七面山 (1989m)


2002年5月25日(土)

登山口7:45〜9:48休憩10:05〜10:45七面山(1989m)11:20〜12:18休憩12:28〜13:30登山口

早朝4:30自宅を出て、富士山の御殿場口(1400m)から、頂上を狙おうと、御殿場に向かう。しかし、足柄SAより、双眼鏡で、登山道を見ると、七合目より、上部の登山道に、まだ残雪があり、ピッケル、アイゼンが、必要である。今回は、早さを狙ったので、アイゼンの用意をしてこなかったので、富士登山を諦めて、見延にある、七面山に急遽予定を変更する。

東名高速を、そのまま西に向かう、富士ICで下車、富士川に向かい、国道52号を北上して、見延町の先の南アルプス林道に入り、早川をさかのぼって行くと、七面温泉があり、左折して、4〜5KM程度春木川を遡って行くと、登山口の羽衣に着く。ここから、高度差約、1500mの登りである。

鉄の赤い橋の手前に、七面山の案内図と、鳥居があり、灯籠と日蓮宗の立派なお坊さんのお墓があり。登山道と言うより、参道である。階段状の参道のあちらこちらに、「南無妙法連華経」と書いた奉納札が、灯籠の脇に、沢山差込んであり、要所要所に屋根付の休憩所が設置してあり、その下に全国の地域と、人の名前が書き込まれていた。信者が奉納したのであろう。各灯籠の下に、賽銭籠が設置してあり、一円、五円、十円と、沢山の賽銭が投込まれていた。

しばらく登っていくと、上の方が騒がしく、何だろうと不思議に思っていたが、登っていくと白装束に、身をまとい先頭のリーダーが、拡声器で、「南無妙法連華経」と、唱えたあとに、信者200人ぐらいの、老若男女の団体が、「南無妙法連華経」と、声を揃えて唱えている。その声が山々に、反響していたのである。この一団を、追い越して、しばらく行くと、又、同じ様な一団に遭遇して早足で追い越し、しばらく登っていくと、又同じ様な一団に会い追い越した。結局700名近い人を、追い越したことになった。

彼らの、行動は、15分程度歩いて、笛の音で休憩して、お祈りを捧げ、また笛の音で登り始める。その繰り返しなので、敬慎院までの、高度差1100mを、普通3時間程度の工程を5〜6時間かけて、登っていくのであろう。この山は、日蓮宗の修行の山で、七面山に登ることは、霊界に行くことであり、何も身に付けなくて白装束で霊界に向かい、一心に「南無妙法連華経」と唱えて、登れば救われるみたいである。

私には、その様な、信心がないので、先を急ぐ。登山口から、2時間程度で、敬慎院に着いた。標高は1800m近い、こんな山中に、度肝を、ぬかれる立派なお寺があった。宿坊もあり、何百人と宿泊出来る設備があり、どうして、こんな所に、この様な立派なお寺が作ることが出来たのか不思議である。やはり信仰心のたわものであろう。

鐘楼を、右手に見て、広い坂道を登っていくと、またまた、立派な門に出会し、その前の広場からは、見延山を挟んで、霊峰富士山が、ハッキリと見える所なのであるが、あいにく、雲がかかっていて、若干霞んでいた。写真で見る、富士山からの、ご来光は、素晴らしく、根強い七面山のファンが多いと聞いている。今回は残念である。

ベニア板に、梅ヶ島、七面山頂上と書いてある看板があり、あと、頂上まで40分と、書いてある。これまでの広い道では無く、普通の登山道に変わり、両側に唐松の林の中を進んで行く。突き当たりに、木を倒して通行止の標識。大崩と、頂上へとの標識があり、真っ直ぐ進む。標識どおり、凄い崖で、日本でも有名な大崩みたいで、その上部が七面山の頂上である。

さすが、なかなか、迫力ある崖崩れであり、数百mも、落ち込んでいて、非常に脆そうな崖である。下を見ていると、吸い込まれていきそうである。来た道を戻り頂上に向かう。カラ松の、苔むした狭い稜線を、しばらく行くと、突然、カラ松、ツガの林から突然抜け出して頂上に着いた。頂上だけ刈り取られ、銅板の方位と頂上の標識があった。木々のあいだから、笊が岳を通して、南アルプスの山々が遠くに見えた。

帰りは、来た道を帰る。お昼近くになってきたにもかかわらず、どんどん、登山者が登ってくる。普通は、山で出会うと、「こんにちわ」と挨拶を、交わすのであるが、ここでは「ごくろう様」と挨拶されて、手を合わされる。なにか、異様であったが、この山特徴である。2時間程度で、登山口に戻り、下部温泉の温泉会館(300円)にて、汗を流して入浴して帰る。

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