■書籍・書評


 松田忠徳著

 『温泉教授の温泉ゼミナール』


中山敏則



トップページにもどります
「書籍・書評」のページにもどります


・著 者:松田忠徳
・書 名:温泉教授の温泉ゼミナール
・発行所:光文社
・価 格:680円


 私はここ数年、ハイキングとあわせて温泉に行く機会が増えた。温泉はやすらぎや活力を与えてくれる。それに、温泉をよく利用するようになってから風邪をあまりひかなくなったような気もする。
 ところが最近、温泉についてちょっと変だなと思うことがある。それは、あちこちの市町村が豪華な公共温泉施設をつくっているからだ。打たせ湯や寝湯、噴流式気泡風呂、サウナなどを備えたものも増えている。利用してみると、温泉というよりも大型銭湯のような感じである。こうした“公共温泉”が急増しているために、昔からある温泉宿の経営が圧迫されているということも耳にする。なにか変である。
 昨年末に出版された同書は、そんな疑問に明解にこたえてくれる本である。


●日本の温泉は深刻な状況に陥りつつある

 著者は最初に、ある温泉施設の利用客がレジオネラ菌に感染して死亡するというショッキングな事故を紹介し、こう述べている。
 「こうした事故がニュースになるのは時間の問題であった。それほど日本の温泉は深刻な状況に陥りつつあるのだ。われわれ利用者が温泉の置かれている現状を一刻も早く正しく理解しなければ、日本人のDNAに擦り込まれてきた“ホンモノの温泉”が21世紀の半ばに達しないうちに消滅してしまう恐れすらある」
 レジオネラ属菌(細菌)は、自然界の土壌や淡水に生息していて、「一定の温度に保たれた人工温水中で大量に増殖しやすく、とくに注意しなければならないのは循環風呂だ」という。最近、浴場でのレジオネラ菌感染死が相次いでいるが、感染源はいずれも循環風呂とのことである。
 循環風呂とは、同じ温泉水を何度も、時には1カ月以上も取り替えずに使用するものをいう。その循環風呂が、全国の温泉施設で急増しているのだ。著者は、短期間に全国の2500湯を集中的にチェックした結果、「“塩素浸けの循環風呂”が日本列島を席巻(せっけん)しつつあること」が分かった、と記している。そして、「すべてとはいわないものの、とくに平成に入ってからオープンした公共温泉のうち限りなく99パーセント近くが、『温泉であって温泉にあらざる』と思える塩素浸けの循環風呂といっていいだろう」と書いている。
 なぜ、循環風呂が急増しているのか。それは、公共温泉ブームに起因している。公共温泉ブームの火付けは、故竹下登元首相の有名な「ふるさと創生資金」である。この資金を使って、多くの自治体が温泉を掘り、温泉施設を建設した。そのほとんどは、「いかに良質の温泉を提供して住民の健康のために役立つかを考えるより、いかに豪華なものを建設するか、いかに湯水のごとく税金を投入するかに腐心している」という。こうした公共温泉はいずれも外観や設備のハード面に過剰投資していて、循環風呂となっている。数億円もする濾過・循環器、ボイラーなどを備えているために、毎日換水していたら循環器が意味をなさないからである。
 同じ湯を何度も循環させて使うために、濾過する際に塩素殺菌装置が十分に機能しなかったりしたら、レジオネラ菌感染の危険性が高まる。じっさいに、感染事故はそれが原因で起きているのである。


●塩素浸けの温泉が急増

 循環風呂でレジオネラ菌感染の事故を防ぐためには、塩素濃度を高くする必要がある。じっさいに、相次ぐ入浴施設の感染事故をきっかけに、行政はこれまで以上に塩素混入の指導を強化しているそうだ。
 その結果、塩素浸けの温泉や入浴施設が私たちの周りで急激に増えている。しかし、強力な殺菌力を有する塩素は、肌の細胞を破壊し、老化をすすめる大きな原因のひとつと考えられている。「アトピー性皮膚炎を治すつもりで温泉に入ったら、かえって悪化してしまった」「温泉に入ると肌がすべすべになると思っていたら、逆に肌荒れが生じた」などという話が出るまでになっているのだ。もちろん、これは塩素を大量に使う循環風呂の話である。


●マガイモノがホンモノの温泉を追い込む

 とはいえ、日本には、気持ちのいい新鮮な温泉を流しっ放しにし、塩素をまったくつかわない“正統派の温泉”もまだたくさんある。しかし、こうしたホンモノの温泉とニセモノ(塩素浸けの循環風呂)の違いが分からない人は、みかけがきれいだったり、施設が豪華、交通が便利ということなどでニセモノの公共温泉をよく利用する。また、公共施設は「建設費、設備費などが税金で賄われるだけでなく、固定資産税なども免除される」ために、利用料が安いということもある。
 こうして、全国各地で公共温泉の乱立がつづいているため、古くからの民営の温泉施設はそのあおりをもろに受け、きびしい経営を強いられている。廃業に追い込まれている温泉宿も増えているとのことである。
 こうした事態を著者は「公共温泉が日本の温泉を堕落させる」とし、次のように警鐘を鳴らしている。
 「温泉の本質を熟知した良心的経営者は、温泉の効能を失わせないように水を加えずに浴用適温にしようと努力している。(中略)濾過・循環風呂での勢いよく出る温泉の姿が目に焼き付いてしまっている都会人は、このような正統派の温泉の努力を知らずに『ここは温泉じゃない』と暴言を吐くのである。経営者にしてみればまさに泣きっ面に蜂だろう。自分たちが汗水流して稼いだ税金で建てられた公共温泉が、営々と築いてきた山の温泉宿の経営を圧迫しているどころか、日本人の温泉常識に対しても根底から揺さぶりをかけているのであるから。そのような施設は別の枠組み、たとえば『温泉風銭湯』などとしなければ、世界に固有の日本の“温泉文化”は根こそぎにされかねない」
 「不況の現在でも、地方自治体が大手を振って作れる箱モノが温泉入浴施設なのである。もちろん住民の福祉のためということだが、死亡者が出てはその錦の旗も降ろさざるを得ないだろう。しかも全国各地に雨後のタケノコのように誕生している公共温泉が、日本人の財産である温泉を殺そうとしていることに自治体は気づいてないようである。事態は深刻極まりない」


●温泉に関するさまざまな知識を与えてくれる

 本書は、日本の温泉の危機的状態を教えてくれるだけでなく、温泉に関するさまざまな知識を与えてくれる。循環風呂とそうでない風呂の見分け方、「生きた温泉」と「死んだ温泉」の違い、ホンモノの温泉の楽しみ方、「温泉分析書」のカラクリ、公共温泉による「温泉の堕落化」のしくみ、大型の温泉地が苦戦を強いられるなか、かつて秘湯といわれた温泉が確実に支持を伸ばしていること、などである。
 たとえば、女性から行ってみたい温泉地人気ナンバーワンとして支持されている湯布院温泉(大分県)は、ホテル内への客の囲い込みを否定した街づくりや、個性的な宿づくりなど、明確なビジョンをもって大型温泉地に対抗してきた。また、黒川温泉(熊本県)は、現代の日本人がいったい何を本当に求めているのかを探りつづけ、自然のなかの質素な温泉づくりをめざしてきた。同温泉では、30代40代の経営者が自由闊達に意見を交わしながら街づくりを進めているという。著者は、こうしたとりくみや雰囲気が黒川温泉成功の大きな原動力になっていると書いている。このような先進的な温泉のとりくみは、自然環境を大事にした地域振興や街づくりという点でも、学ぶところが多い。
 温泉を利用している方はもちろんのこと、多くの人に読んでもらいたい一冊である。

(2002年1月)  






このページの頭に戻ります
「書籍・書評」のページにもどります

トップページ | 三番瀬 | 産廃・残土 | ニュース | 自然・環境問題 | 房総の自然 |
環境保護団体 | 開発と行財政 | 催し物 | 自然保護連合紹介 | 書籍・書評 | リンク集 |