烏帽子岳(2628m)
2011年8月20日(土)雨
七倉荘ゲート5:30〜5:45高瀬ダム堰堤5:55〜6:20丸太橋〜7:10権太落シ(No9)7:20〜8:20タヌキ岩〜9:08三角点2008m(No4)〜10:40烏帽子小屋13:00〜13:45四十八池〜14:30烏帽子岳〜15:10烏帽子小屋

2011年8月21日(日)雨
烏帽子小屋6:00〜10:00高瀬ダム堰堤10:20〜10:35七倉荘〜11:00葛温泉(高瀬館700円)12:00〜かじか荘〜大町〜21:00自宅

以前から気になっていた北アルプスの烏帽子岳にかみさんと行く。木曜日の夜、横浜を発ち、大町の七倉山荘に入り、翌日からブナ立尾根(北アルプス3大急登)を登り烏帽子小屋泊、烏帽子岳、南沢岳、不動岳、船窪岳、七倉岳、船窪小屋泊、七倉荘に下山する予定であったが、到着する手前から、雨が降り出し、本降りとなる。

(烏帽子岳)

夜中、車の屋根を叩く雨音がうるさい。5時半に七倉のゲート(ゲートから一般車は乗り入れ禁止、タクシー1台2000円)が開くので、大町からタクシーが5時前に登って来る。登山者の車が数台登って来て、タクシーに乗り換えて高瀬ダムの堰堤まで出発していった。ラジオの天気予報だと、糸魚川方面大雨警報が出ている。我々は、この雨で登山を諦め五龍遠見尾根、大出公園、十郎温泉巡りをして時間を潰す事にする。

七倉荘は温泉なので、まだ五時半過ぎであるが様子を見に行く。玄関に顎鬚、口髭を生やした仙人の風貌の人がいた。「温泉に入りたいのですが」そのおじさんはニコニコしながら、「イイヨ」と言って、小屋のオーナーに聞きに行った。中から小太りの主人が出てきて、温泉のお湯を抜く前だからいいよと快く返事を貰えた。(500円)こじんまりした湯船で3〜4人で一杯になるが、源泉かけ流しで誰もいなくノンビリ入る事が出来た。





お湯から出て食堂に行くと、俳優の小野寺氏と水戸黄門の伊吹氏の色紙が飾ってあった。そこへオーナー(岡村さん)とひげの仙人(桑原さん:三俣山荘から湯俣までの道を(伊藤新道)を伊藤さんと桑原さんと切り開いた。元三俣山荘、水晶小屋の小屋番。エベレストを高年で何度も挑戦ていて、8000m近く無酸素で登られた人)が出てきて、小野寺さんと伊吹さんが船窪岳の登山され、9月3日にテレビ東京で放送されるとの事の話を聞いていると、白髪の人と髭を生やした人が食堂に降りてきた。

(菅原さんの写真より、烏帽子岳)

オーナーがコーヒーでも入れるから飲んでいきなと言われ、ご馳走になる。桑原さんは有名な登山家長谷川恒夫の結婚式、葬式にも出席したとの事。白髪の人(大野たけしさん:岐阜の山岳ガイド:ダウダギリの仲間と後日七倉荘で会うとの事)は、市毛良枝さんを登山ガイドしたとの事で、話しが盛り上がる。その人達も天気が悪いので、停滞しているみたいである。19日の夜、又、七倉荘の駐車場に戻る。相変わらず天気は悪い。

8月20日(土)雨

早朝少し小雨になる。かみさんは登山乗り気でないが、、、登山決行する。登山準備してタクシー乗り場に行く。もうタクシーに2人乗り込んでいて、我々2人も乗り込んで4人で4個のトンネルを抜け高瀬ダム(昭和46年単独で湯俣より北鎌尾根に来た時は、ダムは建設中で七倉よりテクテクと歩いた記憶がある)堰堤まで行く。石を積み上げただけのロックフェルダムで、ダム湖は満々と青い水を貯めていて、山は深いガスで覆われている。相変わらず小雨。ダム湖堰堤の不動沢トンネルを行く。登山者の為、照明が点いているので、ヘッドランプは不要である。トンネルを抜けるとすぐ長い吊橋が現れる。広い河原に不動沢キャンプ(一人500円)があり、管理は高瀬館と烏帽子小屋である。

ダムの堰堤があるので、ビディ足場用のパイプで仮設階段が敷設され乗り越える。そこから、樹林帯に入り不動沢に出る。奥に茶色く濁った滝がゴーゴ−と流れ落ちている。地図には吊橋と書いてあるが、今はその痕跡だけで、今は大きな根付き大木を沢に渡してあるだけの丸太橋である。慎重に渡り、尾根の取り付きにある水場に向う。その反対側に山岳会が造ったの遭難碑(平成11年夏に遭難した女性)があり、お盆なのか献花されてある。

いきなりジグザグの急階段が始まるので膝に堪える。権太落シ(大岩)まで、このような急坂で、そこから、樹林帯の尾根道へと入って行く。雨は相変わらず降っている。木の根がやたら多く歩きづらいが、道は意外と整備されている。このブナ立尾根は下から番号があって、11番から始まり小屋手前が1番で終わっている。途中、オレンジ色のウインドブレーカとブルー色のウインドブレーカが木に架けてある。忘れ物?。

下で追い越した単独女性が権太落シ手前で我々を追い越して行った。又、タヌキ岩あたりで追いつく。雨は相変わらず降っている。2008mの三角点まで来ると、雨も小雨になる。単独の女性は、マイペースでなかなか追い越せない。かみさんもマイペース。ようやく4時間45分かかり烏帽子小屋に単独女性と同時期到着する。

時間が早い為か、小屋に数人しか到着していなく、野口五郎部屋のAとBが今夜の我々の寝床である。単独女性(東さん)もFである。休んでいると、毎日旅行の登山ツアー(ガイド添乗員3名とお客20名殆ど女性)が到着して、そのまま烏帽子岳に向った行った。時間差をつけて、我々も、念願の烏帽子岳に向う。

雨は相変わらず降り続いている。樹林帯を抜けると、燕岳稜線と良く似た稜線で花崗岩の岩がいたる所に飛び出ている。登山道の脇には、コマクサの花がいたる所に咲いている。ハイマツの脇に、何か茶色物が動いている、、、、。かみさん、「あれ、向こうにネコがいるみたい」私「そんなばかな」目をこらして、良く見ると、ウサギがモコモコ動いていた。我々に気づいて、ハイマツの中に入って行った。知らない内に前烏帽子岳に到着。岩がゴロゴロした岩山で烏帽子岳みたいに、鋭くない。ガスって何も見えない。

ここから、烏帽子岳分岐に下って行くと、単独女性が登って来た。その後に毎日旅行団体も登ってきた。我々はすぐに烏帽子岳には行かず、分岐より先の四十八池まで行く。急に道は人があまり入っていないので悪くなる。20分程で着く。小さな池が点在していて、高山植物の宝庫で、天気が良ければ、此処でゆっくり昼寝でもしたい所である。来た道に戻り分岐より烏帽子岳に向う。少しガスが晴れ、烏帽子岳の全貌が浮かびあがってきた。槍ヶ岳の縮小ばんみたいで、なかなかカッコいい。

ハイマツを掻き分け花崗岩のクサリの付いた岩場を登りトラバースした先に烏帽子岳の頂きがある。標識の上の岩場が本当の頂上があり、一人しか立つ事が出来ない?タッチは出来る。しかし、鉄杭のある手前の岩場は4〜5人立つ事が出来る。視界も悪いので早々に下山にかかる。岩場の下で若干太めの男性が我々の降りるのを待っていた。「上の様子はどうですか?」「このクサリ場を登り、トラバースした先に頂上です」「此処で烏帽子岳に登った事にして、、、、下山しようかな」「せっかく、ここまで来たんだから、、、登らなきゃ」と励ます。本人も決心して登って行ったが、、、何だか頼りない、、、。安全を祈る。

烏帽子小屋に戻ると、毎日旅行の団体客で乾燥室は、満員で汗と雨と体臭で、、、、独特な臭いである。今夜のお客は、個人客9名と団体客23名なので、豪華な立派な小屋ではないが、ゆっくり休める。小屋の夕飯も豪華なテンプラで味もなかなかである。食後、テレビの天気予報だと、明日は長野県地方、、、雨、雨、雨の予報である。夜中、、、、雨が激しく降り続けている。

8月21日(日)雨

朝食後、個人客3名は早々に野口五郎岳方面に出かけて行った。団体ツアーガイドも雨空を眺めながら思案中である。結局雨の中、雲の平に向けて出かけて行った。何ともない事を祈る。小屋の主人が濁沢の丸太橋が心配なので下山したら連絡して欲しいとの事で小銭を渡される。個人客、我々含めて6名、にわかパーティを結成。男性4名(大野さん含む)女性2名(東さん含む)で下山開始する。何と、不動岳、船窪岳方面の稜線が雲海の中に見える。荒々しい崖が真近に見える。山は逃げない。天気の良い時に、、、、。

ドンドン下山して行くと、大きなザック(テント等)を背負った若者が7〜8人登って来た、聞いてみると、早稲田大学山岳部だそうだ。ご苦労様です。又、下から高年団体15〜16人が登って来た、聞いてみると、宮崎から来たとの事。ご苦労様です。4時間ほどで下山する。濁沢の丸太橋は無事。しかし、沢は濁流になり、ゴロゴロと大きな石が音をたてて流れていく。吊橋を渡り、トンネルを抜けると、、、高瀬ダムの堰堤で、俄かパーティの解散集合写真を撮り、分かれる。大野さんは、七倉荘の桑原さん仲間とヒマラヤ(ダウダギリ)仲間との飲み会。東さんは我々と葛温泉(高瀬館)で山の汗を流し信濃大町で別れ、我々は自宅へと向った。





高瀬ダム










吊り橋










丸太橋









濁沢










ブナ立尾根











烏帽子小屋









四十八池













烏帽子岳登り















烏帽子岳














烏帽子岳頂上






























野口五郎岳方面











烏帽子小屋









不動岳方面











不動岳方面










蓮華岳方面











丸太橋








下山にわかパーティ











葛温泉(高瀬館)





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