大いなる音楽の効用
歌を生み出す場所
マツケンサンバの猛威(インフルエンザみたいだナ)はいよいよ凄まじく、
先日は某テレビ局の主催する歌謡祭にて賞をいただいてしまった。
その授賞式と言おうか、いわゆる大賞番組を20年ぶりに直視した。
20年・・・いやもっと。この手の番組から私は遠ざかっていたのだ・・・。
私の記憶に鮮明に残っている受賞風景といえば、ジュディ・オングさんやら,寺尾聰さんやらのそれである。
そのまたはるか昔かしら、和田アキ子さんが受賞された時、涙でぼろぼろになって、
でもイントロが始まるとシャキッと目を輝かせて一ヶ所もブレずに歌ったのを覚えている。
番組の中に、歴代のグランプリ受賞者のVTRを次々と見せるコーナーがあり、
あっという間ではあったが、これがなかなか面白かった。
「歌は世につれ・・・」なんて言葉は、戦前と戦後の歌謡を顧みるときに使われる言葉とばかり思っていた。
さにあらず。ここ20年の受賞曲の羅列を見るだけでも、歌謡がいかに変遷を遂げてきたかがよくわかった。
私は兼々「歌を生み出す所」が歌謡界というステージだと思い込んでいた。
たとえばその昔、戦後と言う時代に色を与えたのは服部良一という作曲家であり、幾多の作品であったはずだ。
中村八大という形容しがたいほどの天才と、「上を向いて歩こう」という楽曲は未だに歌謡界の金字塔だと。
宮川泰、「バラが咲いた」の浜口庫之介、「おふくろさん」の作者猪俣公章、時代は飛ぶが「喝采」の中村泰士・・・
・・・みんなそれはそれは色っぽい艶っぽいメロディーを残していた。
私から見れば主役は「歌」であり、産みの親である作曲者はスターであったのだ。
フィンガー5を聞いたときの、都倉俊一という作曲家の存在を知ったときの衝撃は強かった。
彼こそ「作曲者=スター」という単純な方程式の完成型と言えたのではないか。それくらい素敵な歌を彼は作ったのだ。
時代は流れ、「流行歌」という概念は残ったが、「歌謡曲」という言葉は意味を失った。
我々はスターの授賞式を見る、どんな娘なのかを観る、どんな青年達かを観る、
その生き方や考え方の一部が彼らの歌う歌(流行歌)ではあるが、それはすでに歌謡ではない。
我々はスターを見る、スターを聞く、それはスターを生んだ「歌」を聞くのとはちょっと違うと思えるのだ。
なんとなく私の心にまでは遠く、心をつかまれる感覚とはほど遠いと思えてしまうのは時代のせいだろうか・・・。
ひとつだけ確信を持って言えることがある。
昨日の番組を見てお気付きになった方も多いのではあるまいか。
その受賞番組からはオーケストラが消えていたのである。
たとえ何万人の中で披露しようと、何百万人がテレビを見ていようと、それでは本人たちによるただのカラオケ大会に他ならない。
その瞬間瞬間に生まれた「音」こそ人の心を惹きつける、本当の「時代の音」「時代の歌」となりえるのではないだろうか。
どうせなら紅白歌合戦ぐらいは全部生演奏でやったらどうだろうか、
今年は大晦日に期待するとしよう。
続く
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