国分市に「古代縄文人の町」

 佐賀県の吉野ヶ里遺跡(約2,000年前)や青森市の丸山遺跡(約5,500年前)が新聞やテレビを賑わしたことは,まだ,記憶に新しい。

 今度は,南九州・鹿児島に,日本で最も古い縄文初期の,最大規模の,定住と認められる集落遺跡が発掘された。

★現地は,鹿児島県国分市の,桜島を中心とした錦江湾(鹿児島湾)を火口とする世界最大の“姶良カルデラ”の外輪山と見られる,湾沿いの小高い丘陵地にある。

 国分市は,4,5年前から,サツマイモの畑地だったこの辺りの丘陵地一帯を,誘致企業のための工業団地として造成中で,他にも周辺で弥生時代の竪穴住居跡などが発見されている。
地層

9500年前という年代は地層で判明/上段の黒い部分は約4200年前からこれまでに堆積/中段の茶っぽい層は約6300年前のアカホヤ火山灰/その下の黒っぽい層は7500年〜9500年前の層/掘り下げられている 下は11000年前の層/ここまで約1.5メートル

★現地は,台地の一角の,タテ150よこ100メートルほどの広場に,深さ30〜50センチ直径3,4メートルの「竪穴住居跡」がいくつもあった。全部で46基あるそうだ。
 そのほか一カ所に2,30個の石を集めた「集石」が何カ所もある。この集石が,縄文の蒸し焼き・石焼きの装置だという。調理法は,

《集石の上で火をたき石を焼く→その石の上に肉や魚を葉っぱなどで包んで載せ,上から砂をかぶせる→30〜60分待って出来上がり》ということらしい。

 他に「連結土抗」という薫製を作る装置もあちこちに残されていた。また,航空写真から当時の道路2本も分かっている。

★一緒に係りの人の説明を聞いていた農家らしい老夫婦が「から芋(サツマイモ)を植えるときは,このあたりは50センチ位掘っていた。石も出てきたが,石器だったかもしれん」と残念そうに会話を交わしていた。

★年代は地層で分かるらしいが,最終氷河期が終わった11,500年前,“姶良カルデラ”が大爆発し,桜島が出現。その2,000年後には,上野原に集落が出来た。

 世界的には,この頃の遺跡として,中東のジュリコ遺跡,チャタル遺丘など城壁や神殿もある遺跡が発掘されているが,世界4大文明が生まれたのはずっと後である。

 その後,6,300年前,屋久島の近くの鬼界カルデラが大爆発を起こし,九州・四国に火山灰が降り積もった。上野原の集落はこの火山灰の下にあった。

 上野原の住人はこのとき全滅した可能性もある。人骨は発見されていないが,土壌が酸性で10,000年近くのうちに,食料の魚・獣の骨も土に溶解してしまったのではないか,と係りの人の説明。
 なお,水は近くの森に,今でも湧き水があるとのこと。(水の件はこの日に判明)

★ちなみに,雲仙・阿蘇・霧島・桜島・口永良部島(屋久島近く)は,今でも噴煙を吹き上げる活火山である。雲仙の爆発は記憶に新しい。さらに先日は大地震が南九州の不意をついた。
 地球の1,000年10,000年単位の動きを,予測することは難しい。

データ
発見されたもの 数量 用 途
竪穴住居跡
集石
連結土坑
土坑
道路
46
39
15
12
住居
蒸し焼き用の炉,動物脂肪酸検出
薫製を作るための炉
(分析中)
航空写真で判明
土器(前平式土器)
石器(皿,すり石,叩き石)
石器(磨製石斧)
500 煮沸用
木の実等の製粉用
工具
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