マウント クック 

              ニージランドハイキング     1998年

12/23(水)保土ヶ谷発16:36の成田空港行きの快速のグリーン車に乗り込む。祭日のためか乗客は余り乗っていない。成田空港着19:40なので、時間的に遅いためか、海外旅行に行く人が少ないかもしれない。案の状、年末というのに、人影はまばらだった。空港第二ピルB74ゲートよりN Z−034(20:55)に乗り込んだが、満席でなく、席にまだ少し余裕があり、我々の座った3列のシートも我々だけであった。

12/24(木)
オークランド着11:25定刻に到着したが、日本時間は7:25でまだ朝である。時差は4時間あるが、余り気にならない。N Zは、いまは日本と季節は逆で真夏である。気温も25度程度、湿気も余り無く、非常に過ごしやすい良い季節みたいである。ここで乗り換え時間が、4時間もあり、オークランドの市内観光でもすればいいのだが、春山氏がうんと言わない。団体旅行の切ないところである。

来る前から、調子が悪かったビデオカメラを取り出してみたが、動作不能。テープ取り出し口を開け、空港側の植え込みの日陰にて、日陰干しにする。(結露のため)
今日はクリスマス・イブである。そのためか空港の出迎えロビーにサンタクロースの格好をした人たちが、たくさんいて友人や肉親を出迎えていた。売店のおねいチヤンたちも、あたまに鹿のかぶり物をしていた。

雪の無い、暖かい、半ソデ、短パンのクリスマス・イブは、我々にとってはなにか、感じが湧かないが、N Zの人にとっては当たり前の事で、それなりに楽しくやっていた。オークランド15:40(NZ539)発のB−737に乗り込んだ。

機内のスティーワデスのイヤーリングはサンタ・クロースでチカチカ光っているのである。機内にも飾り付けがしてあり、さすがキリスト教の国であることを実感した。クライスト・チャーチに17:00に着き、夕食を終えて、いよいよ、ここから旅の始まりである。

と言っても、もう19:00過ぎで日本であれば、もう真暗であるが、N Zは、太陽はまだまだ高く、とうてい沈む気配は全くない感じである。これから走行距離331kmのマウント・クック地区まで、専用バスで走り抜けるのである。バスの車窓から、芝生が良く手入れされ、垣根に色とりどりの草花が、今が旬と咲き袴っていて、平屋建ての立派な家に良く溶け込んでいた。

道路は、左側通行なので、余り違和感がないが、交差点はロータリになっていて、信号機がほとんど無く、信号があっても車が優先である。すれ違う車がほとんど無く、どこまでも、真直ぐな道がつづいていた。制限速度は100Kmとなっているが‥‥‥・・‥・・、

制限速度で、走っている車は、ほとんどいないようだ。いたる所でポッサムが車にひかれてペッシャンコになっていた。ようやく薄暗くなってきたところで、街道の牧場の脇のみやげ物屋に、トイレ休憩に入ったところ、道路にひかれていたボッサムの毛皮がN Zドルで20ドル(約1400円)で売っていた。

ネズミを大きくしたような動物で、羊の草など食い荒らし、又繁殖力がおおせいで、現地の人たちからは、非常に嫌われものの動物である。時間は夜9:00をまわっているが、まだまだ明るい。北海道の富良野を大きくしたような所を走りまくり、ようやくマウント・クック地区のマッケンジ−カントリーインに23:00頃到着した。一日が非常に長く感じられる。

12/25(金)
ホテルの窓を開けると、一面緑の濃い芝生で、ひんやりした冷たい空気が、肺の奥深くしみこんでとても気持ちがいい、針葉樹林の間から、雪に覆われた白い雪山を遠くに見る事ができた。なんとそれは、マウント・クック(3754m)であった。

余りにも、気持ちがいいので、外へ散歩に出かけた。ホテル脇に、赤と白の二色に色分けされたヘリが駐機してあり。ここからマウント・クックの遊覧飛行があるのであろう。見渡す限り一面芝生で、道路は、何処まで行けども行けども真っ直ぐであった。

朝食を済ませ、一路マウント・クックに向け、出発した。レイクプカキの撮影ポイントにバスが停車すると、そこにドイツから冬休みを利用して旅行に来ている青年が、自分たちで作ったクリスマス.ツリーをおいてあり、その前には、賽銭箱が置いてあり、ツリーをバックに写真を撮るったならば、何らかの寄付をもらって旅行を、続けているとの事であった。

さすがドイツの青年である。車窓から見るクックはだんだんと大きくなり、カメラのシャッターの音の回数が多くなった。ハミーティジにて、フッカー渓谷にハイキングに行く人と、そうでない人とわかれた。24名中行かない人は、6名だけで、ほとんどのひとがハイキングに参加した。ハミーティジの前から、マイクロバスに乗り、約10分程度行った所のキャンプ場におろされ、いよいよトレッキングの開始である。開始まえにガイドの説明 があり、この大自然をN Zの人たちが大切にしている主旨を長々と説明したあと、やっと出発である。

道はよく整備されていて普通の運動靴で大丈夫である。余り登り下りが無く、フツカー川に沿って緩い登り道を行くコースである。左前方には、氷河を抱いたフットストール山(2835m)等の山々を眺めながら進んで行った。ときどき遠くの方で、地響きがするのでなんだろうかと、思ったら、 なんとナダレの音である。

















その音のほうを見上げると、白い煙が滝の様に落ちているのが確認出来た。こんなに頻繁にナダレに遭遇することは、いままでなかった。この辺の森林限界は、800M程度で日本だと2000M越えないと、森林限界に達しないのに、ここは、緯度が低く南極まで2000Km程の所に位置しているので、氷河がいたる所にあっても、不思議ではない。高山植物が、思っていたほど多くはなく、いたる所ルピナス柳ランの花々が咲き乱れており、その花を入れてバックにマウント.クックを撮ると、なかなか絵になるところである。

約1時間程度歩くと、吊り橋が2個現れ、ぞの先に、ようやくマウント、クックの雄姿が、見ることが出来た。そこで早いランチタイムとなったが私たちは、それでは面白くないのでその先まで行くことにした。空は、スカイブルーで、空気は湿気も無く、心地よい暖かさであり。歩いていると心地よい感じがして、どこか場所を見つけて、昼寝をしたい気持ちである。みんなから約15分程度行った所に無人の避難小屋があり、小屋の前には、小川が流れていて、マウント.クックを見ながらランチを取るのに最高の場所であった

この山は、カイドブックに書いてあるように、ナダレのため、一般ルートのアイガー、マツターホルンより、困難であると書いてある意味が分かった様な気がした。マウント.クックのトレッキングは、午前中で終了である。ここまで来て非常にもったいない。出来れば2〜3日ここにとどまっていたいと思うのであるが、団体ツアーの悲しさ、午後からクイーズタウンにむけて、出発である。

クイーズタウンは、女王が住むのに相応しい町と言う意味でつけられた。澄んだ高原の中、深い紺碧の水をたたえたワカティブ湖に広がるリヅートタウンである。マウント.クックから328Kmの距離で約5時間の道のりである。緯度が低いせいか、標高800mを越えると、木々が生えていなく、畳の原料である。井草の仲間が山一面に覆われていて、その間から大昔海の底で体積された、岩石が顔を出していた。

その草を刈って日本に輸出しているそうである。どこまで走っても、車窓の左右には羊の牧場が広がっていて、日本だと羊の小屋がありそうなのであるが、どこを見渡しても小屋が見あたらず、牧場の草原がどこまでも続いていた。途中、世界でここが初めてのパンジージャンプ発祥の橋を訪れた。

今年の夏、月山の麓のパンジージャンプの橋を、訪れた所とよくにていて、渓谷の幅、高さ(100m)程度あり、私も挑戦してみたかったが、今日はクリスマスで休みだそうだ。クリスマスの日は、どこもかしこも休みである。こっちは、日本と逆で今は夏で、夜9:30ぐらいまで明るく、P M7:00頃ホテルに到着して、窓からワカティプ潮を眺めると泳いでいる人が何人もいた。波止場には、蒸気船アーンスロー号(1912製)がまだ現役で活躍しているのである。その船から、ときどき汽笛が、もの悲しく聞こえて来て、何ともいえない情緒があった。

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