■書籍・書評


新井秀雄著『科学者として』


川本幸立



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・著 者:新井秀雄
・書 名:日本環境報告
・発行所:幻冬舎
・価 格:1500円


 今年(2000年)10月に亡くなった高木仁三郎氏(元原子力資料情報室代表)は、原子力に関わる問題点について一貫して市民の側に立って発言し行動した数少ない科学者だった。
 哲学者の芝田進午氏が本書の前文で指摘しているように、世の中には2種類の科学者が存在する。一つは、私利私欲のために真理を歪める「科学者」であり、もう一つは、真理を主張し、理性を貫き社会的責任を果たす科学者である。
 20世紀後半は、科学技術による公害の時代だったとも言われる。前者の立場に立つ圧倒的多数の「科学者」が、企業や学界と一体となりこの犯罪に荷担してきた。
 高木氏は、原子力推進の巨大な勢力に対する対抗軸としての組織をつくり、その中で後者の立場を貫いた。本書の著者・新井秀雄氏も、厚生省管轄の国立感染症研究所(感染研)という「巨大な組織」(常勤研究者三百数十名)の中で、たった一人で後者の立場を貫いている現役の主任研究官(細菌学)である。
 新井氏が勤務する東京都新宿区にある感染研施設は、日本最大の病原体実験施設である。1988年に機動隊を導入して強制着工し、92年以来、新宿区、区議会、早稲田大学、周辺住民の反対を無視して実験を強行してきた。施設の屋上からは病原体等を完全には捕捉することができないフィルターを通した毎時12万立方メートルもの実験排気が最短で数メートルから十数メートル離れた周辺の家屋や施設、公道に撒き散らされている。
 病原体施設は、WHO(世界保健機関)指針では住宅地などへの立地が制限されているが、日本は無法状態にある。問答無用の厚生省・感染研当局に対し、89年、周辺住民が実験中止を求めて東京地裁に提訴し、11年後の今年7月に結審、ここ数カ月以内に判決が下される予定である。
 新井氏は、住民たちが問題を指摘するはるか以前から、感染研内部で戸山移転の問題点をきびしく指摘した。裁判でも、住民側の証人として施設の危険性や問題点を証言した。
 本書には、国民の予防接種や薬の国家検定など予防衛生に責任を持つべき研究所内部の驚くべき腐敗と安全管理の実態が率直に記されている。考えさせられたのは、この国立の研究所には少なくない「進歩的科学者」やそうした科学者組織の支部が存在するにもかかわらず、いざ移転が決まると、「いつのまにか沈黙してしまった」という実態である。クリスチャンでもある新井氏は、感染研施設内部を国際査察したWHO最高顧問のイギリスのコリンズ博士の、「自己愛」、「親しい人への愛」、「隣人愛・人類愛」の3つの愛のうち、最高レベルの愛は「隣人愛・人類愛」であるという言葉を紹介し、感染研施設の安全レベルは「自己愛」という低いレベルであると指摘しているが、この指摘は「進歩的科学者のひ弱さ」にも通じる。
 本書の映画版とでもいうべきドキュメンタリー『科学者として』を観た高木仁三郎氏は、「科学者としての自分の営みと社会(市民)とのはざまに出現した問題に、正面から誠実に応えようとした新井秀雄さんの感動的な物語です」という感想を残した。
 本書は、科学者のみならず、私たち一人ひとりに「何のために生きるのか」ということを改めて問いかけるとともに、巨大な組織の中でさまざまな悩みを持ち、矛盾を感じながらも人間の尊厳を守るとりくみをしている人々に勇気を与えてくれる書物である。

(2000年11月)  






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