大いなる音楽の効用

 

    オーレーはフラメンコにあらず!

なんでサンバに「オーレー」やねん?
と、お嘆きのあなたにお答えしましょう。
この「オーレー」はフラメンコの「オーレー」にあらず!
当時流行っていたJリーグの「オーレー」がヒントであると筆者は推測します。
サッカーといえばサンバ、サンバといえばサッカー。1994年といえばJリーグ発足の翌年じゃあ〜りませんか。
そうです、「マツケンサンバ2」はあのころ誕生したのであります。

それから十年・・・

ちょうど十年目のある日、仕事場の電話がけたたましく鳴りました。
「このたびマツケンサンバのCDが一般発売されることになりまして・・・」
「ほう、そうですか!(知ってますよ、テレビでやってたのを友人の俳優さんが、楽屋で教えてくれました)」
「付きましては・・・マスターテープ・・・そちらに御座いませんか?」
「え・・・?そ、そ、(そんなもんない)いや〜うちには・・・(まさかそんなもんないよ!)」
「そうですよね!他を当たってみます。」
ちょっと不安になりました。こんなことで本当に一般発売に漕ぎ着けられるのでしょうかと。

そんなことがありましたので、それからの数ヶ月間は大層じらされました。

アマゾンの予約でトップ・・・
連日のワイドショー・・・
駄目押しは、息子が道端で拾ってきたマツケンサンバのバッジ・・・(巷ではこんなものまで・・・)
しかしうちにはその後なんの連絡もなく、本当に自分が作った曲なのかもにわかに信じられなくなってきたある日・・・
ついに送られてきた一枚のCD(正確には2枚)!
音を聴くどころか映像を見るどころか、いの一番に私がしたのは作曲者の名前をチェックすることでありました。
そこには紛れもなく「宮川」の紋所が・・・
ああよかった、やっぱ自分の曲だった(^^)/ 字も間違ってないし・・・(よーく淋良とか湘良とか書かれるのよねーここだけの話)
久々にCDというものを何度も聴きました。何度も何度も聴きました。
小西さんの作品もとてもよかった。流行にはとんとご縁のない自分にも、彼のセンスの良さはよく解ります。
映像が眼に浮かぶという点と、聴こえてきた音を作品にするという点では、私のいつもやっている仕事と全く一緒。
ただただ奇をてらうのとは違います。

ああとにかくよかった面白かった、DVDも想像以上の代物でした。
一日中聴いていたかった。

「オリジナルコンフィデンス」
未だにこの言葉にピリッとしてしまう自分。
芸大にも入れたし、アレンジでも仕事をし始めた20代の自分に鋭く突き刺さる、マイ父親からの一言。
「晶(本名)もあとはヒット曲だな」

父の頃とは時代も変わり、レコードからCDへ。
自分の書きたい音楽が必ずしも売れる音楽であるとは到底思えなくなっていたあの頃。
歌謡でも映画音楽でもCM音楽でもなく、「舞台」の上に活路を見出していった自分。
そこから新たにすべてを学びすべてを注ぎ込んだ20余年。
そしてその「舞台」から生まれた音楽が(ここが肝心だ)、巡りめぐってあの雑誌に載ったのだ。
そんな自分史。そんなコンプレックス。
この嬉しさは父には解らないだろうなぁ。

2004年。私はとても元気。 将軍様、10年歌い続けてくださって本当にありがとう御座います。
この次は是非ご一緒に「時代劇オペラ」を作ろうじゃ、あ〜りませんか!

つづく

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