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3月16日(日)

 四日目のこと。


函館。
朝の7時、ホテルのフロントでサービスのおにぎりとみそ汁をいただき(ウマー)、ほどよく腹の膨れた状態で出発。せっかく函館にいるのだから、すぐそばの五稜郭を見物してから札幌に向かうことに決めた、
つーか決めてた。

電車の待ち時間、駅の土産売り場でお約束のイカ飯を買う。
すぐ食べたい気もしたけど、あいにく腹はさほど減ってない。
昼飯時にでも食うことにするか。


函館から五稜郭までは電車でひと駅。なんなら函館駅から直接行ってもいいくらいの位置関係にある。
そこんところは土地勘が無いので無理はしない。
五稜郭駅まで電車に乗り、駅前の地図を確認して徒歩で向かう。(…おいおいまた歩きかよ)

五稜郭』というのは幕末、北へ北へと敗走する旧幕府軍が立て籠った最期の要塞。ドラマ(映画だったか?)にもなったし、あの『星形』の要塞はやたらインパクトがあるのでどっかで見たことあるって人もけっこういるんじゃないかな?

 

榎本武揚(えのもとたけあき)率いる旧幕軍の終焉の地・・・
……ぶっちゃけオレは幕末にさほど興味無いので「胸ときめく」ってことは全くといっていいほどなかった。「ああ、ここに立て籠ったのね」ぐらい・・・。
そうはいってもおっきな構造物。歴史(幕末)に造詣が深くなくても、この幾何学模様見ればそれだけでなんか「スゲー!」って思ってしまう。

五稜郭に到着したとき、ちょうど資料館が開く時間だったようで、うまく資料類を観ることができた。
ところでこの要塞・五稜郭、さっきの言葉を覆すようだけど意外と小さい。『防衛』のための堀は深くて石垣は高いのだけど、『要塞』自体の"スケール"は思ったより狭いのだ。たぶんその辺の学校の校庭くらいの広さしかないと思う。あくまで"戦闘時に身を隠すため"というだけのもので、戦争映画によくでてくる"塹壕"程度。
…ちなみにこの要塞は西洋の兵法書なんかを参考にして建造されたんだけど(つまりこういう星形の要塞は世界中にけっこう存在する)、この五稜郭がここまで完成した時点で当時の最新式の戦法からするとすでに時代遅れになっていたらしい。
おかげで五稜郭は"ザル"状態であっけなく陥落。かくして旧幕軍の漢たちの野望もついえたわけだ。

資料館を出て辺りをひとまわりし、そばにあった五稜郭タワーに登って見晴しのいいところから気のすむまで眺め…五稜郭をあとにする。


あとは友人ぷーのいる札幌をひたすら目指せば良いわけで、簡単な話だ。
…ところがところが五稜郭駅で列車を一便乗り過ごしてしまう!『五
稜郭』滞在がちょっと長過ぎたのだ。
━━つーことでお約束の一時間半待ち…。(;´Д`)y─┛~~

さて、再出発するころにはもう昼前だった。
そんでもってという駅でまたもや通過待ちの憂き目に遭う。
ここにきて気付いたのだけど、東北とか、北海道の旅って特急使うのが(或は車使うのが)基本みたい。なんたって普通列車なんて一時間に一本あるか無しかだし、終電だって恐ろしく早い。鈍行なんて問題外なのだ。つーか北海道フツーに広すぎるし…(泣)

いろいろ携帯で検索してみたけど、このままでは札幌到着は22時過ぎになりそうでそれはちょっとイヤだった。…なので当初の『鈍行にしか乗らない!』という誓いを曲げて特急を使うことをここで決意する。

…とはいっても特急は普通に高い
誓いがどうのいうまえに料金がべらぼうに高いのだ
単純な距離にかかる運賃+特急料金・・・。特急なんだから当然短い時間で長い距離を進むのがウリなわけで、となると終点まで切符買ったらシャレにならん金額になってしまう。それは無理

━━いろいろ考えた末、森〜長万部(おしゃまんべ)間の切符を購入する。

さっきもいったけど、元々特急前提にダイヤを組んでるおかげで、
万部
から小樽行きの普通列車への乗り換えはスムーズにいった。

長万部小樽ルート(北側ルート)室蘭ルート(南側ルート)の分岐点になる駅。せっかくなので行きと帰りで別々のルート通れるわけだし、往路の今回は北側・小樽ルートを選択する。南側は帰りだな。

結局今日することって札幌ぷーと合流することのみ。
だから小樽までの移動は実にのほほんとしたものになった。

なんとな〜くウトウトしながら景色をボケ〜っと眺める。
しかも運良く雪が降って来て画に描いたような銀世界…。かなーり理想的な列車の旅だった気がする(…それでも小樽まで3時間拘束だったけれども)。あとはキツネでも出てくりゃベストなんだけど…さすがに出て来なかった。


小樽に着いたのは19時過ぎだったか。ぷーとメールで連絡し合い、結局札幌のすぐ下にある野幌(のっぽろ)駅で落ち合うことになった。今日泊めてもらう予定のぷーの実家がそこにあるらしかった。

小樽からは札幌まで準急列車が出ていた。これってすごく驚き!
小樽ってもうかなりの都会なので、準急やら急行なんかがバンバン出てるのだ♪これまでの旅を思い返し…普通に感動ヽ(`Д´)ノ!!

小樽から準急に乗って札幌まで。そこから各停列車で野幌に。約40分間の移動だけど、ネットでしか話したことのないぷー(♂)に会うとあってかなり緊張した。

20時頃、野幌に着く。
ぷーに連絡すると『車で迎えに行く』と返事が来た。

・・・かなーり緊張した。

━━つーか随分待たされた。(或は長く感じただけ?)
ぷーから『シルバーの変な車だから』とメールが来たので『オレは青い眼鏡掛けてる』と返事を返す。
しばらく待ってると何台も車が通り過ぎ、何台かは駅に停車する。しかしシルバーの車ではないのでぷーではない。
もうしばらく待つと外車っぽい銀色の車が駅前に停まる。
割とガッチリした体格でオレよりちょっぴり背の高い(170くらい?)男が降りて来て、まっすぐオレの方に向かって来る。

  『Loo〜?

四日目にしてぷーと合流を果たした。

━━五日目に続く。

3月15+日(土)

 三日目のこと…続き。


青森駅、15時。 結局フェリーで津軽海峡は諦め、青函トンネルを通るをことにした。

実をいうと青函トンネルを通る電車は特急しかない。
前にも書いたけど18切符では特急電車に乗ることは出来ない。
…けど、特急乗らないことには北海道に行くルートはフェリーを除くと他には無いわけで、そこはちょっとした便宜がはかられている。

津軽海峡線木古内〜蟹田間は普通列車が運行していないため、
 特例として当該区間内相互発着の場合に限り、この切符のみで
 特急列車の普通車自由席に乗車できます

つまり、蟹田(青森県側)〜木古内(北海道側)の間だけ特急列車に乗っ
てもいいよ
、って特例があるわけ。ちなみに蟹田木古内特急
一区間分に当る。

そんなこんなで15時22分発の特急に乗り込む。

青函トンネルはやっぱりトンネル
当たり前だけどトンネル内に入ってしまえば津軽海峡を眺めることは
できない。…つーかトンネルに入る瞬間すらよく判らないうちに過ぎてしまった(席の位置のせいもあるな…)。

それと同時にトンネルから出る瞬間もよく判らなかった。
海底駅って変わったものを見ることはできたけどそこに停車するわけでもなく、一瞬のこと。トンネルはやっぱ味気なかった


1時間ちょっとで木古内(きこな)に到着。時刻は16時半過ぎ。
そのまま函館まで行ってしまいたかったが特急料金は高いしやめてお
く。まあ18切符があるし、出来れば鈍行でトロトロと行くのがこの旅の醍醐味なのでここからは普通列車で行くことにする。

…が、後悔
次の電車(普通列車)が来るまで約2時間待ちヽ(`Д´)ノ
じっと待つのも嫌だし、バスにしようかとバス停行くが…14時台でラスト。

むむむ・・・。電車で行くしかないのは決ったも同然だけど、駅でじーっと2時間は待ちたくない。
…ということで隣駅まで少し歩いてみることにする。

駅前の、海岸沿いの大きな道路(国道)をとぼとぼと歩く。
除雪がしっかりしているせいかあまり雪は積もっていない。
しかし道路脇にはアイスバーンになった雪の塊がズラッとならんでいて、やはり雪国っぽさが感じられる。
ただ、秋田や青森のような真っ白な雪じゃなくて、少し溶けかけてて黒ずんでるのがどうも不粋で仕方ない。

もう3月だからしゃあないか。


17時を回ると辺りは真っ暗になった。
やはり東の果てだから日が沈むのも早いのか。さらに国道ではあるけど建物なんかはほとんどなくて、しかも街路灯は信号機のある所や交差点など、最低限の場所にしか設置されてない。

ぶっちゃけ(((;゜Д゜)))ブルブル

…かなり後悔しながらとぼとぼ歩き続ける。駅から出て40分ほどたった頃にようやく隣駅に到着。
電車が来るまでにはまだ1時間少々の余裕。
ここで何をトチ狂ったのか「もうひと駅くらい歩けるんじゃね?」と思い始め、無謀にも実行

闇、闇、闇。

なんか馬鹿なことしてるなあ、と思いながらもひたすら歩く。(…そんだけ無為に待つのヤだったってことね)

足が痛くなる。ヤバイ。…ちょっと眠いし。まだ17時過ぎなのに。

国道を歩いてるだけなので道に迷うことはないけれど、土地勘は当然
無いわけでどのくらい歩けば目的地(次の駅)に着くかわからない。唯一の指標は、さっきの『隣駅までの間隔が歩いて約40分』というなんとも頼りない経験のみ。…つーかひと駅の間隔空き過ぎだ!

…心身ともに消耗しつつ約40分後、無事次の駅に到着
駅の電源を拝借して携帯電話の充電をしつつ10分ほど待つと函館行きの電車が到着。
・・・結局木古内で2時間待ってた場合と同じ電車に乗るわけで、疲れた割にちょっと複雑。でも・・・とても安堵感はあった。
━━って当然だわな。


1時間半ほどで函館駅に到着。時刻は20時を少しまわったところ。
・・・つーかすでに電車のほとんどが終電気味。(;´Д`)y─┛~~
今日のうちに札幌まで行って、友人ぷーの実家に泊めてもらうはずだったんだけど…こりゃ無理っぽいな。
特急に乗りゃ今日中に札幌行けないこともないんだけど、それはちょ
っと無理(金銭的にもね)。

ぷーと連絡を取り合い、「小樽まで来れそうだったら迎えに行ってもいい」ということになったので、なんとか小樽まで行けまいかと試案。

小樽方面行きの電車(正確には小樽よりずっと手前の乗り換え駅までの電車)に乗ってみるが、どうあがいても小樽には行けそうもない。

今日中に札幌行くのは諦め、函館で一泊する。
━━四日目に続く。

3月15日(土)

 三日目のこと。


盛岡の朝。 7時起床。
昨日の夜はちゃんとシャワー浴びたし、今日は割と整然とした朝にな
った。もっとも、すぐにでも出発しなければならなかったので、早々
にホテルをチェックアウト、盛岡駅に向かう。

駅で時刻表などを確認しているとショッキングな事実にぶつかる。
なんと、JRでは岩手の三陸海岸沿い(東北地方、右側のギザギザした
海岸線)のルートを辿れないのだ。そこを走るのは私鉄で、JR限定の
18切符は使えない。

私鉄を使う…つまり18切符を使わず普通に電車に乗ると非常に料金がかかってしまうわけで、とてもマズイ。困った。
しかし、北上が全くできなくなったわけでは決してなく、秋田を抜けるルートと、海には出ず真っ直ぐ北上して大館、弘前に抜けるルートがある。

よくよく考えれば真っ直ぐ行った方が時間的に早いし、予定では今日中に(おそらく夜になるだろうけど)北海道に上陸し、札幌まで一気に行ってしまいたい。そんなこんなで大館・弘前ルートに決定。

…とはいってもJRの本数は少ない。結局JRの乗り換え駅の好摩(こうま)まで数駅ほど私鉄IGR・いわて銀河鉄道に乗るハメになる。

時刻は8時30分を少し過ぎたくらい。出発時刻は9時10分なので、待ち時間にパンと飲み物を買う。
前日あたりから財布の中身がちょっと寂しくなってきた。
まだ時間はあるので近くの郵便局に旅の資金を降ろしにいく。

郵便局のATMが始まるのは9時かららしく、少し待たされた。
駅前ではあったけど、発車時刻が迫っていて少し焦る。
金を降ろすとすぐ駅に。間に合った、盛岡を後にする。

昨日の仙台には、もう雪がなかった。春だし仕方ない。
盛岡には解け残った雪が至る所で固くなっていて、真っ黒なそれは道路や歩道を汚す。
明け方に少々雪が降ったようで、あちこちに白い模様がちらばっていたけど、雪国のイメージには程遠かった。

憧れの銀世界
電車に乗って10分、その世界が目の前に現れる!

一面の白!「これでもか!」というほど屋根や車に積もった雪!!
これが見たかった。地元の愛媛じゃこうはならない。
二年ほど前、東京で大雪があり60Bほど積もって興奮したことがあったけど・・・これには勝てない。
だって1メートルは軽く積もってんだぜ!?

好摩でJRに乗り換え大館(おおだて)までの約三時間半、飽きずに窓の外を見続ける。

途中、珍事発生。線路内に人が歩いていたらしく、しばらく停車。
アナウンスによると「…線路内に人影があったので停車。人影は二名。事情を聴いてみると『人を捜している』とのこと。指令室の指示があり次第発車します

━━『人を捜している』って理由もよくわからんが、それをわざわざアナウンスで乗客に報告することもないと思うけどな。
8分ほどの停車の後、電車は再び始動。窓の外を見ると初老のおっさんと30歳くらいの女の人が手を振っていた。
なるほど、アンタ達だったのね・・・(;´Д`)y─┛

13時頃に大館到着。
大館駅で何するわけもなく青森行きに乗り換え、さっさと出発。

大館から青森までは2時間ほどかかる。
雪景色が見飽きたわけじゃないけど、さすがにやることもないので寝て過ごす。

寝てたのでよくわからんうちに青森到着
ところでこの旅の目的の一つは『津軽海峡フェリーで渡ること
…だったんだけど、今日中に札幌目指すには時間がかかりすぎる。仕方無い、フェリーは帰りだな…。(;´Д`)y─┛~~


随分長い文章になってしまったので続きは次回に。
━━ちなみに青森駅到着の時点で時間は15時ね。

3月14日(金)

 二日目のこと。


仙台での朝
早起きして移動時間を稼ごうと思い、6時に起床。

しかしシャワーを浴び、注文してた朝食を食べ、なんやかやしてるうちにもう9時過ぎ。
結局早起きがさほど意味のないものになった気分。
取り敢えず歩いて仙台駅へ。

仙台での目的は青葉城跡に行って伊達政宗の騎馬像を見ることと、名物の牛タンを食うこと。
青葉城の場所はわかっていたけど山の上だし、歩いて行くのもなんなので駅前でタクシーを拾う。後でわかったことだけど、当然のように駅からバスが出ていた。
…タクシーを後悔。でも早く着いた(…と思う)からいいや。

さっきから「青葉城跡」と書いてるけど、そのとおり「城」自体は現
存していない。それどころか石垣も残ってないし、なにが「城跡」な
のかよくわからない状態。
一応石垣の復元工事が行われていて、もうすぐ完成するらしい。
まあ、城があろうとなかろうと政宗の騎馬像がありゃそれでいい。

青葉城跡には資料館があったのでそれを見学。
鎧とかがちょっぴり展示していた。
それとなんでかCGで復元された青葉城のビデオが上映されていた。 一応それも鑑賞。…だから何?って感じだったけど。

ちなみに青葉城には天守閣はない。山の上だけど平城だ。
石垣の復元はされるが城自体の復元は予算の都合でされないらしい。
つーか石垣だけでもいっぱいいっぱいと聞く。
それでも十分見栄えがよくなるのは確かで、タクシーの運ちゃんは「ついでに城も復元すりゃ客呼べるのに・・・」と嘆いてた。

資料館を出ていよいよ政宗の騎馬像へと向かう。
資料館の隣になんでか神社があって、「獅子舞ロボットのおみくじ
があった。
やってみると『小吉』と出た。

・・・まあ良しとする。(;´Д`)y─┛~~

気を取り直して騎馬像へ。

・・・

・・・見事でした

小さい頃、親に初めてもらった本が伊達政宗の伝記漫画だった。
渡辺謙の『独眼流政宗』もかかさず観たし、片目カッコイイし、『
長の野望
』でも必ず「伊達」を使う。
━━オレにとって政宗は特別な存在なのだ。

騎馬像を20分ほどじっくり眺め、青葉城をあとにした。
せっかくなので政宗の墓、『瑞鳳殿(ずいほうでん)』に立ち寄る。

聞くとこによると『瑞鳳殿(ずいほうでん)』の管理は伊達家の子孫の方がされてるらしい。
タクシーの運ちゃんは「現在の当主が一番政宗に似てるよ♪」とわけのわからないことを言っていた。

瑞鳳殿』は政宗の墓そのものの名前で、単に墓石があるのではなくその名の通り御堂・廟(びょう)がある。初代・仙台藩主の政宗以来、何代かの藩主の墓としてやはり廟が作られたようだ。

そばに資料館があったので訪問。
そこで発掘された遺骨をもとに、科学的に復元された政宗の容貌像を発見!
昔の人だから背は低く、身長は当時としては平均的な159.4B。
顔は面長で鼻筋が通っており、血液型はB型(オレと同じ♪)。
政宗に似てるらしい(?)子孫の方には残念ながら会えなかったけど、とりあえずこんな感じだったのかな?

瑞鳳殿から仙台駅まで歩いて帰る。
時刻はちょうど12時前。残すは牛タンを食うことのみ!

タクシーの運ちゃんに
牛タン食うならどこすかね?」と聞いたら
「どこも割と似たようなものだけど…利久太助だな?」
と言われる。駅前にあるという利久を探すことに。

・・・見つからん。

土地勘が無いせいか、なかなか店がみつからない。仕方無く本屋で地図を立ち読み。店を見つけたときには13時を回っていた。
そして牛タンウマー!
土産に牛タンスモークを買う。

14時、仙台駅。今日の最終目的地&宿は青森…の予定なんだけど、どう考えても間に合いそうもない予感…。
やはり牛タン屋絡みに二時間費やしたのは痛かった。

30分ほど電車を待ち、ようやく出発。
せっかくなので日本三景のひとつ『松島』を観て行くことにする。
時間も無いので、車内から眺めるだけになった。
松島のリアス式海岸は絶景で・・・つーかものの数分で松島通過。
せわしなさ過ぎ…(;´Д`)y─┛~~
今度くるときはじっくりしたいよホント・・・。

こっからは真っ直ぐ青森へ。

・・・
・・・
・・・
盛岡でアウトになった。

途中、石ノ森章太郎記念館のある石巻で乗り換え待ちに一時間。
奥州藤原氏で有名な平泉で電車待ち一時間半。

ああ、立ち寄るには半端な時間っ!この無為な電車待ちが憎い!!

結局青森の宿をキャンセルし、予定外の盛岡で一泊する。
━━三日目に続く

3月13+日(木)

 卒業旅行のこと。


さすがにそろそろ旅の詳細を書いとかないといけないような気がしてきたので順を追って書いてくことにする。

出発は13日の木曜日。
とにかくこの旅行のテーマは、電車で、気ままに、北上♪
なので、あまり綿密な計画を立てずにスタートした。

出発当日、朝起きて荷造り。━━?この辺からいきなり気ままでしょ?(;´Д`)y─┛~~

それから宿の手配。
予定では5日あるいは6日間の旅程で、そのうち二日間ほどは北海道に住む友人ぷーの家に泊めてもらえることになっていたので、取り敢えず往路二日分の宿をネットで探す。
急な予約だったので何件かは断られたけど、なんとか無事宿を確保。

午前11時過ぎ(遅っ!)、安心して出発。
まずは最初の乗り換え駅である新宿に向かう。

一応目的地は仙台、津軽海峡、北海道(札幌)
安上がりにするため鈍行にしようと決めていたけど、少し前に友人から「青春18きっぷがいいよ」と勧められてたので、それで行くことにした。

青春18きっぷ(以降、18切符)とは5日間だけ日本中どこでもJR線
をタダで自由に乗り降り出来る券
のことで「とにかくスゲー定期
」 と考えてくれればいい。

…ただし普通列車限定。

で、新宿駅前の金券ショップで18切符が売ってないか探す。
目算では6日間の旅は往路に二日・北海道で二日・復路に二日の予定
で、北海道の二日間は友人のぷーが宿だけでなく車も提供してくれる
という話だったので、それを差し引いて四日分の18切符があればよかった。

18切符は定価が11,500円でちと高い。まあ『全国どこまで乗ってもタダ』ということを考えれば全然安い。
あと、18切符の5日間とは別に連続してる必要は全くなく、その日その日で使うかどうかを指定することが出来る。人によっては五日分すべて使うとは限らないわけで、金券ショップならうまく「四日分
で少しでも安上がりな18切符があるかもと思ったわけだ。

…が、残念ながらそれは無し。
結局五日分、(…定価より100円だけ安い)11,400円のを発見出来たのでそれを購入。
ちなみにこの場合一日につき2280円分以上電車に乗れば元が取れる計算になる。…つーかオレは東京から北海道まで行く気なんだからそんなの余裕でクリアだな。

さて、切符も買っていよいよ北上開始

…といっても東京&首都圏から出るまでは北上といっても妙なので2時間ほどは旅なのか移動なのかよくわからない状態が続く…。

午後2時頃、埼玉県大宮市に着く。
ここより先はまさに首都圏外正真正銘北上の始まり!
ちなみにオレ自身、大宮より以北、以東には行ったことなかったのでまさに未知の世界。ドキドキしながら東北本線を北へと下る。

・・・
・・・
・・・
・・・ただ電車乗ってるだけ。

一応ワクワクしてたし楽しかった。文字どおり未知の風景だったし、旅の始まりだったので。
でも失敗だったのは栃木県辺りですでに15時を回っていたこと。福島県に入る頃には17時を過ぎ、日が暮れていた。

・・・つーかスゲー真っ暗。ド田舎じゃねーかちくしょー!

どこだったか忘れたけど、乗り換え駅で1時間半待たされ、旅に一抹の不安を覚える。
途中駅で土瓶に入った釜飯を買う。(電車内で食う予定だったけど対面の電車続きで結局仙台まで食べれなかった)

話は変わるけど、オレは前から一度、仙台に住んでみたいと思っていた。なんなら老後の余生(若隠居の方がベスト)を仙台で終えてもいいくらいに。
ところが旅の一週間ほど前、バイト先の後輩に気になる話を聞いた。

仙台って日本で3番目にブサイクの多い街なんすよ〜

…他の1位と2位がどこなのか気になったけど、取り敢えず

んなわきゃないっしょ?雪国の秋田とかって美人多いっていうじゃん」と返事。

━━その通りでした

福島辺りから電車に乗る人のブサイク度がアップ(男女とも)。
なんか全体的に面長(馬面ではないけど)の人が多かった気がする。
この分だと仙台も望み薄…。

仙台で死ぬのは辞めようと思った

そうこうしてるうちに19時を回り、ようやく宮城県に入る。外は真っ暗。

結局、宮城県・仙台に着いたのは21時前。
仙台駅はやはりなかなか大きい。駅構内に伊達政宗の騎馬像の縮小版の石膏像が飾ってあった。…ちゃちで萎えた。騎馬像見るのが目的のひとつなのに…。 明日の仙台城(青葉城)の本物に期待だな。

駅から宿まで少し歩く。駅前はビルが立ち並ぶ。福島とは大違い。
なんだかんだいって随分前からの憧れの地。もう夜だけどとにかく胸が高鳴った。

仙台キター!」と叫ぶ。

宿に到着。ようやく釜飯を食う。
疲れていたのでシャワーも浴びず23時頃に就寝

━━二日目に続く





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