幼い頃の想い出
私が,小学校に入学したか,しない頃,兄弟3人,父親に教わったことがある。それは剣道だ。 剣道と言っても,防具をつけて竹刀を振る剣道とは違う。庭先に×印に組んだ支柱2つに,薪を横に束にして積み,適当な長さの棒を木刀がわりに,50〜60m離れた門口から, イエーッという気合いと共に走り寄り,この重ねた薪を,思い切り何回もたたくのである。思い切り大声をあげて,思い切り積み木をたたくのが面白く,父がいないときも毎夕兄弟でこの”遊び”をした。当時,住んでいた伊集院町(合併して日置市)は,一時,島津家の本城が置かれた地でもあり,鹿児島でも保守的な土地柄のところである。住んでいた家も武家屋敷を思わせる広い屋敷に,屋根付の門があり,門から家の玄関までは50mほどL字型の小路になっていた。 小路の両脇は生垣で,屋敷の奥には長年手入れされていない築き山があった。オレ達3兄弟は,父の教えるまま,門の所から棒の木刀を振りかぶり,声を限りに叫びつつ,薪のところへ走り,力の限り, 何回も,何回もそれをたたいた ………。幼い頃,父に手ほどきを受けた“薪たたき”こそ,示現流と思っていたが,ジゲン流にもいくつかの流れがあり, この“薪たたき”は,野太刀自顕流の流れを汲む基本の稽古であった。親父は別に剣道家でも何でもない。たぶん自分も少年時代,同じ稽古を積んできただけのことだろう。示 現 流 と は
示現流は,剣道ではない。実戦向きの武術である。防具をつけて,ルールを決めて,竹刀で打ち合うのとは違う。正統な示現流の稽古は,立木が相手である。これを敵に見立てる。稽古には,竹刀も木刀も使わない。堅くて重い樫(カシ)かユスの木を手頃な長さにして使う。この真剣と同じか少し重い木刀で,腹の底から出す激しい気合いとともに,ひたすら立木を打つ。来る日も,来る日も,ひたすら打つ。示現流に,「受け」はない,「攻め」あるのみ。示現流の極意は,重い太刀を電光石火に打ち込む早さに達することであり,上達すると,目にも止まらぬ早さで打ち込まれた立木から,煙が出るという。ただひたすらに稽古に励み,その域をめざす。![]()
必 殺 の 戦 法
示現流で訓練した薩摩隼人の戦いは,青眼の構えから始まる上品なものではなく,相手のことはお構いなし,立木に向かうように,すさまじい気合いと ものすごい勢いで,電光石火に剣を繰り出し,鎧甲もろとも切り倒す,という文字通り必殺の戦法である。薩摩軍は,その集団であった。現在でも外国では特殊部隊員を養成するのに,山羊の喉をナイフで掻ききって感覚を掴ませ,必要な局面で人を殺せるように訓練するらしいが, 示現流で稽古を積み,如何に電光石火に立木を打つことができても,それだけでは十分ではない。戦闘で人を斬るにはそれなりの経験が要る。そこで, 薩摩隼人たちは,犬で試し切りをしたり,処刑された罪人を試し切りし,斬るときの感覚と度胸を身につけて,いつでも実戦に対応できるように訓練していたという。![]()
開 祖
示現流は,1600年頃,薩摩隼人の東郷重位という人が,常陸の国の「天真正自顕流」の継承者(善吉和尚・俗称赤坂弥九郎)から手ほどきを受け,さらに工夫して編み出した剣法で, 島津氏が その実力を目の当たりにして,剣術師範役に取り立て,以後,薩摩藩の兵法として,また独特の剣法として,薩摩士風・精神の形成の基となった。
示現流の精神について開祖・東郷重位は,
「示現流とは,自分が大切にしている刀を良く研ぎ,よく刃をつけておき,針金で鞘止めをして,人に無礼を言わず,人に無礼をせず,礼儀正しくキッとして,一生刀を抜かぬものである。」 と教え,実際に重位作の刀の鍔には鞘止めの小穴が2つ穿ってあった。
また,門弟の一人が,敵が眼前に迫ってきたとき,この教えを守り,まさに敵に頭を割られたと思った瞬間,気がつくと自分は刀を抜きはなっていて,敵は二つになって倒れていたという。
この逸話は,「刀は抜くべからざるもの」として無益な殺生を戒めると同時に,危急の際迷わず無念無想に打つという,剣の極意を示している。(示現流史料館資料から)今なお奥義を伝承
ついこの間まで,さつま男児の気迫と根性を養う手段として大きな役割を担い,時流に迎合せず,当初のままの姿で伝承されてきた示現流は, 少数にはなったが,現在もその奥義を伝承している示現流本家・東郷氏の兵法所で,昔ながらに門弟が立木打ちに励んでいる。
平成7年,示現流の正確な伝承,振興を期するため「財団法人示現流東郷財団」が設立され,12代宗家重徳氏が理事長に就任,その保存,普及に努めている。
また,平成9年5月には,鹿児島市の中心部(ザビエル公園近く)に示現流兵法所と史料館が完成,これまで門外不出とされ,非公開であった奥義の古文書や 歴代当主の刀剣,稽古に使うユスの木の木刀などが展示されている。
このほか,毎年5月25日に行われる「薩摩義士頌徳祭」や日本古武道大会,鹿児島県古武道大会(本年は7月11日・中央公民館) などの行事でその姿が披露されるほか, 夏休みには示現流体験教室も開催される。
(参考) 示現流兵法所・史料館は
鹿児島市東千石町2−2 TEL 099-226-1233