イエローストーン国立公園 
グランドティートン国立公

2005年8月16日〜23日

8月16日
成田〜米国(ミネアポリス)〜ラピットシテイ
8月17日
ラビットシティ〜マウントラシュモア〜クレージーホース〜デビルスタワー〜シェリダン
8月18日
シェリダン〜ビックホーン〜イエローストーン国立公園
8月19日
イエローストーン国立公園
8月20日
イエローストーン国立公園〜グランドティートン国立公園〜ジャクソン
8月21日
ジャクソン〜ケンモア〜ソルトレイク
8月22日
ソルトレイク〜ミネアポリス〜
8月23日
〜成田

8月16日(火)

成田第一ターミナルに向かう。やはりお盆のためか混雑している。第二ターミナルに比べて古いためか、狭く買物するところも少ない。四階Fの35.36番カウンターでチエックインする。他のカウンターは混雑していたが、ここのカウンターは以外と空いていた。見ると早稲田大学のソフトボールクラブ(男女20名ほど)も、何やらミネアポリスに行くみたいである。

出発ゲートのC-22に向かう。このCゲートは、シカゴ、ニューヨークなど、NWのアメリカ方面の出発ゲートみたいである。出発時間が、近づいてくると、人がだんだん多くなってきた。見ると、コンチネンタル航空とノースウエスト航空NW-20の共同運航であった。あまり日本人はいないようで、中国人の団体と、その他の外人が殆どであった。どこかの国から飛んで来たのであろう。時間が来て機内に乗り込んだのであるが、一割程度しか、日本人は乗っていなかった。

ミネアポリスまで、行きは10時間30分の所要時間であるが、帰りはアンカレッジ上空経由12時間30分もかかる。これは、ジット気流の影響であろう。ミネアポリス空港で入国審査を受ける。テロの影響で、入国が厳しくなり、左手の人差し指、右手の人差し指の指紋と、デジタルカメラで顔写真を撮られ、何処へ行くのか質問された。入国カードには、ラビットシティーのホテルしか書いていなかったためか、、、、。イエローストーンを観光すると言って理解してもらえた。

乗り継ぎ案内の智恵子さんと会う(お父さんが横浜の戸塚の人、お母さんがアメリカ人)。ミネソタ州のミネアポリスで菊と言う、旅行代理店を経営している社長の娘さん(二児の母親)である。さすが、NW航空の本社があって、ハブ空港だけあって、周りは、NWの飛行機だらけであった。国内線に乗り換えるため、C-7のゲートに向かう。行ってみると、まだ、前の便の飛行機がいて、離陸する気配がなく、結局NW-687便(ラビットシティ行き)は、隣のゲートから、出発する事になった。これだから気を付けなければならない。

DC-9は、100名も乗れない小さな飛行機であった。ラビットシティはここから、一時間20分程度、西海岸方面に戻ったところにある。飛行場に近づいてくると、牧場が目に入ってきたが、広い草原に肉牛がゴマ粒の様に、点々と散らばっている様が分かる。人家が殆どなく、こんな所に飛行場があるのかと疑う。

ほんと何もない、草原の中にある空港で、市内へは、ここから20分程度かかる。この町は、人口が16000人しかいなく、マウント ラツシュモア
に入るための入り口である。先週は、全世界からバイクやろうがこの町に集まり、75万人がこの小さな町に集まり、パレードがあったのでバスが思うどおり進めなかったとのことであった。

ラビットシティは、歩いて30分もすれば、メーン通りを一周り出来る小さな町で、西部劇に出てくるような町である。こんな小さな町でも、シッカリとしたペットショツプがあり、店内では、でぶネコ二匹と、よたったコリー犬が、フロアーで寝そべっていて、お客の来るのを待っていた。写真を撮らせて貰った変わりに、内のマルコの首輪を買った。各、交差点に、ケネディ大統領の銅像や、歴代大統領の銅像が置かれているのには驚いた。

我々の泊まったラディソンホテルの前に、線路を挟んで大きなスーパーマーケットがあり、そこで、夕食と朝食を買い込んでホテルに戻った。もう20時過ぎなのにまだ外は明るい。ホテルのプールとジャグジーは、見ると誰も使っていないので私1人独占して、初日の旅の疲れを癒した。

8月17日(水)晴れ

ホテルのフロントに7:50に集合する。今回の現地ガイドは、堀智恵美さんである。何処かで聞いたことのある名前だと、思っていたら、元女優の堀智恵美さんと同姓同名の人であった。今回のツアーは、現地集合のツアーで31名。私が参加したツアーでは、最大である。大型バスに、乗り込み、智恵美さんの話しを聞いて見ると、日本から来たのは、秋田から来た(シアトル経由)姉妹、千葉から来た叔母と姪の組みと、我々夫婦である。他のメンバーは、テキサス、ニューヨーク、DCワシントン、ニュージャージ、ロスアンゼルス、デトロイトなどアメリカ在住の日本人家族である。

マウントラシュモア

今回の運転手は、女性で、ソルトレイクから、11時間もかけて、ラピットシティまで、大型バスを走らせてきたとのことである。スーザンと言う人で、元相撲取の小錦を小さくしたような人で、子供が6人孫が4人いるおばあちゃんドライバーである。でも私より5才ぐらい若いみたいである。

まず、始めにマウント・ラッシュモア国立メモリアルに行く。ブラックヒルズの巨大な岩山にワシントン(初代)、ジェファーソン(3代)、ルーズベルト(26代)、リンカーン(16代)歴代大統領4人の顔が刻まれている岩山である。年間200万人以上の人が訪れる、アメリカ有数の観光地である。ホテルから、30分程度走ったところにあり、この付近では、観光名所がロクにないので、地元民が有名な彫刻家に頼んで彫ったものである。

到着すると、我々の大型の赤いバスの横に、中国から来た団体旅行社のバス2台が、平行して駐車した。昔の、ディスカバージャパンみたいな、中国の農協さんの団体みたいで、今日の中国パワーを強烈に感じずにおられない。歴代大統領が真正面に見える所に記念館があり、その脇より、巨大な岩山のすぐ下まで行ける道があり、10分もしない内に行ける。さすが、真下から見る歴代大統領は迫力があり、よくぞこの様な物を拵えた物だと感銘する。
クレージホース(完成まで50年)




ガイドの智恵美さんの提案で、今回のツアーには、クレージホース・モニュメントは入っていなかったのであるが、アメリカ歴代大統領の巨大彫刻だけでは、元からいた先住民のインディアンにとっては面白くはなく、それに対抗して、世界最大級の彫刻(全長169m)、アメリカ先住民の象徴として歴史上偉大な酋長であったクレージーホースの彫刻をオプションで見に行く。そこにインディアンの記念館があり、完成予定の模型が置いてあり、完成するまで、あと50年かかるとのことである。なんとも気の長い話である。もし、生きていれば見たい物である。
ガイドの堀智恵美さん
今回の旅は、毎日バスで移動する旅である。一日に500km程度移動する日も何日かあり、ロスから来ている、おばあさんには、相当きつそうな旅にになりそうである。家族連れ、お婆さん付きの旅行は、出来れば滞在型の方が賢明だと思う。お父さんも米国滞在が長いみたいなので、レンタカーを借りて、旅行すれば良いのにと思うのだが、、、、、、。

次は、デビルスタワー国立モニュメントに行く。アメリカで最初に国立モニュメントの指定を受けたデビルズタワーは、麓が300m、先端が82.5m、高さは261mの巨大な石柱である。映画「未知との遭遇」で一躍有名になったところである。タワーには、220の登はんルートがあり、年間5000人が、垂直の壁に望んでいて、今まで死亡した人は5人だけとのことである。

駐車場にバスを置き、デビルスタワーの周りを一週する約30分程度で回れる。あまり高低差は無く、シッカリと舗装された道なので、誰でも歩ける。周りは松の木が殆どで、雷にやられクロ焦げになった松が沢山ある。デビルスタワーを真下から、見上げながら歩くと、随分違った様に見える箇所が何カ所かあり、昔、探検隊が登った木の梯子が、岩の割れ目に刺さったまま岩壁の上部に見える。他を良く見ると、クライマーが、アタックしている様子が見え、時間と良き相棒がいれば私もアタックしたいものである。

デビルスタワー261m

途中、西部劇のアウトローが行き交う町そのままのデッドウッドにて、昼食を取る。ここは、日本の日光江戸村みたいな所で、ほんと、幌馬車やカーボーイが、馬でやって来てもおかしくない雰囲気の町で、店の中に一歩入ると、カジノの世界で、ラスベガスを小さくしたような店が殆どである。町で有名なレストランに入り、バッファローのハンバーガーを注文する。味は淡泊で、油濃くなくヘルシーであり、アメリカ人のダイエットしている人には丁度良いかもしれない。

今夜の宿泊場所はワイオミングのシェリダンである。行く途中、北海道の富良野を何十倍したような、牧場を左右に見ながら走って行く。ワイオミング州は、日本の面積より一回り大きく、人口密度は、1.6kuに5人しかいなく、牛、馬は見かけるが、人を捜すのに苦労する。それにしても、ワイオミニグはとてつもなくデカイ。





8月18日(木)晴れ
シェリダンの町を離れ、今日は、待望のイエローストーン国立公園に入って行く。途中ワイオミングの田舎道ビッグホーン・ナショナルフォレストで昼食を摂る。この町も、メーン通りのみで、裏道は、閑散としていて、食堂とホテルと土産物屋しかなく、後は何にもない。夏場の時期は、観光客が大勢来るので良いかもしれないが、冬場は冬眠する町であろう。

イエローストーン国立公園のゲートにて、入園料を払う(イエローストーンとグランドティートン共通で、1人10ドル)。ゲートが狭く大型バスが通るには一苦労である。この時期しか公園の道路工事が出来なく(冬期は完全雪で閉鎖されているので、、、)、至る所で工事渋滞である。バスの外を見上げると、剥き出しの岩壁が、今にも落ちてもおかしくない状態でへばりついていて、危機感を感じる。つい最近も落石があり、車がペシャンコになった報告があったとのことである。

今まで、天気が良かったが、山に入るにしたがい、雲行きが怪しくなってきた。標高は有に2000mを越えている高地なのであり、気象の変化は激しい。今回のメンバーに、ガイドの智恵美さんを始め、晴れ女が沢山乗っているので心配ない。多分、ウエストサムに着く頃には、晴れていることだろう。






ウエストサムは、手のような形をしたイエローストーンレイクを北から見たとき、親指に当たる場所。湖畔に温泉が湧きだしている。一周1kmのトレイル(20分)があり、湖の中に温泉が噴きだしているフイッシングコーンと名付けられた温泉もある。その昔、釣り人が、釣り上げた魚を誤ってこの中へ落としてしまった。するとすぐに魚が湯で上がり、その場で食べることが出来た。その後これを真似する釣り人が続出。時折不定期に噴出する熱水で大やけどを負う人もいたという所である。

智恵美さんを先頭に、一週1kmのトレイルを歩く。木道以外のところから、出る出るわ、噴煙と、熱い熱湯が、吹き出ている。お湯も色も、見事で、真っ青、飛び込みたくなるようだ。しかし、飛び込むと熱湯なので、大やけど間違いない。

今夜の宿は、公園内のオールドフェイスフル・ロッジである。この場所はイエローストーンで、最も多くの人が集まるエリアで、アッパー・ガイザー・ベイズンを中心に沢山の間欠泉が見られる所である。いま、1904年に建てられた美しいホテルで、ログキャビンとしては、世界最大のオールドフェイスフル・インは、現在、屋根の工事中であり、見た目が悪く残念であった。

この広大な、自然の中に、この様な立派なログハウスが、何カ所もあり、歴史もあり、自然にマッチしていて、何の違和感もなく、とけ込んでいる様は見事である。この中には、ビジターセンター、診療所、郵便局、ストアーなどが揃っていて、周りでキャンプしていても、なんの不自由なく、過ごすことが出来最高である。

丁度、ロッジについて、間もなく、間欠泉が、吹き上がるとのことで見に行く。オールドフェイスル・ガイザー(間欠泉)の周りにベンチがあり、ホテルに掲示されている時間に近いので、ギャラリーがいっぱい。ベンチに座って、今か今かと待っていた。この間欠泉は、イエローストーン国立公園の間欠泉のシンボルで、今は92分おきに、12cm位の噴火口から、4万リットルの熱水を30m〜55mの高さに吹き上げている。

良く、写真では見て知っているのであるが、この目で見るのが初めてであるので、期待が高まる。始めは、小さな噴出が、何回も始まり、気を持たしていたが、その内、生きよい良く上がり始め、40m〜50m程。あまり大きな音もなく、4〜5分吹き上がって、元の静かな水蒸気だけの間欠泉に戻った。上諏訪にある間欠泉とは随分違う。確かに高さは低いが、この大自然の中での大噴水と、熱水量は、諏訪湖の物とは、比較にならない。

今夜は、オールドフェイフフル・インのレストランを予約して貰っているで、料理に期待がもてる。肉料理と、マス料理を注文したが、我々の英語のまずさと、若い学生風のアルバイトのお姉ちゃんの英語の悪さに戸惑うが、この世界最大のログキャビンで、食事が出来たことに感謝する。食事が終わり、ロッジに帰ろうと、外に出たが、外灯が無く真っ暗闇。雨も降っていてロッジまで帰るのにひと苦労した。

8月19日(金)晴れ

天気がいいので、オールドフェイスル・ガイザー(間欠泉)を回り込んだ川の向こうに、一周30分程度のトレイルがあるので行ってみる。木道の遊歩道になっていて、丁度朝の散歩に持ってこいの所なので妻を誘って散歩に出かける。朝の空気は素晴らしく美味い。川を越す橋の所には、朝日が射し込み何とも言えない、静寂の森の雰囲気に満ちあふれていた。噴煙があちらこちらから、立ち上がり朝日に照らされ何とも言えない静けさが漂っていて、素晴らしい。ロッジに戻る途中、オールドフェイスル・ガイザー(間欠泉)の噴火を満月とともに、写真に収めることが出来、ラッキーであった。

今日一日、イエローストーン国立公園の観光である。早朝は晴れていたが、出発の時間になると、朝霧が発生してきた。霧は天気になる兆候だから、あまり心配しない。この霧のお陰で、バッファローを間近に見ることが出来た。さすが牛と違って迫力と威厳が有るように思う。松林の中から急に、現れ、何処か良いエサ場に集団で移動するのであろう。シッカリと写真に収める事が出来、非常に珍しいとのことであった。


マンモス・ホット・スプリングスに向かう。ここは、地下で溶けた石灰岩が、地上に噴出し、幾重にも白いテラスを作り上げた温泉である。この様な所は、トルコのパムッカレ、中国の黄龍やニュージランドにもあるが、ここの規模は、どれ程なのか期待がもてる。ついて、ビックリ、秋吉洞の百枚皿から、お湯を上から流し込んだようテラスマウンテンである。自然の驚異に驚く。

叉、すぐ近くに、番人のように、デンと構えている、リバティキャップがある。流出物が幾重にも重なって、たった100年程度で出来た、石筍の怪物である。しかし、ここでも中国の人が多く驚く。




イエローストーン国立公園の名前が付いた、イエローストーン大峡谷に行く。長さ32kmにわたって続く黄色い絶壁。深さ240m〜360m、幅は狭いところで450m。流紋岩が硫黄を含んだ熱水と蒸気によってもろくなり、黄色く変色され、さらに、川の浸食によって一万年かけて造り上げられた。

まず始めは、イエローストーン川にある、アッパー滝(33m)を見に行く。日本の滝と違って、水量の多さに驚く。ダイナミックな滝を真上から見ることが出来る。更に下ると、今回、非常に期待していた、落差93mのロウアー滝をアーティストポイントから見に行く。ここからの眺めが一番素晴らしく、感動に値する。私も、色々な滝を見てきたが、これほど迫力ある滝は少ない。

途中、アイザレイクに寄ってロッジに帰る。このアイザレイクは、イザベルという女性の名を冠した小さな池で、レイクとオールドフェイフルの間にある。一面コウホネに覆われたこの池は大陸分水嶺を跨いでおり、春になると雪解け水が池の東西に同時に流れ出す。しかも、西へ流れ出した川はファイアーホール川、ミズーリ川、ミシシッピ川となってメキシコ湾へ、東に流れ出した川は、スネーク川、コロンビア川となって大平洋へと注ぐ。

早めにロッジに着いたので、智恵美さんの案内でトレイルの一番奥にある、モーニング・グローリー・プールまで、一周一時間30分(往復4km)程度のトレイルを歩く。オールドフェイスル・ガイザーを回り込み、橋を渡り、二股の木道を左に進む。しばらく進むと、沈殿物がデベソ見たいなガイザ−(間欠泉)に、1人のカメラを持った人がいて、噴出するのを待っているとのこと、何時噴出するか分からないが24時間の内には噴出するとのこと、何とも気の長い話である。

箱根の大湧谷を大きくして、尾瀬の湿原を何倍も大きくしたところを歩いている感じである。見ると、遠くにバッファローが森の茂みの中でエサを優雅に食べていた。さすがイエローストーンである。一番奥に朝顔形した、真っ青な温泉があり、吸い込まれそうな青さである。昔、あまりの美しさに、観光客がいろんな物を投げ込み、噴出口が詰まり温度が下がり、淵が茶色くなり、係官が、バキュウムで掃除して、今日の青さを保つことが出来たとの標識があり、いずこも同じである。

カフェテリアで食事を済ませて、ロビーで休んでいると、ログキャビンの窓越しに突然オールドフェイスル・ガイザー(間欠泉)が、音もなく吹き上がり、丁度夕日と重なり、なんとも幻想的な写真を撮ることが出来ラッキーであった。このような現象を何万年と繰り返しているオールドフェイスル・ガイザーに感謝したい。

今夜、天気が良いので、天の川が良く見えると思ってオールドフェイスル・ガイザーのベンチにやって来たが、今夜は満月なので外は明るく、有名な北斗七星やカシオペアぐらいしか見えず、ガッカリしてロッジに帰る。

8月20日(土)晴れ

今日も天気がいいので、早起きして、ロッジの裏山にあるオブザベ−ンポイントに登ることにする。工藤さんちの息子さんも、一緒に行きたいとのとこであったので、ロビで、6:30に待ち合わせする。外は、天気が良く、最高のロケーションが期待できる。オールドフェイスル・ガイザーの周りの廃棄ペットボトルで作った床が、若干凍りつき、滑って危ない。

ポケットから手を出し、裏手の川を渡る。すぐ右から、トレイルが始まる。始めなだらかな草原で高度も無く、歩きよいが、しばらくすると岩が所々出てくるが、そんなに歩きづらい道ではなく、松の樹林帯を登っていく。坂道を600m程登ると展望台に出る。展望台と言っても木の柵があるだけで何もない。ここから、アッパー・ガイザー・ベイズンの全体を見下ろすことが出来、なかなかのロケーションであった。










しばらくすると、オールドフェイスル・ガイザーと同時ぐらいに、昨日、石灰岩のデベソで24時間の内、いつ噴出するか分からないガイザーが音をたてて、噴出仕始め、地の底からうなり声を上げるような迫力ある間欠泉であった。叉、空には、白く輝く満月の月も、一緒にそこにいた。上から良く見ると昨日の男性が側にいる。彼も良く頑張ったものだと感心する。今日も、早起きは三文の得であった。

グランドティートン国立公園に入る手前の広大な草原に、バッファローの群れに出会す。先頭のボスが、川を渡り始めると、みんなが、それに従い、渡り始めた。良く映画などで見たことのある風景が、今、目の前に繰り広げられている様は圧巻である。スーザンが、丁度良い場所にバスを駐車してくれたので、みんな、カメラを持って外に出て、バッファローの一番良いショットを狙って、だんだん、近づいていった。丁度そこに、公園レインジャーの車が来て注意される。車のなかには、本物のライフル銃が補助席に置いてあるのを確認した。いつ何時、バッファローや、熊に襲われる可能性もあるので、保持しているのであろう。

待望のグランドティートン国立公園に入る。海抜4198mのグランドティートンを最高峰に19もの連山、澄み切った湖や清流があり、全米で最も美しい国立公園とのこと。バスがだんだんジャクソンレイクに近づいてくると、遠くに氷河がへばりついた鋭い岩峰が見え始めた。なんだか、ニユージランドのマウントクックに氷河を取り除いたよな風景である。

バスはだんだん、グランドティートン連山に近づき、ジャクソン・レイク・ロッジに到着した。そこからの2階のロビーから見える広い大きな窓から見えるグランドティートンは、何と素晴らしい。雲一つ無い真っ青な空の下に、グランドティートン連山が、見事に調和している。叉、そこから外のテラスに出ると、それ以上の感激を味わうことが出来た。この山に、川瀬さんが、登ってきたかと思うと、誉めてあげたい気分になった。

途中、ジェニーレイクに立ち寄る。普通は大型観光バスは、なかなか駐車しづらいのであるが、スーザンは運転テクニックが素晴らしく、意図も簡単に駐車してくれた。急坂を駆け下りていくと、すぐ真っ青なジェニーレイクの湖畔に出る。目の前のグランドティートンの姿は迫力満点である。丁度、結婚式を終えたカップルが記念写真を撮っていたので、妻も一緒に、記念の写真を撮らせて貰う。

ここより、少し走った所に、草原の中に、丸太造りの素朴な礼拝堂(トランスフィギュレーション礼拝堂)があり、多分、そこで結婚式を挙げてきたカップルなのであろう。何とも素晴らしい。一生の思いでに残る所である。

グランドティートンに別れを告げ、ジャクソンホールの町に入っていった。西部劇に出てきそうな町で、町の中心の公園には、四方の入り口に鹿の角のアーチがあり、それは見事であった。公園の前のバーには、ハーレーダビットソンのオートバイが何台も置いてあり、中に入ると、まさしく、西部劇の映画に出てくる雰囲気のバーでスタンドのサドルが馬の鞍になていて、カーボーイになった気分になれるが、股が痛くなる。

町自体は小さく、町のすぐ側には、上級者向きのスキー場があり、最近とみに人気が出てきて、部屋の値段が上がり住みづらくなったみたいである。この町には、有名な映画俳優の家や、副大統領の別荘もあるらしく、ジャクソンホール空港には、アメリカ政府の飛行機が留まっていたのを思い出す。



今夜は、幌馬車に乗って夕食を食べに行く。夕刻、18:00にホテル前に集合する。町より、5〜6分程度、走った所に駐車場があり、そこに、二十人程度乗れる幌馬車が十台程度ある。二頭立ての幌馬車が十台も揃うと、なかなか迫力ある。食事するところは、ここより、山道を30分程度走った所にあり、その途中、インデアンが、幌馬車を襲う設定であるが、馬に乗ってインデアンに変装して、森の茂みから襲いかかる様は、迫力満点である。

そうこうしている内に、森の食事所に着く。屋根付の野外ステージで、本場、ワイオミングのウエスタン音楽を生演奏で、聞きながら、食事が出来る。その間にも、インデアンが出て来て、女性を襲う設定である。本物のピストル(空砲)をぶちかますが、その音の大きさに、耳を押さえなくてはいけない。叉、お客の中から、司会者に選ばれ、ステージに上がり、演技をするのであるが、我々のメンバーは、アメリカ滞在が長いので、司会者の臭いジョークが分かるらしく、大変盛り上がっていた。

8月21日(日)晴れ

ジャクソンホールに別れを告げ、386km先のケンモアに移動する。ここで、化石採集体験をするのである。ユーリックス・フォッシル・ギャラリーに着くが、周りは何にもない、草原の遙か彼方に、岩山が見える。各、5〜6人のグループに分かれ、4WDの車に乗り換え、急な山道を20分ばかりオフロードの道を走り化石採集現場に着く。みんな、グループに分かれ、堆積層の岩に向かって各自、持されたヘラの親分を、ハンマーで岩石を層の間に叩き込み、みんなで持ち上げる。

すると何と、運が良ければ、古代魚の化石が見つかる。無ければ、再度大きなブロックに、ヘラの親分を射し込み、持ち上げると、魚のウンコや、古代魚の大きいのや、小さいのがへばりついていて、大人も子供も夢中になること請け合い。2時間程の間に、トレイに載りきれないぐらい採集出来た。ギャラリーに帰り、カッターで、丁度良いサイズに加工して貰い、お土産に持って帰ることが出来る。

その後、205km先の、ソルトレイクシティまで走り、今回の旅行を締めくくる。ソルトレイクシティは、琵琶湖の9倍も大きな湖とモルモン教の総本山である町。我々が泊まるベスト・ウェスタン・ソルトレイク・プラザ・ホテルの前にある。それは、素晴らしい教会で、町の郊外からも、見ることが出来、異様な程立派である。普通、教会の屋根の上には、十字架があるのが普通であるが、モルモン教の教会には、十字架は無い。叉、昔は、一夫多妻制を取っていたが、現在は廃止されたとのこと。そのために、州になるのが、ケツから5番目と遅かったとのことである。

ホテルに着いて、今夜の食事と明日の朝食を仕入れに、ホテルの外に出る。すぐ目の前が、モルモン教の本部の馬鹿でかい教会なので、行ってみることにする。門の中に入ると、花壇に赤や黄色の美しい花々で一杯で、周りは、大きな木々で被われ、心落ち着くところである。園内に観光客も多く、それぞれの施設を見て廻っていた。この教会の教団員なのか、各国の国旗を胸に付けた、若い娘さんが目に付く。日本から来ている、太めのお嬢さんも、フランスから来た女性と何やら話しながら、我々の前を通り過ぎていった。

全世界に、モルモン教徒は、1200万人もいるそうで、日本に来ている、タレントのケント・デリカットもそうだと思いだした。教会の前に、立派なビルがあり、その屋上を見ると、何人かの人が見え、そこに上がると、さぞかし、ソルトレイク市内が一望出来ると思い行ってみる。立派な門を抜け、噴水の脇から、階段が続いていて、屋上まで行けそうであるので、教会で一緒になった工藤家族と行ってみる。

屋上の手前に、クサリで閉鎖されていて、標識に、何やら書いてあったが、一旦降りて、エレベータで、屋上に行けとの標識であったが、工藤家族を残して登っていった。屋上に着くと、10人程度の団体が、教団職員から、何やら説明を受けて話しが終わって帰るところであった。我々が、階段からヒョコヒョコ上ってきたので、みんなの注目を浴びる。ここからの景色は素晴らしく、3000m級の山々が迫り、叉ここから、デルタ航空の本社ビルが一段と大きく見えた。

みんなが、帰り始めたので、我々も、一緒になって、下りようとしたのであるが、教団の若い太めの女性が近寄ってきて、この施設を何やら英語で案内するとのこと、今来て、すぐ帰る訳にも行かず、案内して貰うが、全然、日本語がだめで、英語オンリーなので参る。しかし、何となく、言っていることが、分かる気になる。屋上を案内されていると、花壇に黄色い花に、なんと蜂鳥が飛んできて、私の目の前で蜜を吸っていて、逃げようとしないのには、驚いた。

腹が減ったので、その女性は、まだ案内したかったみたいであるが丁寧に案内を断り、ショッピング街に行く。ソルトレイクの町は、やたら道路の幅が広くこの町を造るとき、馬車が優にユータン出来る道を造る事を念頭に造ったので、やたら広い。地図で見ると、すぐそこに、ショッピングセンターがあるように思うのであるが、歩くとなかなか大変であった。デルタ航空の本社前より、二両編成の市電の発着場になっていた。停留所では、数人待っていたが、今日は、日曜日のせいか道行く人数もまばらである。

漸く、停留所の先の、ショッピングセンターに着いたが、殆どの店が閉まっていた。センターの脇にある噴水では、大勢のガキどもが、水遊びに興じていた。この、ソルトレイクは、産児制限をしない、モルモン教の本部でもあるから、子供の数も多いとのことであった。結局、何も食べず、ホテル近くに帰り、ガソリンスタンドのコンビニエンスで、パンと飲み物を買い、ホテルに帰る。(コンビニエンスで、カードで買物をした時、IDカードの提示を求められ、日本の免許証を提示する。パスポートを持っていなかったため、、、。店員は笑っていた。)



ソルトレイク(琵琶湖の7倍)

今回の旅は、結構移動する旅であったが、これがレンタカーを借りての旅だと、もっと疲れた事だろう。それにしても、アメリカはデカかった。

8月22日(晴れ)

ホテル6:00〜6:30ソルトレイク空港(自動手続 NW-672)8:20〜11:49ミネアポリス(NW-19)15:05〜

8月23日(くもり)

〜17:05成田
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