最近読んだニュースから(2007年08月分)  

保険市場について思う(その42:契約者保護とは:その7)(2007/08/26更新)
保険市場について思う(その41:契約者保護とは:その6:少額短期会社への転換)(2007/08/19更新)
保険市場について思う(その40:契約者保護とは:その5)(2007/08/12更新)
保険市場について思う(その39:契約者保護とは:その4)(2007/08/05更新)


○ 保険市場について思う(その42:契約者保護とは:その7)

 N社などのテレビ・コマーシャルは、従来とは変わった雰囲気のものが放映されている。
会社の営業方針は支払いもれが起こらないよう、営業職員が契約者の宅を訪問しています
という。一方で外資系の会社は、従来と同じように、新しく開発された保険はどんなに素
晴らしいものであるかを強調して訴えている。とにかく、世界に類のない(不勉強で間違
っているかも知れないが社会保障の健康保険と結び付いて発売された)民間の医療保険は、
国民皆健康保険制度を補完するものとして発売されたのが、現在ではあたかも独立の保険
商品のような顔をして世間にその効用を訴えている。当初、社会保障の補完商品としての
性格を守るかどうかと懸念した厚生省(当時)の思い(その証拠にアフラック設立当初に厚
生省からの天下りが入った)は最近になって忘れ去られてしまい、給付金の種類は多岐化
し、補完商品として発足した性格は忘れ去られてしまい、火災保険のような損害保険で護
られている被保険者利益の確保、超過保険の排除という原則もどこかにすっ飛んでしまっ
たようだ。例えばダブって契約した入院給付金のお陰で入院費用にお釣りが出てきたと喜
んで誰も文句は言わない時代になった。改めて民間会社が販売している医療保険に被保険
利益の原則を厳密に遵守するという動きは全く見られなくなってしまった。これでよいの
であろうか。
 さらに民間の医療保険にアクチュアリアルな原則の確保の点で問題にすべき解約返戻金
制度の確立が問われなくなってしまったようだ。最近のテレビコマーシャルでは、「当社
の医療保険は掛け捨てではありません」と他社の商品との違いを訴えようと、(僅かな)健
康祝金がありますと魅力を訴えている。医療保険に解約返戻金制度を導入することは伝統
的な保険と比較して技術的にかなりややこしい。そもそも医療保険のプライシングが、伝
統的な保険商品と比べて複雑である(あるいは超簡素化されている)ことから推測される
が、だからといって、省略していい問題ではない筈だ。監督官庁に優秀なアクチュアリが
不在であった時期が続き、この問題への取り組みがなおざれにされ、管理者も「適切な行
政指導の必要性に不断の自己省察をしなかった時期が続き、それに前任者が認可した解約
返戻金の無視ないし軽視を、後任者が前任者が認めた事項は尊重するという役人特有の仕
事ぶりが災いをもたらしているのだ。適切な解約返戻金の支払いは保険事業の基本的重要
な任務の筈であるだ。あまつさえ、契約者配当がない医療保険の現状を放置している。
 最近の金融財政事情(7/9,7/16日号)に連載された大森泰人氏の特別論考で「行政指導の
適切性に不断の自己反省が必要」ということを述べられているが、筆者は金融庁による生
命保険行政の現状についての深い把握と反省をどこまで理解しているのかと思われる。
 それにつけても、最近法務省の法制審議会で「保険契約法」の改正を実に100年ぶりに審
議しているようであるが、これが成立しても、また100年間放置されてしまう懸念がある
と同時に、また内容は現状の問題点をそのまま是認するような改正になることが予測され
る。パブリック・コメントを求めるそうだが、それで国民のため十分に満足できる改正が
行われるとは思われない。
 ここで発想を一転して、保険契約法を保険業法の体系の中に取り入れて、法の中にプリ
ンシプルを条文に書いて、細部は施行規則に落とす形で受け入れるようにしたらどうかと
と思う。その方が機動的な運用が可能であると思う。それを期待する。もし将来に、保険
行政を抜本的な改善する監督官が出現したときに、悔いを残さないためである。
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○ 保険市場について思う(その41:契約者保護とは:その6:少額短期会社への転換)

 この一週間は大変な週であった!
 連日の猛暑である! 初の3日間連続40度であった。15日に群馬県の館林市で40.2度
を記録し、また東京中央区で観測している東京の気温よりも、私の住んでいる練馬区のほ
うが遥かに高く、40度を記録したようだ。今週はバスに乗って二日間も病院がよいし、8/15
日は2Km歩いてお墓参りにでかけ暑さに参ってしまった。翌16日の練馬区の気温は38.7
度と新聞は報じていた。クーラーの温度を26度に設定していても、室内の温度は33度を
示して下がらなかった。こんな状態では室内にいても、熱中症になるのは分かる気がする。  17日には円が急騰し一時111円台に、東証株価は874円下落し、1万5千円を割ろうと
している大変な状況である。しかし株価の下落はここいらで止まるだろう。  さらに今の我が国には情けない事件の報道が続いている。例えば不二家に続き北海道の
銘菓「白い恋人」の賞味期限が10年以前から改ざんされていたという。こんなことをすれ
ば会社を潰してしまうことになるのを経営者は忘れているのだろうか。何ともひ弱な国に
我が国は転落しているのか。危機管理能力が欠如してしまったのだ。   *  *  *  8/8日付の日経紙によると、無認可共済が営業を続けるためには、来年3月末までに
少額短期の保険会社か正規の保険会社に転換しなければならないが、389業者のうち4割に
当たる165社は既に廃業の方針を金融庁に伝え、まだ2社しか転換はていないようだ(他
に2社が新設されたようだ)。何故転換数が非常に少ないのか良く分からないが、ハード
ルは人材、システム、商品の三つであると日経紙は報じている。  無認可共済が抱える問題点は、恐らく@給付金支払いの確実性の問題、Aソルベンシー
の問題、Bプライシングの妥当性軽視及び公平性無視の問題(アメリカのHMOのような
コミュニティ・レイティングにしていよう問題)、C契約募集に際しての親切かつ正確な
商品説明の問題などであろう。  そこでこの際に、無認可共済の抱える問題点を整理し、当局の監督・監視がなければ、
どの様な問題点を現在の無認可共済が抱えることになるかを明らかにしてもらいたい。
それにより、もし無認可共済を放置したとすると、契約者にどんな被害を与える可能性が
あったかを我々に分らせる絶好の機会だからである。報道によると、共済商品には事故率の
設定があやふやだったり、共済金の支払いに充てる準備金が不足などの事項が目立つと
いう。それなら今回の法改正が正しかったといえるであろう。もしそうであれば、ミニ保険
移行のハードルが高いとという不満が起こっても、そのまま受け取れないだろう。  この転換手続きを通じて、今後の参考資料にすると同時に、少なくともどの様な事項に
対して監督規制の重点を置くべきかを明確にできると信じる。もしその様な整理をしなけ
れば、今回の保険への転換の目的における大切な事項及び行政の参考資料を失うことにな
ろう。
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○ 保険市場について思う(その40:契約者保護とは:その5)

 金融庁の検査局の中に、保険検査の人員を強化するとの新聞記事があった。保険会社の
保険金・給付金不払いの大規模摘発してコンプライアンスの重要性への認識を高めた功績
があったと判定したからだろうか、今後、保険検査の班を増やして強化する意向のようだ。
昔、私が30年ほど前に大蔵省銀行局の検査部長の職にあったときのことを思い出すと、
検査官は、保険の検査を命じられることに評判が悪かった。保険会社の検査は東京が中心
で、地方は支店検査だけであり出張旅費が少なかったことと、金融機関の検査に通例の資
産査定検査を除けば、保険会社支社における募集人の勤務実態検査であり、検査に手心を
して再就職先を探すという実益もなく、実につまらない検査であったからである。しかし
事業が危機的状況に陥ったときはソルベンシー検査が大切であるのに、検査官の中にはア
クチュアリ技能を持つ者がなく手抜きしていた。それでは将来が心配であると考えて私は、
大手生保の検査の際に自らが出向いて責任準備金検査をどうしたらよいかを検査官達と共
に検討したことがあったが、実行のある検査手法の開発が難しかったばかりでなく、保険
会社側からの評判が悪かったことを思い出す。その検査手法の中の不備はアクチュアリ不
足が続いているから今でも残っていると思われるが、何とかしなければならない。この問
題を解決しなければ、保険会社検査の正常化はできないからである。
    *  *  *
 8月8日のNHKニュースは、参議院選挙の自民党の大敗を受けて、今年10月からス
タートする郵政民営化を凍結する法案を国民新党が提案し、民主党もそれに同調する内容
の報道がなされた。8月9日の日経新聞は民主党が年金保険料の使途を年金給付に限定す
る法案と郵政民営化の実施を一年程度凍結する内容(?)の法案を参議院に提出するとの
記事を掲載していた。
 郵政民営化、特に簡保の民営化は、アメリカからの「年次改革要望書」(04年10月)に起
因していると言われている。これが最近では、アメリカからの一方的な命令書といっても
過言ではないものになっているようだ。これに反発してか自民党の一部議員が法案に反対
し、民営化法案が国会を通らなかったので時の小泉首相が衆議院を解散し総選挙を行う荒
技で大勝したのだ。今回の参議院選挙で自民党が大敗したので、改めて、(民営化の手続
きの実態に不備があるとして?)民営化自体を問い直そうという動きが出てきたようであ
る。私はアメリカからの要求により日本の重大な経済政策が決められている傾向があるの
は問題であると思う。
 しかし、郵貯も同じだと思うが、簡保の民営化にはACLIの解説書によるまでもなく、
正当な理由がある。第一に民間並みの法人税を支払っていない。第二に、ソルベンシーの
問題は国家保証している点であり、民間保険の保険契約者と比較して重大な不平等が存在
している。これを民主党や国民新党がどの様な理由付けで民営化に反対したのか、国会審
議の議事録で調べてみたいものだ。郵政職員の反対を受けて、職員組合が支持する民主党
が簡保民営化に反対したのであろうか。
 戦後、組合運動が過激であった国鉄が真っ先に民営化され、その次に過激な組合活動を
展開していた言われていた郵政が民営化される段取りになり、現在は社保庁である。官公
労の正常化の流れから見て当然の動きであると私は見ている。
 しかし、郵政民営化の実態は「米営化」であるとするベンジャミン・フルフォード著の「騙
されるニッポン」(青春出版社刊青春新書)によると、アメリカの要望書には、
 ・郵政民営化が市場原理に基づいたアプローチで行われること。
 ・郵政公社が行っている諸事業を引き継ぐ株式会社が完全に民間と同じ競争原理で運営
  されること。
 ・2007年の民営化開始当初から民間企業と同様に納税義務及びセーフティネットの加
  入義務を負うこと。
 ・郵便保険及び郵便貯金商品について政府保証を廃止すること。
 ・日本郵政公社の民営化の準備期、移行期に外資系を含む民間の利害関係者が総務省、
  郵政民営化準備室、金融庁などの関係省庁の職員と有意義な意見交換をする機会を提
  供すること、
が盛り込まれ、小泉内閣はアメリカの書いた脚本どおりに動いたという。
 私は、保険事業や貯金事業は優れてドメスティックな事業であり、外国の要望を受け入
れる必要は全くなかったと信じる。けれど、アメリカ側から指摘されなければ、我が国の
政界独自の運動により、簡保の正常化が図られたであろうかは疑問である。民間生保は簡
保の新規要求が出される度に反対してきたが全く成功してこなかった。アメリカ側からの
要求であろうと無かろうと、小泉首相による強引な政治手法により(?)、簡保の民営化が
出来たのは良かったと思う。それを民主党の策謀によりストップさせてはならないと思う。
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○ 保険市場について思う(その39:契約者保護とは:その4)

 「一太郎」のソフトを2005にバージョン・アップした。心配しながら、そろりそろりと
使って行く状況である。しかも私の年齢が高くなってきたから、果たして旨く使いこなせ
るかが疑問である。
 ・・・「行く川の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」(方丈記)・・・
 船団行政の時代の保険市場では、川の流れも水質も殆ど変わらなかった。それが規制緩
和の時代になり、さらに技術的に変化の激しい医療保険が大きく進出してくると、川の流
れと水質は大きく変わってきた。常に厳しく監視しなければならない時代に入ってきたと
思われる。
 保険行政における基本的な指針の一つは、公平・中立な判断の確保であると言われる。
しかし、何が公正であるか、何が中立であるのか、それらが明示されていない限り、議論
は一歩も進んでいないのである。方丈記にあるとおり、保険市場は、判断した時点でかり
に公平・中立であったと考えていたとしても、時の流れと共に変化して行き、公平・中立
ではなくなってゆくことが多い。それを監督指針を読んでいた、どう対応しようとしてい
るのかを感じる。長期の保険においては、その保険期間を通じて公平であり中立であり続
けるることは極めて難問である。仮にスタート時点で、より公平である、より公正である、
または「あった」ことを想定できたとしても、放置したままでそれを維持することは不可能
であるからだ。過剰と思われる自己資本の蓄積の存在、統計の変化による保険価格への補
正の不備、契約者配当の不在、解約返戻金の軽視等があげられよう。それでも、より公平
であるよう努力すべきである。どうしたらよいか。監督官の責任は何かが問われているの
だ。
 規制緩和についても同様である。将来の可能性を含めて、あらゆる場合を想定して徹底
的に議論を重ねた上で、規制を緩和すべきであったとしても、それでもなお想定外の問題
が生じたなら、申請者側の自己責任で解決するよう促すことが出来ようが、もし議論を徹
底しないままで、新商品を受け付けて承認して、その後で問題が発生すれば、申請者の側
で解決するのが自己責任の原則であると監督官側が突っぱねるのは無責任であると言わざ
るを得ない。短期ではない少額でもない生命保険の場合は、契約者側がソルベンシーに問
題を認知した場合、銀行預金と比べて、相手の保険会社を(損失なしで)取り換えることが
不可能であるからだ。解約すればよいとしても、解約控除が差し引かれ、また最近では解
約返戻金がゼロの商品がのさばっているのだ。最近のバブル崩壊で生命保険会社が破綻し
たとき、多くの契約者が契約を大きく減額され、契約条件を悪く変更されて泣いたことを
銘記すべきである。
 公平性についても、例えば保険コストの問題についても、保険種類間、契約群団間のコ
ストの公平性はよほど注意しなければ見過される。保険会社側は、売りたい商品に大きな
手数料を支払うことを平気で約束することがある。その手数料は結局、契約者側の負担に
されるのだ。しかも手数料率の決め方を会社側に一任して放置することで責任問題を回避
している。アメリカでは変額年金保険の手数料率は2%程度であるとのレポートがある。
これに対し我が国では何%になっているのか。これも放置されているようだ。
 しかもコスト・コンパリソンが実際に行われていないのが問題の深刻さを大きくしてい
る。何等かの工夫が考えられるのに。
 新しく佐藤金融庁長官が就任したときの記者会見の記事を読み返して、「おおきな課題
は金融規制の質の向上だ」と発言していたが、金融行政の中で保険行政の規制の質を向上
させる趣旨には受け取れないと思った。金融庁の幹部の意識には、保険行政の質を向上さ
せる課題を含んでいるかは疑問である。この様な傾向は大蔵省の時代から存在しており、
保険行政には専門的な知識が必要であり、尊重しなくてはならないのだ。とかく目をそら
し・注目していないことに原因があるのではないか。

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