■書籍・書評


 山下弘文著

 『諫早湾ムツゴロウ騒動記〜20世紀最大の環境破壊〜


中山敏則



トップページにもどります
「書籍・書評」のページにもどります


・著 者:山下弘文
・書 名:諫早湾ムツゴロウ騒動記
     −20世紀最大の環境破壊−
・発行所:南方新社
・価 格:1600円


 本書は、諫早干潟を守る運動を長く続けてきた故・山下弘文氏が、諫早湾干拓事業の問題点を整理し、諫早干潟再生への道を提示したものである。いわば、諫早問題の決定版といってもよい。干潟保全だけでなく、自然保護にかかわる者にとって、学ぶべきことがたくさん書かれている。
 また、本書は、三番瀬埋め立て問題を考えるうえでもたいへん示唆に富んでいる。この点をとりあげてみたい。

  1.  事業者(農水省)は、「諫早湾閉め切りによって消滅する干潟面積は有明海の干潟面積の約7%であり、影響は少ない」ということを盛んに宣伝した。これは、「埋め立て面積を7分の1に縮小し、主要な干潟をすべて残すことにしたので、影響は小さい」という千葉県企業庁の言い分とまったく同じである。
     しかし、諫早の場合、実際には閉め切りによって有明海の広い範囲で水質悪化や漁業への悪影響がでている。隣の佐賀県竹崎ではノリが壊滅的な打撃を受けた。島原半島でも、潮流が変化して魚介類の漁獲が極端に減少した。

  2.  長崎県内の銀行は、諫早湾内の漁民に対し貸し付けを強化した。佐賀県漁連が諫早湾開発計画に反対する大集会を開くと、突然、銀行はその金の取り立てに回り、諫早湾の漁民が反対しないよう圧力をかけた。漁民は、干拓事業に疑問を持ちながらも、モノが言えない状況におかれたのである。
     これは、市川行徳漁協組合員への「転業準備資金」の貸し付けとまったく同じである。「行徳漁協の組合員はすでに金をもらい、家の新築につぎこんだりしているので、三番瀬埋め立てに反対できない」ということは、よく聞く話である。

  3.  諫早湾の開発計画がいったん中止になったとき、農水省構造改善局長が金子岩三農水大臣を訪ね、農水省が抱える約800人の干拓技術者に何とか仕事を与えてほしいと要望した。金子大臣は「農水省の失業対策だね」と苦々しく語り、この要望を受け入れて、規模を縮小した開発計画(現計画)を復活させた。
     これは、「三番瀬埋め立て事業が中止になると、県企業庁の職員が失業状態になる」という論理と同じである。

  4.  諫早湾干拓事業のアセスメントは、その元となった調査報告書とは全く異なり、いたるところが改ざん・改悪された。しかし、環境影響評価検討委員会の委員(学者・研究者)は、こうした改ざん・改悪について、モノを言わなかった。著者は、「こうしたことは、伊勢湾藤前干潟のゴミ捨て場のアセスメント審議会でも起こってしまいました。これでは日本はいつまでたっても先進国の仲間入りはできないでしょう」と記している。
     残念ながら、これは、三番瀬埋め立て計画案を審議中の環境調整検討委員会にもいえることではないだろうか。たとえば、行徳漁協が塩浜前面につくった潮干狩り場(養貝場)を県が「完全な干潟」と言うことに対し、だれも疑問をださないのである。県は、これを根拠に、埋め立て地先に造成する人工海浜はうまくいくとしている。しかし、他から土をもってきて浅瀬に盛れば、それを「完全な干潟」というのか。しかも、その潮干狩り場は、実際にはアサリがまったく育たず大失敗だったのである。これは、現地にみれば一目瞭然である。潮干狩り場と護岸を結ぶ桟橋は、骨組だけが残っていてガタクタ状態になっている。
     また、流域下水道は、全国的にどこも行きづまっており、建設省でさえ見直しに動いているというのに、このことをだれも問題にしない。

  5.  諫早湾周辺の既設堤防は老朽化が激しく、あちこちで漏水しており、倒壊の危険もあった。しかし、この欠陥堤防は、いずれ湾が閉め切られるということで、改修されなかった。むしろ逆に、干拓賛成派は、この欠陥堤防の危険性を干拓事業推進の口実にした。
     これは、市川塩浜地区の直立護岸と同じである。護岸が老朽化して崩壊の危険性があるのに、市川市などは改修をさぼり、逆用して、「だから、埋め立てが必要」と宣伝している。

  6.  諫早干潟の価値はとてつもなく大きかった。豊かな生態、漁業資源としての価値、地域の歴史・風土にはたしてきた役割、水質浄化機能など、干潟の価値がはかりしれないほど大きかったことはさまざまな調査で明らかにされていた。たとえば、浄化機能だけをみても、その経済的価値は、人口30万人、建設費2600億円の下水道施設に匹敵するとされ、これだけでも干拓事業費2370億円をはるかに上回っている。これに対し、干拓事業の便益とされる農地造成と防災効果は、あいまい性と誇大表示性に終始した。
     これは、三番瀬もおなじである。三番瀬が重大な価値を持つことは、県の補足調査で科学的に明らかにされた。しかし、それをつぶしてつくろうとする第二東京湾岸道路や下水処理場などの必要性や対費用効果はまったくあいまいなままである。

  7.  巨大な潮受け堤防の耐震性や、堤防が大地震で決壊した場合の被害の甚大性についてさまざまな疑問がだされていたにもかかわらず、事業者は、これらをいっさい無視し、工事を強行した。
     三番瀬も同じで、軟弱地盤の埋め立て地に重要なライフラインである下水処理場を造るのは防災上からも問題があるということが計画策定懇談会でも出され、自然保護団体も意見を何度も提出している。しかし、県は、これらの意見にたいし、納得ある回答をしていない。

  8.  著者は、干拓事業の防災をめぐって農水省(事業者)と建設省の確執が隠されていたと書いている。つまり、「防災対策」を掲げた干拓事業に対し、建設省は「この干拓では水害対策にならない」と批判したのである。そのため、いつの間にか、だれも気づかないうちに「諫早湾防災総合干拓事業」は「諫早湾干拓事業」に名称が変わり、工事が着工された。住民や関係者はペテンにかけられたのである。
     水面下で行政間の確執があることは、三番瀬も同じである。実は、三番瀬に下水処理場を建設することについては、「水循環下水道の構築」に方向転換しようとする建設省が異議をとなえている。しかし、下水処理場がなくなれば埋め立ての名目がくずれることから、沼田知事の意を受けた企業庁が処理場建設を強引に強行しようとしているのである。

 最後に、本書には、日本の自然保護の流れを変えた諫早の運動の真髄がおさめられている。一読をおすすめしたい。

(2000年11月)  




このページの頭に戻ります
「書籍・書評」のページにもどります

トップページ | 三番瀬 | 産廃・残土 | ニュース | 自然・環境問題 | 房総の自然 |
環境保護団体 | 開発と行財政 | 催し物 | 自然保護連合紹介 | 書籍・書評 | リンク集 |