The 20th Annual Bridge School Benefit (1)
去る10/21&22にカリフォルニア州Mountain View(San FranciscoとSan Joseの中間やや後者に近いあたり)はShoreline Amphitheatreで開催された第20回Bridge School Benefitコンサートへ行ってまいりました。
ここをご覧になっているような方々の殆どは既にご承知だとは思いますが、念の為、まずはBridge Schoolや、そのベネフィットであ
る本コンサートについての簡単な説明をば。
ニールには3人の子供がいますが、上の2人が脳性麻痺を患っています。前妻(正式な結婚はしていませんでしたが)Carry Snodgress
が生んだ長男Zekeは、30代になった今では殆ど健常者と変わらない程度の軽症ですが、現妻ペギさんとの間に生まれた次男Benはかな
りの重症で、28歳の今も車椅子とつきっきりの介護が必要な状態です(Benが脳性麻痺だとわかった際に、ニールは自分に問題がある
のかと検査を受けましたが、医者の答えは「二人とも偶然」とのことだったそうです)。
そんな脳性麻痺児の為の適切な教育機関がないと痛感していたペギさんが、同様の問題を抱えた他の親や、こうした子供のコミュニケーション能力についての専門家(原語資料ではPathologist=病理学者)らと1986年に設立した私立の養護学校がBridge Schoolです。
大まかにいえば、充分に口・体を使っての意思疎通ができない子供たちに、専用の機械などでのコミュニケーション能力を身につけさせ、
これによって外の世界との「橋」をかける_といったところでしょうか。実際、本校の卒業生がレギュラーの高校や大学に進んだりもして
いるようです。
本校への入学については、本来の学区の機関(曖昧で恐縮ですが教育委か何か)が認めたうえでのものであれば費用はそこから出るそうです。認めてもらえなくて自腹でいくというのは、さすがに裕福な家庭でなければできないようですが、そうした例の方が少ないみたいです。
とはいえ、やはりこうした組織を運営するには、賛同者の寄附などによる資金調達は不可欠。というわけで、The Bridge School Benefit。1986年の初回から、翌87年を除いて毎年、10月中〜下旬の週末に先述のShoreline Amphitheatreで開催(88年のみ11月初頭にOakland Coliseum)されている本公演、皆勤のニールは勿論、他出演者も全てアコースティックでの演奏というのが特徴。今やすっかりBay Areaでの人気イベントとなり、94年からは土日の2回公演に。それでも良席の確保は年々難しくなっています。
ニール以上のベテランから若手、カントリーからヘビメタまでと、毎年実に様々な出演者が盛り上げてきましたが、超豪華出演者のチャリティーショウの割に入場料が安いというのも、かくも人気のイベントとなった理由の一つと思われます(今年は遂に、それまで座席一律$60前後以内で収まっていたところが、最前ブロックが$150と大幅値上げしてしまいましたが、それでも昨今の米興行ビジネスとショウの内容を考えれば馬鹿高いとまではいえないでしょう。因みにこのショウの為のShorelineの会場使用料はタダ。これも安価の主因と思われます)。
さて、そんなブリッジも、遂にめでたく20回目となりました。ニールバカ一代の私としては見逃すという選択はなし、で遠征して参りました。というわけで、前置きがかなり長くなりましたが、以後数回にわけて、ニール関係を中心に、ご報告などさせていただこうかと思います。現時点でレポの全体像など全くみえていない行き当たりばったり状態ですので、お見苦しい点も多々出てくると思いますが平にご容赦を、と前もって。

The 20th Annual Bridge School Benefit (2)
ブリッジ開催中の10/21&22はいずれも快晴。昼間はTシャツ一枚でも日が暮れるにつれて気温がぐんぐん下がり、夜には革ジャン
の一つでも欲しくなる・・・という、日本ではちょっと想像しにくい昼夜の温度差が特徴のこの地域ですが、今年は夜の寒さも例年ほどではなく、まさに絶好のブリッジ日和。いつものようにステージ上後方には、客席と向かいあう形で生徒とその親たちの席がひな壇状に設けられています。
開演は4PM。例年では司会者の短い開会の言葉の後すぐにブリッジ・スクール主宰ペギ・ヤングさんの挨拶があるのですが、今回はその前にDennis某という車椅子に座ったお年寄りの方が挨拶。ネイティブアメリカンの酋長だか何だかであるデニスさん、ここ数年のブリッジのみならずファームエイドのステージにも顔を出されています。確かニールと養子縁組だか何だかを_という話を聞いた気がしますが、詳細は定かではありません。この20年のヤング夫妻や子供たちやその親御さん達の取組を称えるような趣旨のお話でしたが、お歳のせいか少々モゴモゴした声だったこともあって、私の不充分なヒアリング能力では残念ながら半分ほども聞き取れませんでした。
続いて恒例のペギさんの挨拶。例年のように、この1年の学校の状況・新入生・生徒たちの成長具合の紹介が中心なのですが、やはり20
回目ということでお話も山盛り。スクールの成り立ちから、ニールの発案でベネフィットコンサートはAll Acousticにしたこと(「MTVの
アンプラグドより前の話よ!」と嬉しそうに仰ってました)などなど。途中、どちらかといえば対立的な関係かと思われていた旧Clear Channel(現在の名はLive Nation)からのお祝いの手紙を読み上げたり、生徒の親御さんたちから花束を贈呈されたり。ペギさんも色々な想いが脳裏をよぎるのか、時折声を詰まらせ気味になっていて、それを見守る観客からも温かい拍手や歓声。私なんざ、3割くらい話聞き取れてないくせに恥ずかしながら目がウルウルで、日中だったもんですかさずサングラスかけましたです、ハイ。
ステージ背後に居る生徒たちを紹介した後、その中央に居る愛息Benに対して「私たちにこの運動に関わる機会を、その入口を示してくれてありがとう!」と呼びかけるペギさんに応えて、満場スタンディングオベーションで割れんばかりの拍手がBenに向けられます。
Benが生まれてから28年間。ペギさんもニールも、最初の頃は耐え難いのほどの苦悩に苛まれた時期もあったと思います。しかし愛する息子の為にこの問題にポジティブに立ち向かった二人は、他の同様の悩みを抱える親たちと共に理想の教育を目指してこのスクールを開校、今やその筋ではかなり知られた学校(ニールのファンでも何でもない、日本の養護学校関係者の方がブリッジスクールについての記事を書いているのを読んだこともあります)にまで成長させました。その過程で得られた経験は、勿論苦労も多々あったでしょうが、社会的な面は言うまでもなく、彼ら個人レベルの人生の糧としても、本当に得がたい、豊かなものなのだと思います。
一点の曇りもない満面の笑みで心の底から我が子に「ありがとう!」と呼びかけるペギさんの姿には、そんなこれまでの軌跡の末の「今」が光り輝いていて、え〜、もう書くまでもありませんが、私、泣きました、ボロボロと。拍手で手も痛いし。
さて、そんなペギさんの感動的な挨拶のあと「毎回このショウのオープニングを飾ってくれている人_私のShelterであり、夫であり、ZekeとBenとAmberの父親であり、そして私の一番の親友_Neil Young!」再び割れんばかりのスタンディングオベーションが沸き起こる中、帽子にサングラス、白いTシャツ姿のニール登場。例の"Hank"D-28を抱え、今年の一曲目はFlags Of Freedom。元のキーはF、5カポのCフォームでしたが今回は2カポでキー=D。LWWのアルバムや夏のCSNYツアーでの演奏とも大幅に異なる趣きのヴァージョンでしたが、何というかこれが物凄い説得力。個人的にはこれこそベストヴァージョンではないかと思ったくらいに感動しました。
続けてペギさんを呼び戻して一緒にLong May You RunとComes A Time。Comes A Timeでは、1コーラス終わったところで一瞬演奏の手を止め、何かと思ったら「サングラスを外そうか、その方が君の目がよく見え
るからね」と。で二人してサングラス外して2番から歌再開。く〜っ、何なんだ、結婚30年近い初老の夫婦の、あんたらバカップルですか?と突っ込みを入れたくなるようなこのアツアツぶりは。Long May YouRunという歌が作られたのはニールがペギさんと出会う以前の筈ですが、この歌の一番の歌詞は、今のこの二人の為に書かれたかのように聞こえました。
The 20th Annual Bridge School Benefit (3)
ニールによるオープニングの次は、殆どの年がブレイク前の割と小者というか、まぁそういう人が出ます(去年のLos Lobosの様な例外もありますが。あん時ゃニールも出てきて一緒にCinnamon Girl演られてぶっ飛びました)。今回のDevendra Banhartもそんな感じの人で、ルックス的には温厚なチャールズ・マンソンといった感じのモロ・ヒッピー。従来からの慣習で、ここで暫し離席。
米ロック興行界の巨人・故Bill Grahamが86年に造ったここShorelineAmphitheatre。同じタイプの会場には何箇所か行ったことがありますが、客席エリア外の居心地のよさに関してはここ以上の場所を知りません。ビールは何といってもSierra Nevada Pale Aleがありますし、ここの名物ガーリック・フライドポテトはくせになりますし、オープンカフェ風のバー・ラウンジもあったりして、ショウの様子をスクリーンに映していたりと至れり尽くせり。
そして何より、なだらかな丘陵状の芝生エリアはちょっとした公園のようで、お目当ての出演者が出るまではここでのんびりと、なんて過ごし方もまた楽しかったりします。
そんな中を、ここ数年で知り合った世界各地から集まったニールファンらと挨拶など交わしつつ散歩しているうちに、ライブはGillian Welchの出番。彼女については1枚しかアルバムを聴いたことがなく、好感は持っていつつも、まぁ明日観ればいいかぁ・・・くらいの気持ちでおりました。
で、彼女の出演中も席には戻らずそのへんをウロウロしていたのですが、バーラウンジのあたりを通りかかった時に、何やら聞き覚えのある旋律が。ん?・・・・あ、Country Girlだ。ふぅん、Gillianがニールのカヴァーか・・・え・・・・・・?・・・・・・!!!!!!!!!!!!!!!
慌てふためいてバーラウンジへ飛び込んだ私。スクリーンに映っていたのはそう、ニール!ハーモニカと、歌まで!ぐぅぅぅぅぅ、痛恨っ。
こういうショウですから当然、出演者同士の他では観られない共演なんぞも毎回あって、勿論ニール絡みもあるわけですが、今回のメンツをみて、Gillianは対象外で大丈夫だろうと高を括っていた・・・のですが。
因みに何で気づいてから急いで客席に戻らなかったかというと、実は過去にも似たような経験があって、走って客席に戻ろうとしたらセキュリティの屈強な兄ちゃんにふん捕まえられまして、結局全然観られなかったという・・・。走っちゃいけないらしいです。私は腕つかまれたくらいで済みましたが、思い切りタックルされて地べたに組み伏せられてる奴を見たこともありますんで、これはもう近場のバーのスクリーンに行く方が得策との判断でした。今後行かれる方はご注意を。
Gillianが終わった後に会った現地の知り合いには「何?お前アレを見逃したぁ?ニールがCountry Girl演るの何年ぶりか知ってるか?36年ぶりだぞぉ、やぁ〜い」と散々間抜け呼ばわりされてしまいました。トホホ・・・。
ショックのあまりか、続くDeath Cab For Cutieは演ってたのかどうかも憶えておりません。やけビールをあおった私が席に戻ったのはTrent Reznorの、ダークな空気感が異彩を放っていたセットの終盤頃でした。
続くはブリッジ出演3回目のFoo Fighters。私は2回目の出演時(02年)も観ていますが、前回よりも数段、アコースティック演奏をモノにしてきた、という感じでした。
本人達もその自覚があったのか、途中でDave Grohl曰く、「ここに出るのは3回目でさ・・・アコースティックライブも段々うまく演
れるようになったきたかな、って・・・。最初ん時はもう勝手がわかんなくて、とにかく無我夢中で演ったんだけど、終わった後に脇で観てくれてたDavid Crosbyとニールが"上出来だったぞ、坊や"って言ってくれてさ!_俺ぁもう、自分の楽屋に帰ってから一人で"うひょ〜〜〜〜ッ!"って(笑)」
実に気のいいロック兄ちゃん然としたDave、好感が持てました。そういえば彼ら、近々来日する筈ですが、一回ホールクラスの会場でアコのショウをやるとか。ブリッジでの経験が日本でも活きる・・・素晴しいですな。
The 20th Annual Bridge School Benefit (4)
オープニングのペギさんの挨拶のときにも話題に上ったのですが、Shoreline Amphitheatreの一角にBridge School Bridgeというの
が設けられました。
歴代出演者の写真も飾られていて、ShorelineとBridgeという、ともに86年スタートの、会場と催しの最高のコンビネーションの
歩みを感じさせます。
さて、ここから後は、実績からしていつニールが客演しても不思議ではない人たちばかり。まずは99年以来二度目のBrian Wilson。
ライブ活動本格復帰以来の腕利きバンドを従え、ステージ中央にデンと鎮座ましましたブライアン、まさに米国の人間国宝の感あり。
簡単な音とりとカウントからいきなりOur Player。瞬時に会場の温度湿度が変わったかのような荘厳なハーモニー。間髪いれずにHeroes
And Villainsになだれ込み、さらにWouldn't It Be Nice、Sloop John B、そして問答無用のGod Only Knowsと、前半はPET SOUNDS/SMILE路線炸裂。以降はI Get Around、Help Me Rhonda、Surfin USAなどなど、もうどうにも止まらない王道サーフ路線連打。そんな中、英にStrawberry Fields Foreverあれば米に・・・とも言える西の横綱Good Vibrationsでは、案の定99年と同様にニールがオルガン参加。
但しこの日は特に紹介も受けずにこっそりと演奏に加わっていて、私も曲終盤頃まで気づきませんでした。
それにしても。本国アメリカで観るブライアンのライブの素晴しさ、というかこの「幸福感」みたいなものは、ちょっと他では味わえな
いものです。
正直なところ現在のブライアン本人は、一般的な意味でのライブパフォーマーとしてはお世辞にも現役といえるものではありません。
ファンの方々のお怒りをかうかもしれませんが、敢えて言ってしまえば、物理的にはステージ上にいなくても問題なし、とすら言えます。
でも実際にあの場にブライアンがいなくてもあの幸福感溢れるライブは実現するか、というとそれは断じてNO。言ってみれば彼は「愛の
磁場を生み出すジェネレーター」みたいなものなのです。
あの腕利き連中の、ブライアンとその音楽に対する愛とリスペクト。それが彼らに常に最大限の力を発揮させ、そしてそんな彼らによる素
晴しい演奏が、観客が同じく持っているブライアンへの愛とリスペクトを増幅させ、その、まさにグッドなヴァイブレーションがさらにバ
ンドを奮起させ・・・という相乗作用、もはや鶏と卵どっちが先かわかんないけどとにかく素敵じゃないか状態。
これは間違いなく、その中心に台風の目の如く静かに佇むブライアンその人の存在なくしては起こり得ません。これは、単に「ご本尊様が
その場に居る、ありがたやありがたや」ということとは似て非なるものです。
勿論過去の日本公演でも概ね同様の図式は成立していましたが、本国、特にカリフォルニアと来た日にゃ、その波動の規模ははるかに大きいものでした。
ニールやディランやルー・リードとは勿論、マッカ卿や転石連中ともまた異なるタイプの老い方ですが、ブライアンの場合はこれでいいん
じゃないか、という気がします、勿論良い意味で。心の底から楽しめ、暖かい気持ちにさせてくれたショウでした。
続いては今やブリッジの準レギュラーともいえるPearl Jam、もう何回目になるんでしょうか。取り敢えず私にとっては99年・01年・04年(エディのソロ)に続く4回目。決してファンといえるほどの熱心な聞き手ではなく、アルバムも3枚ほどしかちゃんと聴いていない(うち一枚は、例のツアー全公演公式発売のひとつ。その天晴れな心意気に敬意を表して購入)私ですから、ブリッジ以外での彼らのステージも観たことがないのですが、ここで観る彼らのライブは、毎度毎度実に素晴しい。
何となく若造というイメージのあるエディですが実は今年42歳、99より01、01より04と、その歌手としての説得力・凄みもどんどん増しています。「この(ブリッジの)歳月の中で、生徒も親御さんも、観客の皆も俺たちも成長してきた」という趣旨のことを両日ともに言っていましたが、まさに。
この日それを痛感したのは、ステージ中盤くらいでニールを迎えて演奏されたThrow Your Hatred Down。演奏全体ややリハ不足かなというのもありましたが、歌もややヨレ気味だったニール(2番をメイン歌唱)に比べてエディの堂々たる歌いっぷり!彼らとニールの出会いの頃、93年MTVアワードでの共演の際の、釈迦の手がニールならPJは全員まとめてその上の孫悟空、みたいな姿から13年。感慨深いものがあります。
03年春でしたか、の来日公演を観られなかったことを今も結構残念に思っているのですが、今度来日したら絶対に観たいです。
The 20th Annual Bridge School Benefit (5)
日が暮れてきた後のセットチェンジの間には、何種類かのビデオがスクリーンに映し出されます。ニールのOne Of These Daysをバック
にスクールの日常や今までのコンサートの出演者が流れる定例のものでは、特に故Jerry Garcia(88年出演)の時に、まるで実際に彼がそこ
に居るかのような大きな歓声が沸きます。故人といえば他にもJohn Lee Hooker(91年出演)、Warren Zevon(93年)、John Entwistle
(The Who/99年)・・・20年という歳月の中、これも抗えない現実。
出演者だけではなく、スクールの関係者や生徒についても、悲しいかなそれは同様で、今回は、今年亡くなったEmmaという女の子の人生
を振り返ったビデオが上映されました。
1982-2006と出ていましたから享年24歳。曲はまたもOne Of TheseDaysですが、実際に彼女が好きだった曲らしいです。こちらはHEARTOF GOLDの映画用に去年の夏行われたライブの音源でした。
さて、夜も更けてきて、気がつくとテント状の屋根には、時節柄ハロウィーン仕様の照明が。

トリの一つ前はこれまた今まで複数回出演のDave Matthews Band。確か、ニールも出演した01年フジロックに出る?という話が一瞬だけあったような記憶がありますが、今や日米の人気差は埋めがたい程に開いてしまっている感じで、日本でのブレイクというのは、残念ながらもう手遅れかという気もします。
彼ら(Daveのソロ含)とニールは、今までも何度かブリッジで共演していますが、この日は00年と同じCortez The Killer。ニールの長尺曲は数あれど、この曲ほどちゃんと演奏するのが難しいものはないんではないかと私は常々思っています。曲の構造自体があまりに単純であるが故に、演奏者全員がこの楽曲に対して、色んな意味で一定以上の理解をしていないと、どうにも退屈なものに成り下がってしまうというか。
この両者の組み合わせ、さすがにそのへんはバッチリ。猛り狂う荒波が次の瞬間サ〜ッと静寂へ・・・と、まるで楽曲自体が生き物になったかのような圧巻の15分間。この日の最大のハイライトでした。
日付も変わるかという頃、お待ちかねのニールのセットが準備され始めますが、この時間になるとトリを待たずに帰ってしまう人もチラホラ。なんとも勿体無い気もしますが、まぁ忠実なニールファンだけが集うイベントというわけでもありませんし。セッティングには結構時間がかかってましたが、Harvest Moonの時にLarry Craggが"奏でる"箒もちゃんとチェックしてたのにはちょっと笑いました。

今回のニールは、夏のCSNYツアーのバックメンにPRAIRIE WINDの時のコーラス陣(ペギさん+男女各1名)、要は先のファームエイド同様。
この日の選曲もあの時の6曲にGoin' Backを加えたもの。決して悪い演奏ではありませんでしたが、有体に白状すれば、後年になっても忘れがたいほどというわけでもありませんでした。単純にこの日のニールのエナジーがピークを過ぎていただけという気もしますが、それとは別に、ちょっと最近この手の場で同じ曲ばかり演り過ぎてない?という気も少々。
いや決してこの路線が嫌いというわけではありませんし、定番曲だから駄目、ということでもないんですが。
最後は出演者総出のRockin' In The Free World。「アコースティックヴァージョンは滅多に聴けないぜ。ここブリッジを除いてはね」とのニールの言葉に続いて始まったのは、割とグダグダな出来になりがちなこの位置づけにあるまじきタイトな演奏。これもスタジオ版オリジナル・リズムセクションのCromwell&Rosasの力でしょうか。
かくして深夜1時前頃、第20回ブリッジ初日は盛大に幕を閉じました。
(※上の「箒」写真をご提供下さったKさんに感謝します。)
The 20th Annual Bridge School Benefit (6)
翌日曜日も快晴、この日は2時開演。
長丁場の複数出演者のイベントということで、いくら最初がニールでも、開演直後はまだ席についてない客も多くて空席もチラホラ。
この日私の席は前から14列目の端だったのですが、ふとみると、2列目真ん中に知人の姿が、そしてその横が空っぽ。ここぞとばかりに「どうも〜久しぶりぃ〜!」と彼女の隣に潜り込みました。
「こんな間近でブリッジ観るのって初めて!(ステージ背後の)子供たちも、もう何年もスクリーンで見てきたからよく知ってるんだけど、肉眼でわかるくらいの距離ってなかったから・・・何か不思議ねぇ」としみじみ語る彼女。我々の話題が「昨日のベストアクトは、オープ
ニングのペギさんのスピーチである」ということで一致した頃開演。前日同様デニス酋長〜ペギさんの挨拶。彼女自身はこの日は終始しっ
かりと喋ってましたが、再びBenへのスタンディングオヴェーションがあった際にふと隣を見ると、同じくこちらを見ながらニコリと微笑む彼女の目が真っ赤。多分私も同じ顔してたはず、ふはは。
そしてニールの登場。どこからみても普通のそこらのおっさんにしか見えない、アコギを抱えた男性を一人従えて。その名を聞いて仰天。
「古い友達、Bert Janschです_会うのは初めてなんだけどね(笑)。バッファロー・スプリングフィールドの2枚目のジャケット裏に、
影響を受けた人物として彼の名を載せてるんだけど」と。
で、一緒に始めたのが、98年ブリッジではREMをバックにした24年ぶりの演奏でその場に居た者を卒倒させたAmbulance Bluesで重ねて仰天。
実は現物を聴いたことはないのですが、AmbulanceのギターはJanschのNeedle Of Deathのプレイからいただいたとニール自身が語っているのをご存知の方もいらっしゃるでしょう。これって、シー○&ザ・ロ○ッツがJimmy Pageを迎えて「レモンティー」を、Gexxge HarxxsonがChiffonsを従えてMy Sweet Lordを演るようなもの?_リハが足らなかったのか、数箇所で二人のリズムがずれたりもしましたが、地味ながら効果的な彩りを楽曲に添えたJanschのギターは流石でした。
続けて前日同様ペギさんと二人でLong May You RunとComes A Time、そしてDevendra Banhartのセットでは一曲目にペギさんが参加。昨日は気づきませんでしたが、彼らのステージ全編にもBert Janschが参加していました。
今回の出演者一覧の最後には"Plus Special Guests"との表記がありましたが、別にいないじゃん、と昨日は思っていました。が、複数ではなく単数ではありますが、Bert Janschがそう、ということなら納得。これを機に聴いてみようかと思いました。
その後本来の自分の席に戻った私、続くはGillian Welch。本日こそ見逃すまいと構えていましたが、めでたくCountry Girl再演。ニー
ルは曲の途中から参加してコーラスとハーモニカ、そして最後のコーラスを歌唱。
Gillianの後、これで一段落と暫し離席、日本から来ていた知り合いと遭遇したので芝生エリアのベンチであれやこれやの与太話に花を咲かせていたところ、Death Cab For CutieがGraham NashのMilitary Madnessをカヴァーしているのが聴こえてきました。
私「あ、MMですねぇ」知人「ああ、あれ昨日も演ってたよ」という感じで特に気にも留めず。しかし彼らのセットが終わったあと、よりによって前日にGillianを見逃した私を苛めてくれた同じ知人がやってきて、「Hey,you missed Neil again,hehehe」と。はぁ?!?!?!!!・・・
何と先のMMで、ニールがギターとコーラスで飛び入りしていたと!土曜日は参加してなかったのに・・・というわけで取り返しのつかない過
ち、同じ場所に居ながらニールの演奏を見逃すという大失態。まぁ例えばフジロックでもなんでも、オムニバスのイベントではこういうことも別に珍しくないんでしょうが、まことに痛恨であります。
しかしニール、今回飛び入りしすぎ。もしかして、Special Guestsって、各出演者へのニール飛入りのこと?ってのはちと強引過ぎる解釈ですが。
結局Death Cab For Cutieは両日とも全く観ずじまい。Trent Reznor、Foo Fightersと続いてBrian Wilson。前日と若干異なる選曲ながら(最後はやっぱりソロの名曲Love And Mercyでなくちゃねぇ)本日も大盛り上がり。再度Good Vibrationsでオルガン参加したニール、一旦引込んだものの続くBarbara Annに「あ、やっぱ俺、これも入っちゃおうかな」てな感じでホイホイとステージに戻ってコーラス参加、実に楽しそう。
このブライアンのセット中、我ながらよく見つけたと思うのですが、ふと総立ちの客席をみた際に、自分と反対側の隅のブロックに巨匠・
Billy Talbotが居るのを発見。あの髪型を短めに切っているもんで、まるでパンチパーマのよう。ビリーがあの落ち窪んだ大きな目で、
ニコリともせずに、だがしかし明らかに楽しんでいる風情で手拍子を打ちつつコーラスを口ずさんでいる姿は物凄くシュールというか
異様(失礼!)というか、とにかく強烈なインパクトがありまして、思わずカメラをパチリ。しかし結果は下記のとおり。

The 20th Annual Bridge School Benefit (7)
ショウも佳境に入り、続いてPearl Jam。この日の一曲目はMastersOf War。古くは92年のディラン芸能生活30周年「ボブフェスト」
から度々同曲を歌ってきたエディ、過去のブリッジでも何度となく演っていますが、これがまた回を追うにつれてどんどん「自分のもの」
になっていっています。いつの日か(なるべく先のことであって欲しいですが)ディランが歌うのをやめてしまった後には、彼が「正調
Masters Of Warの承継者」(別名:戦争の親玉の親玉)になってもいいんではないかというところに届きつつある、と言ったら褒めすぎ
でしょうか。
ブリッジでのPJを観たことのある方なら皆ご存知のことですが、彼らのセットでは必ず一曲、生徒の中でエディが特に懇意にしている
Maricorという女の子に捧げられます(アジア系にも見える彼女、名前の響きから日系人かと思ってたのですが、綴りは前述の通り)。
私も99年のPJ出演時から彼女の存在は意識していて、毎回その成長ぶりを目の当たりにしてきました。
「この娘は今年、Berkeleyに入学したんだぜ!凄いじゃないか!」とのエディの紹介に会場拍手喝采雨霰。とってもシャイだという
Maricorですが、エディが彼女の為に歌っている間、本当に弾けんばかりの満面の笑顔。多くのスクールの生徒同様、いわゆる健常者
と同様の手足・顔の動作も困難である彼女ですが、喜びを全身で表しているその姿、私には心底美しいものに見えました。あの場に
居合わせた方なら皆同感していただけると思います。
表現・書き方に気をつけないとあらぬ誤解も招きかねないので非常に難しい話なのですが、以前はどうしても気持ちの底で持ってしま
っていたある種の「偏見」のようなものが、何回もこのライブに通ううちに本当に解けてきたという実感があります。勿論、実際に介
護等で深く関わるわけではないただの第三者ですが、それでもこの「一歩」は、彼らが社会のより多くの人に踏み出して欲しいと願っ
ていることなのではないでしょうか。Maricorを始めとするスクールの生徒たち_もしかしたら、彼らが我々と向き合う形で終始ステ
ージの上にいるのは、こうした効果を意図したものなのかもしれません。
前夜は3曲目あたりだったニールとのThrow Your Hatred Downがこの日はラストに。今日はまさに問答無用の快演で、PJのセット
は華々しく幕を閉じました。
本日のDMB、ニール客演はDown By The River。決して悪いわけではなかったのですが、う〜ん、この2者の組合せならもっと凄い
演奏できるんじゃないの?とも。長い割には、何か終始探りあいっぽい感じで、個人的には今イチと思いました。
The 20th Annual Bridge School Benefit (8)
前日より2時間早い開演にも関わらず、相当時間が押していたせいか、ニールのセットは前日より2曲少ない5曲。しかし選曲も
出来も、この日の方が遥かに良かったと思います。やはり「今」を生きるニールですから、1曲目がAfter The Gardenというだけ
で、何かビシッと締まった感じがしましたね。
Goin'Back、Harvest Moon(Larryの箒が冴えてます、ふはは)と続いてその次は前日演らなかったOld Man、Larryはバンジョーを。
前日のFour Strong Windsでの12弦ギターや01年フジロックの時のピアノ、さらにはかの大傑作greendaleをはじめとする数々の場
での役者ぶりなど、単なるギターテクの域を超え大活躍のLarry、今後もニールを陰からしっかり支えていっていただきたいです。
因みにOld Man、一時期完全ソロ演奏では1音下げで歌われていましたが、最近はコーラス隊(含CSN)と一緒のことが多いせいか、再
度オリジナルキーに戻っていました。近年ようやく1音下げにも慣れてきていたのですが、やっぱり元の方がいいですねぇ。
この日ニールのステージがが前日よりも印象深いものになった最大の理由は、クロージングがOne Of These Daysだったことにあるかも
しれません。87年初演、92年アルバムHARVEST MOONに収録のこの曲、最近割と頻繁に演奏されていますが、歳月を追うごとに意味を増してきている気がします。
この夜のこの曲、過去20年ブリッジ・スクールとこのコンサートに関わってきた全ての人_生徒や関係者、今までの出演者のみならず、
この場に集った我々_にも向けられているような、過去への慈しみと同時にこの先の道のりへの毅然とした視線が感じられるもので、実
にこの場にふさわしい歌でした。
最後は前夜と同じく全員揃ってのRITFW。前日以上にCromwell&Rosasが張り切っていて、殆どエレクトリックヴァージョン並のテ
ンション。2番をエディが歌うのもブリッジならでは。
そして大団円、ペギさんとニールのお礼の言葉〜場内に流れるお馴染みGreensleeves・・・。通算20回目(余談ながら私にとっては8回
目)のブリッジ・スクール・ベネフィットは、いつものようにワン・アンド・オンリーな暖かい余韻を残して幕を閉じたのでした。
ニール・ヤングの全仕事の中でも、このBridge School Benefitは、それ自体が、例えるならばAFTER THE GOLD RUSH、TONIGHT'S
THE NIGHT、SILVER & GOLD、GREENDALE等といった傑作アルバム群の存在と同じくらいに重要なものです。極論すれば、このライブを体験していないのは、例えばAFTER THE GOLD RUSHを聴いたことがないというのと同じ様なものだ、とすら言えると思います。これは、最初の10回までから抜粋した公式オムニバスCDは勿論、諸々の非公式音源を以ってしても埋めることのできないもので、「あの
場所」に行かないことには始まらない、という種類の話です。
非常にとりとめのない拙文で、その「行かなければわからない何か」を表現できたとは思いませんが、あ〜、何かあるんだろうな多分、
くらいのことはお伝えできていれば幸いです。
ありがたいことにこのライブ、恐らく今後も当分は、毎年10月下旬の土日に行われるでしょうし、去年頃からは随分と早いうちに確
定した日程だけは発表されていますから、本気で行く気になれば、どうにかやりくりできる方も少なくないと思います。そういう方々が来年、それが駄目なら再来年、またはその次にでも実際にあの場に行かれて、ああなるほど、こういう事だったのかぁ、と感じていただければいいな、と願いつつ、この長文の結びとしたいと思います。
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