吹雪の富士山
2007年6月9日〜10

6月9日(土)曇りのち雨
自宅15:30〜駿河小山ふじみの湯経由〜19:30富士山富士宮五合目(車中泊)

6月10日(日)明け方まで、豪雨、のち曇り、八合目より上、吹雪

五合目5:10〜5:26六合目5:30〜6:12七合目6:15〜6:50七合五勺〜7:23八合目7:45〜8:20九合目8:25〜9:40浅間神社9:50〜10:30八合目(避難小屋)10:50〜11:55六合目12:00〜12:15五合目12:30〜ふじみ温泉経由(246号)〜17:30自宅

6月9日(土)
天気予報だと、今日から、明朝にかけて、大荒れの天気予報であ。しかし、明日の午前中には、天気が回復するとの、予報なので、今日中に富士山五合目に入り、明朝に富士山に登る計画を立てる。そのまま、富士山五合目に行っても、面白くないので、途中、駿河小山ふじみ温泉に浸かり、五合目を目指す。

温泉を出て、富士山スカイラインにさしかかる時から、雨が激しくなり、ワイパーをフルにする。高度が上がるにしたがい、ガスが濃くなってくる。雨から濃霧に変わる。たまに、すれ違うトラックがあるが、途中まで静岡県の県道で富士宮に通じる。

しかし、途中から、富士山五合目に通じる道では、さすがすれ違う車はいない。五合目に到着して驚き。何とこの濃霧の中、駐車している車が、5〜6台いるではないか、、、驚きである。良く見ると車内が明るく、もそもそしている。彼ら??????も、今夜、車内泊して、富士山を目指そうとする人なのか、、、ものづきがいるものである。私も含めて、、、、、。

19:30過ぎに到着して、晩飯のオニギリを食べればやること無し、車のテレビをつけるが、いまいち感度が悪く、仕方なく、ラジオの音楽を聞きながら、そうそうにシュラフに入り、寝る体勢に入る。

6月10日(日)
車の屋根の音がうるさく、目を覚ます。時間を見ると、まだ2:00である。外は、激しい雨である。きっと、明け方には、止む事を信じて、もう一眠りする。4:00過ぎ、目を覚ますと、何と、天気は回復して、少し太陽の光が見える。車外に出ると、富士山の頂上まで、確認する事が出来る。

早速、コンロで、朝食のラーメンを作り、腹に放り込み、出発準備にかかる。風も無くあまり寒くもなく(外気温7度c)快適である。他の車の連中は、まだ、出発の気配がない。人の事は、ほっといて、5:10に頂上に向けて出発する。

富士宮登山口(2400m)には、登山禁止の看板とトラロープが、シッカリと張られている。それを跨ぎ、乗り越えて、富士山頂上に向かうのだ、、、、、。昨夜らいの大雨で、富士山特有の火山岩がしっとりとして、歩きよい。所々に、雨が流れたわだちが出来ていて、大雨ごとに、富士山の形が少しづつ変化していることを、身をもって体感する。

六合目の小屋は、まだ、完全武装で、まだ、開ける気配がない。小屋の先から、本格的に、登山が開始されるが、富士宮警察の看板がある。これより進入禁止のウマの標識があり、その脇より、登り始める。例年だと、四月末か五月の始めに富士登山をするのであるが、今回は、ネパールへ行ってしまったので、、若干遅れての登山である。

頂上付近に、少しばかり雲が湧いている程度で、風も無く、寒くもなく、まずまずのコンデションである。しかし、山の天気と娘心とは、よく言ったもので、天気がどの様に変わるか、、。七合目過ぎから、風がちらほら出てきた。頬に当たる風が気持ち良い。昨夜来の雨が、この付近から雪に変わったみたいである。5〜6cmほどの雪が火山岩を覆い尽くし、白くなっている。

私は、雪渓を登り、七合五勺の小屋を目指していたが、夏道を下りてくる1人の男性がいた。リュックには、スノースコップがシッカリ付けられ、昨日富士山頂上でテントで泊まったのであろうか、、、。この時期、その様な人は、多分ヒマラヤあたりに行くための、高度順応を兼ねた、訓練であろう。

七合五勺の小屋の前には、グリーンのドーム型テントが設営されていて、周りは、雪で覆われ、人の気配がない。ここで、休憩していると、ナップサックに、半ズボン、スニーカーといういでたちの青年が上から下りてきた。コンニチハの挨拶を交わし、青年の行方を見ていると、私が登ってきた雪渓を下り始めた。

私は、心配になり、彼が雪渓を下り終わるのを見届けるが、青年の靴はスニーカーで、時間も早いので、表面がアイスバーンになっている。見ると、何度も滑って転んでいる。何とか、雪渓の端にたどり着いたのでひと安心である。毎年、この様なバカにお目にかかるが、、、、、。すぐそこに、頂上が見えるから行きたくなる気持ちは分かるが、、、それなりの装備をしないと、とんでもないことになる。

七合五勺より、上は更に雪が深くなってきた。しかし、七合五勺でテントを張っていた人が、上に向かって登っているので、その人のラッセルの後を行けば良いので楽である。50cm以上はあるラッセルの跡は、非常に楽々、ラクチンである。

八合目あたりから、風が強くなり、雪も降り出す。しかし、ラッセルの後に登っているので何も考える事はない。ただひたすら、踏み跡を登っていけばよい。九合目で、先の三人組に追いつく。コンニチハの挨拶を交わす。男性二名、女性一名で、七合五勺にテントを張り、空身で、頂上をアタックするとの事。今年の九月にヒマラヤのカトマンズに近い6000m弱の山に行くための訓練で、広島から来た60才位のパーティである。

今まで、ラッセルを利用させて貰ったので、今度は、わたしがラッセルを変わり、先頭にたつ。風がだんだん強くなり、雪も激しくなってきた。まさしく吹雪で視界はゼロで、ホワイトアウト状態である。富士山には、何度も来ているので、九合目から、頂上の浅間神社の方向は、大体検討がつく。

これが、初めてであれば、これほど無謀な事はない。とっくに、止めて下山したことであろう。しかし、ここまで、ラッセルを利用させて貰って、ハイさよならとは、言い難い。まして、彼らは、あまり、富士山には、登った様子もない。大体の検討をつけて、登り始める。自分では、上に登っているはずなのであるが、注意していないと、つい、上ではなく、斜めに登っている。斜め目に進んでいくと、岩壁にブチ当たり、御殿場口の方に行ってしまうので危険である。

自分の足跡を振り返り、軌道修正をしながら、フードで顔を覆いながら、上へ上へと進む。彼らの姿が見えない。無理もない、この吹雪で、ましてホワイトアウト状態だから、、、、。ようやく、頂上直下の見覚えある岩稜を確認して、やっと一安心である。ここまで、内心本当に、浅間神社に着くのか心配であった。又、ついてくる、彼らにも間違っていたら申し訳ない。浅間神社の鳥居が、突然現れ、頂上に着いたことを確認する。

9:40に到着して、いつもの鳥居の写真を撮るが、、、、。デジカメが、上手く作動しない。何度かトライしているうちに、ようやく、シッターを押すことが出来た。カメラ付き携帯でもトライしたが、その内、ライトが点灯したままで、スイッチが切れなくなった。そうこうしているうちに、三人組の二人が登ってきた。早速、彼らにお願いして、吹雪の中の記念写真を撮って貰う。

そうこうしているうちに、吹雪と今度は雷も鳴り始めた。こんな頂上にいたら、命がいくらあっても、かなわない。早々に、下山を開始する。残りの1人は、まだ下の方ですれ違うが、これから登るのかと思うと、この雷が心配である。転げ落ちるように、八合目の夏場、富士山診療所であるが、この時期、避難小屋と開放している小屋に駆け込み、雷の通りすぎるのを待つ。

雷も治まり、ゆっくりと、七合目ぐらいまで、下りてくると、雲が切れ、駿河湾、房総半島が、眼下に広がり、今までの嵐が何なの、、、、と言う感じである。

12:15には、五合目に下ると、外人観光客が下界をバックに記念写真を撮りまくり、私は、それを横目に、濡れた身体を暖めるため、小山ふじみ温泉(2時間300円)に浸かり帰路についた。




半ズボン、スニーカーの青年











七合目









広島からヒマラヤへ行くための
訓練に来た人のテント









八合目手前の岩場











八合目の避難小屋









九合目の小屋










浅間神社











七合下部より宝永山










七合下部より駿河湾





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