権現山(1136m)西丹沢

2006年03月21日(晴れ)

自宅6:00〜8:20西丹沢自然教室8:30〜9:05権現山分岐9:15〜10:20権現山(1136m)11:00〜11:47権現山分岐11:55〜12:05下棚〜12:20大棚12:30〜12:45分岐〜13:15西丹沢自然教室〜西丹沢温泉経由、帰路。


春分の日を利用して、谷川連峰の仙ノ倉や、八ヶ岳連峰の阿弥陀岳で、山の遭難が相次いでいる。天気予報だと、冬型の気圧配置になり、猛烈に山は荒れる事は必至だったのにもかかわらず、中高年の登山者の遭難が発生している。

若い時は、無理して山に突入していったが、、、、。中高年になるとそんなに無理して、行かなくても良い思うが、、、。天気が悪くなると、気象予報士が、再三言っているのにもかかわらず、山に行って遭難している。行く所を変えるなりすればいいのにと思う。それも、歴史あり、経験ある山岳会である。



春分の日、天気が良いので、丹沢の地図を見ていると、西丹沢の権現山が目に映った。権現山は、丹沢湖の近くにもあり、全国至る所に権現と名の付く山はある。たいてい、頂上に権現様でもお祭りしているのだろうと思い出掛ける。

中川温泉を過ぎ、車をどんどん、奥に進ませと、私の前にアベックのBMWがいやに、ノロノロ走っている。こんな山奥に、何をしに行くのか、、、、、。結局、西丹沢自然教室の駐車場に止めて、河原に降りていった。それを見届けて、私は、目前の吊り橋を渡り、権現山へと向かった。

西沢に入ってしばらく行くと、大きなサボーダムが現れ、以外と水量が多いのに驚く。ダムの左隅に、コンクリートの急階段が現れ昇り、ダムを下ると、花崗岩の広い明るい河原に出る。沢奥に、真新しい丸太の橋が架かっていているのが見える。それを渡り、沢沿いの道を進んでいく。

しばらく進むと、叉大きなサボーダムが現れ、今度は、右手に階段が敷設されていて、それを乗り越えると、ダム上の河原に出る。これより、何度か、西沢を何度も渡り返すが、丸太の橋は新しく、最近作り変えたみたいである。30分程、沢沿いの道を進み、丸太橋を渡った所に、明るく開けた場所に権現山の分岐の標識とベンチがある。

畦が丸方面は、このまま、沢を進んで行くが、権現山へは、ここから、尾根に出るまで、急登が始まる。あまり踏み跡がないが、良く見ると、枯れ葉に埋もれた、斜面の道があることが分かる。ジグザグの細い登山道であるが、良く見ると迷う事はない。

畦が丸と権現山との尾根道に出ると、木々の間から、霞みがかかった富士山が飛び出してきた。標識は朽ち果て、蒲鉾板程度の大きさに、権現山に至との標識が現れた。尾根道は、痩せていて、所々、崩壊していて、白い岩肌を剥き出しにしていた。


(大棚)


以外と、明るい尾根道であるが、夏場はさぞ暑かろう、、、。あまり人が入っていなく、鹿の足跡のみであった。最後の急尾根に行く手前に、下を見ると何やら、小鳥の頭が転がっていた、多分、イタチかキツネみたいな動物に食われてしまったのであろう、、、、。しかし、何故頭のみ残すのか、、、不思議である。








急尾根を登りきると、明るいブナ林の中に、古ぼけた、権現山(1136m)の標識が現れた。そこからは、眼下に中川温泉の先に、丹沢湖が、すぐそこに見える。お決まりの富士山は、少し行った先から、木々の間から、相変わらず立派な純白な富士山を望むことが出来た。


良く見ると、1人の登山者がいて、お互い写真を撮りあう。たしか、私の前に人の足跡がなかった筈であるが、、、聞いてみると、登山地図には載っていないが、反対側から登ってきたとのことである。二万五千分の地図に、シッカリと自分でルートを記入してあった。

(下棚)

聞いて見ると、インターネットで、反対側から登れることを知ったとのこと。登山地図には、載っていないが、尾根沿いに、畦が丸に行き、屏風岩山経由、二本杉峠より、細川橋に下るとのことであった。私は、頂上でしばらく、景色を堪能していると、また、反対側から、中高年のおば様方5人が登ってきた。頂上で、写真を撮ってあげて聞くと、これから、畦が丸、屏風岩山、二本杉峠、丹沢湖の権現山経由、浅瀬入口に降りるとのことである。

これから、まだ五時間以上かかる行程である。中高年のおばさん達ガンバルのは良いが、あまり無理しない方が良いと思うが、、、、。いでたちは、まさしく山女の格好をしていた、、、、、。どこかの山岳会か、、、、。

私は、のんびりと休憩したあと、元来た道を戻り、下棚と大棚の滝を、久しぶりにチェックした。下棚であれば、なんとか、滝の上に回り込めればトップロープで遊べる事を確認して、西丹沢温泉の露天風呂(525円)に浸かり帰路につく。


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