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ラボナールとテトカイン  2000.3.20

-- Save Ravonal運動の残したもの --



Save Ravonal運動の経過  

 麻酔科医のなかで「Save Ravonal」運動が高揚したのは1997年秋、あれから2年を越えた今、その運動に十分貢献することはできなかったけれど、そのにおいを嗅いだ(少なくとも、嗅ごうとした)ひとりとして、あの運動はなんだったのか、それが何を残したのかについて、改めて考えてみたい。

 事の起こりは、1994年7月1日公布、その翌年から施行された『製造物責任法』(いわゆるPL法)である。この法律は、「製造物の欠陥により人の生命、身体又は財産に係る被害が生じた場合における製造業者等の損害賠償の責任について 定め」ることにより、被害者の保護を図るという、消費者あるいは患者の利益を守るもののはずであった。この法律はさらに「欠陥」を、「当該製造物の特性、その通常予見される使用形態、その製造業者等が当該製造物を引き渡した時期、その他の当該製造物に係る事情を考慮して、 当該製造物が通常有すべき安全性を欠いていることをいう」と定義した。

 ところが現実には、この法律の施行は、製薬会社に不採算薬品生産を中止させる方向に働いた。保険の薬価は新しい薬ほど高い傾向にあり、麻酔導入薬として大きなシェアを有していたラボナール(Thiopental)は、古い薬であるために薬価が安かった。近代的製造設備をつくり、「製造物の欠陥により被害が生じた場合」の賠償費用を賄えるほど利益を生む商品ではなかったのである。

 麻酔導入薬として使えるバルビツレートには他にThamylalがあり、イソゾール、チトゾールなどの商品名で売られていた。ところがこの2剤の発売元は、ラボナール発売中止によるシェア増加を喜ぶのではなく、新規顧客には売らないと宣言したり、ラボナールに習って近年中に製造を中止することを宣言した。

 この事態に、麻酔学会の対応が遅れたことが、麻酔ディスカッションリストのメンバーを中心とした運動を発火させた。

 「どうせラボナールは発売中止される」という悲観論も強かった。ラボナールが入手できなくなったら、とうやって麻酔を導入するのかという議論も行われた。「小児ではどうする?」「妊婦では?」代替案は出されたが、議論するほどに、やはりラボナールは必要だという感が強くなったのも事実だろう。また、ラボナールが入手できなくなれば、代わりに使われるであろうディプリバンは10倍以上高価であり、薬剤料が高騰することも再認識された。

 インターネット上での署名も行われた。マスコミへの働きかけもあった。そして、マスコミが動き、学会が動き、・・・最後は厚生省と製薬会社が動いた。ちなみに、製造継続が決まったラボナールの薬価は、なんとそれまでの3.5倍に定められていた。

 運動の残したもの  

 Saved Ravonal運動の残したものは、ラボナール、イソゾール、チトゾールが今も使えるということのほかに、少なくともあと2つあると思う。

 PL法の制定をきっかけ--あるいは口実--に、製造が中止されようとした薬剤はほかにもあった。そのひとつが、局所麻酔薬のテトラカイン(商品名テトカイン)である。

 日本では脊椎麻酔にもっともよく用いられる局麻薬はジブカイン(商品名ペルカミンS)だが、欧米では、圧倒的にテトラカインとキシロカインである。そして、日本でも、低比重脊麻に用いることのできる局麻薬はテトカインしかない。そのテトカインの製造中止は、日本では低比重脊麻ができなくなることを意味する。したがって、これも現実となれば大問題であった。

 ところが、テトカインの製造元の製薬会社の対応は、ラボナールの動きと連動するように変わった。ラボナール製造継続が決まった時、「脊麻用のマーカイン(bupivacaine)が製品化するまで待つ」と販売継続を表明し、脊麻用マーカインが製品化した今春再度問い合わせると「当分製造を継続します」と返答。つまり、テトカインについては、今のところ麻酔科医の側の不戦勝なのである。

 これがでなくてなんであろうか。Saved Ravonal運動が彼らの頭に、麻酔科医のを認識させたのでなくてなんであろうか。即ち、Saved Ravonal運動の記憶がうすまるまで、テトカインは製造され続けるのだろう。

 Saved Ravonal運動の残したもうひとつのものは、人の輪である。大学の医局単位ではない人の輪の広がり。Saved Ravonal運動がなくても、麻酔ディスカッションリストはあったろうし、そのオフ会もあったであろう。しかし、そこに加わった連帯感、安心感は、あの運動の賜物だと思う。

 テトカイン製造継続の報に接して、この章を書き足した。