んだり博物館に足を運んで研修しているつもりだ。また、顧問をしている生物部や理科部の指導においては、生命の大切さや素晴らしさに気づかせるだけでなく、地域の自然や生物に目を向けさせることが非常に大切であると考えている。
さらには、県内に在住する一市民として、地球環境の問題を念頭におきながら、地域で自然を守り育てる活動に加わっている。
そんな私は、いろいろな場面で何かと中央博物館とそこに務める学芸員の皆さんとのおつき合いがあった。そして、そのおつき合いはこれからも続くのだろうと思う。
教員としての私と中央博物館のおつき合いは、生物の教員グループで房総のモリアオガエルの調査を行っているときに、学芸員の方といっしょに房総半島南部の清澄山系を調査したときにはじまる。
その後、カエルの年齢を調べるために凍結ミクロトーム(この機械で指の骨を輪切りにして断面を見ると年輪が見られる)という特殊な機械を使わせていただいたこともあった。水泳指導のない時期の学校のプールが、水辺の生物たちの生息の場となっていることを生物部の生徒たちと調べたときには、プールでたくさん採集されるミズムシ類の分類がわからず、博物館に同定をお願いしたこともあったし、東京湾に帰化したチチュウカイミドリガニの研究では、論文のまとめかたについてアドバイスしていただいたこともあった。また、個人的な興味で手賀沼の水草テガヌマフラスコモについて研究している時に、手賀招で自然復元のボランティア団体と接触すれば、そこにも博物館の学芸員の方がいらして貴重な情報を提供していただいた。そして、その後もいろいろな面でご協力いただいた。
一方、環境NG0「市川緑の市民フォーラム」の一員として、市川市内の都市型水害を防ぐ目的で築造される大柏川調節池(面積は東京ドーム3つ分)に豊かな内陸湿地の自然を復元したいと競って活動を進めているうちに、中央博物館の生態園の中心をなす舟田池そのものが調節池の機能を持ったものであることを知った。その後、舟田池の事例を運動に活用し、この運動のいろいろな場面で学芸員にも支援していただいた。
振り返ってみれば、このような情報と協力が得られたからこそ、現在この調節池が日本でも先進的な全面自然系の調節池として整備が進んでいるのだと感謝している。
今、県立の博物館の統廃合、市町村への移管、民間への委託などが検討されていると聞く。その背景には、県の財政難があるという。しかし、今後博物館が担うべき仕事はますます増えるのではないか、そのために千葉県はますます県民の教育と文化向上のために、博物館の機能を高めるよう努力しなければならないのではないだろうか。その理由は以下のとおりである。
教育現場では、ますます地域の文化・歴史・自然・生物・人々の暮らしを教材として取り上げなければならない状況になっている。たとえば、千葉市、船橋市、市川市の小中学校から「三番瀬を総合的学習に取り上げたい。どのような資料があり、現地見学をしたいが講師をお願いできないか、また授業はどのように展開するのが望ましいか」との問い合わせが最近後を絶たない。
場合によっては、県外の学校が修学旅行時に三番瀬を訪れたいとの話もあるのだ。学校教育においても環境教育が重要な柱となりつつある現在、千葉県臨海部の小中学校において、三番瀬の埋め立てと自然環境の保全の問題は、今現実に起こっている最も具体的な生きた教材なのである。地元環境NGOとしてこの問題に深く関わっている以上、できる限りの協力は借しまない。しかし、こういった機能は本来博物館が担うべきではないかと思うのである。
また、環境NGOとしては今後も情報の提供や活動へのバックアップをお顔いしたいところではあるが、それとは別に、地域で活動したり、県内のさまざまなNGOとゴルフ場、残土・産廃、住宅開発などさまざまな問題で交流したときに感じることは、その地域地域における自然・生物等に関する基礎調査が十分に行われ、しかるべき報告書等があったならば、少なくともここまで破壊されることはなかったであろうということである(ただし、調査結果が報告書にまとまっていれば守られるというような単純なものではない)。
したがって、博物館には、このような地域の自然に関する基礎調査を地道に進めていただきたい。そして、地域の自然に関するデータを着実に積み上げていってもらいたいと思うのである。もちろん、生物教員として協力できるところはお手伝いするとしても、その中心的な機能を、私は博物館に求めたいと思う。
博物館に務める学芸員の皆さんには、博物館に務める以前に研究してきたテーマがあるし、研究者として個人的に興味を持つ研究はあるに違いない。そして、特別展や観察会の企画運営などの業務もあり多忙であろう。しかし、公立の博物館として地域が求める博物館の機能とそこで働く学芸員の活動は、学校教育への協力・支援、地域の環境NGOへの協力と連携、そして地域の自然に関する地道な記録であると考える。