燧ヶ岳(川瀬記述)

2004年

9月10日夜 新宿集合・出発(夜行バス)ー桧枝岐御池へ
9月11日  御池ー燧岳ー見晴し泊
9月12日  見晴しー山の鼻ー鳩待ち峠:(バス)新宿へ


メンバー:リーダー竹本さん、サブリーダー鴨下さん、佐藤さん、篠原さん、倉林さん、ヤロンさん、川瀬

9月11日、暗い中御池着、ここで朝食を取る。篠原さんのザックを見てビックリ、デカイ、「このくらい担げないと冬山には行けない」と言われ、自分の小さいザック見比べ「うーん」。ここの公衆トイレに入って2度ビックリ、なんと「ウオッシュレット」、二重に「すっきり」でした。

歩き始めて直ぐ登山道はグチョグチョ、ベチョベチョ、マトモナとこは岩の上だけ、、こんなところを皆さん元気に話しながら登っていく。竹本さんの細い体のどこにパワーが入っているのか、又は足が長いのか、急な段では彼女の一歩に、僕は2歩必要。そんな事思っているうち広沢田代、開けて気持ちがいい。ヤロンさんが「うつくしーい!」、確かに、、。

また急登になる、リーダーの「一本立てまーす!」で「ほ、、」。鴨下さんと佐藤さんは私より「シニア」にもかかわらず荷物も多いし、体力もある、スゴイ。それに引き換え自分は、、筋違いと分ってはいても親を恨む(?)。これはエライ会に入ってしまったかな?と自問する。熊沢田代が見えると緑のジュータンが美しい。木道が出てきて田代の真中あたりにベンチが見える、池糖も見える。

何時の間にか頭の上が晴れている、素晴らしい。しかし燧岳の上は雲がかぶっている、上に行ったときあの雲が未だ有るかどうか?熊沢田代で気持ちは大休憩、サンクスで買ったとっておきの寿司弁当を食べる。篠原さんが皆にミカンをサービス、これは美味しかったです、感謝。休む時は幸福のひと時です。

笑顔の素敵な倉林と話しながら登ると疲れない、本当です。登ってしばらくたつと何時の間にかガスの中に入ってしまう、青い空は消えてしまったが、メンバーの皆さんの心は何時も明るいです。そのうち空が何となく明るくなってきたらあっけなく俎煤Aしかしガスで視界なし。柴安狽ナ大休止、コンロで湯を沸かして各自好きな物を飲む。私はカフェオレを頂いて至福のひと時を過ごしました。ふと気が付くとガスが晴れ俎狽ェ見えるでは有りませんか、平ヶ岳も半分くらい見えました。

佐藤さんが恋の又川を計画しているとのことで機会があれば行きたいものだと思いました。平が岳は若き頃(今も心は若い、、)、中の又川をつめて尾瀬に抜けたのが思い出です。頂上では天候に恵まれ本当にゆっくりしました。下りでまたまた発見、、佐藤さんが「キノコ博士」でした、、倉林さんが「安全キノコ」を取って大切にキャンプ地まで運び今夜の夕食の具となりました。見晴しにつくと山小屋が何軒も見えてきました、ヤロンさんが「あれはいったいナンダイ」と聞くので「村だよ」、「山小屋の村だよ」と答えるとイタク感心していました。多すぎるという意見もありますが、、、。快適なテントサイトに着くと一安心。

夕食は竹本さん当番のカレーうどんでしたこれがメチャ美味しかったです。ところがその前にお酒と嗜好品が佐藤さんのザックからバンバン出てくる、他のメンバーからもドンドン出てくる、出さないのは川瀬さんだけという惨めな状況になりましたが、何時の間にかそんな事は忘れてお酒も嗜好品も遠慮なく戴いている自分でした。

朝の起床は4時起きになりました、結果これは正しい選択でした、強く主張した鴨下さんの先見の明に感服。12日、晴れ、本来の予定とおり、山の鼻、鳩待ち峠のコースを取ると竹本さんの決定。とたんに気が楽になり、いくらも歩いてない竜宮の先の広いベンチスペースを見つけて休憩、そして鴨下さんの?才の誕生会を行う、そして大宴会。缶ビールを竜宮小屋まで2回も買出しに行ったのです。「大分盛り上がっていますね」と何人ものハイカーが声をかけて通り抜けていきました。男性がノンダクレテいるうちに、女性は尾瀬ヶ原を満喫すべく東電小屋まで足を伸ばしてきました、エライです。

周りには黄色い花がたくさん咲いていました。正面には登るかもしれなかった至仏岳、後ろには燧岳が綺麗でした。山の鼻につくと幸福は手をつないでやってきました。十二山神社奉納祝いと言うのをちょうどやっていて人だかりがして「餅つき」をやっているでは有りませんか。皆「タダ」で小豆餅、きな粉餅、お赤飯、そしてトン汁をご馳走になったのです、それも2回目のお代わりもしたのです。こんな事人生で初めてでした。鳩待ち峠までは45分ほどでした、バスを待つ間にお風呂に入ったら、もう気持ちは東京でした。

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