霞沢岳
                                                                     1999,10,16〜17
                          霞沢岳山行記録
10月16日(土)
 保土ヶ谷6:00に出発して上高地に11:30に到着した。思っていたほど混んでいなく順調に来ることが出来た。空はどんよりと曇っていて、膚寒く、チラホラと雨降り出してきたのでウインドプレイカーを着込んで、徳本峠に向かうことにした。さすが紅葉のシーズンであり、河童橋付近は、観光客でいっぱいであった。

明神まで来ると、さすが観光客も少なくなり、ハイキング客に変った。明神から見る明神岳の岩峰は、迫力があり、首が痛くなるぐらい、見上げなければならない。岩峰にガスがからみ付き異様な雰囲気の岩稜を呈していた。 明神から5〜6分歩いた所に、白沢の出会いがあり、徳本峠の案内の看板があり、峠から先の二俣付近が、6月の大雨のため、登山道が荒れていて、通行不可との看板があった。

島々から入るルートは、峠まで8時間の行程で、現代は、釜トンネルが開通したため、あまり、この道を利用する人が少なく、そのためか、 クマササ、シラビソ、コメツガなどが生い茂るっていた。しばらく登って行くと、本格的な登りとなり、沢沿いのうっそうとした樹林帯の林道を30分程ガレ場を登っていく。振り返ってみると、明神岳、前穂高の岩稜、西穂の稜線の迫力ある、ゴツゴツした岩肌が迫っていた。

 所どころ、紅葉した木々があったが、もう晩秋の雰囲気であった。最後の水場を過ぎ、急場を登り詰めた所に、古びた小屋があった。小屋が傾いていて、つっかい棒がなければ、今にも壊れそうな小屋であった。屋根は、杉皮で葺いてあり、重石に石ころをたくさん置いて有り、煙突からは蒔きストープの煙がもくもく出ていて、晩秋にけむる、ランプの小屋であった。




 登山客は、16人で4人は、今日、、霞沢岳に登ってきて、もう一泊して下山するとのことであった。あとの人は、明日、霞沢岳に登るので、小屋で弁当を注文していた。 今日登ってきた人が、茸を採ってきて、今夜のてんぷらのおかずに早変わりした。又、別の中年夫婦が霞沢岳の登山道にて採取してきた、猿の腰掛けのきのこ?、約3キロ程度ある大きであった。食後、炭団のこたつに足を入れて、ランプの明かりを囲んで話が弾んだ。いままでいろんな山小屋に宿泊したことがあるが、こんな、親近感あふれる小屋は、初めてであった。夜半、北風が強く、小屋の雨戸を、ガタガタいわしており、明日の天気を予測しているみたいであった。

10月17日(日)
 3時45分起床、4時10分小屋出発、星、月出ていなく、冷たい風が、吹いていて、寒さが身にしみた。ウインドブレーカで身をつつみ、いざ霞沢岳に向けて出発した。 200M程度来た道を戻り、樹林帯の中、ヘッドランプの明かりを、頼りに急坂をひとり登っていった。あとから、登山客が、来るのかと、少し待っていたが、だれもやってこなくて、少しがっかりした。


ジャンクションピークに、5時頃到着、空は、まだ暗く、日の出までまだ時間がかかりそうである。また、樹林帯のなかに入っていき、登ったり、下ったりする、深い森のなか一人ヘッドランプの明かりを頼りに、歩くのはあまり気持ちの良いものではない。ようやく、明るくなり始めた。穂高連峰の峰のシュルエツトがくっきりと浮かび上がり、なかなか幻想的で良かった。

 Klの登りは、がら場で、霜柱が5〜6CM立っていて急な登りで、登山に慣れていない人は、すこし危険なところであった.Klからの眺めは、最高にすばらしく、穂高の岩峰が、丁度私の目の視線より、少し上あたりにあり、山岳写真家であれば泣いて喜ぶところである。笠ケ岳方面は、雪で真っ白であった。霞沢岳へはあと1ケのピークを越えて頂上に着くことが出来た。頂上で、ゆっくりと朝食を採り私一人のアルプスを堪能した。



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