最近読んだニュースから(2007年11月分)  

波乱のサブプライム問題(未完)(2007/11/25更新)
人口減少社会における生保事業(2007/11/18更新)
規制緩和は成功したか(続)(2007/11/12更新)
規制緩和は成功したか(2007/11/04更新)


○ 波乱のサブプライム問題(未完)

 韓国では今、「失われた10年」と言う政治論争が盛んであるという(11/24日付け、産経
新聞)。これは大統領選挙を前に政権交代の是非が大きな争点になっているためで、政権
交代を主張する保守野党はしきりに「失われた10年」を強調しているそうだ。この言葉は、
バブル崩壊後の日本経済の苦悩、苦痛を物語る言葉としてもっぱら使われてきたのだが、
最近では、保守派への政権交代を狙う野党ハンナラ党が仕掛けた多分に選挙向けの政治的
な発想である。
 アメリカの市場は、信用力の低い個人向け住宅融資(サブプライムローン)の不良債権
化により荒れている、我が国にも大きな影響を及ぼしている。私は、このアメリカの問題
で我が国が大きな影響を受けているのは不思議でならなかった。六大銀行の9月中間決算
の連結純利益が約9400億円と過去最高益だった前年同期に比べて45%も減少し、六
グループが何れも減益になったサブプライムローン関連の損失は合わせて3千億以上にな
る見込みであるという。
 日経紙や日経金融紙は「1997年の金融危機から10年」と特集を組んでいる。また、「1997
年−−世界を変えた金融危機」(竹森俊平著)と言う新書版の本が出版された(朝日新書)と
いう面白い本が見つかった。それによると、経済学者の植田和男が、98年2月に日経紙
の「易しい経済学」に書いた論説によると、「昨年(1997年)後半からの日本経済の状況は、
おそらく終戦直後期を除くと、オイルショック期をも上回る最大の危機にあるといえよう。
今年度の実質成長率は、74年以来の低水準となろう。今年度の実質成長率は、74年以来
の低水準となろう。しかし、これが危機の危機たる所以ではない。実体経済を背後から支
える金融システムが崩壊寸前に追い込まれているのである。人体に例えれば、金融は血管
の流れのようなものである。それが正常に機能しているときは、意識されることも少ない。
しかし、脳梗塞などで血液の流れが止まれば、人体は一気に麻痺に襲われる。足許の日本
のこうした金融システムは麻痺を起こす一歩手前の状態にある。血流障害の兆候はいくら
もある。昨年は、春の日産生命に始まって、三洋証券、山一証券、北街道銀行拓殖銀行、
徳陽シティ銀行の大型の金融機関破綻や閉鎖が相次いだ。夏場の二万千円を超える日経平
均株価は年末には一時一万五千円割れまで、日経平均株価は三割前後の暴落を演じた。地
価が底打ちしたと言う気配もない」
 今から考えれば、「金融システムが崩壊寸前」という証言は大げさに思える。だが、当時
は、そう感じてもおかしくなかった。何しろ、97年1か月だけで、三洋証券、(11月3日)、
北海道拓殖銀行(11月17日)、山一証券(11月24日)と三つの主要金融機関の倒産が相次
いでいる。
 戦後、長年にわたって続いてきた大蔵省の「護送船団行政」による金融機関の保護に馴れ
ていた国民にとって、1週間の内に、拓銀と山一の大型倒産が相次ぐという事態は予想も
しなかったものだった。驚かされたのは、「大型倒産」言う事実ばかりではない、前代未
聞のことが纏めて起こった。三洋証券の倒産の際には、戦後初めて無担保コール市場での
デフォルトが発生した。また拓銀は、大手20行での初めての倒産であった。
 金融は住専を処理すればもう心配はないと言う大蔵省の説明に橋本首相をはじめとして
鵜呑みにしていた。首相が苛立ったのが「金融検査基準」による銀行の不良債券が約76兆
円と報告したときだった。過去の基準の三倍を超える額に首相は愕然とした。
        (未完)
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○ 人口減少社会における生保事業

 2006年、日本の人口は減少に転じる。急速に進む少子高齢化で医療や年金など、我々
の生活に様々な影響があるのはさけれられない。だが、人口の減少とは本当に憂慮すべき
問題なのだろうか。むしろ、居住問題や余暇や交通などに質的に充実した社会を確立する
上で、好機であると指摘する識者もある。江戸時代の人口は3.000万人程度と安定し、江
戸時代300年の間に日本文化は成熟し繁栄していたと言われる。日本はどの程度の人口で
安定するのか推測しようがないので分からないが、かなり現在と異なる経済や社会になる
と思われる。
 OECD加盟国と旧東欧圏の国で女性が一生に産む子の数が、時持続的に二人を超える
国なぞありはしない。西欧諸国では1.8人以下のようである。我が国で問題にされてい
るのは公的年金の財源不足と、健康保険の給付の増加が国の財政を圧迫していることであ
る。
 現在社会問題になっている産婦人科、小児科の医師不足は、将来における現象の先取り
だと思われるし、そのうち誰も騒がなくなるだろう。人口の減少により未来は暗くなるだ
ろうという人があるが、必ずしもそうはならないだろう。
 人口減少の先走り問題では必ずしもないであろうが、伝統的生保会社の業績が停滞し、
金融バブルのの前の時代においては世界一の業績を誇った時代は夢と消え失せ、負債の国
際会計基準を受け身で検討する情けない国に落ちぶれてしまったようだ。我が国のアクチ
ュアリー技術の停滞は同様に心配である。医療保険の全盛時代が我が国で騒がれているが
この日本だけの特徴を経営技術的に裏裏ざさえする研究を世界に向けて発表する論文を世
界に提示すことはできないか、と密かに私は期待しているが、期待しても無理だとは思わ
ないだけに、どうであろうか。国際基準をつくるのはEUの独壇場だとならないよう、我
が国の努力を東南アジァと協力してァジアのソコジカラを示したいものである。イギリス
やアメリカにおける研究成果の後塵を何時までも拝しているのを終わりにしたいものであ
る。その意味でも、金融バブル崩壊後の生命保険事業史を議論して纏めることの意義を緊
急に発議してもらいたいものである。
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○ 規制緩和は成功したか(続)

 保険市場には新商品の導入を中心に新しい動きが常に発生し、それにより保険市場は変
化・変貌し、規制緩和を主とする監督行政にも当然に大きな影響を及ぼしてくる。
 前にも触れたが、平成10年に、透明で公正なルールに基づく事後監視型の金融行政を
掲げる金融監督庁が大蔵省から分離・発足したのであるが、事後監視型の金融行政は銀行
や証券行政には適しているとしても、保険行政、特に生命保険(第三分野の保険を含む)に
は適していないのではと私は考えている。それは生命保険は保険期間が10年、20年又は
終身と、長期の保険であるから、事後監視により欠点が発見されそれを是正しようとして
も、一度締結した商品の問題のある契約条件を、予め是正する手段が組み込まれていない
限り、事後になって規制当局が強力な腕力をもって改善しようとしても困難な事態が予想
されるからである。いま現在それに該当すると思われる点は、医療保険のプライシングの
適正化問題であると私は考える。医療保険のプライシングはかなりの安全性を持ち過ぎて
いると考えられるからである。
 医療保険においてプライシングなどの「公平性・妥当性」を追求する監督側の課題である
アクチュアリアルな問題は、基礎率の選定や算定方式の妥当性について標準化の作業(ア
クチュアリ会の教科書がまだ策定されていない筈である)が遅れているから、審査する側
の審査基準が不十分(?)なまま、新しい商品が続々発売されており、消費者にとっても混
乱の度を増しているのではないかと思われる。これも推測でしかないが、「掛け捨てでは
ありません・・・・健康祝い金の支給」、というキャッチフレーズで宣伝されているもののプ
ライシングが、もし一般的な医療給付金と同じように、支給に必要な純保険料に一定%の
ローディングを加算したものとしているなら、それはアクチュアリアルな適正なプライシ
ングの原則に反するものである。
 金融庁に於けるアクチュアリアルな適正性審査は非常に大切であることを、一般の事務
官は理解し尊重しなければならない。もし行政のプリンシプルとする規制緩和の名の下に
うわべだけの審査で済ますのであれば、それは契約者の利益を害する不公正な商品の発売
を認めることになる。ひいてはプライシングの標準化や、コスト・コンパリソンの問題は
解決することができなくなる懼れがある。
 最近に於ける出来事は、無認可共済から転換した保険会社(または少額短期保険業者)が
販売するであろう、これまで保険会社が販売していなかった保険商品による保険市場への
影響である。どのような保険商品があるか知らないが、過去のニュースから動物保険が、
転換に際して生命保険ではないから損害保険として処理されるであろうと推測されるが、
どうなるかが懸念される。その場合、限られた地域だけにおける動物病院の診察・治療費
のバラツキはある程度是認できるとしても、広域化した地域における診察・治療費のバラ
ツキが大きいときは、それを如何に標準化するかの問題が発生しよう。
 また医療保険について銀行窓販を解禁する際に、一定金額以下とするような記事が見ら
れるがそれも大切であろう。その意図は記事にないので分からないが、(二重に医療給付
金を受け取って儲かったとの話を聞くことがあり)損害保険と同じように超過保険を回避
するために、医療保険に通知義務を課し、超過保険には支払制限をすべきではないか。こ
の問題は早急に手当しないと手遅れになる。
*    *
 如何なる規制緩和にあっても、必要とする大切な規制の第一はソルベンシーの確保であ
る。第二は契約者間の公平性である。この二つは、規制緩和以前のプリンシプルとして、
徹底的な監督基準を設定すべきである。そのためにも、金融庁に於けるアクチュアリの果
たすべき役割を規定し、尊重する風土を構築すべきではないか、と提言する。
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○ 規制緩和は成功したか

 保険業法が改正(平成7年6月7日法律第105号)されて12年が経過し、保険行政は規
制緩和の方向へ大きく変貌したと言われる。その前の旧保険業法(昭和14年3月29日)の
時代は、第二次世界大戦と敗戦により保険事業の財政基盤が壊滅し、復興過程において船
団行政といわれる時代を長く経験した。改めて強調するまでもなく、旧保険業法は船団行
政を目指したものでは全くなかった。新保険業法は、戦後成立された外国保険事業者に関
する法律および保険募集の取締に関する法律を含めて一本化したものであるが、その後の
法改正により、@子会社規定の整備、A保険契約者保護機構の創設等、B早期是正措置制
度の整備、C保険持株会社に関する一連の規定の新設が行われてきた。
 ここまでの改正から規制緩和の行政は直接に生まれない。いわゆる裁量行政からの脱却
は、通達の全廃とそれに伴うガイドラインの策定により、さらに商品の細かな事項は審査
しないことが重なって進められてきたのだと思う。
 私は大蔵省の保険第一課に15年間勤務した経験(こんな職員は戦後存在しなかったし、
金融庁に移管された現在も存在しないであろう)から、船団行政の実施は法律側に主たる
原因があるのではなく、業界側の態度にも大きな原因があった。船団行政の後期になると、
認可行為に該当しない問題で事業にとって都合の良いときには、業界サイドは一致団結し
て通達違反を堂々と行ってきた。それの顕著な例は団体定期保険の適用範囲を指定した団
体定期保険運営基準に全社が一致して拡大解釈する行動を取っていたことである。個人定
期保険のバラ売り(これは営業職員の報酬にとって具合が悪いから販売しなかった)をしな
いで、団体の定義を拡大解釈して保険料のダンピングを行ってきたことである。また更に
は、業界にとって新しい統一商品関係の基礎書類を大手会社グループが作成して全社に提
供して、中小会社はそれを受け取って商品の申請する。審査する監督側はノーチェックで
認可する。この様な場合に私が退職した後の出来事であるが、もし一部の会社が約款の一
部分を改正しようとすると、保険第一課の担当職員は、統一商品を策定した業界の委員会
の委員長の了解を得るよう指導したという論外な事例があったと聞いている。
*     *
 監督のスタイルは、監督指針の在り方と業界のまとまり具合により、また金融庁の保険
行政に係わる職員の資質により大きく変貌してゆくものである。世界各国から外資系の保
険会社が日本に進出してきたのは、日本における監督の基本的スタンスが規制緩和に傾き、
母国に於いて成功している保険商品(同じものではなくても企画を温めていた新商品でも
よい)を母国に於ける募集方法で事業を成功させるチャンスが生まれたと理解して、数多
くの外資系会社が日本に進出してきた。その結果、我が国の保険市場は「何でもありの市
場」に大きく変貌してきた。この大攻勢を我が国の監督官庁は黙って(素直に?)受け入れ
たのだ。これが規制緩和の行政の現実であると思う。
 私の昔の知識からすれば、保険商品はアメリカ型と欧州型(カナダ、オーストラリアを
含む)大きくに分かれると思う。アメリカの会社も母国であるアメリカでは販売が出来な
い商品を堂々と我が国に持ち込んできた。それらの新商品を我が国では申請のまま受け入
れたのであるから、我が国の保険市場は世界に例を見ないほどのカオスのような状況にな
ってしまったのは当然のことである。契約者保護のために、果たしてどうすればよいのか、
どの様に規制をすればよいのか、アメリカのニューヨーク州の議会で行われたアームスト
ロング調査のような調査の実施が必要になっていると私は信じている。そこで監督指針を
出来るだけ近い将来に於いて、どの様に改定すればよいのかが課題となると思う。金融庁
に於けるその改訂は間違いなく大作業になり、大きな難関にぶつかるであろう。保険給付
金の不払い問題はの解決は大事であるが、それ以上の行政課題が手ずかずの状態になって
いる!
 (続きは改めて述べたい。)

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