インド紀行(ガンジス河で沐浴)

2012年09月15日(土)〜20日(木)
9月15日(土)成田11:50〜16:55デリー(時差3時間30分)1589シテイ マーク グルガオン ホテル
9月16日(日)デリー〜デリー空港1030〜(AI406)〜11:45ベナレス空港〜ホテル〜考古学博物館、サルナート、ムルガンダ・クティ寺院〜ガンジス河〜クラークス・ベナレスホテル
9月17日(月)ホテル〜ガンジス河〜黄金寺院(バィシュワナート寺院)〜バーラットマター寺院〜ムガールサライ駅(ベナレス)23:20〜
9月18日(火)〜9:30ツンドラ駅〜ホテル〜タージマハール〜アグラ城〜フアテプール・シクリ城跡〜ホテル(クラークス・シラーズホテル)
9月19日(水)ホテル(アグラ)〜デリー(クトゥブ塔、フマユーン廟)〜インド門〜デリー空港JL740〜
9月20日(木)〜7:25成田


39年ぶりに、インドデリー空港に下りる。今回は新デリー空港で、旧デリー空港は現在使用されていなく閑散としている。長い長い歩く歩道を歩き入国審査場に行く。かみさんが先に行く。何やらトラブッている。後で聞くと、パスポートの写真と現在の顔と大分違っているから止められたとの事。今のパスポートは10年も使えるから、顔も変化するがな、、、、、、。

(タージ・マハール)

ゲートを出ると、今回の現地ガイド、シング(デリー大学日本語学科を出てこの道13年のエリートガイド)さんが待っていた。今回は我々二人のみの大名旅行である。トヨタの新型小型車に乗り込み、今夜のホテルに向かう。車で40分程のデリー郊外のホテルである。驚き、、、自動車(トヨタ、スズキ、韓国の車がほとんど)、オートバイ(3人4人乗り当たり前)の多さと交通マナーの悪さに驚く、、、、。めちゃくちゃ。

地下鉄も走っている。この時期、雨期と乾期の変わり目で、スコールが降り出してきたが、誰も傘など差す人はいない。すぐ止むからであろう。それにしても凄い混雑。翌朝、ホテル前に散歩がてらに出てみると、昨夜の雨で水溜りが出来ていて大変。天気は良さそうである。ホテル前は、オートリキシャの駐機場と野良ブタの遊び場みたいで、親子のブタがゴミを優雅にあさっている。表通りに出ると、朝の通勤ダッシュで賑わっている。

アゲパン売り、チャイ、バナナ、花輪、靴ベラ、ニンニク売り、その他いろいろ。野良ブタも忙しそううに、ゴミあさり、野良イヌも朝飯を探しウロウロ。オートリキシャのオヤジが声をかける、、。乗って行かないか?????。ジ、ナヒンハイ(いらない)。やっとインドの雰囲気を味わう。みんな忙しく力強く生きている。いれぞインドだ。

午前の飛行機に乗り、ベナレスに移動する。ホテルで昼食後、ブッダが初めて説法をしたサルナート、考古学博物館、ムルガンダ・クティ寺院を見学する。その後はガンジス河(ガンガ)の沐浴を見に行く。ガンガはインド全土のヒンヅゥー教が沐浴に集まる場所である。車で行ける所まで行き、下車してガンガに向かうが、アメ横の大みそか以上の込み様で、道端の物売り、風船、鞄、靴、おもちゃ等オヤジが街中を抱えて売っている。

なかなか前に進めない。牛も居て邪魔。野菜売り(バナナ、ジャガイモ、玉ねぎ)もリヤカーで頑張っている。細い路地の階段を下って行くと、茶色い水溜りが現れた。何と、これがあのガンガである。普段であれば、もっと階段を下って行って広いガート(沐浴場)があるのであるが、この一週間ほどヒマヤラ方面で相当量の降水があり水位が上がり、お寺の周りまで水が来てその途中の階段である。手を入れると、冷たくない。生暖かい。観光客がテラスから羨ましそうに、ガンガの早い流れを眺めている。

また、雨が降り出してきた。夕刻のプジャ(お祈り)を見よう来たが早々にホテルに帰るが、これからプジャに行く人が多く逆方向で一苦労。南インドから来た、ヒンズゥー教信者の団体がバスからリキシャ20台に乗り移り、ガンガに向かったので、よけいに、混雑に拍車をかけている。もう大変。早朝、日の出と船からの沐浴を見るために、ホテルを5時に出て車止めまで行く。朝早い為、昨日の大混雑は嘘の様。店の軒下では、ヒト、イヌ、ウシが横たわっている。

道はぬかるんでいる。木の歯ブラシを売っている。露天の店で暖かいチャイを飲みガートに向かう。物乞いの人たちが10人程キレイに並んで物乞いをしている。その傍でウシさんが優雅にゴミをあさっている。昨日のテラス脇に、立派な階段があり両側には、花輪、ポリタン、お供え、等の屋台があり、人人人で混雑している。

まだ、時間が早い為この程度であるが、時間が遅くなると、こんなもんじゃない。船着き場に行く。沢山の木船が繋がれ何重にもなっているその先端に船を越えその先端に行く。ガンガは相変わらず真茶色な色をして、活き良いよく流れている。ガンガの対岸(西側)はヒンズー教の彼岸は、森に覆われ、人の気配はない。

(ガンジス河)

遠くを見ると何やら白い物体が活き良い良く流れていく。ガイドのシングさんに聞くと、あれは遺体です。不良の事故で亡くなると、荼毘にしなく、そのまま遺体をガンガに流す風習である。合掌する。東の空がいくらか明るくなってきた。


しかし、空はどんより曇っている。日の出は期待薄である。岸まで戻り、花輪燈明を10ルピーで購入して、ズボンをビザまで捲り、ガンガにガートにゆっくり入って行く。広い階段だから心配ないが、茶色く濁っているから下が見えない。足元を確認しながら進む。水は生暖かい。先の傍では、信者が頭まで浸かり一心に沐浴している。サリーを着た婦人も一心に沐浴している。

私も、先ほど買った燈明を静かに河に置く。今回39年前に、一緒にインド、ネパールに旅行した友人が、重い病にかかり、リハビリ中で、また、山の友人の奥さんが、重い病にかかり、現在闘病中である。その人達が、早く回復することをガンガに真剣にお祈りする。その後、黄金寺院(ヴィシュワナート)、インド地図が祀られているバーラットマターを行く。昼食後、バザールに行こうとリキシャに乗り込む

(ガンジス河で沐浴)

すると、すぐ雨が降りだし、リキシャのオヤジが自分のウインドブレカーを我々の膝にかけてくれるが、防水がいまいちで、浸水してくる。私は傘を出し、オヤジの頭に傘をさしてあげる。町の人は、この光景を見てにやにやして見ている。

町の人は、誰一人傘など差していない。この雨じゃ仕方がないのでホテルに戻る。下車後、リキシャオヤジと記念写真を撮る。オヤジは、身なりを整え、頭を整えカメラに収まる。写真を送ってくれと言うので、住所を書いてもらうが、オヤジは字が書けない為、ホテルの門番に頼む。後で、確認すると、此処のホテルの住所でガイドに確認するが、送っても、たぶん、本人には届かないとの事。残念。オヤジが学校にいっていれば、、、、と思う。

ホテル脇の小奇麗なショッピングビルに入る。シッカリボディチェックされる。マックでポテトチップとコーラを飲む。味は日本と変わりない。値段は220ルピー(150円)である。その後、早めにアグラに行くため郊外のムガールサライ駅に夕刻出発する。

その道中が大変。ガンガ大橋を渡り車は順調に走り出したと思うと、急に停車。動かない。道の両側には大型トラックの大洪水。大型トラックは町には夜8時から朝6時までしか入ることは出来ないから、このSA(?)で待機しているから大渋滞。ハンパじゃない。19:47発の急行寝台に乗る予定。17:30過ぎに到着。直ぐポータが来て、我々のトランク(約23kg)をターバンを巻いた頭にヒヨッィト乗せて階段を登って行く。意外と大きな駅でホームまで7〜8分歩く。ホームの先は何故か薄暗い。聞くと停電中とのこと。待合椅子でしばらく待つ。すると、白いウシがのそのそと歩いてくる。

見ていると、ゴミ箱をあさっている。ホテルの食事を意図的に残す?。後でウシ等に分け与える。今回もお弁当を残し、野良ウシに分け与える。何やら、ホームの先で黒い小さな物体がうごめいている。よく見るとネズミである。線路を見ると、居るは居るは、、、ネズミがうじょうじょ。これにはビックリ、たまげた。

インドのビンズゥー教はネズミは神さんを運んでくる動物で大切にされている。今回、街中で野良ウシ、野良イヌ、野良サル、野良ブタ、野良ヤギ、野良ロバ、野良ネズミ等をみる。いつの間にか、停電が解消。ホームの先に行ってみる。照明のない所で皆さん、寝転んでいる。明らかに列車を待っている人達ではなく。此処で生活している人で汚いサリーに巻かれた幼子もいる。昼間は施しを貰って生活しているのだろう。しかし、今回、昔に比べて極端に少なくなった。

反対側のホームに行く。何やら明るく賑やかである。ネオンサインと騒がしい音楽がガンガン流している。みんな、思い思いに踊りに興じている。イスラム教の何かのお祝い見たい?。ホームの端の坂道から、ゆっくりと白牛が、ノソノソと優雅に歩いて登ってくる。直ぐ脇には畑があり、其処から来るみたい。イスラム教のお祝いの料理の匂いに誘われて来たのか?。ホームのスピーカから、運動会見たいな音楽が流れだし、ガンガンボリュウムを上げて、列車遅延情報を流している。夜行列車もドンドンホームに流れ込んくる。あまりにも、列車の編成が長いので、ホームからは見出し列車が停止する前から、乗客がドンドン降りてくる。ネズミを避けながらホームに上がる。

ガイドのシングさんの計らいで、ホームの中ほどにある特別待合所にチップを奮発して入る。立派なソフアー、空調、水洗トイレが完備している。専属の清掃おばさんも床で待機している。此処で、ホテルからのお弁当を食べる。暫らくすると、インド人ガイドと若い日本人女性(マリコさん)が入って来た。聞くと、この夜行列車でデリーに行ってその夜、日本に帰る見たい。旅の安全を祈る。インドの鉄道は時間がいい加減である。結局19:47発の電気機関車は23:20過ぎに到着。3時間40分遅れの出発である。

ベナレス(ムガールサライ駅)


この列車はコルカタ(カルカッタ)発でこれからアグラまで何時間遅れる事であろう。早朝3:36に到着予定であるが。列車はゆっくり動き出した。二段ベッドの4人部屋である。通路側にも二段ベッドがある。ガイドのシングさんは、自分のカバンを床下の足にクサリを付けカギをしっかりかける。我々のトランクも床下にシッカリ入れる。

真理子さん付近のインド人客が、現金を盗まれたとの事。彼女のカバンも開けられた形跡があったが、被害はなかったので、一安心。自動操銃をもった兵隊が乗り込んでいたのにも関わらず、、、。意外と眠ることが出来た。7:00過ぎ窓を開けると、どんよりと曇っている。長閑な畑、田圃が広がっている。ヤギを追っている農夫、水牛を追っている農夫。

駅に近づくと、線路脇に村のオヤジ達がこちらを向いてしゃがんでいる????。朝のトイレタイムである。結局。9:30(約6時間遅れ)過ぎアグラ・ツンドラ駅に到着する。その後、シングさんの会社の車でホテルに行き。休憩後、世界遺産の中の世界遺産タージ・マハールに行く。やはり、タージ・マハールは偉大、素晴らしいの一言である。

その後アグラ城、アクバル帝のフアテプール・シクリに行く。翌朝、デリーに向けて車を走らす。高速道路とは名ばかりで、ウシが道路に居るは、村人が平気で横断しているは、ガードレールなんあか無い。アグラはウッタル・プラディーシュ州でデリーに行くにはハリヤナー州を通過しなければいけない。州境でポリスに止められる。

運ちゃんが車検証を持って検問所の中に入って行った。しばらくして、ガイドのシングさんからお金をもらい、そのポリスに渡している。後で聞くと。シートベルト、州の税金の不備が見つかり、税金は支払。シートベルトの罰金はキップを切ると、ポリスも警察に100ルピーを渡さなくてはならないが、50ルピーを本人に渡すと見逃してくれた。何処の社会も金次第??????。今回、ガイドのシングさんが世界遺産見物でやたら、係員にチップをはずんでいたお蔭で、込んでいるゲートを殆どフリーパスで通過出来た。これも金次第。

今回、2人のみの旅行で、お決まりの土産物屋に寄らされる。団体であれば、何も買わなくても問題ないが、二人きりだとそうはいかない。何か買わないと店を出ることは出来ない。それが、苦痛である。デリーに近づくに従い、高層ビル群が目立ち始めた。さすが経済発展が著しい国である事を肌で感じる。昔と大違い。当たり前である。日本も39年前と今とは大違い。

デリーで高く聳える5層の塔、クトゥブ塔、フマユーン王の廟、インド門を見学してJR740便(B787-300)で帰路に着く。ゲート前でJLのアテンダントがミーテングをしていた、その様子を写真に撮ろうとしたら、一人のアテンダントが気づき、全員、ミーテングを止め此方を向いてスマイルスタイルで写真に納まる。機内でのサービスもバカ丁寧で気持ち悪いほどである。以前のJLは?????。さすがB787の最新機だけあり、窓もトイレも座席前の画面も素晴らしい。漫画「岳」を見ながら7時間30分のフライト楽しみ成田空港に帰る。

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