■書籍・書評


若林敬子著『東京湾の環境問題史』


中山敏則



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・著 者:若林敬子
・書 名:東京湾の環境問題史
・発行所:有斐閣
・価 格:6000円


 若林敬子さんの力作『東京湾の環境問題史』が、昨年(2000年)9月に刊行された。この本は、東京湾をめぐって展開されてきた埋め立て開発と住民たちによる環境保護運動との攻防を歴史的・実証的に分析したものである。
 千葉県生まれの若林さんは、「千葉の干潟を守る会」の結成当時からの会員である。東京大学大学院生時代の1970年、千葉の浦安に調査にでかけ、浦安漁民が海を守るためにはげしく闘ったことや、やがて漁業権を全面放棄せざるをえなくなったことなどをくわしく研究した。それ以来、戦後高度経済成長期のわずか20年間に海岸がつぎつぎと埋め立てられ、東京湾が急激に変貌していったことについて、「私たちはどう評価しつつうけとめて次世代にわたしていったらよいのか」という強い問題意識をもち、東京湾の環境問題について研究をつづけてきた。この本はその成果を集約したものである。
 本書の章だてはつぎのとおりだ。
 第1章 海岸線の変貌と埋立て地の造成
 第2章 入浜権運動からナショナル・トラストへ
 第3章 干潟をめぐる開発と保全の攻防
 第4章 東京湾埋立て開発構想をめぐる攻めと守り
 第5章 東京都内湾における埋立てと漁業興亡史
 第6章 東京湾をめぐる埋立て開発史と京浜工業地帯
 第7章 東京湾をめぐる埋立て開発史と京葉工業地帯
 第8章 浦安漁民闘争史
 結 び

◇           ◇


 各章を概観してみよう。まず、第1章では、無秩序な埋め立てによって日本列島の各地でいかに長大な自然海岸が消滅したかを、データを示しながら述べている。1970年代後半以降は、臨海工業地帯形成から都市再開発へと目的が軌道修正され、相変わらず全国各地で埋め立てがすすめられているが、これについてはつぎのように疑問を提起している。
 「工場用地としてもさることながら、都市再開発、都市改造型の埋立てにしても、そもそも埋立てが必要なのかどうか。これ以上埋立てが続けられてよいのかどうか、環境保全など今日的視角から根本的に検討し直す必要がなかろうか。少なくとも埋立て造成地に汚いものを移すという方針でいたずらに沖合まで埋立てようとすることは反省されなければならない。港湾区域には限度があるし、決して無から有を生むのではなく、埋立てによって失うものははかりしれない」
 つぎに第2章では、1970年代半ばに兵庫県高砂市の反公害運動のなかで生まれた入浜権運動とナショナル・トラスト運動の関係を論じている。「海はみんなのもの、なぎさを返せ、なぎさを守ろう」をスローガンとする入浜権運動は全国的に共感をもってうけとめられ、住民と海とのかかわりを再認識させた。この運動は、各地のナショナル・トラスト運動に結びついていった。和歌山県田辺市天神崎の土地買い上げによる海岸線保存運動はその代表的事例である。
 第3章では、全国でいまなお数多くの干潟が開発にさらされていることをあげ、開発側と干潟保全運動とのせめぎあいを論じている。国際的に湿地保全の潮流が強まり、また、日本でも、1991年に「日本湿地ネットワーク」が結成されるなど湿地保全運動が急速に盛りあがった。こうしたなかで1999年、名古屋の藤前干潟の埋め立ては中止になった。一方、東京湾では、「千葉の干潟を守る会」などによって必死の保全運動がつづけられた結果、谷津干潟(千葉県習志野市)が1993年にラムサール条約の登録湿地となった。そしていま、東京湾奥部に残る貴重な干潟・浅瀬「三番瀬」や東京都江東区有明の旧貯木場(通称・十六万坪)の埋め立てをめぐり、開発側と市民団体との間ではげしい攻防がつづけられている。
 第4章では、東京湾の自然海岸がつぎつぎと埋め立てられていった背景と、埋め立て開発に抵抗する運動などを論じている。
 第5章では、太田道灌による江戸城築城以降の東京都内湾における埋め立ての歴史を概観している。東京都の内湾では際限なく埋め立てが進められ、漁業権は1960年代にすべて消滅した。
 第6章では、神奈川県側の埋め立ての歴史や、京浜工業地帯の形成、漁業の興亡などを述べている。
 第7章は、千葉県側の埋め立て開発の歴史である。千葉市埋め立て地への川崎製鉄の進出(1953年)を口火として、京葉臨海部では埋め立てが急ピッチで進んだ。埋め立て地には、鉄鋼、石油、化学の大工場がつぎつぎと進出し、巨大な臨海工業地帯が形成された。埋め立て開発は同時に、“土地転がし”などの利権問題を多く発生させ、巨大企業のあくことのない利潤追求の場ともなった。一方、多数の漁民が札束で頬をひっぱたかれ、海から追われていった。
 第8章では、千葉県浦安市における埋め立ての歴史や漁民運動の興亡などをくわしく論じている。著者は、古くからの漁業の町であった浦安で漁業が滅亡したことについて、こう述べている。
 「浦安の歴史をその海からみれば、巨大資本と県によって漁民の生産・生活基盤としての海が無惨に食いつくされ、奪いさられていく過程と、それに対抗する漁民の闘いの歴史として把握できる」
 「この共同漁場の巨大資本による収奪の過程は、その規模と速度において驚くべき様相を展開した。さらには埋立て完成地は大方において、巨大資本の所有地であることから、これまでは公共の、地域住民の海岸線であったものが奪われ、巨大資本の私有地と化したことを意味する。沿岸漁民の生産基盤の収奪と同時に、転業した漁民、新しい来住者をも含む地域住民全体の生活・環境権の今日的視点にたって海の再評価があわせてなされなければならない」
 最後の結びでは、埋め立ては漁業を亡ぼした諸悪の根元であり、“海を売ったといわれる漁業者も、やはり海を奪われた被害者である”ことを忘れてはならない、と強調している。また、東京湾について、「これ以上の埋立てを無秩序に許せば危機に瀕し、そうなってからではとりかえしがつかない」とし、「東京湾保全法」の制定をも含んだ住民参加による総合管理がいま問われている、と結んでいる。

◇           ◇


 以上でみたように、本書は、中心的論点を開発側と漁民を含めた住民との攻防において、東京湾の環境問題史を論じている。これは、東京湾問題を論じた類書の多くが住民運動を欠落させ、または無視しているなかで、非常にすぐれた点である。その重要性は、もし埋め立て反対運動がなかったならば、三番瀬や盤洲干潟はとっくに埋め立てられてしまったということだけをみても明らかであろう。
 著者は三番瀬保全運動についてつぎのように述べているが、これは卓見といえる。
 「80年代の計画段階からはじまった三番瀬保全の運動は、谷津の『守る会』と連動、千葉県が1992年環境会議を設定して広がり、さらにはラムサール条約と結びつき、地球的規模の保護運動としてわが国環境行政上最大の焦点となったといっても過言でない」
 そして、三番瀬埋め立て計画に関し、環境省にたいしてつぎのように注文している。
 「『まず埋立てありき』という前提にたつ県計画自体が時代にそぐわなくなっていまいか。そのことの全面的見直しが先決であろう。環境庁としても、環境省への格上げを前にして、正念場であろう」
 ちなみに、今年(2001年)1月、川口順子環境相は三番瀬を視察し、埋め立て計画の全面見直しを求める発言をした。
 本書は、たいへん読み応えのある力作である。東京湾の環境問題に関心をもっている人はもちろんのこと、湿地保全にかかわっている人など、多くの人びとに読んでいただきたいと思う。
   

(2001年1月)  






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