雁が腹摺山(1874m)

2003年3月9日(日)晴れ

金山鉱泉8:00〜9:10金山峠9:20〜林道〜雨量計〜白樺平〜11:50雁が腹摺山(1874M)12:20〜白樺平

〜雨量計〜林道〜13:30金山峠13:40〜14:20金山鉱泉

横浜の自宅を、5:30に出発して、中央高速の大月IC下車、国道20号に出て、八王子方面に戻る。国道139号線(都留市方面)を右に見て、少し行ったところの、細い道路を左折すると、中央線を越える橋を渡り、すぐ右折して道なりに進む。すると、中央高速の馬鹿でかい、橋梁の下を通過して金山鉱泉方面に向かう。

車が、一台通れる程度の、細い道を、(途中工事中)登っていく。基本的に、道路には、雪がないが、北面には、まだ随分雪が残っていた。道のどん詰まりに金山鉱泉があり、そのすぐ上に、5〜6台置ける駐車スペースがある。もう3台駐車してあり、その隙間に私の車も入れる。

この長い、変わった山は、雁の群が、渡りの折りに、この場所を腹を摺るように、越えたと伝えられ、それが雁が腹摺山の名の起こりである。又、この山は、500円札が、硬貨に変わる前、紙幣の裏面の富士山の図柄で(昭和17年11月3日午前7時15分頃撮影)も有名な山である

駐車場のすぐ脇に、案内板と登山届用のノートが、置いてあり記帳する。今日はまだ誰も登っていなく、私が最初である。この時期登る人が少ないのか、あまりページが埋まっていない。すぐ、脇に熊出没注意の看板があり、この時期、熊は冬眠中なので、気にしなくて良い。登山準備をしていると、金山鉱泉から出てきた、中高年登山者グループ(男性3人、女性1人)が、私の前を通り過ぎていった。私も、早々に登山準備をして、彼らの後を追いかけた。

しばらくは、舗装された道路であったが、すぐ未舗装に変わり、日陰の所は、金曜日に降った雪が、凍りつき、アイスバーン状態になっていた。非常に登りづらく、アイゼンが必要な所である。林道は、10分程度で終了。杉林の山服の急斜面をトラバースぎみに、沢筋に降りていく。余り登山道の整備がなされていなく、雪が、凍りついているので、気をつけないと、そのまま沢に落ちていく。

陰気臭い沢を右に左へと、木橋を渡りつつ、上流を詰めていった。沢の水が切れ、だんだん雪が深くなり、ジグザグの急坂を、登り切ると金山峠である。ここより木々の切れ間より、雲一つ無い富士山を拝むことができた。ここまで、薄暗い、登山道だったので、急に晴々とした気分になった。ここで、先ほどの、中高年4人組のグループを抜かして、先にいくことにする。

峠から山腹を巻くように、20cmほどの、雪を踏みしめて下って行くと、立派な林道に出た(百軒干場)。対岸には、最近出来上がったばかりの、サボーダムが山の中腹まで出来ており、又伐採された、山肌がむき出しの状態であった。こんな所に、この様な物が必要なのであろうか。伐採さえ、しなければサボーダムなんて、必要ないような気がするが、、、、。

雪の林道を、10分程度行くと、右手に雁が腹摺山の小さな看板があり、ここより本格的な、尾根道の直登が始まる。アイゼンを付けているので、かえって雪があった方が登りやすい。幾つかの尾根を越して、又林道に出た。林道一面、雪原で、遠くに大菩薩嶺の雪面が、白く輝いていた。すぐ、林道の側面に設置されてある、階段を登り、急な木の階段を登り終わったところに、神奈川県城山ダムの雨量計の所に出た。
この先の尾根道を、少し行ったところが白樺平であるが、名前の様な白樺が沢山有るわけでなし、名前負けしている。ここから、雁が腹摺山と、姥子山の分岐となっていて、今まであった足跡は、ここで姥子山の方に向かっていて、雁が腹摺山の方には無い。積雪は、急に深くなったみたいで、30〜40cmは有るみたいである。

ここからは、私の付ける足跡しか無く、所々に赤いテープが、木々に付けてあり、それを頼りに、コースを選定していく。少しでもコースから逸れると、雪の深みにはまって、膝上ぐらいまで、雪に埋もれてしまう。慎重にコースを選びつつ上を目指した。しかし、1人のラッセルは以外と辛いもので、早く、後のメンバーが来ないものか、後ろを振り返るが、なかなか来そうもない。

樹林帯の若干窪んでいて、上に向かっている所を狙いをつけて、進むが、コースが合っていたならば、余り沈み込みは少ないが、はずれだと急に、積雪が深くなる。いつもながら、ラッセルは辛い。休み休み、頂上を目指し、頂上まで、ガンバレあと10分の小さな看板が、目に入った。そこからの、頂上まで、長かった。結局20分程度かかった。急に、視界が明るくなり、左手遠方には、三ツ峠越しに、雲一つ無い素晴らしい、富士山を拝む事が出来た。
頂上には、私より早く先客がいて、聞いてみると大峠より登ってきたみたいである。林道は閉鎖中なのに、どこから登ってきたのかと聞いてみると、第一のゲートは、開いていて、第二のゲート前に車を置いて、登ってきたみたいである。ここまで2:00時間とのこと、私は、頂上まで、殆ど休み無しで、四時間かかった。この時期の2000mクラスの山は、雪があるので、それなりの時間がかかるのは、仕方がない。

そうこうしている内に、中高年(四人組)のパーテェが、登ってきた。ラッセルの跡を、登ってくるのは、大変ラクだったと思う。一言私に、ご苦労様と言ってもらえれば、今までの苦労が報われたのであるが、その一言もなかった。そのパーティは、そくそくとシートを広げ、コンロでラーメンを作り始め、日本酒で乾杯していた。こんな、中高年も、いるんだと思いつつ、足早に下山にとりかかった。
トップに戻る  追加一覧に戻る  国内登山に戻る  検索一覧