この短編は、僕が寝床の中で小鳥の鳴き声を聞くところから話は始まる。始まりからこの世とあの世の境目をふらつく「僕」の心境について、語り手は鋭く記述を続けていき、母や姉の思い出、そして亡き妻への想い、Uへの憧憬が続き、最後は佐々木基一への遺書とUへの悲歌の形で幕を閉じている。この短編は全体を通して一つの遺書になっており、「僕」の「死」の必然性を強く訴えかける作品となっている。
この作品を読み解くポイントは2つある。ひとつは「死」へのpoint of no return(引き返せない点)を特定すること、それから「美しいもの」が「僕(=原民喜)」にどう捉えられていたかである。前者については、全体がひとつの遺書になっているのだから、物語が始まる前から自殺は必然であったと考えるのが自然なのかもしれない。しかし私はここで敢えて人間の生に対する執着心にこだわってみたかった。(これは『草の花』の読解で培われた態度かもしれないが)そのような目で見るとこの作品にpoint
of no returnを設定することは可能で、それを組み込んだ読みを構築することができると思われた。 「美しいもの」の解釈であるが、この作品ではそれは広島の地獄絵と常に対比する形で現れている点に注意しなければならない。「美しいもの」とは具体的には母、姉の面影、亡き妻への想い、Uへの憧憬であり、日常の風景(小鳥、春、町etc)であるのだが、「僕」はそれらが原爆で破壊され尽くした姿をも見ているのである。従って「美しいもの」とは日常的な物事であり、それを見る観察者の意識レベルが大きく異なっているためにこれだけ美しく映っているのである。意識レベルが変わっているのは「僕」が「生」から遠ざかりつつあるためであると考えられる。
作品構造分析図/Inspiration Ver 5.0 にて作成
作品の解釈
1)point of no returnの特定
作品がいきなり「死への予感=自分が小鳥になること」で始まり、死への不可逆的な進行が開始していると捉えられる。pp.246-に「僕は地球を想像する」とある。地球=母なる大地、生命の源と考えられるが、「僕」の心の中に浮かんでくる地球は何億年後かの地球であり、「僕」は自分の命を地球につなぎ止めることはできない(「僕」→地球へのアクセス不能)。「僕」にとって「地球」は遠い世界である。さらに次に続く2つの記述、すなわち踏切と遮断機、それから日没前の街道散歩は「僕」に自殺手段の連想と地上の景色見納めとして捉えられている。(この記述より後は全て「僕」の意識内の変化が記述されている) つまり、ここの部分が自殺を決定づけるpointとなり、「僕」の中で変化が生じた点であると思われる。従って私はここの箇所をpoint
of no returnと考えた。
ここで気になったのはUの存在で、Uには「僕」の死を引き留める力は全くない。Uが語られるのは「僕」が生への別離を感じた時である(pp.250)。Uとは別の短編「永遠のみどり」に登場する22歳のお嬢さんのことであり、「僕」は彼女から暖かいやさしいものを受け取っていたとされている。が、彼女の存在は「僕」の「死の物語」に介入することはできなかった。もしUが早い段階で「僕」の物語に介入できればpoint
of no returnは超えなかったのかもしれない。