メンヒ(4107m)  ユングラフ(4158m)
                                        
 1999.8.13〜8.22(スイスアルプス)
8/13(金)
成田空港第一10:45着、川瀬さん11:15着、早速エールフランス航空のカウンターに行き、受付を開始したのであるが、AF289便は2時間遅れで出発が15:00とのことである。

その時間だと、フランスのパリでの乗り継ぎ時間が無い、その旨係り員に話したら、丁度 12:00発のパリ行きの便があり、それに乗る手配をしてもらって、ゲ−トに急いだ。もう出発時間が過ぎていたのであるが、待っててもらって搭乗する事が出来た。B747の2Fの ビジネスクラスのシートであった。エコノミー席と比べて幅、前後の間隔が1.5倍ぐらいである。出発する前からソフトドリンクが出てくる。

離陸してから、食事の時間、食前酒が出てきて、それからステーキかフォグラのメインデッシュを選んで食べる事が出来た。それと、洗面用具の入ったポシェット、機内で履くサンダル等が出てきて、さすがエコノミクラスより7〜8万高いだけある。12時間の長いフライトも苦にならない。 17:20パリ、シャルルドコール着、乗り継ぎ手続き後B-23の搭乗場所に、シャトルバスにて移動。さすがパリ空港である。

建物も、道路もデザインが芸術的で大変すばらしい。しかし、機能的に良いとは、また別みたいである。19:30AF1054便にて、スイス、チューリッヒへ、定刻20:40着、地下の鉄道にて、チュウリッヒ中央駅へ(5.4SF)約10分程度で着いた。さすがヨーロッパの駅である風格のある、趣のあるこれぞヨーロッパだぞーといったりっぱな駅である。

駅前からトラム(市電)が走っていて、その道沿いにサンクト、ゴッタルトホテルがあった。どっしりとした風格のある趣のある4星HOTELであった。現地時間で21:30ぐらいであるが、日本時間だと明け方の4:00頃であるので眠たくて仕方がない。チックイン後、風呂に入って寝る。大都市の駅前なので、まして週末なので、どこの国も同じで酔っぱらいが騒いでうるさくあまり寝る事ができなかった。

8/14(土)
早朝5:00頃から目が覚め6:40頃朝食を食べに行く。朝食付だったので、パンとコーヒーと他の果物、ヨーグルト、ハム、チーズ諸々ついているものと思って食べていたら、別料金とわかる、それまであまり食べていなかった川瀬さんは、急にハムなどどんどん食べ出した。 10:03の列車に乗れば間に合うので、朝食後二人でチューリッヒ市内を散歩に出かけた。

以前、川瀬さんがイーストツアーでマッターホルンを登りに来たとき、チューリッヒに泊まった HOTELを確認しにいった。リトマ川のほとりにあり、こぢんまりとしたHOTELで、隣に生演奏酒場がありそこで、だいぶん騒いだそうである。そのHOTELの前に、近くの畑から採ってきた果物(イチゴ、ブルーベリ、すもも、りんご、などなど)野菜(トマト、なす、じゃがいも、青野菜)など売っていたが、値段的には日本とあまりかわらず、あまり安くはない。

ヴァイン広場、ザンクトペーター教会、フラウミュンスター教会など見てまわったが、昔であれば、それなりに感動したが、今はそれほど感動も無い。しかし専門の清掃車が、市内いたるところで清掃していて、なかなか街並は、整っていて清潔観のある街であった。HOTELをチェクアウト後、駅に直行した。我々の乗る列車はオール二階建列車でインターシティー特急列車で、一等と二等の区別があるが、自由席で、禁煙席と喫煙席がわけられていて、断然禁煙席のほうが多かった。しかし、たまたま空いていた席が、喫煙席だったのである。

隣の席にスイスの若い兵隊が座りぷかぷかたばこを吸いだし、たばこがこれほど煙たいものとは、いままで感じていなかったが、吸わない人からは大変な迷惑であることを初めて知った。インターラーケン.オストまでの二時間あまり苦痛であった。そこで乗り換え、今度は軌道の狭い箱根登山鉄道みたいな、列車に乗り換えグリンデルワルトに向かったのであるが、本来列車の後方に乗らなければいけないのに、前方の車両に乗ってしまったので、ラウターブルンネンへいってしまった。メンリッヒェンで車両の切り離しが行われていたとは知らずに乗ってしまったのである。

しかし、けがの巧妙で落差300Mもあるシュタウプバッハの滝を見ることが出来感動した。いま来た列車は、折り返しなのでそのまま乗車していてメンリッヒェンで乗り換える事にする。岩山と岩山のあいだの遠方にヴェッターホルンの岩壁が見ることが出来、早くすぐそばに行きたい気持ちを抑えるのに大変である。

グリンデルワルトにようやく到着した。駅前より見上げるあこがれのアイガー北壁は、やはり写真以上に迫力があり、これからめざそうとしているミッテルレギ稜も間近にみえ、これからの闘志が湧いてくる。観光案内所にてフィッシャーブリックHOTELの場所を確認して、重いザックを背負って 約20分程度歩いた教会の前にあるHOTELにチェクインした。304号の部屋からじかにアイガー北壁が見ることが出来、またベッドに寝たまま見ることが出来これ以上幸福なことはなかった。夕方5時に登山カイドオフィスに行って、明日の登山の打合わせにいった。

下から見ると、稜線上にうっすらと雪が付いていたのには、少し気になっていたのであるが、、、、、、今年は雪が多く、登れる状態ではないので、明後日10時にオフィスに来てほしいとのことであった。・・・・ がっくり・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・COOPにて地ビール、くだもの等買って、かえり道のレストランにて夕食をすまして帰る。

8/15(日)くもりのち晴れ
早朝に目を覚ますと、路面が濡れていて、雨が降ったみたいである。川瀬さんと二人で、クライネシャデックまで、登山電車で行って、アルピグレンまでの1:30分のハイキングに出かけることにする。グリンデルワルト駅に10:00到着して、川瀬さんにキップを買ってもらったが、なんせ、窓口が2箇所しかなく、その係員の対応ものろく10:20の列車に乗り遅れるところだった。スイスパスを見せると27SFが21SFになり25%割引であった。登山列車は、ゆっくりと走り始めアイガーの北壁の下を登って行った。

左の車窓からは、首が痛くなるほど見上げないと、アイガーのピークを見ることができず、この北壁(1600M)を冬期単独で登った長谷川恒夫は偉い奴だと思う。下部は雪渓があり、中間部は雪が着いていなくて、じゃかんオーバーハングぎみで、上部は嫌らしい感じの雪が付着していて、ハラーの言う白い蜘蛛あたりは、ナダレの巣である。北壁に雲が湧いて立ち去ると、何カ所から滝の様に水が流れ出ているのである。やはりアイガーは、三大北壁の中で一番危険な壁であると言うことが実感としてわかった。

アルピグレンを過ぎるあたりから、右の車窓のほうにヴェッターホルンが見えだし、眼下には緑豊かな牧場が、牛の首に付けられているカウベルの音が聞こえてきそうで、なんとものどかな、これぞスイスといった感じの風景であった。クライネシャデックは、ユングラウ、ヨッホへ行く乗換駅で、そこから見える、アイガー、メンヒ、ユングラウの風景は、よくスイスの旅行パンフレットに載っている。。。。。。。。。天気が良くなり、いままで、わたしもいろんな所を旅行したが、この景色は三本指に入る景色である。にわかにアイガー北壁に雲が湧きだすと、みるみる多くなり、すっかり北壁を包んでしまった。

メンヒ、ユングラウは夏の太陽をさんさんとあびて、これでもかと、いわんばかりに、我々にその雄姿を見せつけている。どんどんと、登山列車から観光客が吐き出されてきて、三山をバックに記念写真のとりまくりである。20人、30人と団体で降りてくるのは、日本人の旅行者であった。インド人の団体もいた。この連中は、うるさくてしかたがない。日本人よりたちが悪かった。もうすこし品良くいかないものか、、、、あまりにも、天気が良いので足の調子を見るためにも、川瀬さんとアイガーグレッシャー駅付近まで足を延ばすことにする。

登りはじめると牧場なので、牛の糞だらけで油断すると、べちゃ糞を踏みつけるので用心して歩かなければならなかった。右手におもちゃの様な赤い登山電車、その奥にユングラウの万年雪を戴いた壁があり、その壁に向かって突き進んでいく様は、なかなか絵になっていた。満員の登山電車を横目に見て、のんびりとアイガーグレッシャー駅に向けて登っていった。

丁度いい草原の鉄塔の脇で、HOTELの朝食の残りのパンとバターとオレンジで昼食にした。食事はあまり贅沢でないが、これほど景色が贅沢なところが無いと思う。又これほどのんびりした、海外旅行はいままでなかった様な気がする。そろそろガスが湧いて来たので、下山にとりかかる。来た道をゆっくりと降り始める。クライネシャデックの駅が小さく見えていて、観光客の姿がごじゃごじゃしているのがわかる。一般の観光客も、電車で来て帰るだけでなく、少しは、電車から降りて、本場アルプスを自分の足で歩いて見てはと思う。

しかし、今のパック旅行では、あれも、これも、見て回りツアーだから時間がないのであろう。さみしい限りである。下山後、HOTELの前にある、山岳博物館に、日本の登山家の槇有恒の写真が飾ってあって、ミッテルレギ稜の初登攀の功績を称えている。また槇有恒がお金一万SFを寄付して、ミッテルレギ小屋建設に協力した事に対しても、賞賛していた。又彼の自記筆のはがきも公開されていた。夕食は、明日からアイガーアタックのため、パワーをつけるのに日本料理店にて、ラーメンとライスを食べてssss、早々にホテルに引き上げて寝る。

8/16(月)雨
朝起きて、窓を開けるとアイガーはガスに覆われていて、雨が降っていた。これじゃだめだと思い、又ベッドに潜り込み寝る。遅い朝食後、10:00頃ガイドオフィスに行く、結論、この天気なので今日もだめ、HOTELに帰り今日の日程を決める。スイスフレキシーパスがあるので、電車でラウターブルンネンまで行き、トゥリュンメルバッハの滝を見に行くことにする。雨はなかなか降り止まず、ますます激しくなりつつ雷までも鳴り響きだした。駅に降りて、バス停をさがしたがわからず、とりあえずもう一度シュタウプバッハの滝を間近に見に行くことにする。

滝を見学するためのゲートがあったが、この雨のため係員はいない。滝に近寄ってみると、あまりにも落差(300m)もあるので、下に落ちてくるまでに風にあおられ、分散されてくるので、水が霧状になっていた。滝の裏側に道があったので、行ってみることにしたが、風が強く傘をさして行くことが出来なく、カッパを着て、滝の裏を見ることにした。思ったほど迫力がなく、風に水が吹き飛ばされ、水量が少ない為であった。

下半身が、ずぶ濡れになったので、近くのレストランにてコーヒーを飲んだが、冷えた体には非常に暖まった。窓の外は、少し雨が小降りになったが、遠くの方で、ときどき雷が光っていた。アイガーの本を読んでいると、登攀中よく雷に出くわす記事があるが、本当であった。このまま帰っても時間が余ってしまうので、インターラーケンまで足をのばして市内見学することにする、下車しても、まだ雨が降り続いているので、駅前のcoopに入った。一回りして値段をチェクしたが、日本とあまり変わらない事がわかった。ワインとポテトチップを買って、電車に乗り込みワインを飲みつつ、雨のグリンデルワルトへと帰った。この天気だと明日もだめだと思い、川瀬さんと相談してカイドオフィスにメモ書きを残し、二人でメンヒに行くことにした。

8/ 17(火)くもり、晴れ
8:20発の電車に乗りユングラウヨッホに向かう、相変わらず日本人観光客でいっぱいである。それに比べて登山客は、数えるほどである。登山客はみんなごっつくて、ひげを生やしていて、腕も太く、いかにも山屋と言う感じの人ばかりであった。車内で会ったオートリアから来た、登山客もメンヒを狙っているみたいである。途中アイガーバンド駅、アイスメーアに5分停車して、窓からアイガー北壁のど真ん中から外を見ることが出来たのであるが、ガスっていて、あまりよく見えなかった。晴れていれば、北壁が間近に見ることが出来、感激ものだったにちがいないと思う。

ユングラウヨッホ に下車して、ほとんどは展望台の方へ行ってしまって外に出る人は、ほとんどいなかった。外は一面の銀世界で、メンヒ、ユングラウの迫力ある雪壁、氷壁、大きく口を開けたクレパス、どこまでもつづくアレッチ氷河などに圧倒されて、しばらくそこにたたずんだ。メンヒヨッホ小屋方面に、立派な雪道が付けられていて、雪上車で慣らしたような雪道であった。雪面を40〜 50分歩いた所で、本格的な登山が始まるので、ここで、アイゼン、ハーネス、を装着して、アンザイレンして、登山開始する。岩壁の登り口まで雪面を歩いていったが、どこにクレパスがあるかわからないので緊張しながら歩いていった。見上げると、それぞれのカイドに導かれて、頂上めざして登っていく様が手採るようにわかる。今日は天気が良く、何んとか一日もちそうである。岩場の登りにさしかかったが、岩の間に中途半端に雪が付着していて、歩きづらい。又カイド登山のお客がもたもたしていて、なかなか上に行くことが出来なかった。トップの川瀬さんは、もたもたしている登山客を無視して、どんどん登っていった。

基本的に岩稜下部の雪壁にルートが付けられていて、アイゼンとピッケルの技術がしっかりしていれば問題無いようである。二級程度の岩稜帯もあり、高度もかなりあるので、迫力ある登攀ができた。下を見るとユングラウヨッホの駅から、吐き出された観光客がアリのように小さく見えた。岩稜をすぎると、今度は雪稜が続いていて、かなりの急勾配で、頂上近くまで迫っていた。川瀬さんは雪稜終わりの、鉄の杭のところまで、折り返そうと言ったが、もうピークまですぐだからと説得して、20分ていど両方が切れたた雪稜を歩き、ようやく メンヒの頂上(4107m)に1:40に立つことができた。

すこし、風とガスが出てきたが、おおむね視界は、良好だったので、アイガー、ユングラウの迫力ある大岩壁を目のあたりにみることが出来た。ミッテルレギの稜線も、はっきり見えた。さすがジャンダルム、200mにも及ぶ固定ロープの設置した訳がわかった。頂上で写真を撮り少しの食事をして、来た道を下山した。各ポイントに、鉄の杭が打ち込まれていて、それをアンカーして懸垂下降して下っていった。ガイド登山のお客が、もたもたして雪稜を下っているので、我々は岩稜をクライミングダウンして下っていった。

以外と岩がしっかしていて、思ったほど降りにくくなかった。しかし、しっかりしたルートがあるわけでないので、すこし、油断すると、とんでもないことになる。雪原近くまで下山してきたとき、スラブ状の岩壁に出くわし、川瀬さんは、左のルートを採りNOザイルでクライムダウンしていったが、わたしは、安全を規して懸垂下降して下山した。ユングラウヨッホの駅までなんとかたどり着いたのであるが、だいぶん川瀬さん疲れたみたいであった。18:10の最終電車に乗り、無事グリンデルワルトの駅に20:00頃到着して、レストランにて祝杯をあげてHOTELにかえり、暖かい風呂に入り就寝。

8/18(水)くもり、晴れ
10:00ガイドオフィスに行って、アイガー行きの件、良い返事もらえず、、、でも、なんとか川瀬さんの得意な英会話力で頼んでもらった。たぶんせっかく日本からやって来て、もう帰国日も近づいてきてかわいそうと思ったのか、カイドに電話してくれて、やっとミッテルレギ小屋までであれば行っても良い、しかし明日の天気次第では、引き返す可能性が強い、それでも良ければ行っても良いとのことであった。ユングラウであれば、登頂出来る可能性は、もっとつよく、ガイド一人に付き、二人まで案内出来る。

料金もアイガーのガイド料より350SF安いとのことであった。川瀬さんと相談の結果、ユングフラウのほうに申し込む。15:20の電車に乗って、今日中にメンヒヨッホ小屋 に入れば良いとのことであった。ユングラウヨッホの上にあるスィンクス展望台で、少し休憩してから、山小屋に入ることした。展望台のガラス窓には、雨露がしっかりと垂れていて、メンヒ、ユングラウの岩壁、雪壁がガスに覆われてあまりはっきりと見ることが出来ず、風も相当増してきたみたいである。17:30過ぎ、小屋に向けて出発した。風が相変わらず強く、防寒具のフードを頭にかぶり、だだっぴろい雪原の登り道を、約45分ていど歩いて、小屋に到着した。小屋には、我々のガイドである。

Ralf.Weberが待っていてくれた。あまり英語が得意でなく、川瀬さんの英語があまり通じないようである。小屋には、明日メンヒ、ユングラウを狙う、登山客30人程度いた。みんな、我々からみると体のでかい如何にも、できる感じの山男ばかりであった。夕食時、同じテーブルに座った、チュウリッヒから来た三人組のガイドは、女性でアイガー北壁を登った経験者だそうだ。我々のガイドも、なんと、アイガー北壁を夏、冬登った強者だった。川瀬、安部組も負けずにマッターホルン、モンブラン、エギュデーミデ等登ったことをアピールした。食後、小屋のノートを見ると、あまり日本人登山客の記帳が少なく、あまり登っていないようである。窓の外を見ると、風が強く、雪も降っている模様である。 明日に備えて、毛布の中にもぐ込む。夜中何度も目がさめた。強風が小屋を揺さぶり何時この小屋が飛ばされるか分からない状態であった。

8/19(木)(晴れのち曇り)風非常に強。
4:30にガイドのラルフに起こされ、朝食を採って、準備出来次第出発との事であった。他の登山客は、この風なので、様子を見ている様子で、まだ起きてこようともしない。食堂に行っても我々だけで、ヘッドランプをたよりに、朝食を食べる始末である。パンとフルーツポンチとコーンフレークなどの簡単な朝食を済ませて、アイゼン、ハーネスを付け、アンザイレンしていざ,地吹雪の中に飛びだしていった。すぐ左の方から地吹雪の襲撃をうけ、三人ともよろけた。左手で顔を押さえて何とかよろよろしながら、ユングラウヨッホに向けて歩いていった。

こんな調子で本当に登れるのか心配になってきた。しかし、さすが地元ガイドである。東の空が明るくなり始めた頃から、風は徐々に収まってきて、すばらしい登山日よりになりそうである。ユングラウヨッホの手前から雪原をしばらく下っていった。この辺からいたるところにクレパスが潜んでいるので、ザイルの長さを20M程度伸ばして、歩くことにする。昨日の吹雪のため、クレパスが覆い被され、見えなくなっているので、危険なのである。しばらく登りが続いていた雪原で、急にラルフの片足が雪の中に消えた。

私は、とっさにザイルを引き、確保体制に入ったがあまり引きが無く、ラルフは、片足を雪原にだした。これがクレパスと言うものか初めて知った。わたしも、気をつけなければと思いつつ歩いて行くと、彼の踏み跡を行ったつもりだったのであるが、わたしも、クレパスを踏み抜いてしまった。片足が底なし溝に落ちたような感じであった。しばらくは、雪原を行きだんだんと勾配がきつくなりかけ、そこを乗り越えて少し平らの所で休憩して、写真タイムにした。ラルフは、急に雪原の奥に行き、ズボンを下ろすや否や、大キジを見事に打ちまくったのである。それは見事な早技であった。 見上げると朝日に照らされた雄大なユングラウが見事であった。

この先からは、岩稜地帯なのでストックをデポして、ザイルの間隔を狭めて、登攀の始まりである。岩に氷がつららの様になっいて、逆層で非常に滑りやすくなっていて、しょっぱい所である。さすがガイドである、何事もないように上部の確保地点まで登っていき、我々を確保してくれた。氷りと岩のミックスした岩稜地帯を抜けると、今度は、急峻な雪壁が現れだし、ガイドが上部の鉄の杭の所まで行っては、我々を確保してくれるので、安心して登る事が出来た。我々だけだと、この様には行かない。さすがガイドだけの事はあると思う。

頂上はここから見る限りは、急峻な雪壁で、途中なん箇所か岩と雪のミックスした岩稜地帯を越えて行かなくてはいけないみたいである。上部稜線に出たとたん、風が強く目を開けているのがやっとと言う感じであった。それでもなおガイドはぐんぐん登っていて、なんとも頼もしいかぎりである。やっとユングラウの頂上(4158m)に10:25到着、三人で堅い握手をして、記念写真を撮りまくり。頂上は風強く、景色もだんだんガスがかかってきて、そうそうに下山準備にとりかかった。帰りは、川瀬、安部、ラルフの順番で下山していった。

急な雪面をかかとに力を入れ、慎重に下っていった。登りの時こんなにも苦労した、雪面だったのであるが、こんなにも快適に下山出来るとは思っても見なかった。ユングラウとグレッチャーホルンのコルまで来たとき,ようやく大休憩になった。下から二人、四人と、遅出のパーティーが登ってきた。時間を見ると12:00近くで、だいぶん雲行きが怪しくなってきている。

これから頂上に着くのは早くても、2:00から3:00頃で、下山も入れると18:00過ぎる可能性がある。最終の登山電車は、18:10だから、乗り遅れると駅のホームか、メンヒヨッホ小屋まで、1:00程度歩かなくてはならない。天気もだんだん悪くなっているみたいであるのに、、、14:00前に、やっとユングラウヨッホの駅に辿り着くことが出来た。最後の登り返しで、川瀬さんのエンジンが壊れそうになり、私は、燃料が無くなりかけたが、何とか駅まで持ちこたえることができた。グリンデルワルトの駅前にて、ガイドのラルフとビールで登頂を祝って乾杯する。

8/20(金)雨のちくもり  チュウリッヒは晴れ
朝、窓を開けると、アイガーはガスっていて、ほとんど見えない。へたに見えて、アイガー登頂意欲を湧き起こすはめにならなくて良かった。10:50の電車にて、グリンデルワルトを後にした。13:45チュウリッヒ着、早速ホテルにチェクイン。さすがスイスの大都会である。ひさしぶりに、人の行き交う、トラムの走る音、車のクラクションの音、なぜか日本の雑踏にない快い騒がしさ、これは何だろうか、、、、、、 。建物も中世の建築様式で、教会にしろ、駅にしろ、ホテル、住居にしろ、きばだっていなくて、落ち着きのある建物であった。

また以外とゴミが落ちていなくて(毎朝、早朝専用の清掃車が、市内を清掃しまっくているから)、人の歩きも、日本人より、若干遅めであるためか。チュウリッヒ中央駅脇にある、国立博物館を見学する事にする。一見古城の様な趣ある建築物であった。芝生の手入れも行き届いていて、噴水も、歴史を感じさせる。入場料も無料である。キリスト教のお国柄、聖母マリア像やキリストの処刑の像が、部屋いっぱい展示してあり、相当古そうで、1200年代のしろものもたくさんあった。昔の地球儀も展示してあり、さすがヨーロッパ地域は現在の地図とほとんどかわらず、精密に描かれているが、アジア地域、特に日本は、ひどいもので、本州一つしかなく、その周りにちっちゃな島がいくつも散らばっているだけであった。市内見物も、8/14の早朝済ましたので、川瀬さん提案のアルペンショップを見て回ることにした。

中央駅地下街の店員に、聞いてみたがいまいち、はっきりせず、kioskの雑誌コーナーで、山関係の本から探し出すことにした。あることにはあったが、この近辺に有りそうにないので、結局チュウリッヒのメン通りをぶらぶら行くことにした。各コーナーには、女性が喜びそうな、服、アクセサリー、クツ、カバンなどが展示されていて、たまらないのではないか。我々は、そういう物より、登山用具だ、、、、、、、、、、。あっちこっち探し回って、ようやく見つけても、スポーツ用品店の一角にあるだけで、品数も少なく、値段も、日本より割高感がする。

そうそうにhotelに引き上げ、シャワー浴びて、地下街で買ってきたビールを飲んで、夜に備える。夜、メンヒヨッホ小屋で 知り合った、チュウリッヒ出身の登山客から聞いた、ナイトクラブのチェックにでかけた。HOTELを出て、リマト川に行く途中の映画館の手前に、なにやらいかがわしいお兄さんが立っていて、呼び込みのお兄さん風であった。今日は、金曜日なのか、映画館の前には、行列が出来ていた。今話題の映画、スターウオーズ (エピソードワン)を見るための行列だった。

アメリカ、日本、スイスでも、なかなか人気がある映画みたいである。陽も落ち、だんだんと暗くなってきて、本格的な夜になったのであるが、日本みたいにネオンサインが無いのである。けばけばした雰囲気がなく、しっとりとした大人の町並みである。しかし、リトマ川を渡った、ニーダードルフ通りは、新宿の歌舞伎町とあまりかわらず、なにかほっとする、ごちゃごちゃした人ごみであった。

その通りで、まさしく大道芸人が芸を披露していて、カフェーテラスで食事をしながら、見物する事が出来る。我々も、カフェーテラスにて、スイス名物チーズフォンデ(ハムとキノコ)を注文した。食べてびっくり、始め辛くて、あとからじわじわと苦くなってきた。食えた物で無いので、店員に作り替えてもらったが、またしても、同じ味であった。これが、ここの店の味なのであろうか、以前シャモニーで食べた時は、本当においしくて、何回もパンのお変わりした記憶がある。文句を言って、お金を払って出ようとしたが、ビールのお金しか採らず、今度来る時は、チーズフォンデを注文するなと、店の人に言われた。気分が悪いので、以前行ったことのある。生演奏付き、居酒屋でパスタとビールを飲んで帰った。

8/21(土)晴れ
チュウリッヒ中央駅7:26普通列車にて、10分たらず乗車して、空港駅に着く、エールフランス航空のカウンターにてチエックインする。
10:15(AF1555便)発のパリ行きが、なんと出発したのが、12:00過ぎで、飛行時間が1:15程度かかるので、ひよっとすると13:20発のAF276便に、間に合わないのではないかと危惧した。しかし、間に合わなければ、パリにて一泊して、市内見物して翌日の便で帰国するのも悪くはないかと、川瀬さんと話していたが、現実はそんなに甘くはなく、しっかりと、我々の到着をAF276便は待っていて出発したのであった。それもエコノミークラスの席で、、、、、、、、、。

8/22(日)晴れ
窮屈な座席で、11時間30分辛抱をつづけ、やっと成田空港に到着した。入国審査後、ザックを受け取って帰ろうとしたが、なんと、スイスからの乗り継ぎの人たちの荷物だけ、積み忘れたのであろうか、一つも出てこない。エールフランスのカウンターにて、手続きをして帰宅。荷物紛失したときの、約款を読んでみると、中身に関わらず、キロあたり20USドルと書いてあった。なんてふざけているのか、頭に来た。しかし、後日宅急便で自宅まで運ばれてきて結果的にはたすかった。結論。いろいろなことがあったが、アイガーは登ることが出来なかったが、ヒンヒ、ユングラウなどの、4000m級の山を二つ登頂出来、飛行機も、運良くビジネスクラスに、乗ることが出来た。ザックが行方不明になったが、結局、宅急便で自宅まで届けてもらった。なかなか、いい旅行であった。

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