その他些末な出来事

帰るべき所(2004/12/21)

 この間日本に帰ったときに以前働いていた病棟へ行った。
その病棟は僕が医者になったときに初めて配属された所だ。
その後ちょこちょこと色々な病棟で働いてきたが
結局元の病棟勤務になった。
医者としての時間の9割以上はこの病棟で過ごした。
僕にとっては故郷みたいな所だ。
この病棟で文字どうり泣いたり笑ったり色々なことがあった。
ここは僕の所属していた13内科の基幹病棟だった。
しかし13内科は合併吸収されてしまい今はない。
自由とユーモアを理解する人々の集う素晴らしい医局だったのだが。
今でも13内科へのノスタルジーを強く持っている。
 久しぶりの訪問だったのでだいぶ看護婦さんが大分変わっていた。
大学病院と云う所は人の出入りが多い所なので仕方がないことだ。
それでも知り合いの看護婦さんは何人か残っていたので
しばらくだべっていた。
そしてそのとき強く感じたことがあった。
嗚呼、ここが僕の帰る所なんだと。




これは、僕が所属していたビール部の思い出を記すものである。
ビール部とは大学生時代の飲み仲間が集まったものである。ちなみにメンバーはすべて男性である。



北斗事件

 それは、ある年の冬、たぶん試験が終わった後の打ち上げだったと思う。
いつものビール部のメンバーで北斗という近所の居酒屋へ行った。
試験も終わり、開放感と疲れが相まっていい感じで酒がまわってゆく。
そして、会が終わりみんな楽しく家に帰るつもりだった。
 ところが、がたいのいいKやんが何を思ったか店を出ると突然うさぎ跳びをはじめた。
しかも猛烈なスピードである。

みんなで押さえに行ったが酔っていることと力が強く、どうにもならない。
そうこうするうちに、全然知らないマンションにうさぎ跳びのまま入って行った。
なんとかマンションから引きずり出したが、道路に大の字に寝てしまいこれまたどうにもならない。
これは、救急車を呼ばなくてはと言うことになり、k松ちゃん(Kやんとは別人)に救急車呼んできてとお願いした。
すると、kちゃんは見も知らぬ民家へ入って行くではないか。
慌ててとめに行ったが既に遅く、一家団欒の中へずかずかと入ってゆき電話を借りている。
とりあえずあやまり、kちゃんをつれて外に出た。
 しばらくして救急車がご到着。 すると救急隊員が、
「困るなあ、これじゃあ2台必要だね」と言った。
ふと振り返ってみるとKやんのそばで、でk松ちゃんも倒れているではないか。
基本的に救急車は一人しか患者を乗せないのだ。
一番年上のO西さんが救急隊に平謝りしている。まあ救急隊も来たし、しっかりしているO西さんがいれば安心と思い、
僕とI藤ちゃんは家路についた。
そのとき、後ろからO西さんの助けを求めるような声がしたが、I藤ちゃんとの話し合いの結果、

「おそらく気のせいであろう」

と言う結論に達しそのまま帰ることに。
家に着き、さあ寝ようとした時O西さんから電話があった。
今うちの病院(僕らは医学部生なので自分の学校の大学病院のこと)にいる、とりあえずみんな命には別状ないとか言っている。
僕の家と病院は歩いて数分の所にある。安心して寝ようとしたが、なかなか電話を切らない。なんとなく、病院に来て欲しいようなニュアンスも伝わってきたような気もしたが、寝た
翌日、話を聞いてみると、運び込まれたのがうちの病院ということもあり、ベットではなく廊下に二人とも転がされていたとのことだった。
O西さんは学校の事務に呼び出されて説教を喰らったらしい。O西さんはこの時のことをいまでも根に思っているらしい。
僕らは会が終わったから帰っただけなんだよO西さん。






源(みなもと)事件

 近所の源という居酒屋へ行った時の話。ここは、つまみがうまくよく利用していた。
この日はすごい勢いで酒が消費されていったのを覚えている。理由はよく覚えていないが。
 お開きと言うことになったが、二人のメンバーが酔いつぶれ、店を出た所にある植え込みに倒れ込んでしまった。
この人たちを介抱しているうちに、ふらふらっと家路に着くHikiちゃんが見えた。彼はビール部の中ではかなり酒が強かった。
ちょっと足どりが怪しかったが、 Hikiちゃんなら大丈夫であろうと言うことと、一人では帰れない人たちがいたのでほっておいた。
Hikiちゃんが救命救急センターに運ばれていたことを聞いて驚いた。
いろいろな話を統合すると、以下の様なことがあったようである。
 Hikiちゃんは僕らと別れた後、近所の薬局にあるタバコの自動販売機の屋根につかまり、ユッサユッサと揺すっていたそうな。これを見た薬局の人が110番をした。警察が来た時には Hikiちゃんは道路に倒れて寝込んでいたらしい。これを見た警官が

「これじゃ110番でなくて119番が必要だな。」


と言ったらしい。そして、救急車が来てうちの病院の救命救急センターに運ばれた。
ここで、点滴とバルーン(尿がでるところに入れる管のこと)を入れられ一晩入院したらしい。
Hikiちゃんと後日話した所、バルーンを抜いた後1週間ぐらい排尿時痛がつ図いたそうな。
ちなみに、このあと彼はもう一度病院にお世話になっている。
僕はといえばこの日どこかで眼鏡をなくしてしまっていた。






濃いめ屋事件

 ある日、いつものビール部のメンバーで通称濃いめ屋という居酒屋で飲んでいた。
ただの居酒屋なのだが、サワー濃いめでと言うと、とてつもなく濃いサワーが出てくる店だ。
またすばらしいことに追加料金はない。
店の一番奥が座敷になっていて、ここが僕らの指定席だった。
この日もk松ちゃんがつぶれてしまい、あぐらをかきながら寝ていた。
僕はそのk松ちゃんの横に座っていたのだが、
ふと見るとあぐらをかいていると出来る足と股の間の空間に何かうす黄色い液体が広がりつつあった。
そう、彼はそそうをしてしまっていたのだ。
いそいで、おしぼりで隠して店を出た。 
その後もこの店を使っていたが何も言われたことは無かった。
強者の居酒屋である。





ガンフィッシャー事件

 ある日、近所の養老の滝で飲んでいた。
4人しかいないのに養老ビール(瓶)を始めに10本ほど頼んだところからこの日は宴は始まった。
テーブルの上に十数本のビール瓶がならぶと、結構邪魔なもので、ちょいとはじっこに並べた。
すると、たまたまO橋と言うやつの前にビール瓶が万里の長城の様に並んでしまい、つまみに箸が届かなくなった。
ここである提案がされ、このビール瓶の壁を壊さないと(つまり飲んで空けろということ)つまみを食べては駄目というルールができた。
O橋は空腹にたらふくビールを飲んで、早くもつぶれてしまい座ったまま寝始めた。
僕らはこのまま楽しく飲み続けていた。
しばらくすると、突然うつむいていたO橋が口を手で押さえながら素早く後ろを向いた。
その彼の指の隙間からは、
まるでテッポウウオが獲物を狙った時に出るジェット水流の様な勢いで嘔吐物が飛んで行った。
そのターゲットとなってしまったのは、後ろに座っていたサラリーマンであった。
僕らは平謝りに謝り、クリーニング代を渡してなんとかことなきを得た。
それから彼は、テッポウウオの様な人、つまりガンフィッシャーと呼ばれるようになった。


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