飯豊山

飯豊山山行記録

2000年8月11日〜13日

8/11(金)早朝の横浜を出発して、一路喜多方に向かう。東北道は、思っていたほど込んでなくて、以外と順調に、走ることが出来、郡山より磐梯熱海経由会津若松ICで降り、喜多方に向かうことにした。久しぶりである。昔、小島君が共和電業の仕事で日中ダムへ、三年ばかり常駐していたところで、私も何度か仕事で行ったことがあるからである。


有名な、喜多方ラーメンを食べ、日中ダムを見に行くことにする。昔走った懐かしい田舎道を確認しながら熱塩温泉に向けて、車を走らした。丁度、熱塩温泉の上にダムがあり、大きな石を何万個と積重たロックフェルダムで、水路はダムの脇に申し訳なさそうに付いてあるだけであった。熱塩温泉のゆもと館は、ダム建設中は、ずいぶん、ダムより離れたところにあったが、ダム完成後は、ダムの真下に位置しており、ダムが決壊したら、一瞬にして全壊してしまうであろう。ダムの堰堤から喜多方の市内が一望でき、景観的には素晴らしいが、このダムが本当に必要だったのか、少し疑問に思う。


 日中ダムより、喜多方方面に戻り、山都町に向かう。ほんと田舎の道で、両側に、青々とした稲穂が成長していた。川入キャンプ場の手前に、いいでの湯があり、まだテント張るには、時間的に早いので、ひと風呂浴びていく。内湯と露天風呂があり、源泉は鉄分を多く含んでいて、茶色く濁っていた。しかし、露天風呂は、無色透明な、肌にやさしい、ほんのり香りのするお湯であった。ハチ、アブ除けの、緑の網が、露天風呂の周りに張り巡らされていたが、一発アブの襲撃を受けてしまった。やはり見栄え悪いが、網は必要である。

8/12 (土) 夜中、激しい雨に見舞われたが、すぐ止んだので安心した。なにせ、フライシートを持ってこなかったので心配したのであるが、なんとか漏らずにすんだ。5:00過ぎに、昨日の残りのおにぎりと、即席みそ汁を流し込み、濡れたテントを撤収して、6:00に飯豊山に向けて出発する。

キャンプ場の所に、ワイヤー
が張られていて、これ以上車が入ることが出来ないようになっていた。林道を15分程度行くと、左は大滝、右は飯豊本山方面の看板があり、そこが御沢小屋跡で、樹齢400年以上の杉の大木があり、その側に不動明の石像があった。そこから本格的な登坂で道全体に水で浸食された、深い溝の道で木の根っこをつかみながら登っていった。雨の降った時はさぞかし滑って大変だと思う。

 要所要所に、水場があるので、重いザックを担いで縦走する人にはありがたい。下十五里、中十五里、上十五里と、標識があり、その場所だけ広場になっており、一服するのに丁度良い場所になっていた。しかし、標高が400m程度から登だし、一気に1400mの稜線におどり出るので、大変である。樹林帯で、蒸し暑く、汗が滝のようにこぼれ落ち、その汗の臭いにつられて、ブヨ、ハチがまとわりついて、うるさくてしかたがなかった。

ようやく、きつい登りの終了地点に笹平があり、その名のとおり、周り一面熊笹で覆われていて、これから本格的な稜線歩きが始まるのである。

横峰の小屋跡を過ぎ、ガスの切れ間から、三国岳の急峻な岩壁にへばりつくように、雪渓が覆いかぶさっていた。地蔵小屋と水場経由三国岳の分岐点にさしかかり、やはりみんな、水場経由を選択するらしく、地蔵小屋跡の登山道は、あまり踏まれていなくて、相当荒れているみたいである。当然我々も、水場経由の道を選択した。ブナ林の深い登山道を、トラバースするかたちで、木の根を踏み越え登っていくと、小さな沢に、エンビの管が刺してあり、コップも用意してあり、なかなか立派な水場であった。

飲むと、非常に冷たくて、今まで、流してきた汗の分を、このまろやかな沢の水が、補う事が出来た。ペットボトルに、水を補給して、剣が峰の岩場に臨むことになる。両側が鋭く切れ落ちていて、岩壁に雪渓が遙か彼方にへばりついていた。その岩稜の要所要所に、クサリが布設してあり、それに捕まりつつ登っていくのである。重い装備だとなかなかやっかいな所だと思う。その岩稜を登り切ったところが、三国小屋であった。夏場は管理人が常駐していて、素泊まりのみで、20人程度が泊まれる、小さな小屋であった。

ガスは、相変わらず稜線にまとわりついていて、たまに、ガスの切れ間から、これから向かう切合小屋までの稜線が、浮かび上がっていた。あと2 時間も歩けば今日のテント場であるので急ぐことはない。ゆっくりと、昼食にすることにする。しかし、次から次えと登山者が登ってきた。もっとゆっくりと休んで行く予定であったが、結局1時間も休まず、11:15には、出発する事になった。ここで休んでいるより、早く切合小屋に着き、いい場所を確保しょうという魂胆である。

天気が良ければ飯豊本山を、見ながら登っていけるのであるが、いまいちガスが、まとわりつき、蒸し暑さは変わりなかった。七森に向かう東面は天狗のそり場で、岩肌が露出していて深く切れ込んでいた。切合小屋の手前ぐらいから、雪渓が間近に迫り、高山植物の花々が、今が盛りと、色とりどり色を競っていた。気持ちのいい高山植物の道を下っていった所に切合小屋があった。

テント場は、小屋を挟んで右、左にあり、天候の悪いときは、風をよけるため、右の窪地に張るのであるが、小屋のおやじ言うには、明日は、天気良いので、左のテント場のほうが、飯豊本山、大日岳の雄大な景色が見ることが出来るので、良いと言うことなので素直に従うことにした。

8/13 (日)明け方雨が降ったが、大したことにはならず、直ぐ止みほっとしたが、私は寒くてなかなか寝付けなかった。君江は、暑いぐらいと言っていたが、やはり寝袋のせいなのであろうか。4:00起床即席の雑煮を、腹に流し込み4:50には、飯豊本山に向けて出発した。少しガスがかかっていたが、なんとか保ちそうである。ご来光は、残念ながら見ることが出来なかったが、だんだんと飯豊本山が、ガスの切れ間から、その雄姿を現す様は、何とも神々しく、言葉が出ない。草履塚の登りは、高山植物の咲く沢沿いに登っていき、まだ雪渓の側を登っていく。

草履塚を下りきった所に、石で囲まれた赤い帽子とよだれかけを掛けた地蔵様が鎮座していて、通りすぎる登山者の安全を見守っているようである。その一帯は、見事なお花畑で、これ程見事なお花畑は、久しぶりであった。この先に、御秘所という岩場があり、きっと天気が良ければ、以外と迫力のある岩場であろう。しかしガスがかかっていて、余り迫力がなかった。そこを過ぎると約150mの一気に登始め、石の積み上げてある一ノ王子のきつい登りが始まった。しかし、荷が軽いので、一回も休むことなく登ることが出来た。

縦走する人たちは、荷が重いので大変である。そこを登り切るとテント場があり、昨日は風が強くて大変だったみたいである。キャンプ場の先に飯豊神社と飯豊本山小屋があった。そこでも頂上であるが、本当の2105mの三角点のある頂上は、そこから15分程度稜線を行った所にあった。飯豊神社から三角点までの稜線の景色は素晴らしく、雲海に浮かび上がった、大日岳、北股岳をはじめ、雪渓を抱えた飯豊連邦の堂々たる山々が、すぐ間近に迫り、東北随一の山であることを、実感として感じた。

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